↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
やり過ぎた!  作者: 涙目
第二章 ピンポン地方編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
31/130

終話 断れるうちは断ることができる……かもしれない

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 大会が終わってから数日。


 私はようやく、本来あるべき生活を取り戻していた。


「……平和ね」


「左様でございますね」


 庭園に置かれた長椅子へ腰掛け、淹れたての紅茶を口へ運ぶ。


 目の前には読みかけの本。


 空を見上げれば雲は少なく、吹き抜ける風も心地いい。


 素晴らしい。


 本当に素晴らしい。


 大会が終わってからというもの、お兄様からの呼び出しは一度もなかった。


 卓球について質問されることもなければ、大会運営について確認されることもない。


 朝起きて予定を確認し、王女として必要な仕事を片づければ、残った時間は私のもの。


 これよ。


 私が求めていた生活は、これなのよ。


「サリナ」


「はい」


「私、思うの」


「何でしょう?」


「人間、働き過ぎるのは良くないわ。適度に働いて、適度に休む。それが一番なのよ」


「以前から同じことをおっしゃっていたかと」


「そうだった?」


「はい」


「なら、私は昔から正しかったのね」


「そういうことにしておきます」


「何よ、その言い方」


 私は紅茶をもう一口飲み、満足して息を吐いた。


 大会も無事に終わった。


 お兄様との約束も、なんだかんだで果たした。


 名前だけという話だったはずなのに、途中からほとんど全てを確認する羽目になったけれど、それももう過ぎたことだ。


 今後、卓球をどう広めるのか。


 大会を続けるのか。


 あの会場をどのように利用するのか。


 それらは全部、お兄様が考えることであって私の仕事ではない。


 私はもう関係ない。


「ふふ」


「随分とご機嫌でございますね」


「分かる?」


「大変分かりやすくございます」


「だって、もう何もないもの。今日はこのまま本を読んで、昼食を食べたら少し休んで、午後は昼寝にしましょう」


「本日の予定でしたら問題ございません」


「最高ね」


 本を開く。


 さて。


 昨日の続きを読もう。


「リリアーナ様」


 ミハイルの声が聞こえた。


 私は本から目を上げない。


「リリアーナ様」


 もう一度呼ばれた。


 仕方なく顔を上げると、ミハイルがいつもの無表情で立っていた。


「……何?」


「第一王子殿下より使者が参っております」


「帰ってもらって」


「お呼びでございます」


「急に体調が悪くなったわ」


「では、医師をお呼びいたします」


「……」


 私は静かに本を閉じた。


「ミハイル」


「はい」


「あなたも最近、サリナに似てきてない?」


「光栄でございます」


「褒めてないわよ」


 横を見ると、サリナが何食わぬ顔で立っている。


 この二人。


 妙なところで息が合うようになってきた気がする。


「それで、何の用だと言っているの?」


「直接お話ししたいことがあるとのことです」


「卓球?」


「そこまでは伺っておりません」


「……そう」


 嫌な予感がする。


 大会は終わった。


 何か問題が起きたのだろうか。


 いや、問題が起きたとしても、お兄様は自分たちで対処すると言っていた。


 私はもう関係ない。


 関係ないはず。


「分かったわ。行きましょう」


「かしこまりました」


 話だけ聞こう。


 本当に話だけ。


 もし何か問題が起きていたとしても、それはお兄様に任せて帰ってくればいい。


 私はそう自分に言い聞かせ、名残惜しく長椅子から立ち上がった。


 ◇


「やあ、リリアーナ。来てくれてありがとう」


「お兄様。それで、本日はどのようなご用件でしょう?」


「随分と急ぐね」


「昼寝の予定がございますので」


「相変わらずだね」


「私にとっては大切な予定です」


「そうかい」


 お兄様に勧められ、向かいの椅子へ腰掛ける。


 今日は何人かの側近たちも同席しており、ケインも壁際に控えている。


 それを見る限り、ただの雑談というわけではなさそうだった。


「まずは大会のことなんだけど」


