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やり過ぎた!  作者: 涙目
第三章 サーフィン地方編

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第一話 餌に食いつく魚

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 卓球大会が終わった。


 大会は大盛況。


 ピンポン地方には多くの人が集まり、宿は埋まり、飲食店は繁盛し、商人まで集まった。


 卓球を見た人たちは自分でもやりたいと言い出し、ラケットや球が売れ、職人たちには注文が殺到しているらしい。


 大会会場についても、大会がない日は一般に貸し出されることになった。


 結果だけを見れば、大成功。


 素晴らしい成果だと思う。


 うん。


 第一王子であるお兄様が。


 私はちょっと意見を言っただけ。


 そういうことにしてほしい。


 というより、そういう約束だったはずだ。


「終わった……」


 自室のソファへ身体を沈める。


「お疲れ様でございました」


 サリナがお茶を置いてくれる。


「本当に疲れたわ……」


「随分と楽しそうに卓球をされておりましたが」


「それとこれとは別よ」


 卓球自体は楽しかった。


 お兄様との試合も、途中から本気になってしまったことは認める。


 大会も面白かった。


 自分が説明した遊びを大勢の人が楽しんでいる光景は、悪い気分ではなかった。


 ただし。


「意見だけって言ったのに」


「はい」


「名前を貸すだけって言ったのに」


「はい」


「なんで大会資料を全部確認することになったのよ」


「この国で最も卓球に詳しいのがリリアーナ様でしたので」


「知らないわよ!」


 そんな理由で仕事が増えてたまるものか。


 私は働きたくない。


 正確には、必要な仕事ならする。


 王族として最低限の仕事もする。


 任されたなら、それなりに責任を持ってやる。


 だけど、それ以上は嫌だ。


 前世では散々働いた。


 朝から晩まで仕事をして、部下の失敗を処理して、上司の無茶振りに付き合って、取引先に頭を下げて、会議をして、資料を作って。


 休日まで仕事のことを考えていた。


 だから今世では、のんびり暮らす。


 そう決めていた。


 なのに。


「ボーリング地方から帰ってきて、やっとのんびりできると思ったのに……」


「王位継承権を授与されましたからね」


「いらないのに」


「それは陛下へおっしゃってください」


「何度も言ってるわよ」


 何度言っても聞いてくれない。


 それどころか最近のお父様は、私が何かをするたびに楽しそうなのだ。


 非常に嫌な予感がする。


「まあ、いいわ」


 お茶を一口飲む。


 終わったものは仕方がない。


 大切なのはこれから。


「しばらく休むわよ」


「そうでございますね」


「読書して、お茶を飲んで、散歩して、昼寝するの」


「以前と同じ生活ですね」


「最高じゃない」


 何もしなくていい。


 素晴らしい。


 私はそのために今まで目立たないように生きてきたのだ。


 王位継承権第五位なんて余計なものはくっついてしまったけれど、それでも自分から仕事を増やさなければ――。


 コンコン。


 扉が叩かれた。


「失礼いたします」


 ミハイルが入ってくる。


 その手には一通の書状。


 嫌な予感がした。


 とても嫌な予感がした。


「リリアーナ様」


「嫌よ」


「まだ何も申し上げておりませんが」


「その手紙、お父様からでしょう?」


「はい」


「なら嫌」


「陛下よりお呼び出しでございます」


「嫌」


「リリアーナ様」


「行きたくない」


「王命です」


「…………」


 私は天井を見上げた。


「サリナ」


「はい」


「私、何か悪いことした?」


「少なくとも、私の知る限りでは」


「じゃあ、なんで?」


「さあ」


 行きたくない。


 ものすごく行きたくない。


 だけど、王命なら行かないわけにもいかない。


「……着替えるわ」


「畏まりました」


 お願いだから。


 仕事の話ではありませんように。


 そんな願いを抱きながら、私はお父様のもとへ向かった。


     ◇


「嫌です」


 部屋へ入って、挨拶をして、椅子へ座って。


 お父様が口を開くより先に断った。


「まだ何も言っておらんぞ」


「どうせ仕事でしょう?」


「なぜそう思う」


「お父様が私を呼ぶとき、大体仕事だからです」


「親が娘を呼んではいかんのか?」


「仕事じゃないんですか?」


「仕事だ」


「ほら!」


 だったら最初から言えばいいでしょう!


