↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
やり過ぎた!  作者: 涙目
第三章 サーフィン地方編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
38/130

第七話 災害は突然やってくるもの

 夜中。


 窓が鳴った。


「……ん」


 目を覚ます。


 ガタガタと、何かが揺れている。


「……風?」


 寝台の上で体を起こす。


 暗い部屋。


 窓の向こうから、低い音が聞こえてくる。


 昼間まで聞こえていた穏やかな波の音とはまるで違う。


 もっと重い。


 何度も何度も、海が何かへぶつかっているような音。


「……」


 寝台から降り、窓へ近づく。


 外は暗く、よく見えない。


 ただ。


「風、強くなってない?」


 カタカタ。


 ガタガタ。


 窓が揺れる。


 その瞬間。


 ドンッ!


「きゃっ!」


 建物そのものが揺れた。


 違う。


 風だ。


 強い風が、建物へ叩きつけられた。


「リリアーナ様!」


 扉が開く。


「サリナ!」


「大丈夫ですか!?」


「ええ。何ともないわ」


 サリナも寝間着の上から急いで羽織っただけだった。


「何なの、これ」


「急に風が強くなったようです」


「急にって……」


 また窓が鳴る。


 今度は長い。


 ガタガタガタガタと、壊れるのではないかと思うほど激しく揺れる。


「窓から離れてください」


「分かったわ」


 二人で部屋の奥へ移動する。


 その直後。


 バンッ!