「何か問題でもございましたか?」


「いや、逆だよ。大成功だった」


「……そうですか」


「あれから詳しく調べさせていたんだけどね。大会当日だけでも、かなりの人間がピンポン地方を訪れていたらしい」


 お兄様は手元の書類へ視線を落としながら、順番に結果を説明していく。


 大会当日は周辺の宿がほぼ満室。


 飲食店の売り上げも大きく伸び、会場周辺に出店していた商人たちもかなりの利益を得たらしい。


 さらに、大会で使用した卓球台やラケットに興味を持つ者も多く、特に手頃な価格で販売を始めたラケットは予想以上に売れているという。


「大会を見て、自分でもやってみたいと思った者が多かったようだよ」


「それは何よりです」


「君が言っていた会場の貸し出しも、試しに始めてみた」


「もう始めたのですか?」


「せっかく興味を持っている人がいるんだ。熱が冷めないうちに始めた方がいいだろう?」


「それは……そうかもしれませんけど」


 早い。


 お兄様、思っていた以上に行動が早い。


「こちらもかなり好評だよ。今のところ利用希望者が多くて、時間を区切って貸し出しているらしい」


「そこまで……」


「ああ。それだけじゃない」


 お兄様は楽しそうに次の書類を手に取った。


 大会をきっかけに、ピンポン地方へ新しく商人が集まり始めているらしい。


 卓球道具を扱いたい者。


 大会開催時の人出を見込み、新しく店を構えようとする者。


 宿泊施設や飲食店への投資を考える者。


 さらに、卓球台やラケットを作るため、他領から移ってきた木工職人までいるという。


「まだ大会が終わって数日ですよね?」


「ああ」


「商人って怖いですね」


「褒め言葉として受け取っておこう」


「お兄様は商人ではないでしょう」


「それもそうだね」


 思わず普通に返してしまった。


 でも。


 悪い話ではない。


 むしろ、お兄様が最初に言っていた目的を考えれば、大成功と言っていいだろう。


 ピンポン地方に特産を作りたい。


 そのために私へ意見を求めた。


 そして今、卓球台やラケットが新しい商品となり、人まで集まり始めている。


「領地の収益も、今後かなり伸びると思う」


「良かったではありませんか」


「ああ。全部リリアーナのおかげだね」


「……ありがとうございます」


 私は笑顔で答えた。


 褒められている。


 間違いなく褒められている。


 普通なら喜ぶところなのだろう。


 けれど。


 何かがおかしい。


 わざわざ私を呼び出して、ここまで詳しく説明する必要がある?


 報告だけなら書面でもいい。


 そもそも、私はもう大会の運営から外れている。


 お兄様はそんな私の顔を見て、楽しそうに目を細めた。


「リリアーナは意外と分かりやすいよね」


「……何がでしょう?」


「何か裏があるんじゃないかって考えているだろう?」


 私は一瞬だけ黙り、それから王女として身につけた笑みを浮かべた。


「そのようなことはございませんわ。ピンポン地方が発展することは、王族として大変喜ばしいことですもの」


「そう?」


「はい」


「なら、そういうことにしておこう」


「……」


 イラッとした。


 なんなのよ、その言い方。


 絶対に何かあるじゃない。


「まあ、今日呼んだのは成果を教えておこうと思っただけなんだけどね」


「でしたら、わざわざありがとうございます。では、私はこれで失礼いたします」


「あ、そうそう」


 立ち上がろうとした瞬間、お兄様が何かを思い出したように声を上げた。


 私は中腰のまま止まる。


 嫌な予感がした。


 ものすごく嫌な予感がする。


「……まだ何かございますか?」


「今回のことを国王陛下に報告したんだ」


 私は静かに椅子へ座り直した。


 クソジジイ。


 もちろん口には出さない。


 まだ。


「それは……当然でございますね」


「陛下もたいそう面白がって……いや、喜んでおられたよ」


「お兄様」


「なんだい?」


「今、面白がってとおっしゃいませんでした?」


「気のせいじゃないかな」


「気のせいではないと思いますが」


「喜んでおられたよ」


 言い直した。


 絶対に言った。


 あのクソジジイ、絶対に面白がっている。


「それで、陛下がね。リリアーナが自ら進んで国のために働いてくれて嬉しい、と」


「…………」


 何かが切れた。


 誰が。


 自ら進んで?


