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やり過ぎた!  作者: 涙目
第三章 サーフィン地方編

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第十話 笑顔は最良の薬となりえる

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 職人の作業場へ着くと、中では何人もの男たちが忙しそうに働いていた。


 壊れた扉。


 窓枠。


 屋根を直すための木材。


 嵐で壊れたものを直す仕事が、まだ大量に残っているらしい。


「……忙しそうね」


「お戻りになりますか?」


「そうね」


 暇潰しの道具を作るために、復旧作業を止めさせるのは違う。


 出直そう。


 そう思って踵を返そうとしたところで、中にいた職人がこちらに気づいた。


「殿下?」


「あ、ごめんなさい。仕事中よね」


「はい。何か御用でしたか?」


「ちょっと作ってほしいものがあったんだけど、急ぎじゃないから後でいいわ」


「どのようなものでしょう?」


「簡単な遊び道具よ」


「遊び道具?」


 職人が不思議そうな顔をする。


「木の板と、小さな丸い駒があれば作れると思うんだけど」


「それくらいでしたら、端材で作れますよ」


「端材?」


「修理に使えない小さな木材が出ますので」


「仕事の邪魔にならない?」


「この程度でしたら」


 それならお願いしよう。


「板に、同じ大きさの四角を並べてほしいの」


「どれくらいです?」


「縦に八つ、横に八つ」


「六十四ですか」


「そう。それから、このくらいの丸い駒を作って」


 指で大きさを示す。


「六十四個?」


「……たぶん、それくらいあれば足りるわ」


「全部同じもので?」


「同じでいいけど、表と裏が分かるようにしたいの。片方だけ炭で黒くできる?」


「できます」


「じゃあ、それでお願い」


「承知しました」


 職人が板を用意し始める。


 私はその様子を見ながら、記憶を探った。


 確か最初は中央に四つ。


 黒と白を交互に置いて。


 自分の色で相手を挟む。


 挟んだらひっくり返す。


 置けるところがなくなったら終わり。


 最後に多い方が勝ち。


「……うん。これなら簡単ね」


「何がですか?」


「遊び方」


「リリアーナ様」


「何?」


「今回は覚えておられるのですね」


「どういう意味?」


「いえ」


「サリナ?」


「何も申し上げておりません」


 絶対に何か言いたそうな顔をしている。


 でも否定できない。


 板で波に乗る遊びも、ボールを網越しに打つ遊びも、細かいところまでは覚えていなかった。


「これは簡単だから覚えてるの」


「そうですか」


「そうよ」


 たぶん。


     ◇


「できました」


「早っ」


 しばらく待っていると、本当にできた。


 正方形の板には六十四のマスが描かれている。


 その横には、小さな丸い木の駒。


 片面は木そのものの色。


 もう片面は炭で黒く塗られていた。


「十分よ」


 見た目は前世で知っているものとは違うけれど、遊ぶだけなら問題ない。


「サリナ」


「はい」


「やりましょう」


「私がですか?」


「他に誰がいるの?」


「職人の方が」


「仕事中でしょう?」


「私も仕事中なのですが」


「私に付き添うのが仕事でしょう?」


「……そうですね」


「なら問題ないわ」


「あるような気もいたしますが」


 サリナが向かい側へ座る。


 私は中央の四マスへ駒を置いた。


「まず、こうやって置くの」


「はい」


「こっちが私」


 黒い面を指す。


「サリナはこっち」


 木の色の面。


「交互に一枚ずつ置いて、相手の駒を自分の駒で挟むの」


「挟む?」


「例えば」


 実際に一枚置く。


「ここに置くでしょう?」


「はい」


「そうすると、この駒が私の駒に挟まれる」


「はい」


「だから、ひっくり返す」


 木の色だった駒を裏返す。


 黒になる。


「なるほど」


「縦でも横でも斜めでもいいわ。最後に自分の色が多かった方が勝ち」


「分かりました」


「簡単でしょう?」


「はい」


「じゃあ始めましょう」


 サリナが駒を置く。


 私も置く。


 サリナが置く。


 ひっくり返す。


 また私が置く。


「……」


「……」


 しばらく無言で続ける。


「サリナ」


「はい」


「そこに置く?」


「置けますので」


「置けるけど」


 私は盤を見る。


 嫌な場所だ。


「……まあいいわ」


 別の場所へ置く。


 サリナがまた置く。


「ちょっと待って」


「何でしょう?」


「なんでそんなに取るの?」


「挟みましたので」


「それは分かってる」


 一気に五枚もひっくり返された。


「初めてよね?」


「はい」


「本当に?」


「リリアーナ様が今教えてくださったばかりですが」


「……」


 おかしい。


 教えた私より理解が早い。


「リリアーナ様の番ですよ」


「分かってるわよ」


 考える。


 ここに置けば二枚。


 こっちなら三枚。


「ここ!」


「では、私はこちらへ」


「あっ」


 また取られた。


「……」


「リリアーナ様?」


「もう一回」


「まだ終わっておりません」


「分かってるわよ!」


     ◇


「負けた」


「はい」


「なんで?」


「私に聞かれましても」


 盤の上。


 明らかに木の色の方が多い。


