終話 人から見た自分
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
王都へ戻って三日。
私は何もしていなかった。
本当に何もしていない。
朝は好きな時間に起きる。
食事をする。
本を読む。
眠くなったら昼寝をする。
起きたらお茶を飲む。
気が向いたら庭を散歩する。
「……素晴らしい」
「何がですか?」
「これよ」
庭に置かれた椅子に座りながら、私は答えた。
「これこそ私が求めていた生活よ」
「何もされておりませんが」
「だからいいの」
誰も報告に来ない。
食料が何日分あるか聞かなくていい。
船の修理状況も知らなくていい。
怪我人の人数も確認しなくていい。
何より。
「問題が起きないって素晴らしいわね」
「そうですね」
「ずっとこのままでいい」
「それは難しいかと」
「なんで?」
「リリアーナ様は王女ですので」
「……」
聞かなかったことにした。
お茶を飲む。
「今日は何する?」
「ご予定はございません」
「じゃあ昼寝ね」
「先ほど起きられたばかりですが」
「休養なんだからいいでしょう?」
「お好きになさってください」
「そうする」
完璧だ。
これなら、ようやく失われた休養を取り戻せる。
そう思っていた。
「リリアーナ殿下」
遠くから声が聞こえた。
「……」
「リリアーナ殿下」
「サリナ」
「はい」
「聞こえない」
「聞こえております」
「私は今、昼寝してる」
「目を開けておられます」
「心は寝てるの」
「起きてください」
仕方なく声の方を見る。
王城の使用人がこちらへ歩いてくる。
「国王陛下がお呼びです」
「嫌」
「リリアーナ様」
「だって三日しか休んでないのよ?」
「陛下からのお呼びです」
「用件は?」
「ピーク島より届いた報告書について、と」
「……」
思い出した。
帰ってきた日に、お父様から言われていた。
正式な報告書が届いたら目を通しておけ、と。
「後じゃ駄目?」
「すでに陛下がお待ちです」
「……行ってくる」
「はい」
「帰ってきたら昼寝するから」
「承知いたしました」
◇
「来たか」
「来ました」
「随分と不満そうだな」
「休養中ですので」
「知っている」
「なら呼ばないでください」
「これを読んだら帰ってよい」
お父様が机の上に置かれた書類を示す。
「それだけ?」
「それだけだ」
「本当に?」
「疑い深くなったな」
「誰のせいですか」
「知らんな」
絶対に分かっている。
私は椅子に座り、書類を手に取った。
「ピーク島災害対応報告……」
読む。
嵐の発生。
港の被害。
船の損傷。
本土側の橋の崩落。
その辺りは知っている。
実際にいたのだから当然だ。
次のページをめくる。
負傷者の確認。
滞在者全員の把握。
食料、水の調査。
長期孤立を想定した消費量の調整。
「……」
さらに読む。
食料保管場所への警備配置。
情報の定期共有。
修理や治療については現地の担当者へ任せ、必要な報告のみを集約。
不安や苛立ちが見られ始めた後は、宿や集会所を利用した交流の再開。
「……なんか大袈裟じゃない?」
「どこがだ?」
「ここ」
書類を指差す。
「『殿下の指示により、長期孤立を想定した食料管理体制へ移行』って」
「違うのか?」
「食料が二十日くらいしかなかったから、一月持つようにしようって言っただけですよ」
「同じではないか」
「言い方が大袈裟なの」
「続けろ」
納得できない。
次。
『情報不足による混乱を避けるため、判明した事実を毎日共有。未確認事項についても、未確認であることを明示した』
「これも」
「何だ?」
「普通でしょう?」
「そうか?」
「分からないことを分かったふりして言ったら駄目でしょう」
「うむ」
「何も知らせなかったら不安になるし」
「うむ」
「だから普通です」
「続けろ」
「……」
なんだろう。
すごく嫌な感じがする。
さらに読む。
『食料を一箇所へ集積せず、従来の分散保管を維持』
「これは私じゃないですよ」
「分かっている」
「現地の人が元々そうしてたんです」
「報告にもそう書いてある」
「じゃあいいです」
さらに。
『復旧作業について、王女殿下が直接指揮することはほぼなく、各担当者の判断を尊重した』
「ほら!」
私は書類を持ち上げた。
「私、何もしてないでしょう?」
「なぜ嬉しそうなのだ」
「だって書いてあるじゃないですか。直接指揮してないって」
「その次を読め」
「……」
読む。
『一方、食料、水、医療、治安、輸送など、島全体へ影響する情報については殿下へ集約され、必要に応じて方針が示された』
「……」
「どうした?」
「書き方がずるい」
「事実だろう」
「そうですけど」
次のページ。
盤を使った遊びについてまで書かれている。
「なんでこれまで正式な報告書に入ってるのよ!」
「災害対応の一部と判断されたのだろう」
「遊んでただけですよ!?」
「お前が?」
「みんなが!」
「お前は?」
「……負けてました」
「そうか」
「そこ笑うところじゃないですからね」
続きを読む。
長期化する孤立によって、住民と滞在者の間に苛立ちや小さな衝突が見られ始めた。
その後、宿や集会所で遊びが再開され、人が集まるようになったことで、島内の空気が改善した。
「偶然でしょう?」
「そうかもしれんな」
「でしょう?」
「だが、何もせず悪化していた可能性もある」
「……」
それは分からない。
