第六話 完璧な休養を求めて
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
ピーク島へ来てから、数日が経った。
朝。
目を覚ます。
「……」
窓の外を見る。
晴れている。
今日も絶好の海日和だ。
「よし」
起き上がろうとして。
「……やめた」
もう一度、枕へ頭を落とした。
今日は何もしない。
海にも行かない。
板にも乗らない。
ボールも追いかけない。
何もしない。
これぞ休養。
「リリアーナ様。朝でございます」
「起きてるわ」
「では、朝食を」
「持ってきてもらえる?」
「こちらで召し上がるのですか?」
「今日は部屋から出ない」
「……体調でも?」
「元気よ」
「では、なぜ?」
「何もしないため」
少し間があった。
「承知いたしました」
「何、その間」
「いえ。ようやく休養らしいことをなさるのだな、と」
「今までも休養だったでしょう?」
「毎日、日が暮れるまで遊んでおられましたので」
「休養ってそういうものでしょう?」
「そうかもしれません」
サリナが部屋を出ていく。
私は布団に包まった。
「……最高」
何もない。
今日やるべきことが、本当に一つもない。
前世では、こんな日はほとんどなかった。
休みでも連絡が来る。
次の日のことを考える。
頭のどこかには、いつも仕事があった。
でも今は違う。
視察も終わった。
誰かに呼ばれてもいない。
急ぎの仕事もない。
今日は寝てもいい。
起きてもいい。
何もしなくても、誰にも怒られない。
「……もう一回寝よう」
目を閉じる。
数分後。
「……」
目を開ける。
「寝られない」
さっき起きたばかりなのだから当然だった。
◇
「暇」
「まだ朝食を召し上がったばかりですが」
「暇なの」
寝台の上で転がる。
右。
左。
仰向け。
「本でもお読みになりますか?」
「今日は何もしないって決めたの」
「本を読むのは何かに含まれるのですか?」
「……含まれる」
「では、眠られては?」
「眠くない」
「海へ行かれますか?」
「行かない。今日は何もしない日」
「難しいですね」
「何が?」
「何もしないことが」
「……本当ね」
暇だ。
とても暇だ。
でも、この暇を私は求めていたはずだ。
「…………」
窓の外から声が聞こえる。
楽しそうな声。
たぶん浜辺だ。
「……」
「リリアーナ様」
「何?」
「窓を見ておられますよ」
「見てないわ」
「先ほどからずっと」
「外が勝手に視界に入るの」
「そうですか」
「そうよ」
また声がする。
「……ちょっと見るだけなら」
「何もしないのでは?」
「見るだけは何もしないに入るでしょう?」
「お好きになさってください」
立ち上がる。
窓辺へ行く。
浜辺が見えた。
「……増えてない?」
「何がでしょう?」
「人」
数日前より明らかに多い。
波に乗る板を抱えた人。
ボールを追いかけている人。
それを見る人。
食べ物や飲み物を売る人。
「観光客の方々にも広まったのでしょうか」
「早くない?」
「目立ちますから」
「まあ……目立つわね」
海で板に立っている人がいる。
浜辺では何人もの人がボールを打ち合っている。
何をしているのか気になるのは分かる。
「……ちょっとだけ見に行こうかしら」
「何もしない日は?」
「散歩は何もしないに入る」
「先ほどから範囲が広がっておりますね」
「細かいわね」
◇
「なんでこんなことになってるの?」
浜辺へ来た私は、首を傾げていた。
人が多い。
昨日より多いどころではない。
「次、貸してください!」
「こっちはあと二人入れるぞ!」
「飲み物ありますよ!」
「焼き魚、焼きたてだよ!」
賑やかだ。
最初は私が一枚の板を作ってもらっただけだった。
それが今では。
「板、増えすぎじゃない?」
「作った方がいらっしゃるのでしょう」
「私、頼んでないわよ?」
「リリアーナ様以外でも頼めますから」
「それはそうだけど」
よく見ると、最初に頼んだ職人とは別の者まで板を作っている。
しかも。
「貸し出し?」
「一回銅貨二枚!」
「商売してる……」