 私の期待を返してほしい。


 いや、最初から期待なんてしていなかったけど。


「嫌です」


「内容くらい聞け」


「聞いたら断れなくなるじゃないですか」


「王命なら聞かなくても断れんぞ」


「横暴です!」


「王だからな」


 この人。


 王という立場をこんなところで使わないでほしい。


 私が睨んでも、お父様はどこ吹く風。


 机の上に置かれていた書類へ目を落とす。


「少し行政で問題が起こってな」


「文官に任せてください」


「お前の奇抜な発想が役立つかもしれん」


「役立ちません」


「まだ内容も聞いておらんだろう」


「聞いたら考えてしまうので聞きたくありません」


「……」


 お父様が黙った。


 何よ。


 自分でも分かっている。


 問題を聞けば考えてしまう。


 ここがおかしい。


 こうすればいい。


 あれを確認した方がいい。


 そういうものが勝手に頭へ浮かぶ。


 前世からの悪い癖だ。


 そして一度気づくと放置するのが気持ち悪い。


 だから聞かない。


 知らなければ考えなくて済む。


 完璧な作戦だ。


「この件が済んだら、お前に休養を与えようと思っていたのだがな」


 ピクッ。


「最近、働き詰めであろう」


「……」


「ボーリング地方から戻ってきた後も、王位継承権を与えられたことで予定が増えた」


「……そうですね」


「そのうえ、ピンポン地方の件にも関わった」


「意見だけの予定でしたけどね」


「卓球大会も成功させた」


「お兄様が、です」


「そういうことにしておこう」


 何、その言い方。


「故に、少し休ませてもよいと思ってな」


「……本当ですか?」


「ああ」


 怪しい。


 ものすごく怪しい。


 だけど、休養。


 その言葉は魅力的だった。


「どのくらいですか?」


「そうだな。一月ほどはどうだ?」


「一月!?」


 思わず身を乗り出した。


 一月。


 一月も休める。


 読書。


 散歩。


 昼寝。


 お茶。


 何をしよう。


 いや、何もしなくてもいい。


 一月間、何もしないという贅沢。


 最高ではないか。


「とある海に面した地方でな」


「海……」


「バカンスには最適だ」


 ピクッ。


「気候もよい」


「……」


「あそこで海を眺めながら海鮮料理を食すのは、たいそう療養になるだろうに」


 ピクピクッ。


 海。


 海鮮料理。


 バカンス。


 前世では、そんなものに縁がなかった。


 旅行へ行こうと思ったことはある。


 だけど、仕事が入った。


 休みを取ろうとしたこともある。


 だけど、問題が起きた。


 気づけば休日は家で寝て終わる。


 海辺で何もせず、波の音を聞きながら、美味しいものを食べる。


 いい。


 ものすごくいい。


 だけど。


 待って。


 私はお父様を見る。


 お父様は笑っている。


 絶対に何かある。


「……意見だけ、ですね?」


「うむ」


「実務は?」


「現地の者に任せればよい」


「本当に?」


「無論だ」


「私が何かを直接やる必要は?」


「ない」


 怪しい。


 でも、条件としては悪くない。


 少し行政上の問題について意見を出す。


 それだけ。


 終われば一月の休養。


 しかも海。


 海鮮料理。


「……分かりました」


「ほう」


「そのお仕事、お受けいたします」


「そうかそうか」


 お父様が嬉しそうに笑う。


 その顔が気に入らない。


「ただし」


「なんだ」


「意見だけですからね」


「ああ」


「実務はしません」


「分かっておる」


「問題を見つけても、報告するだけです」


「構わん」


「本当に、本当に、それだけですからね?」


「くどいぞ」


 誰のせいだと思っているのか。


「では、話は終わりですね」


「ああ」


「失礼いたします」


 立ち上がる。


 よし。


 少し仕事をする。


 それが終われば休暇。


 今度こそ本物の休暇だ。


 私は晴れやかな気持ちで扉へ向かう。


「ああ、そうだ」


「はい?」


 振り返る。


「行き先を伝えておらんかったな」


「そういえば」


「サーフィン地方だ」


「……サーフィン?」


 聞き覚えのある単語。


 いや、この国の地名なんて、そんなものばかりだけれど。


 ボーリング。


 ピンポン。


 そして今度はサーフィン。


 本当に、この世界の神様は遊び足りなかったのだろうか。


「その沿岸部と、近くにあるピーク島を見てきてもらいたい」


「ピーク島」


「景観もよいぞ」


「そうですか!」


 島!


 海!


 これは期待できる。


「ちょうど現地の視察も必要だったところだ」


「…………」


「バカンスのついでで構わん」


「お父様?」


「なんだ?」


 私は笑顔を作った。


「今、視察とおっしゃいました?」


「言ったな」


「休養ですよね?」


「ああ」


「なのに視察?」


「ついでだ」


「仕事ですよね?」


「ついでだ」


「仕事ですよね!?」


 お父様は答えない。


 ただ楽しそうに笑っている。


 このクソジジイ。


 危うく口から出そうになった言葉を、私は必死に飲み込んだ。


 大丈夫。


 まだ大丈夫。


 視察だけ。


 問題を確認して、意見を言って、報告書を書く。


 それだけだ。


 終われば海。


 海鮮料理。


 バカンス。


 そう。


 今度こそ。


 今度こそ、本当に休むのだ。

お読み頂き、ありがとうございます。

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