第十二話 一報は一筋の光となる
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
嵐が過ぎてから十二日目。
「殿下!」
朝食を終えたところで、港の責任者がやってきた。
「船の修理が終わりました」
「本当!?」
思わず椅子から立ち上がる。
「はい。昨日のうちに作業は終わっておりましたが、今朝もう一度確認しております」
「じゃあ、本土へ行けるの?」
「その前に試験航行を行います」
「試験?」
「まずは島の周囲を走らせます。浸水や船体に異常がないか確認しなければなりません」
「……なるほど」
直ったからといって、いきなり本土へ向かわせるわけにはいかない。
「じゃあ私も乗る」
「なりません」
「なんで?」
「安全を確認するための航行です」
「だから見に――」
「安全が確認されていない船に王女殿下を乗せるわけにはまいりません」
「……」
正論だった。
「リリアーナ様」
「分かってるわよ」
サリナまで言わなくていい。
◇
「まだ?」
「出航してから半刻ほどです」
「まだ半刻?」
「はい」
港から海を見る。
船の姿は見えない。
「一刻くらいって言ってたわよね?」
「そのようですね」
「長くない?」
「まだ半分です」
「分かってるわよ」
待つ。
こういう時間が一番苦手だ。
自分にできることが何もない。
だからといって、何かをする必要もない。
「……まだ?」
「先ほどからほとんど時間が経っておりません」
「聞いただけよ」
さらに待つ。
やがて。
「あっ」
水平線に船が見えた。
「戻ってきた!」
港へ近づいてくる。
船が岸へ着くのを待ち、船長へ駆け寄った。
「どうだった?」
「問題ございません」
「本当に?」
「浸水なし。船体にも異常は見つかりませんでした」
「じゃあ本土へ行ける?」
「天候がこのままであれば、明日向かえます」
「明日!」
ようやく。
本土と直接連絡が取れる。
「だったら食料と薬、それから修理に必要な材料を――」
「リリアーナ様」
「何?」
「まずは本土の状況を確認されるのでは?」
「……」
止まる。
本土側の港が使えるとは限らない。
橋は落ちている。
道も崩れている。
こちらが欲しいものを決めても、本土側から運べなければ意味がない。
「……そうね」
危ない。
また先走るところだった。
「まず本土へ行く。それから考える」
「はい」
船長を見る。
「明日、本土へ着いたら港の状況を確認して」
「はい」
「橋と道も。港まで物資を運べる状態なのか知りたい」
「承知しました」
「それから、こっちは全員無事だって伝えて」
「はい」
「食料も水も今のところ問題ない。命に関わる怪我人もいない」
一度言葉を切る。
「だから、無理して救援船を出さなくていいって」
「よろしいのですか?」
「急いで来てもらって、その船まで壊れたら困るでしょう?」
今すぐ助けが必要な状況ではない。
だったら、安全な方がいい。
「いつなら安全に船を出せるのか。それを聞いてきて」
「承知いたしました」
「あとは……王都にも連絡できる?」
「本土側の状況次第ですが、可能であれば」
「だったらお願い」
少し考える。
「全員無事。食料、水ともに問題なし。島内の混乱もなし」
「はい」
「私は元気」
「それもですか?」
「お父様、心配してるかもしれないでしょう?」
連絡が途絶えてから随分経つ。
さすがに一言くらい伝えておいた方がいい。
「以上で?」
「うん」
「承知いたしました」
これでいい。
明日になれば、ようやく外の状況が分かる。
◇
翌朝。
「ちゃんと食べてください」
「食べてるわよ」
「先ほどから窓ばかり見ておられます」
「だって、もう出る時間でしょう?」
「朝食を終えられてから見送りに行くとお約束されました」
「あと一口だから」
「二口ございます」
「細かい!」
急いで食べる。
「ごちそうさま!」
「はい」
「行くわよ!」
「食後すぐに走らないでください」
「分かってる!」
港へ向かう。
昨日、試験航行を終えた船が出航の準備をしていた。
「船長!」
「殿下」
「大丈夫?」
「はい。今朝も確認しております」
「船は?」
「問題ございません」
「海は?」
「本土までであれば問題ないと判断しております」
「食料と水は?」
「積んでおります」
「予備は?」
「ございます」
「何かあったときに――」
「リリアーナ様」
サリナの声。
「……何?」
「船長にお任せください」
「確認してるだけよ」
「先ほどから同じことを何度も確認されております」
「だって」
もし途中で何かあったら。
ようやく直った船まで失ったら。
「殿下」
船長が笑う。
「必ず戻ってまいります」
「……分かった」
任せる。
私が船に乗るわけではない。
ここから先は、船長たちの仕事だ。
「お願いね」
「はい」
船へ人が乗り込む。
綱が外される。
ゆっくりと港を離れていく。
「行ったわね」
「はい」
「……」
「リリアーナ様」
「何?」
「今日は港でお待ちになりますか?」
「そんなことしないわよ」
「では?」
「宿で待つ」
「それがよろしいかと」
「本でも読むわ」
「はい」
「ちゃんと休む」
「はい」
「……たぶん」
「最後の一言は必要でしたか?」
◇
読めない。
本を開いている。
文字も見ている。
でも、内容が頭に入ってこない。
「サリナ」
「はい」
「今、何刻?」
