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やり過ぎた!  作者: 涙目
第三章 サーフィン地方編

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第十一話 緊張している人は自分では気づけない

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 嵐が過ぎてから十日が経った。


 島の様子は、少しずつ元に戻り始めている。


 壊れた家の修理は進み、道を塞いでいた倒木や瓦礫もほとんど片付いた。


 漁も近海に限れば再開され、食事に新鮮な魚が出る日も増えている。


 そして、何より変わったのは人の声だった。


「そこに置いたら駄目だ!」


「分かってるよ!」


「じゃあ、なんで置いたんだよ!」


「今気づいたんだよ!」


 朝から宿の広間が騒がしい。


 盤を囲んで、大人たちが本気で悩んでいる。


 少し離れた場所では子供たちが別の遊びをしていて、その横では老人たちがカードを並べていた。


 嵐から一週間ほど経った頃に感じていた、妙な静けさはもうない。


「いい感じね」


「そうですね」


 サリナと一緒に広間を眺める。


 別に私が何かをしなくても、みんな勝手に遊んでいる。


 盤も増えた。


 最初は一つしかなかったのに、今では宿だけで四つある。


 他の宿や集会所にも置かれているらしい。


 遊び方も勝手に広まっていた。


「殿下!」


「何?」


「昨日、隣の宿の奴に負けたんです!」


「そう」


「今日もう一度やってきます!」


「頑張って」


「はい!」


 男が元気よく出ていく。


 私はその背中を見送った。


「……平和ね」


「島から出られないことを除けば」


「それを言わないで」


 忘れていたわけではない。


 毎朝、報告は受けている。


 食料は問題なし。


 水も問題なし。


 重傷だった怪我人も順調に回復している。


 船の修理も進んでいる。


 本土からの救援は、まだ来ていない。


 けれど、今すぐ困るような問題はなかった。


「じゃあ、今日も報告を聞きに行きましょうか」


「その前に、朝食を召し上がってください」


「食べながらでも聞けるでしょう?」


「先方にも朝食の時間がございます」


「……それもそうね」


 言われてみれば当然だった。


「じゃあ食べる」


「はい」


     ◇


「食料は、現在の消費量であれば一月以上問題ございません」


「よし」


「井戸にも異常はございません」


「うん」


「怪我人についても、重傷だった三名全員が快方に向かっております」


「よかった」


「船は一隻の修理がほぼ完了しております。明日以降、海の状態を見ながら試す予定です」


「本当!?」


 思わず身を乗り出した。


「はい。ただし、すぐ本土へ向かえるとは限りません」


「あ……そうよね」


 船が直ったからといって、すぐに海を渡れるわけではない。


 天候もある。


 本土側の港が使えるかどうかも分からない。


「でも、一歩前進でしょう?」


「はい」


「なら十分よ」


 少しずつでいい。


 昨日より今日。


 今日より明日。


 状況が良くなっているなら、それでいい。


「他には?」


「特にございません」


「……本当に?」


「はい」


「何か小さいことでもいいのよ?」


 責任者が困った顔をする。


「ございませんが……」


「そう」


 報告書を見る。


 食料。


 水。


 怪我人。


 建物。


 船。


 治安。


 全部問題なし。


「じゃあ、今日の確認は終わり?」


「はい」


「……早いわね」


「何か問題があった方がよろしいのですか?」


「そんなわけないでしょう!」


「でしたら、よろしいのでは?」


「そうなんだけど」


 何もないなら、それが一番いい。


 頭では分かっている。


「じゃあ、また何かあったら教えて」


「承知いたしました」


 責任者が部屋を出ていく。


 私は机の上の紙をまとめようとして。


「リリアーナ様」


「何?」


「それは私が」


「これくらい自分でできるわよ」


「そうではなく」


 サリナが私の手から紙を取った。


「本日のご予定は?」


「予定?」


「はい」


「ないけど」


「でしたら、お休みください」


「休んでるでしょう?」


「いいえ」


 即答された。


「休んでるわよ。昨日だって昼から何もしてないし」


「昨日は港へ三度行かれました」


「船の修理が気になったから」


「倉庫にも二度」


「食料の確認」


「治療所にも」


「怪我人の様子を見に行っただけよ」


「その後、宿を三軒回られましたね」


「みんながちゃんと遊んでるか気になって」


「夕方にはもう一度港へ行かれました」


「……」


 そんなに行っただろうか。


 行った気もする。


「でも、別に疲れてないわよ?」


「昨日、何時にお休みになりましたか?」


「普通よ」


「何時ですか?」


「……」


「リリアーナ様」


「少し遅かっただけ」


「何時ですか?」


「覚えてない」


「では、今朝は?」


「起きたでしょう?」


「私が三度お声を掛けました」


「……眠かったのよ」


「それを疲れていると申します」


「違うわよ」


 反射的に否定する。


「私、何もしてないもの」


 船を直しているのは職人だ。


 漁に出ているのは漁師。


 食料を管理しているのも、怪我人を治療しているのも、それぞれ別の人たちだ。


 私は報告を聞いて、必要なことを確認しているだけ。


「だから疲れるようなことは――」


「リリアーナ様」


「何よ」


「最初におっしゃっていたことをお忘れですか?」


「最初?」


「ご自分の仕事ではないものまで背負わない、と」


「……」


 言った。


 確かに言った。


「でも、今は非常時でしょう?」


「はい」


「だったら確認するのは必要よ」


「必要な確認をすることには何も申し上げておりません」


「じゃあ何?」


「同じ船を一日に三度確認する必要がございますか?」


「……」


「食料の量は朝と昼で急に変わりますか?」


「……変わらないわね」