「私が教えたのに」


「考えた方が一番上手とは限りませんから」


「それ、前にも聞いた気がする」


「気のせいでは?」


「絶対気のせいじゃないわ」


 波に乗る板でも似たようなことがあった。


 なぜ私が持ち込んだ遊びで、私が負けるのか。


「もう一回」


「よろしいのですか?」


「勝つまでやる」


「それでは暇潰しではなくなってしまうのでは?」


「いいの!」


 二回目。


 負けた。


 三回目。


 負けた。


「……おかしい」


「何がです?」


「私、弱くない?」


「お気づきになられましたか」


「サリナ!」


 その声に、近くで作業していた職人たちが笑う。


「……何?」


「いえ」


「笑ったでしょう?」


「申し訳ありません」


「だったらやってみる?」


「俺がですか?」


「ええ。サリナ強いから」


「リリアーナ様が弱い可能性は?」


「やってみれば分かるわよ」


 職人がサリナの向かいへ座る。


 私は場所を譲った。


「ここへ置けばいいんですか?」


「はい。相手の駒を挟める場所に置きます」


「なるほど」


 始まる。


 最初は職人も迷っていた。


 けれど、何度か駒を置くうちに。


「ここだな」


「あっ」


「なら、こっちか」


「なるほど」


 どんどん考え始める。


「これ、面白いですね」


「でしょう?」


 私が答える。


「殿下はもうやらないんですか?」


「……見てるのも面白いからいいの」


 負け続けたからではない。


 絶対に違う。


 やがて、別の職人まで作業の合間に覗き込んできた。


「そこ置いたら取られるぞ」


「じゃあどこだよ」


「こっちだろ」


「そこも駄目だって」


「だったらお前やってみろ」


「やるよ」


 人が増える。


 一局が終わると、今度は別の二人が座った。


「もう一つ作れない?」


「作れますよ」


「俺も欲しい」


「じゃあ端材で何個か作るか」


「……」


 私はそのやり取りを眺める。


「リリアーナ様」


「何?」


「増えそうですね」


「いいんじゃない?」


 今回は、それが目的なのだから。


「でも、ここだけで遊んでても仕方ないわね」


「と、申しますと?」


「宿にも持っていきましょう」


 怪我をして外へ出られない人もいる。


 年を取って、浜辺で走り回れない人もいる。


 子供だって遊べるだろう。


「いくつか作ってもらって、みんなが使えるところに置けばいいわ」


「なるほど」


「でも、これだけじゃ飽きるかもしれないわね」


「他にもお考えですか?」


「簡単なものなら」


 盤を使わなくてもできる遊び。


 紙があればできるもの。


 歌だっていい。


 みんなで話をするだけでもいい。


 別に新しい遊びを大量に作る必要はない。


 この島に元からある遊びだってあるはずだ。


「島の人たちにも聞いてみましょう」


「何をでしょう?」


「普段、暇なときに何してるのか」


 私が知っているものだけを持ち込む必要なんてない。


 楽しく過ごせるなら何でもいいのだ。


     ◇


 翌日。


 宿の広間には、何人もの人が集まっていた。


「そこ!」


「あっ!」


「三枚も取られた!」


「だからそこは駄目だって言っただろ!」


「先に言えよ!」


「勝負中に教えるわけないだろ!」


 盤を囲んで騒いでいる。


 別の場所では、島の老人たちがカードを使った遊びを教えていた。


 子供たちは簡単な駒遊びをしている。


 誰かが歌い始めれば、それに合わせて手を叩く者もいる。


「……賑やかになったわね」


「昨日までとは随分違いますね」


「別に、遊びがなかったわけじゃないのよね」


「そうですね」


 きっかけがなかっただけなのだ。


 嵐が来て。


 みんな不安になって。


 何となく遊んではいけないような空気になっていた。


 だから私が一つ始めたら、他の人も自分たちの遊びを持ち出した。


「殿下!」


「何?」


「これ、もう一つありませんか?」


「盤?」


「はい! 順番待ちが長くて!」


「職人さんに頼んでみたら?」


「分かりました!」


 走っていく。


「人気ね」


「リリアーナ様は参加されないのですか?」


「……」


 盤を見る。


 昨日。


 サリナに三連敗した。


「今日は見てる」


「負けるのが嫌なのですか?」


「違うわよ」


「そうですか」


「みんなが楽しんでるか確認してるの」


「お仕事ですか?」


「……」


 それを言われると困る。


「違う」


「では?」


「休養」


「見ているだけで?」


「ええ」


 椅子に座る。


 飲み物を一口。


 目の前では、大人も子供も騒いでいる。


 昨日までの静けさが嘘のようだった。


「これでいいのよ」


 船がいつ直るかは、まだ分からない。


 本土から助けがいつ来るのかも分からない。


 それでも。


 今日一日を、昨日より少し楽しく過ごすことはできる。


「待ってるだけじゃ疲れるものね」


「はい」


「だったら、遊びながら待てばいいのよ」


 どうせ同じ一日なら。


 不安な顔で終わるのを待つより、笑っていた方がいい。


 広間に笑い声が響く。


 私はそれを聞きながら、椅子の背もたれに体を預けた。


「……やっぱり休養って、こういうのよ」


「リリアーナ様」


「何?」


「ご自分ではほとんど遊んでおられませんが」


「うるさいわね」

お読み頂き、ありがとうございます。

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