第十三話 日常は少しずつ戻っていくもの
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
本土と連絡が取れたという話は、その日のうちに島中へ広がった。
「二週間くらいだって!」
「本当に?」
「道が直れば船も増やせるらしいぞ!」
「じゃあ帰れるのか!」
「予定では、ね」
私はそこだけ訂正する。
「絶対に二週間ってわけじゃないから」
「分かってますよ、殿下」
「でも、帰れる目処が立ったんでしょう?」
「それはそうね」
今までとは違う。
いつ帰れるか分からない二週間ではない。
予定通りに復旧が進めば、あと二週間。
それだけで随分違うらしい。
島の空気は目に見えて軽くなっていた。
◇
その日の夕食は、少しだけ豪華だった。
豪華といっても、保存食を大量に使ったわけではない。
その日に獲れた魚。
早めに食べた方がいい果物。
それから冷たい飲み物。
「本土との連絡再開を祝って!」
「乾杯!」
「乾杯!」
声が上がる。
私も魚を口へ運ぶ。
「美味しい」
「嬉しそうですね」
「だって魚よ?」
「毎日のように召し上がっておられますが」
「お祝いの魚は違うの」
「何が違うのでしょう?」
「気分」
「なるほど」
理屈ではない。
美味しいものは、美味しく食べればいい。
「サリナ」
「はい」
「明日、遊んでもいいと思う?」
「何をなさるおつもりですか?」
「海」
「それは確認されてからにしてください」
「もう船も本土まで行ったのよ?」
「船が航行できることと、浜辺で安全に遊べることは別では?」
「……」
また正論だった。
◇
翌朝。
「まだ駄目です」
「なんで!?」
港の責任者から即答された。
「船は航行できますが、嵐で海底の状態が変わっている可能性がございます」
「海底?」
「はい。流木なども完全には取り除けておりません」
「……危ない?」
「確認が終わるまでは」
「分かった」
仕方ない。
せっかく波に乗る遊びをもう一度やろうと思ったのに。
「では、今日はお休みになりますか?」
サリナに聞かれる。
「球」
「はい?」
「海が駄目なら、浜辺で球遊びする」
「結局遊ばれるのですね」
「休養中だもの」
安全が確認されている浜辺へ向かう。
網はすでに張られていた。
「あっ、殿下!」
「やります?」
「やる!」
最初はサリナと二人。
すぐに人が増えた。
結局、三人ずつに分かれる。
「十五点先取でしたよね?」
「そうよ」
「二点差がつくまでです!」
「そんな決まりあった?」
「殿下がいない間に決まりました!」
「また変わってる!」
「楽しいように変えていいって言ったの殿下でしょう!」
「そうだけど!」
言い返せない。
「行きますよ!」
「来なさい!」
球が飛んでくる。
受ける。
返す。
「そっち!」
「はい!」
「うわっ!」
「一点!」
「今の取れたでしょう!」
「無理ですよ!」
以前より強い。
「ちょっと待って!」
「何です?」
「あなたたち、上手くなってない?」
「やってましたから!」
「嵐の後も?」
「海が駄目でも、こっちはできますからね」
「ずるい!」
「何がですか!」
私が休んでいる間にも練習していたらしい。
結果。
「負けた……」
「惜しかったですよ」
「十五対九のどこが惜しいのよ」
「以前より点を取れております」
「慰めになってない!」
「もう一度やります?」
「……」
少し考える。
腕を見る。
脚を見る。
「やめとく」
「よろしいのですか?」
「一回だけ」
以前、遊びすぎて全身が痛くなった。
同じことはしない。
「休むのも休養だから」
「成長されましたね」
「何よ、その言い方」
日陰へ移動する。
「殿下、飲み物どうです?」
声を掛けられる。
「あれ?」
見る。
以前、浜辺で飲み物を売っていた男だった。
「また始めたの?」
「人が戻ってきましたから」
「でも、まだ物は少ないでしょう?」
「少ないですよ」
「大丈夫なの?」
「本土と連絡も取れましたし、あと二週間くらいで物も入ってくるんでしょう?」
「予定ではね」
「だったら、ずっと閉めてても仕方ないですから」
「……そう」
飲み物を買う。
冷たい。
「美味しい」
「ありがとうございます!」
