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やり過ぎた!  作者: 涙目
第四章 理念対立編

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第一話 触らぬ神に祟りなし、されど、時すでに遅し

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 ピーク島から王都へ戻って、数日。


 私は自室のソファに深く腰を沈めていた。


「……帰ってきた」


「はい」


「王都に帰ってきた」


「はい」


「私の部屋に帰ってきた」


「はい」


 向かいに立つサリナが、律儀に相槌を打つ。


 私は天井を見上げた。


 長かった。


 本当に長かった。


 そもそも私は、休養のためにサーフィン地方へ行ったはずなのだ。


 海を眺めて。


 美味しい海鮮料理を食べて。


 のんびり過ごして。


 心身ともに癒やされて帰ってくる。


 そのはずだった。


 実際、最初は楽しかった。


 海で遊んだ。


 サーフィンらしきものにも挑戦した。


 全然できなかったけれど。


 ビーチバレーもした。


 海鮮料理も食べた。


 そこまでは完璧だった。


 なのに。


 大嵐が来た。


 橋が壊れた。


 船も壊れた。


 ピーク島は孤立した。


 住民だけならまだしも、観光客や商人までいる。


 食料を数えて。


 人数を数えて。


 避難場所を決めて。


 負傷者を集めて。


 騎士を配置して。


 配給を決めて。


 情報をまとめて。


 不安が広がらないよう説明して。


 娯楽まで用意して。


 気づけば一か月。


「休養とは何だったのかしら」


「少なくとも、あれを休養と呼ぶ方はいないかと」


「でしょうね」


 私は目を閉じた。


 だからこそ。


 今度こそ休む。


 絶対に休む。


 もう何もしない。


 お父様から呼び出されても、できる限り断る。


 お兄様から相談されても、聞くだけ。


 何か問題を見つけても知らないふりをする。


 私は学んだのだ。


 問題に首を突っ込むから仕事が増える。


 だったら首を突っ込まなければいい。


「サリナ」


「はい」


「明日の予定は?」


「午前中は特にございません」


「素晴らしいわ」


「午後から王位継承権第四位のエレオノーラ王女殿下とのお茶会です」


「…………」


 目を開ける。


「今、何て?」


「午後からエレオノーラ王女殿下とのお茶会です」


「聞いてないわ」


「先ほど招待状が届きましたので」


「断って」


「無理です」


「どうして?」


「王都へ帰還されたことは既に知られております」


「体調不良」


「ピーク島で一か月の孤立を乗り越えて元気に帰還された殿下が、数日後に突然お茶会へ出られないほど体調を崩されたと?」


「旅の疲れが今になって」


「エレオノーラ王女殿下が信じると?」


「……」


「……」


 私はゆっくりとソファへ沈んだ。


「帰ってきたばかりなのに」


「だからこそでは?」


「嫌なこと言わないで」


「事実かと」


 分かっている。


 分かっているけれど、認めたくない。


 私はもう、以前のようなただの第八王女ではない。


 王位継承権第五位。


 何をどう間違えればこんなことになったのか、未だに理解したくない立場である。


 エレオノーラお姉様から正式に招待された以上、何の理由もなく断れば余計な憶測を呼ぶ。


「……行けばいいんでしょう」


「はい」


「お茶を飲んで帰ってくるだけよ」


「そうなるとよろしいですね」


「サリナ?」


「何でしょう?」


「最近、私への扱いが雑になってない?」


「気のせいでございます」


 絶対に気のせいではない。


 でも今はいい。


 お茶会だ。


 ただのお茶会。


 エレオノーラお姉様とお茶を飲んで、少し話をして帰る。


 それだけ。


 仕事ではない。


 そう。


 仕事ではないのだ。


 そう自分に言い聞かせた数時間後。


 私はエレオノーラお姉様の宮にいた。


「……やってくれたわね」


「はい?」


 挨拶を終え。


 席に着き。


 紅茶が置かれ。


 侍女たちが下がった直後。


 開口一番がそれだった。


 目の前に座るエレオノーラお姉様が、笑顔のまま私を睨んでいる。


 怖い。


「何がでしょう?」


「何が、ではありませんわ!」


 カップを持とうとしていた手を止める。


 何だろう。


 私、何かした?


 王都に帰ってきてからは何もしていない。


 本当に何もしていない。


 ということは。


「ピーク島のことでしょうか?」


「他に何がありまして?」


 やっぱり。


 でも、それなら言わせてほしい。


「今回は本当に不可抗力です!」


「……」


「橋が壊れたのも!」


「ええ」


「船が壊れたのも!」


「ええ」


「嵐が来たのも!」


「ええ」


「私のせいではありません!」


「誰もそこを責めておりませんわ!」


「では何を!?」


 思わず身を乗り出す。


 エレオノーラお姉様が額へ手を当てた。


「あなた、本当に分かっておりませんのね」


「何がです?」


「……はぁ」


 ため息。


 なんで?