 どこかで大きな音がした。


「何!?」


「分かりません」


 廊下から人の声が聞こえる。


「確認してまいります」


「私も行く」


「リリアーナ様」


「部屋にいても何が起きてるか分からないでしょう?」


「……私から離れないでください」


「ええ」


 廊下へ出る。


 宿の者たちが慌ただしく動いていた。


「何があったの?」


「殿下!」


 一人が駆け寄ってくる。


「申し訳ございません。風で外の看板が飛ばされまして」


「怪我人は?」


「おりません」


「そう。ならいいわ」


 少し安心する。


「こういうこと、よくあるの?」


「強い風が吹くことはございますが……」


 男が窓を見る。


「ここまで急に荒れるのは珍しいですね」


「嵐?」


「おそらくは」


 嵐。


 島なのだから、そういう日もあるのだろう。


「朝には収まりそう?」


「それは……」


 答えに詰まった。


「分からない?」


「はい」


「そう」


 分からないものは仕方がない。


「今、外に人は?」


「この時間ですので、ほとんどの者は建物の中におります」


「浜辺は?」


「誰もいないはずです」


「なら、今は外に出ない方がいいわね」


「はい」


 また強い風が吹く。


 宿全体が軋んだ。


「リリアーナ様」


「何?」


「お部屋へお戻りください」


「……そうね」


 今の私が外へ出ても何もできない。


 むしろ邪魔になる。


「何かあったらすぐ呼んで」


「承知いたしました」


 部屋へ戻る。


 けれど。


 眠れるはずがなかった。


     ◇


 朝になっても、嵐は収まらなかった。


「……嘘でしょう」


 窓の外。


 昨日までの景色は、どこにもない。


 雨。


 風。


 荒れ狂う海。


 遠くまで白い波が立っている。


 浜辺には誰もいない。


 昨日まで並んでいた日除けや椅子も、すでに片付けられているのか、吹き飛ばされたのか、見えなかった。


「今日、海は無理ね」


「当然です」


「分かってるわよ」


 さすがの私でも、この海で遊ぼうとは思わない。


「今日は宿で大人しくしてましょう」


「それがよろしいかと」


 昨日は何もしない日。


 今日は外に出られない日。


「まあ、一日くらいなら」


 そう思っていた。


     ◇


 昼。


 雨はさらに強くなった。


 風も収まらない。


「長いわね」


「はい」


 窓の外を見る。


 朝より酷くなっている気さえする。


 そのとき。


 廊下が騒がしくなった。


「?」


 何人もの足音。


 誰かが大声で何かを叫んでいる。


「何かあったみたいね」


「確認してまいります」


「私も行く」


 今度はサリナも止めなかった。


 廊下へ出る。


 階段を下りると、宿の入口に何人か集まっていた。


 全員ずぶ濡れだ。


「どうしたの?」


「殿下!」


 現地の責任者もいる。


「何があったの?」


「港の一部が損傷しました」


「港が?」


「はい。波が想定以上に高く、一部の設備が破損しております」


「船は?」


「現在確認中です」


 胸の奥に、小さな違和感が生まれた。


「修繕中だった二隻は?」


「陸へ上げてありますが、この風です。まだ状況が……」


「他の四隻は?」


「港にございます」


「大丈夫なの?」


「係留を増やしております」


 大丈夫。


 そうは言わなかった。


「分かったわ」


 まだ何も分からない。


 なら、今ここで騒いでも仕方がない。


「外にいる人はいない?」


「確認しております」


「怪我人が出たら?」


「治療のできる者を一か所へ集め始めています」


「そう」


 現地の人たちも動いている。


 なら、今は任せるべきだ。


「何か私にできることがあったら言って」


「ありがとうございます」


 責任者が頭を下げる。


 私はサリナと顔を見合わせた。


「……長引きそうね」


「そうですね」


 まだ、その程度に考えていた。


     ◇


 夕方。


「殿下!」


 扉が強く叩かれた。


「入って!」


 入ってきた男の顔を見た瞬間。


 何かあった。


 そう分かった。


「どうしたの?」


「船が……」


「船?」


「港に停泊していた船が、波で……」


 男が息を整える。


「二隻、大きく損傷しました」


「二隻?」


「はい」


 六隻ある。


 二隻はもともと修繕中。


 残り四隻のうち。


 二隻が大きく損傷。


「残りの二隻は?」


「一隻にも損傷が確認されています。もう一隻は現在のところ大きな損傷はございませんが、この波では……」


「出せないわね」


「はい」


 当たり前だ。


 こんな海へ出せるはずがない。


「でも、嵐が収まれば一隻は動かせるんでしょう?」


「現状では、その可能性はございます」


「なら」


 そこで。


 また別の男が飛び込んできた。


「失礼いたします!」


「今度は何?」


「本土から連絡が!」


「本土?」


 この嵐の中、どうやって。


 そう思ったが、今はどうでもいい。


「何があったの?」


「川が増水しております!」


「川?」


「はい!」


 嫌な予感がした。


 昨日。


 視察で見たものが頭に浮かぶ。


 古い橋。


 補修を繰り返していた橋。


『雨が酷いときは?』


『水量が増えますので、状況によっては通行を止めております』


「橋は?」


「すでに通行を止めています!」


「なら大丈夫でしょう?」


「それが……」


 男の顔が歪む。


「先ほど、一部が崩落したと」


「……」


 一瞬。


 言葉が出なかった。


「橋が?」


「はい」


「人は?」


「通行止めの後でしたので、巻き込まれた者はいないとのことです」


「……そう」


 それだけはよかった。


 本当に。


 でも。


「橋が落ちたら、本土側の港までの道は?」


「迂回路はございます」


「あるのね」


「ですが……」


「何?」


「この雨で、そちらでも土砂崩れが起きているとのことです」


「…………」


 船。


 橋。


 道。


 一つずつ。


 繋がっていたものが切れていく。


「他に道は?」


「ございます。しかし、かなり遠回りとなります。それに現在の天候では、安全に通行できるかも……」


 男が言葉を濁す。


 私は窓を見る。


 外では、まだ雨が叩きつけている。


「……嵐が収まってからね」


「はい」


 今は何もできない。


 状況の確認すら満足にできない。


 なら。


「まず人よ」


「はい?」


「港にいた人たちは全員無事?」


「確認中です」


「島の人たちは?」


「現在、各地区で確認しております」


「観光客は?」


「宿ごとに確認を」


「私たちの随行員も確認して」


「承知いたしました」


 口から言葉が出ていた。


「怪我人がいるなら、治療できる人と場所を一つにまとめて。どこに行けば治療を受けられるか分からないのが一番困るから」


「はい」


「それと」


 言いかけて止まる。


 違う。


 今、私が全部指示する必要はない。


 現地の人たちもすでに動いている。


「……今言ったこと、もうやってる?」


「一部はすでに」


「なら、そのまま続けて」


「はい」


「私は状況を知りたい。分かったことから教えて」


「承知いたしました」


 責任者が出ていく。


「リリアーナ様」


「何?」


「お顔が」


「分かってる」


 たぶん。


 もう笑っていない。


 さっきまで。


 嵐が過ぎれば、また海で遊べると思っていた。


 船が一隻残っているなら大丈夫だと思っていた。


 橋が落ちても迂回できると思った。


 でも。


 一つ問題が起きるたびに。


 その次が出てくる。


「サリナ」


「はい」


「昨日、倉庫を見たわよね」


「はい」


「食料があった」


「ございました」


「数日なら船が来なくても大丈夫だって言ってた」


「はい」


 数日。


 その言葉が、急に重くなる。


「……これ、数日で済むのかしら」


 サリナは答えなかった。


 答えられるはずがない。


 私にも分からない。


 だから。


「確認しましょう」


「何をですか?」


「全部」


 島に何人いる。


 怪我人は何人。


 食料はどれだけある。


 船は本当に使えないのか。


 本土から助けが来るなら、いつになるのか。


 分からないなら。


 まず、分かるところから確認する。


「休養は?」


 サリナが聞く。


「……」


 私は窓の外を見る。


 荒れ狂う海。


 叩きつける雨。


「人が無事だって分かってからよ」


 もう。


 バカンスをしている場合ではなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。