第二話 中途半端に休むなら先に仕事を片付けた方が気兼ねなく休める
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
馬車を降りた瞬間、潮の香りが鼻をくすぐった。
「海!」
思わず声が出る。
目の前には青い海。
陽の光を反射して、きらきらと輝いている。
「サリナ、海よ!」
「はい。見えております」
「綺麗ね!」
「そうですね」
ピーク島。
今回、私が一月の休養を過ごす場所だ。
お父様から頼まれた仕事は、王都できっちり終わらせてきた。
そして約束通り、休養を与えられた。
今度こそ。
本当に。
「休める……!」
「随分と嬉しそうですね」
「当たり前でしょう!」
一月。
一月もある。
何をしよう。
まず海には行きたい。
美味しい海鮮料理も食べたい。
せっかく島まで来たのだから、船に乗るのもいいかもしれない。
何もしない日があってもいい。
朝起きて、その日の気分で予定を決める。
なんて贅沢なのだろう。
「ふふっ」
「リリアーナ様」
「何?」
「視察はいつなさいますか?」
「……」
私はサリナを見る。
「今言う?」
「確認です」
「忘れてないわよ」
一応。
お父様は休養先を告げた後、確かに言った。
『ちょうど現地の視察も必要だったところだ』
あのときは騙されたと思った。
ただ、
『バカンスのついでで構わん』
とも言っていた。
つまり、急ぐ必要はない。
「一月もいるんだから、そのうちでいいでしょう?」
「そのうち、ですか?」
「ええ。お父様もついでで構わないって言ってたんだもの」
今日やらなければならないわけでもない。
明日である必要もない。
滞在している間に、一度見ておけばいい。
「でしたら」
「何?」
「先に終わらせてしまいませんか?」
「……先に?」
「はい」
サリナが頷く。
「どうせ一度はなさらなければならないのでしょう?」
「まあ、そうね」
「でしたら最初に終わらせてしまえば、後はすべて休養です」
「…………」
私は黙る。
最初に視察。
終わらせる。
残り。
全部休み。
「…………!」
それは。
とてもいい。
「サリナ」
「はい」
「あなた天才ね」
「普通です」
「なんで今まで思いつかなかったのかしら」
「到着するまで海のことしか考えておられませんでしたから」
「仕方ないでしょう。海よ?」
「はい」
だが、確かにサリナの言う通りだ。
後回しにする理由はない。
いつかやらなければならないのなら、先に終わらせてしまえばいい。
そうすれば、
――まだ視察してない。
なんてことを考える必要もなくなる。
「決めたわ」
「はい」
「先に視察を終わらせる」
「はい」
「終わったら?」
「ご自由にお過ごしください」
「完璧ね」
俄然やる気が出てきた。
視察をしたいわけではない。
その後に待っている休養のためだ。
「リリアーナ王女殿下。ようこそピーク島へお越しくださいました」
出迎えに来ていた現地の責任者が頭を下げる。
「出迎えありがとうございます。しばらくお世話になります」
「はい。殿下にゆっくりとお過ごしいただけますよう、準備しております」
ゆっくり。
素晴らしい言葉だ。
「早速で申し訳ないのですが、一つお願いがあります」
「何でございましょう?」
「父から、こちらの様子も見てくるように言われています」
「陛下からでございますか?」
「ええ。ただ、バカンスのついでで構わないと言われていますから、簡単に見て回るだけで構いません」
「承知いたしました」
「どこを見ておけばいいですか?」
現地責任者が少し考える。
「島内でしたら、港、倉庫、集落などをご覧いただければ、おおよその様子はお分かりになるかと」
「他には?」
「本土との物流もございますので、そちらについてもご説明いたします」
「分かりました」
それくらいなら、そこまで時間は掛からなそうだ。
「今日からお願いできますか?」
「本日からでございますか?」
「はい」
「長旅でお疲れでは?」
「大丈夫です」
疲れていないわけではない。