「需要がございますから」
逞しい。
実に逞しい。
別の場所では、網まで増えていた。
私とサリナが遊ぶために張ったものとは別に、二つ。
そこで何人もの人がボールを打ち合っている。
「そっち!」
「任せろ!」
「落とすな!」
「一点!」
ルールまで普通に通じている。
「誰が教えたの?」
「昨日遊ばれていた方々では?」
「……なるほど」
遊び方なんて、一度見れば大体分かる。
分からなければ聞けばいい。
私が毎回説明する必要もない。
「殿下!」
「ん?」
声を掛けられる。
「昨日の遊び、六人でもやってみたんです!」
「六人?」
「三人ずつです!」
「ああ」
昨日も途中からそれくらいになっていた。
「二人より面白いです!」
「そう?」
「はい! 一人が打ち損ねても、他の人が拾えますから!」
「それはいいわね」
「あと、十点だとすぐ終わるんで、十五点にしました!」
「……勝手に変えたの?」
「駄目でした?」
「別にいいわよ」
遊びなのだから。
自分たちが楽しいように変えればいい。
「ありがとうございます!」
男性が戻っていく。
私はその背中を見送った。
「勝手に育ってるわね」
「楽しければ工夫もされるのでしょう」
「そんなものかしら」
「リリアーナ様も、昨日途中で人数を増やされたではありませんか」
「そうだったわ」
私も適当に変えていた。
なら人のことは言えない。
「あっ、殿下!」
今度は飲み物を売っている男から呼ばれた。
「今日は果物もありますよ!」
「果物?」
「冷やしてあります!」
「ください!」
「何もしない日では?」
「食べるのは必要でしょう!」
「はい」
冷やした果物を買う。
一口。
「美味しい!」
甘い。
冷たい。
海を眺めながら食べると、さらに美味しく感じる。
「これ、いいわね」
「ありがとうございます!」
「昨日はなかったでしょう?」
「はい。暑いので売れるかと思いまして!」
「実際売れてる?」
「おかげさまで!」
笑顔だ。
少し離れた場所では別の店が簡単な日除けを用意している。
椅子まで置いてある。
「……」
「どうされました?」
「商人ってすごいわね」
「またですか?」
「だって、私が何も言ってないのにどんどん増えてる」
人が集まる。
喉が渇く。
飲み物を売る。
腹が減る。
食べ物を売る。
暑い。
日除けを作る。
板で遊びたい。
板を貸す。
必要なものを見つけて、勝手に商売にしている。
「私、遊んでただけなのに」
「皆様も商売をされているだけでは?」
「……そうね」
お互い好きなことをしている。
それならいいか。
「リリアーナ様!」
「今度は何?」
「一緒にやりませんか!」
網の向こうから呼ばれる。
「今日は何もしない日だから」
「そうなんですか?」
「ええ」
「じゃあ見ててください!」
「分かったわ」
私は日除けの下へ移動する。
椅子へ座る。
冷たい果物を食べる。
海を見る。
みんなが遊んでいる。
「……」
「リリアーナ様?」
「これよ」
「何がですか?」
「私が求めてた休養」
自分は何もしない。
好きなものを食べながら、楽しそうにしている人たちを見る。
眠くなったら寝る。
「完璧じゃない」
「ようやく見つかりましたね」
「ええ」
私は椅子へ深く座り直した。
潮風が気持ちいい。
空も晴れている。
遠くでは穏やかな波が続いている。
この島に来てよかった。
心からそう思った。
◇
その日の夕方。
「明日は何しようかしら」
宿へ戻りながら考える。
「何もしない日を続けられては?」
「今日、結局外に出たでしょう?」
「ほとんど座っておられましたが」
「でも明日は何かしたい」
「では、明日お考えになればよろしいのでは?」
「それもそうね」
予定を決めなくていい。
明日のことを、明日決められる。
それだけで嬉しい。
「夕食は何?」
「魚料理と伺っております」
「また魚?」
「お嫌ですか?」
「まさか。楽しみ」
そんな話をしながら宿へ戻る。
その夜。
風が、少しだけ強くなった。
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