浜辺を見る。
球で遊ぶ人。
それを見る人。
飲み物を売る人。
魚を焼き始めた人までいる。
「戻ってきたわね」
「何がです?」
「この島」
まだ完全ではない。
壊れた場所もある。
船も足りない。
橋も直っていない。
帰りたい人が自由に帰れるわけでもない。
それでも。
少しずつ。
日常は戻ってきていた。
◇
それから数日。
朝になれば報告を受ける。
食料に問題はない。
水にも問題はない。
怪我人は順調に回復している。
船の修理も進んでいる。
本土との行き来ができるようになってからは、少量ではあるものの薬や必要な道具も運ばれてくるようになった。
大きな問題がなければ、そこで私の仕事は終わり。
あとは休む。
遊ぶ。
そして。
「また負けた……」
「今日は一勝されましたよ」
「五回やって一回でしょう?」
「以前より強くなられました」
「慰めになってない!」
浜辺で遊んだ翌日は、広間で盤を囲む。
「そこ!」
「殿下、本当にそこですか?」
「何よ、その言い方」
「いえ。置かれるのでしたらどうぞ」
「……待って」
「どうされました?」
「やっぱりこっち」
「あっ、殿下ずるい!」
「まだ手を離してないからいいの!」
「そんな決まりありました?」
「今決めた!」
「勝手に変えた!」
「遊びなんだから楽しいように変えればいいのよ!」
「殿下、自分が言ったことを便利に使ってません?」
「気のせいよ!」
そんな声が広間に響く。
帰る日を待っていないわけではない。
でも。
以前のような、先の見えない不安はなくなっていた。
◇
翌朝。
「殿下。本土より連絡がございました」
「何かあった?」
「橋の復旧にはまだ時間が掛かるとのことですが、迂回路の一部が通行できるようになったそうです」
「本当?」
「はい」
現地の責任者が笑顔で頷く。
「荷車も通れる?」
「大型のものは難しいそうですが、小型の荷車であれば通行可能とのことです」
「じゃあ、港まで物資を運べるのね」
「はい」
ようやくだ。
本土側の港まで安定して物資を運べるようになれば、島へ来る船も増やせる。
「それで、救援の船が三日後に到着する予定です」
「三日後!」
思わず声が大きくなる。
「はい。島に滞在している方々のうち、帰還を希望する者から順次本土へ移送するとのことです」
「全員一度に乗れる?」
「一隻では難しいため、数回に分ける予定です」
「順番は?」
「現在調整しております」
少し考える。
「怪我人を先にして」
「はい」
「それから、仕事や家族の事情で急いで帰る必要がある人がいるなら、その人たちも」
「承知いたしました」
「私は最後でいいわ」
「殿下?」
責任者が驚いた顔をする。
「何?」
「殿下を最初にお送りする予定でしたが」
「なんで?」
「王女殿下ですので」
「私は急いでないもの」
もともと一月休む予定で来ている。
王都へ帰らなければならない理由もない。
「それより、帰らないと困る人を先にして」
「しかし」
「それに」
私は手元の名簿を見る。
「全員帰ったか確認する人が必要でしょう?」
「それは我々が」
「もちろんあなたたちにもお願いするわ。でも、ここまで人数を確認してきたんだから、最後まで見届けたいの」
最初に全員を数えた。
誰もいなくなっていないことを確認した。
なら、帰るときも同じだ。
「私だけ先に帰って、後はよろしく、は嫌」
「……承知いたしました」
「ありがとう」
これで。
本当に帰る日が見えた。
◇
「殿下!」
「何?」
宿へ戻ろうとすると、浜辺の方から声を掛けられた。
振り返る。
見覚えのある若者が、板を抱えて立っていた。
最初に私の作らせた板を借りて、あっという間に立てるようになった男だ。
「海、もう入れますよ!」
「本当!?」
「はい! 危ないものがないかも確認しました!」
反射的に海を見る。
穏やかだ。
嵐の直後とは違う。
「リリアーナ様」
「……」
「明日には出発です」
「分かってる」
「荷物もまとめてあります」
「分かってる」
「遊びすぎて動けなくなることは」
「分かってるってば!」
でも。
海を見る。
板を見る。
もう一度、海を見る。
「一回だけ」
「リリアーナ様」
「一回だけ!」
「本当に一回ですか?」