 国のために?


 私はお兄様から相談されたから卓球について教えただけだ。


 実務はしないと最初に約束した。


 大会の運営にだって関わるつもりはなかった。


 名前だけでいいと言われたから了承したのに、次から次へと質問を持ってこられ、最後には全部確認する羽目になった。


 それのどこが、自ら進んで国のために働いたことになるのよ。


「良かったね、リリアーナ」


「……ええ。大変光栄ですわ」


 私は笑った。


 完璧に笑った。


 たぶん。


「お兄様」


「なんだい?」


「国王陛下には、私が大変感激していたとお伝えくださいませ」


「分かった」


「できれば、一言一句違わず」


「ああ」


「『余計な勘違いをなさらないように』とも」


「それも伝えるのかい?」


「ぜひ」


 お兄様が堪えきれないように笑った。


 この人。


 絶対に楽しんでいる。


「それから、もう一つ伝言がある」


「……まだ何か?」


「ああ。陛下が、また視察に行ってほしいってさ」


「お断りします」


 考えるより先に口から出た。


 室内が静まり返る。


 お兄様だけでなく、周囲にいた側近たちまでこちらを見ていた。


「……リリアーナ」


「何でしょう?」


「まだ場所も言っていないよ?」


「どこでも同じです」


「内容も聞いていないけど」


「聞く必要がございません」


「でも、陛下からの――」


「お断りします」


 もう一度言った。


 私は一年間、ボーリング地方で働いた。


 ようやく約束の一年を終え、王都へ帰ってきたと思ったら、王位継承権第五位なんて欲しくもないものを与えられた。


 その祝いのパーティーに出席し、次から次へとやってくる貴族たちの相手をして、翌日にはお姉様のお茶会に呼び出された。


 さらにその翌日には、突然騎士と執事をつけられた。


 そうしたら今度はお兄様に呼び出され、ピンポン地方の特産について意見を求められた。


 意見だけ。


 実務は一切しない。


 そういう約束だった。


 それなのに気づけば大会の規則から会場の配置まで確認する羽目になっている。


 それでも我慢した。


 大会が終われば解放されると思ったから。


 実際、大会は終わった。


 成功した。


 ピンポン地方も潤った。


 なら。


「もう十分でしょう!」


 とうとう我慢できず、声が大きくなった。


「私は働きました! 一年間きっちり働きました! そのあとだって、頼まれたから卓球の件を手伝いました! ようやく全部終わったと思ったんです! それなのに、どうしてまた視察に行かなければならないんですか!」


「いや、私に言われても……」


「では、あのクソジジイに伝えてください!」


「殿下」


 後ろからサリナの声が飛んできた。


 私は固まる。


「……国王陛下に」


「かしこまりました」


「今のは忘れて」


「善処いたします」


「忘れなさい!」


「かしこまりました」


 お兄様が肩を震わせている。


「お兄様?」


「いや、すまない。笑ってはいけないとは分かっているんだけど……」


「では笑わないでください!」


「ははははは!」


「笑ってるじゃないですか!」


 もう嫌。


 本当に嫌。


 やっぱりこの人、あのクソジジイの息子だ。


 普段は話が通じる。


 仕事を押しつけてこない。


 実務は自分たちでやると言って、本当に自分たちでやってくれた。


 だから一瞬、とても素晴らしい兄だと思った。


 前言撤回。


 人が困っているのを面白がるところは、完全に親子だ。


「とにかく!」


 私は勢いよく立ち上がった。


「私は行きません!」


「王命になるかもしれないよ?」


「そのときは国王陛下から直接伺います!」


「分かった。そう伝えておくよ」


「お願いします!」


 踵を返し、部屋を出ようとする。


 その直前。


「リリアーナ」


「まだ何か!?」


「昼寝、できるといいね」


「誰のせいで遅くなったと思ってるんですか!」


 今度こそ部屋を出た。


 廊下を歩きながら、私は拳を握る。


 絶対に行かない。


 今度こそ何を言われても断る。


 私は十分働いた。


 もう誰にも文句は言わせない。


 視察だろうが何だろうが知ったことではない。


 私は。


 のんびり。


 暮らしたいのよ!

お読み頂き、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。