起きなかったことは確認できない。
「最後まで読め」
「まだあるんですか?」
「ある」
めくる。
救援船到着後の対応。
怪我人を優先。
帰還を急ぐ者を優先。
王家の一行は最後。
全員の移送を確認した後、帰還。
「これは普通でしょう」
「王族を最初に避難させるのが普通だと思う者もいるだろうな」
「私は元気だったんですよ?」
「うむ」
「急いで帰る理由もなかったし」
「うむ」
「だったら困ってる人が先でしょう」
「それを迷わず決めた、と報告にはある」
「……だから何なんです?」
書類を置く。
「私、本当に大したことしてませんよ」
「分かっている」
「え?」
予想外の返事だった。
「お前一人で島を救ったわけではない」
「そうです!」
やっと分かってくれた。
「船を直した職人がいる。食料を管理した者がいる。漁師がいる。治療を行った者がいる。港を管理した者がいる。住民たち自身も動いた」
「そうです!」
「お前がいなくても、彼らは自分たちにできることをしただろう」
「そうですよ!」
「では聞く」
「はい?」
お父様が私を見る。
「誰が最初に、島にいる全員を数えると決めた?」
「……私です」
「誰が食料と水を確認すると決めた?」
「私」
「一月を想定すると決めたのは?」
「私ですけど」
「食料庫を守らせたのは?」
「私」
「毎日情報を出すと決めたのは?」
「……私」
「救援船が来た後、誰を先に帰すか決めたのは?」
「私です」
「なら、それがお前のしたことだ」
「……」
言葉に詰まる。
「王が自ら船を直す必要はない」
「……」
「自ら魚を獲る必要もない」
「……」
「怪我人全員を自ら治療する必要もない」
お父様が報告書を指で叩く。
「何を優先するか決め、人を動かし、任せるべき者には任せる。それで全体が動くのであれば十分だ」
「……王って言いました?」
「例えだ」
「本当ですか?」
「例えだ」
怪しい。
「私は王になりませんからね」
「今はその話をしておらん」
「絶対ですよ」
「分かったから座れ」
いつの間にか立ち上がっていた。
座る。
「それで、これを私に読ませてどうしたかったんです?」
「自分のしたことを客観的に見せたかっただけだ」
「見ました」
「どう思った?」
「……」
報告書を見る。
「みんな頑張った」
「お前は?」
「私も少し頑張った」
「少しか」
「少しです」
「そうか」
お父様が笑う。
「では、もうよい」
「帰っていい?」
「ああ」
「仕事は?」
「ない」
「本当に?」
「ない」
「やった!」
今度こそ立ち上がる。
「失礼します!」
「リリアーナ」
「何です!?」
振り返る。
「仕事ではない」
「先に言ってください」
「ピーク島から、もう一つ報告が来ている」
「何の?」
「お前が作らせた板と、浜辺で始めた球遊びについてだ」
「……」
嫌な予感がした。
「何か壊した?」
「逆だ」
「逆?」
「観光客が帰った後、話を聞いた者たちから問い合わせが増えているそうだ」
「何の?」
「波に乗る遊びをやってみたい、と」
「……」
「球遊びについても同様だ」
「……」
「さらに、お前が作らせた盤についても、土産として売れないかという話が出ている」
「…………」
私は黙った。
「ピーク島では、板を作る職人がすでに増産を始めたそうだ」
「なんで?」
「需要があるからだろう」
「球は?」
「商人が扱い始める予定だ」
「盤は?」
「小型のものを土産物にできないか試作中らしい」
「……」
お父様が楽しそうに報告書をめくる。
「本土との交通が完全に戻れば、ピーク島への観光客は以前より増える可能性が高いとのことだ」
「待って」
「何だ?」
「私、休養に行ったんですよね?」
「そうだな」
「視察はしました」
「したな」
「嵐にも遭いました」
「遭ったな」
「非常時だから、仕方なく色々やりました」
「うむ」
「遊んだだけですよね?」
「そうだな」
「なんで観光まで増えてるんですか?」
「知らん」
「お父様!」
「儂に聞くな」
「だって!」
私は頭を抱えた。
板を作らせたのは遊びたかったから。
球遊びを始めたのも遊びたかったから。
盤を作らせたのは、みんなが暇そうだったから。
それだけだ。
「私、何もしてないのに……」
「今回はさすがに、それは無理があるのではないか?」
「遊んでただけです!」
「結果として観光資源になった」
「知らないわよ!」
「まあ、よいことではないか」
「よくない!」
「なぜだ?」
「また何かしたと思われるでしょう!」
「すでに思われているだろうな」
「嫌!」
私は扉へ向かう。
「もう帰ります!」
「ああ」
「今度こそ休みますからね!」
「好きにしろ」
「絶対に何もしません!」
「期待しておこう」
「その言い方やめてください!」
扉を開ける。
廊下に出る。
サリナが待っていた。
「終わりましたか?」
「終わった!」
「いかがでした?」
「聞いて!」
「はい」
「ピーク島で観光客が増えそうなんだって!」
「それはよろしゅうございました」
「よくない!」
「なぜです?」
「私、遊んでただけなのよ!?」
「はい」
「板作って!」
「はい」
「球で遊んで!」
「はい」
「盤作って!」
「はい」
「それだけなのに!」
サリナが少し考える。
そして。
「リリアーナ様」
「何?」
「また、やり過ぎましたね」
「やりたくてやったんじゃないわよ!!」
お読み頂き、ありがとうございます。