「治療をされている方々から、殿下に何かございましたらお知らせすると伺っております」


「そうね」


「では、なぜ何度も見に行かれるのですか?」


 答えようとして。


 言葉が出なかった。


 気になるから。


 それだけだ。


「……何か起きたら嫌だから」


「はい」


「私が見てないところで問題が起きてたら困るでしょう?」


「そのために、それぞれの場所に担当されている方がいらっしゃいます」


「分かってるけど」


「リリアーナ様が全てを見て回らなければ、この島は動きませんか?」


「……動く」


 実際、動いている。


 私が船を直しているわけではない。


 私がいなくても職人は修理する。


 私が倉庫にいなくても食料は管理される。


 私が治療所へ行かなくても怪我人は治療される。


「では、お任せください」


「……」


「皆様、ご自分のお仕事をなさっております」


 サリナが私を見る。


「リリアーナ様も、ご自分のお仕事だけをなさってください」


「私の仕事って?」


「今でしたら、朝と夕方に報告を受け、必要があれば判断することでしょうか」


「それだけ?」


「それだけです」


「少なくない?」


「問題がないのですから」


「……」


 納得できる。


 できるのだけれど。


 落ち着かない。


「それに」


「まだあるの?」


「もし今、別の問題が起きたとして」


「うん」


「リリアーナ様が倒れておられたら、誰が判断なさるのです?」


「……」


 何も言えなかった。


「休むのもお仕事です」


「その言い方、嫌い」


「なぜです?」


「休んでるのに仕事した気分になるから」


「では、ただ休んでください」


「もっと嫌」


「難しいですね」


「誰のせいよ」


「リリアーナ様ご自身では?」


「……否定できない」


     ◇


 その日の午後。


 私は宿の前に置かれた椅子に座っていた。


 何もしていない。


 本当に何もしていない。


 港へ行っていない。


 倉庫にも行っていない。


 治療所にも行っていない。


「……」


「……」


「サリナ」


「はい」


「暇」


「存じております」


「港、一回だけ」


「駄目です」


「倉庫」


「駄目です」


「治療所」


「駄目です」


「散歩」


「構いません」


「本当?」


「港と倉庫と治療所へ向かわれないのでしたら」


「……信用ないわね」


「ございますよ」


「本当に?」


「ですから、私も同行いたします」


「監視じゃない!」


 立ち上がる。


 仕方がないので、港とは反対方向へ歩くことにした。


 道には人が戻っている。


 店も少しずつ開き始めていた。


 子供たちが走っている。


 少し先の家からは、大きな笑い声が聞こえてきた。


「またやってる」


 窓から中を覗くと、数人が盤を囲んでいる。


「あっ、殿下!」


「こんにちは」


「見てください! 俺、昨日から一回も負けてないんですよ!」


「へえ」


「やります?」


「……」


 盤を見る。


 サリナを見る。


「遊ぶことは禁止しておりません」


「やる!」


 即答して中へ入った。


「殿下が相手か!」


「言っておくけど、私が教えた遊びだからね」


「じゃあ強いんですね!」


「……もちろんよ」


 後ろから小さな咳払いが聞こえた。


 振り返る。


「何?」


「何も」


「サリナ?」


「何も申し上げておりません」


 絶対に三連敗したことを思い出している。


「見てなさい」


「はい」


 座る。


 駒を並べる。


 勝負を始める。


     ◇


「負けた」


「殿下、弱いですね!」


「うるさい!」


 周りから笑い声が上がる。


「もう一回!」


「いいですよ!」


 二戦目。


 また負けた。


「なんで!?」


「殿下、端っこ簡単に取らせすぎですよ」


「先に言いなさいよ!」


「対戦相手に教える奴いませんよ!」


「それもそうね!」


 また笑われる。


「次、俺やりたい!」


「私も!」


「殿下、交代してください!」


「ちょっと! 私まだ勝ってないんだけど!」


「順番ですよ!」


「王女なのに!?」


「遊びでしょう?」


「……そうだったわ」


 仕方なく場所を譲る。


 新しい二人が向かい合って座る。


 すぐに勝負が始まった。


 私はその横から盤を覗き込む。


「そこじゃないでしょう」


「殿下、教えないでください!」


「だって見てたら分かるのよ!」


「じゃあなんで負けるんですか?」


「……」


 周囲が静かになる。


 数秒後。


 全員が吹き出した。


「もう!」


 私も笑った。


 悔しい。


 ものすごく悔しい。


 でも。


 楽しい。


「リリアーナ様」


「何?」


「少しお顔が戻りましたね」


「顔?」


「はい」


「どういう意味?」


「ここ数日、ずっと難しいお顔をされておりましたので」


「……そう?」


「そうです」


 自覚はなかった。


 でも、言われてみれば。


 船はどうなった。


 食料は足りるか。


 怪我人は。


 本土から連絡は。


 何も問題がなくても、ずっと次の問題を探していた気がする。


「……私も待つのが下手なのね」


「そのようですね」


「人のこと言えないじゃない」


「ですから、休んでくださいと申し上げたのです」


「分かったわよ」


 盤を見る。


 次の勝負が終わった。


「次、私!」


「殿下、さっき負けたでしょう!」


「だから勝つまでやるの!」


「休むのでは?」


「これが休養よ!」


 笑い声が響く。


 船が直るまで、まだ時間は掛かる。


 本土からいつ迎えが来るのかも分からない。


 だからといって、一日中それだけを考えていても仕方がない。


 必要なときに動けるように。


 何もないときは、ちゃんと休む。


 それも、この島で私がやらなければならないことなのだろう。


「今度こそ勝つわよ!」


「どうぞ!」


 駒を一枚置く。


 その日。


 私はさらに四回負けた。

お読み頂き、ありがとうございます。

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