でも、今日少しでも見ておけば、その分だけ早く終わる。
「承知いたしました。では、お荷物を置かれましたらご案内いたします」
「お願いします」
よし。
私は海を見る。
少しだけ待っていてもらおう。
先にやることを終わらせる。
そうしたら。
一月とはいかないけれど、それに近い日数を何の予定もなく過ごせる。
最高だ。
◇
荷物を置いた後、最初に案内されたのは港だった。
ピーク島の港は思っていたよりも賑わっている。
漁から戻ってきた船。
魚を運ぶ者。
本土から届いた荷物を下ろす者。
観光客らしき人の姿もあった。
「結構、人が多いのね」
「はい。近年は観光や静養で訪れる方も増えております」
「私みたいに?」
「そうですね」
なるほど。
休養先としてはそれなりに有名らしい。
「島の人たちは、主に漁業を?」
「漁業に従事する者は多いですね。ほかにも観光客向けの宿や飲食店などがございます」
「へえ」
それは後で見てみたい。
特に飲食店。
今は視察中なので我慢する。
「本土から来る荷物は?」
「穀物や日用品などが中心となります」
「島だけでは賄えないの?」
「すべては難しいですね。魚介類などはこちらで十分に賄えますが、穀物などは本土から運ぶものが多くございます」
「なるほど」
港を見る。
ちょうど船から大量の荷物が下ろされていた。
袋。
木箱。
樽。
「船は毎日来るの?」
「天候に問題がなければ、定期的に往来しております」
「天気が悪くて来られないこともあるでしょう?」
「もちろんございます」
「そのときは?」
「数日程度であれば問題ございません。島内にも備蓄がございますので」
「そう」
島なのだから、その程度の備えは当然しているらしい。
「それなら問題なさそうね」
「はい」
そのまま港を歩く。
並んでいる船へ目を向ける。
「……結構古い船もあるのね」
「長く使っているものもございます」
「大丈夫なの?」
「定期的に整備しております。傷みが見つかれば修繕も行っておりますので」
「ならいいけど」
古いから危険とは限らない。
ちゃんと整備しているなら問題はない。
少し離れた場所には、陸へ上げられた船が二隻あった。
「あれは?」
「修繕中でございます」
「二隻とも?」
「はい。一隻は定期的な修繕。もう一隻は傷みが見つかりまして」
「他の船で足りてる?」
「現在は便数を調整して対応しております」
「そう」
なら、今のところ問題はない。
「全部で何隻あるの?」
「本土との往来に使うものは六隻ございます」
「今は四隻?」
「はい」
「普段はそれで余裕ある?」
「以前より利用者や荷物が増えておりますので、余裕があるとは言えませんが、運航に支障はございません」
「利用者が増えたのに、船は増えてないの?」
「入れ替えはしておりますが、数そのものは大きく変わっておりません」
「……なるほど」
人は増えた。
荷物も増えた。
船の数はほぼ同じ。
今は問題なく回っている。
でも、余裕は少ない。
「これはお父様に伝えておいた方がいいわね」
「船についてですか?」
「ええ」
今すぐどうにかしろという話ではない。
ただ、このまま利用者が増え続ければ、いずれ足りなくなる可能性はある。
「今後も人が増えるなら、一度考えた方がいいかもしれないって伝えておくわ」
「ありがとうございます」
「別に私が増やすわけじゃないけどね」
「はい?」
「何でもないわ」
危ない。
船を増やすなら費用が。
人員が。
維持が。
そこまで考えるところだった。
私は見に来ただけ。
気になったことを伝える。
それで十分だ。
「次は?」
「物資を保管している倉庫をご案内いたします」
「お願いします」
港を離れる。
途中、もう一度だけ海を見る。
遊びたい。
ものすごく遊びたい。
でも。
「先に終わらせる」
「何かおっしゃいましたか?」
「何でもないわ」
今日と明日くらい。
最初にきちんと見てしまう。
そうすれば、その後は。
本当に何も予定のない休養が待っているのだから。
お読み頂き、ありがとうございます。