「本当!」
「以前にも似たようなことを」
「今日は最後なのよ!」
ピーク島へ来た目的は休養だった。
なのに途中から、ほとんど遊べなかった。
「最後くらいいいでしょう?」
「……」
サリナがため息をつく。
「一度だけですよ」
「やった!」
「無理はなさらないでください」
「分かってる!」
板を借りる。
「殿下、覚えてます?」
「当然よ!」
「最初、全然立てませんでしたよね」
「余計なことは覚えてなくていいの!」
板を抱えて海へ向かう。
水に入る。
「冷たっ!」
でも気持ちいい。
板に乗る。
沖へ進む。
「よし」
波を見る。
大きすぎない。
これなら。
「今度こそ……!」
波に合わせる。
立つ。
「おっ!」
一瞬。
本当に一瞬だけ。
板の上に立てた。
「立った!」
次の瞬間。
「きゃっ!」
海へ落ちた。
顔を出す。
「……」
浜辺を見る。
みんな笑っていた。
「笑わないでよ!」
「殿下! 立ててましたよ!」
「一瞬だけどな!」
「一瞬でも立ったでしょう!」
板に掴まりながら戻る。
「もう一回!」
「リリアーナ様」
浜辺からサリナの声が飛んでくる。
「……一回だけだったわね」
「はい」
「今の、成功よね?」
「立ってはおられました」
「じゃあ成功!」
自分で決めた。
「満足?」
「……うん」
板を返す。
「ありがとう」
「また来てください!」
「考えておくわ」
「次はもっと上手くなってますから!」
「なんであなたが上手くなるのよ!」
「練習しますから!」
「私がいない間に上手くなるの禁止!」
「無茶言わないでくださいよ!」
また笑われる。
でも。
今度は私も笑った。
◇
三日後。
「来た!」
港から聞こえた声に、私は立ち上がった。
海を見る。
遠くに船が見える。
一隻ではない。
「二隻?」
「そのようですね」
サリナと一緒に港へ向かう。
すでに大勢の人が集まっていた。
「迎えだ!」
「やっと帰れる!」
「長かった!」
歓声が上がる。
本土から来た二隻の船。
食料や薬、修理用の資材も積んでいるらしい。
「殿下!」
現地の責任者が駆け寄ってきた。
「予定通り、救援船が到着いたしました!」
「うん」
「本日より順次、本土への移送を開始できます」
「分かった。決めた順番でお願い」
「はい」
船が港へ入ってくる。
綱が投げられ、岸へ固定される。
人が降りる。
物資が運び出される。
それを見て。
ようやく実感した。
「……終わったのね」
「まだです」
「サリナ」
「はい」
「こういうときくらい終わったって言わせてよ」
「リリアーナ様は最後まで残られるのでしょう?」
「……そうだった」
自分で決めた。
「じゃあ、あと少しね」
「はい」
まず怪我人が船へ運ばれる。
歩ける者は自分で乗り込み、まだ移動が難しい者は周囲が支える。
その次に、急いで本土へ戻る必要がある者たち。
名前が確認され、一人ずつ船へ乗っていく。
「人数、合ってる?」
「はい。予定通りです」
「怪我人の付き添いは?」
「おります」
「向こうで受け入れる人は?」
「手配済みです」
「よし」
「リリアーナ様」
「何?」
「またお仕事のお顔になっております」
「今はいいでしょう!」
ここまで来たのだ。
最後くらい、ちゃんと終わらせたい。
やがて最初の船が港を離れた。
乗っている人たちが手を振る。
「殿下!」
「ありがとうございました!」
「また来ます!」
「気をつけてね!」
私も手を振り返す。
「……また来るのね」
「お気に召したのでは?」
「嵐がなければいいところよ」
「では、リリアーナ様もまたいらっしゃいますか?」
「……」
海を見る。
浜辺を見る。
波に乗るために作った板。
網を挟んで遊んだ場所。
飲み物を売っていた店。
嵐の後、みんなで遊んだ宿。
「嵐が来ないなら」
「それは誰にも分からないかと」
「じゃあ考える」
もう一度来たい気持ちはある。
でも。
次に休養へ行くなら。
本当に何も起きない場所がいい。
「山とかどうかしら」
「今度は土砂崩れに遭われそうですね」
「やめて!」
「では王都で」
「それが一番安全な気がしてきたわ……」
救援船を見送りながら、私は本気でそう思った。
お読み頂き、ありがとうございます。