「先ほどお答えしました」
「そうだっけ?」
「はい」
「まだ帰ってこない?」
「まだでしょう」
「そう」
本へ目を戻す。
一行読む。
二行読む。
「サリナ」
「まだです」
「まだ何も聞いてない!」
「お聞きになると思いましたので」
「……」
先回りされた。
「そんなに気になりますか?」
「気になるでしょう?」
本土へ行けたのか。
港は使えるのか。
道はどうなっているのか。
王都へ連絡できるのか。
救援はいつ来るのか。
全部、あの船が帰ってこなければ分からない。
「待つしかございません」
「分かってる」
分かっているから困るのだ。
◇
夕方。
「船が見えました!」
その報告を聞いた瞬間。
「帰ってきた!?」
立ち上がった。
「はい!」
「行くわよ!」
「リリアーナ様、上着を」
「あっ」
受け取る。
「ありがとう!」
港へ向かう。
人が集まり始めていた。
沖を見る。
船がある。
間違いない。
朝に送り出した船だ。
「戻ってきた……」
それだけで、胸の奥にあったものが少し軽くなる。
船が港へ入る。
綱が投げられる。
岸へ固定される。
「船長!」
降りてきた船長へ駆け寄る。
「どうだった?」
「本土へ到着できました」
「本当に?」
「はい。そして、無事に戻ってまいりました」
「よかった……」
まず、それが一番だった。
「本土は?」
「港は使用できます」
「じゃあ船は来られる?」
「船そのものは入れます。ただし、周辺の被害は大きいようです」
「橋は?」
「完全に通行できなくなっております」
「やっぱり……」
「迂回路も複数箇所で崩れております」
「じゃあ物資は?」
「少量であれば港まで運べます。しかし、大量の輸送は難しいとのことです」
予想していたより悪い。
港が使えても、そこまで物が来なければ意味がない。
「今は道路の復旧を優先しているそうです」
「どれくらい掛かるって?」
「本格的に物資を運べるようになるまで、少なくとも二週間ほどは見てほしいと」
「二週間……」
長い。
でも。
「分かったのね」
「はい?」
「あとどれくらいか」
今までは何も分からなかった。
一日なのか。
一週間なのか。
一月なのか。
それすら分からなかった。
でも今は。
「二週間くらい」
「予定では、ですが」
「それで十分よ」
予定は変わる。
でも、何もないよりずっといい。
「島のことは伝えた?」
「はい。全員無事であること。食料と水に余裕があること。重篤な怪我人がいないことも」
「なら、本土を優先してもらって」
「よろしいのですか?」
「こっちは大丈夫なんでしょう?」
「はい」
「だったら、困ってる方から直した方がいいわ」
ピーク島には食料がある。
水もある。
怪我人も回復している。
船も一隻は動いた。
今すぐ助けが必要なわけではない。
「王都への連絡は?」
「可能です」
「本当!?」
「はい。ただ」
「何?」
「すでに王都から使者が来ておりました」
「……え?」
「殿下の安否を確認するため、本土まで来られております」
「お父様が?」
「国王陛下の使者です」
思わず黙る。
本土の道は壊れている。
橋も落ちている。
それでも、ここまで来た。
「……心配してたのね」
「当然かと」
サリナが言う。
「王女殿下が大嵐の後、連絡の取れない島におられたのですから」
「そうよね」
こちらは自分たちが無事だと知っていた。
王都は知らなかった。
「使者から陛下のお言葉を預かっております」
「何て?」
「『無事ならそれでよい。帰還については現地の安全を最優先せよ』と」
「……お父様らしいわね」
「それと」
「まだあるの?」
「『休養先でも仕事をしているのではあるまいな』と」
「……」
黙る。
「リリアーナ様?」
「仕事じゃないわよ」
「そうですか?」
「非常事態だったんだから仕方ないでしょう!?」
「はい」
「これは不可抗力よ!」
「陛下へそのようにお伝えしますか?」
「……やめて」
絶対に何か言われる。
「それより、島のみんなにも伝えて」
「何をでしょう?」
「本土と連絡が取れたこと。復旧が進んでること。大きな物資輸送ができるようになるまで二週間くらい掛かる見込みだって」
「二週間で必ず、とは?」
「言わない」
そこは大事だ。
「予定では二週間くらい。でも遅れる可能性もある。それも一緒に」
「承知いたしました」
「あと、食料と水には余裕があるって改めて伝えて」
「はい」
これで。
ようやく。
みんなにも出口を見せられる。
「今日の夕食、少しだけ良くできる?」
「お祝いですか?」
「本土と連絡が取れたんだもの。それくらいいいでしょう?」
「食料に余裕はございます」
「じゃあ魚」
「リリアーナ様がお召し上がりになりたいだけでは?」
「それもある」
「正直ですね」
「果物も」
「はい」
「冷たい飲み物も」
「休養に戻っておられませんか?」
「いいのよ」
少しくらい。
今日くらいは。
島へ来たときに思い描いていた休養とは、随分違ってしまったけれど。
本土と連絡が取れた。
王都にも無事を伝えられる。
そして。
あと二週間ほど。
初めて、終わりが見えた。
「サリナ」
「はい」
「今日は魚を食べて、ゆっくり寝るわ」
「それがよろしいかと」
「明日は?」
「明日お考えください」
「そうする」
ようやく。
本当に少しだけ。
バカンスが戻ってきた気がした。
お読み頂き、ありがとうございます。