 本当に今回は何も悪くない。


 そもそも仕事だってちゃんと終わらせた。


 視察して。


 問題点を確認して。


 報告書にまとめて。


 そこまで。


 橋の問題にも手を出さなかった。


 船の問題にも手を出さなかった。


 私は学習したのだ。


 余計な仕事を増やさないために。


 その後の嵐は自然災害だ。


 私にどうしろというのか。


「リリアーナ」


「はい」


「ピーク島が孤立した後、あなたは何をしましたの?」


「何をって……」


 思い返す。


「島にいる人数を確認しました」


「それから?」


「食料を確認して、どの程度持つのか計算しました」


「それから?」


「避難場所を決めて、怪我人を集めて、騎士の配置を決めて……」


「それから?」


「食料の配給方法を決めました」


「それから?」


「……情報を共有しました」


「それから?」


「皆さんの気が滅入っていたので、少し遊べるものを」


「それから?」


「それくらいです」


 エレオノーラお姉様が黙った。


 私は首を傾げる。


「何か?」


「それくらい」


「はい」


「それくらい、と仰いました?」


「はい」


 また、ため息をつかれた。


「外部との連絡手段を失った離島で」


「はい」


「住民だけではなく、観光客や商人までいる中」


「はい」


「食料を管理し」


「はい」


「負傷者をまとめ」


「はい」


「騎士を配置し」


「はい」


「治安を維持し」


「はい」


「情報を統制し」


「統制というほどでは」


「人々の不安にまで対処して」


「……はい」


「一か月乗り切った」


「仕方なかったので」


「それですわ!」


「ひゃい!?」


 突然大きな声を出され、肩が跳ねた。


「な、何ですか」


「あなたはいつもそれですわ!」


「いつも?」


「仕方なかった。必要だった。頼まれた。少し手伝っただけ」


「……」


「それで毎回何をしていると思っていますの!?」


 何を、と言われても。


 必要なことをしただけなのだけれど。


 エレオノーラお姉様は頭が痛そうに額を押さえた。


「ピーク島の件は、既に王都でも噂になっていますわ」


「噂?」


「ええ」


「何の?」


 エレオノーラお姉様が私を見る。


「第五王位継承者であるリリアーナ・プレイング殿下が、孤立したピーク島を一か月にわたって統率し、混乱を防ぎ、島民と滞在者を救った、と」


「……ずいぶん話が大きくなっていません?」


「なっておりませんわ」


「救ったなんて」


「では、あなたが何もしなければどうなっていたと思いますの?」


「それは……」


 食料を巡って争いが起きたかもしれない。


 情報が錯綜して混乱したかもしれない。


 負傷者への対応が遅れたかもしれない。


 最悪の場合、死者が出た可能性もある。


 でも。


「私じゃなくても、誰かがやったと思います」


「その場で即座に?」


「……」


「必要な情報を集めて?」


「……」


「一か月先まで考えて?」


「……」


「王族、貴族、平民、商人、観光客の区別なくまとめて?」


「…………」


 私は紅茶へ視線を落とした。


 おかしい。


 何だろう。


 この感じ。


 覚えがある。


 仕事で少し改善しただけなのに、上司から、


『これも頼めるか?』


 と言われる前の感じ。


「あなた」


 嫌だ。


 聞きたくない。


「今、自分がどう見られているか理解していて?」


 私は少し考えた。


「……運の悪い王女?」


「有能な王位候補ですわよ!」


「…………」


 聞かなければよかった。


 私はそっと紅茶を飲んだ。


 美味しい。


 現実逃避にはちょうどいい。


「私は王位なんていりません」


「あなたがどう思っているかは関係ありませんわ」


「あります」


「ありません」


「あります!」


「ありませんわ!」


 即答された。


「あなたは現在、王位継承権第五位です」


「押し付けられただけです」


「それでも第五位です」


「辞退したいです」


「お父様に仰いなさい」


「聞いてくださると思います?」


「思いませんわね」


「でしょう!?」


 味方がいない。


 私は椅子の背もたれへ体を預ける。


「……私は静かに暮らしたいだけなのに」


「でしたら、なおさら自覚なさい」


「何をです?」


 エレオノーラお姉様の表情が変わった。


 先ほどまでの呆れではない。


 真剣な顔。


「あなたはもう、第八王女というだけの立場ではありません」


「……」


「王位継承権第五位」


 分かっている。


 分かっているけれど。


「第五位なんて、上に四人もいるじゃないですか」


「だから安全だと?」


「……違うんですか?」


 エレオノーラお姉様は答えなかった。


 その沈黙だけで、嫌な予感がした。


「リリアーナ」


「はい」


「王位争いというものを、あなたはどう考えていますの?」


「どう、と言われましても」


 考えたことがない。


 正確には、考えないようにしていた。


「第一位のお兄様や、エレオノーラお姉様たちが王位を目指して競うものでは?」


「間違いではありませんわ」


「では」


「ですが、それだけではありません」


 エレオノーラお姉様がカップを置く。


「王位争いに関わっているのは、王族だけではありませんわ」


「……はい?」


「あなたは少々、この国の政治を単純に考えすぎています」


 いや。


 単純に考えているのではない。


 関わりたくないから考えていないだけだ。


 だが、それを口に出せる雰囲気ではなかった。


「ちょうどいい機会です」


 エレオノーラお姉様が微笑む。


 先ほどまでとは違う笑顔。


 私には分かる。


 これは駄目な笑顔だ。


「あなたにも、現在の王宮がどうなっているのか教えて差し上げますわ」


「……知らなくても」


「第五位ですもの」


「……」


「知っておくべきですわ」


 逃げ道がない。


 私は目の前の紅茶を見つめた。


 今度こそ休めると思っていた。


 なのに王都へ帰って数日。


 どうやら私は。


 今まで全力で目を逸らしてきたものを、真正面から見せられることになるらしい。


 ――王位争い。


 私が最も関わりたくなかったものを。

お読み頂き、ありがとうございます。

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