第八話 終わり良ければ総て良し
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
全部見る。
そう言ってしまった以上、見るしかなかった。
まず、大会規則。
「長い」
「必要な項目をまとめた結果だよ」
「参加者が全部覚えられると思います?」
「……難しいかな?」
「初めてやる人たちですよ?」
「では、簡単にまとめよう」
「審判用と参加者用を分けてください。参加者には試合をするために最低限必要な規則だけで十分です」
「なるほど」
次。
会場運営。
「入口が一つ?」
「そうだけど」
「参加者と観客が同じ入口から入るんですか?」
「問題がある?」
「絶対混みます」
「では分けよう」
「参加者の受付も別にしてください」
「分かった」
次。
試合予定。
「一試合の時間を決めてないじゃないですか」
「十一点先取なら、それほど長くならないだろう?」
「毎試合同じ時間で終わるとは限りません」
「確かに」
「余裕を持たせてください。予定が少しずれただけで、後ろが全部ずれますよ」
「では、試合の間に空きを作ろう」
「それがいいと思います」
次。
道具。
「予備の球は?」
「用意してある」
「ラケットは?」
「それも」
「網が切れた場合は?」
「……予備を用意しよう」
「台が壊れた場合は?」
「さすがに壊れないと思うけど」
「絶対ですか?」
「……職人を待機させるよ」
「そうしてください」
次。
「食事?」
「観客が長時間いるなら必要かと思ってね」
「それを私に聞きます?」
「意見を」
「好きにしてください!」
次。
「警備?」
「騎士を配置する予定だ」
「それなら私に聞かなくていいでしょう!」
「一応、確認を」
「何でも私に確認しないでください!」
次。
「リリアーナ」
「今度は何ですか!」
「これは大会と関係ないんだけど」
「なら後にしてください!」
「……分かった」
次。
次。
次。
「リリアーナ様」
「何」
「第一王子殿下から――」
「今日は嫌!」
「まだ何も」
「明日にして!」
「承知いたしました」
次。
「殿下」
「何?」
「こちらにご署名を」
「なんの?」
「大会関係者用の入場証でございます」
「名前だけって言ったのに……」
「殿下?」
「なんでもないわ!」
そんな日々が続いた。
幸い。
本当に幸いなことに。
お兄様は約束そのものは守っていた。
書類を作るのは文官。
会場を作るのは職人。
参加者を集めるのも、宿を手配するのも、宣伝するのも、警備するのも、全部お兄様の部下たち。
私は何もしていない。
ただ。
出来上がったものを見て。
問題があれば指摘して。
分からないことを聞かれたら答えて。
また出来上がったものを見て。
問題があれば指摘する。
それだけ。
それだけなのに。
「疲れた……」
「お疲れ様でございます」
「これ、絶対おかしいわよね?」
「何がでしょう?」
「私、実務してないのよ?」
「左様でございますね」
「なのに、なんで疲れてるの?」
「毎日のように第一王子殿下のもとへ通われておりますので」
「それよ!」
私は長椅子へ倒れ込んだ。
「おかしいのよ!」
「はしたないですよ、殿下」
「今は誰もいないでしょう」
「私がおります」
「サリナしかいないじゃない」
「私は人として数えられていないのでしょうか」
「そういう意味じゃないわよ!」
もう。
全部大会が悪い。
卓球なんて口にした私が悪い。
ピンポン地方なんて名前をつけた誰かが悪い。
そもそも。
私を王位継承権第五位にした――。
「……あのクソジジイ」
「殿下」
「聞かなかったことにして」
「かしこまりました」
そんなことを繰り返し。
ついに。
大会当日を迎えた。
◇
「……多くない?」
私は馬車の窓から外を見た。
人。
人。
人。
会場へ向かう道を、大勢の人が歩いている。
家族連れ。
若者。
商人らしき人。
服装を見る限り、貴族と思われる者までいる。
「本当に全員、卓球を見に来たの?」
「そのようでございます」
「まだほとんど誰も知らない遊びよ?」
「だからこそ、興味を持たれたのでは?」
「……そんなもの?」
「さあ」
サリナがいつもの調子で答える。
馬車が会場へ近づく。
以前来たときとは全然違う。
建物は完成している。
周囲には屋台。
飲み物。
食べ物。
木工品。
そして。
「あれ」
「はい」
「ラケット売ってない?」
「売っておりますね」
「もう!?」
早い。
商人って本当に早い。
会場へ到着する。
「リリアーナ!」
馬車から降りると、お兄様が待っていた。
「お兄様」
「来てくれたね」
「招待されましたから」
「今日は仕事じゃないから安心してくれ」
「本当でしょうね?」
「もちろん」
「何かあっても私を呼ばないでくださいね?」
「善処するよ」
「善処じゃなくて!」
「ははは」
信用できない。
「さあ、行こう」
お兄様に案内され、会場へ入る。
「……」
声。
すごい。
まだ試合は始まっていないのに、会場全体がざわざわしている。
観客席もかなり埋まっていた。
「本当に人が入ってる……」
「何を驚いているんだい?」
「いえ」
「君が考えたんだろう?」
「遊び方だけです」
「それでもね」
私たちは観覧席へ向かう。
中央がよく見える場所。
少し高くなっている。
お兄様と並んで座る。
サリナたちは少し後ろ。
眼下には卓球台。
選手たちが準備を始めている。
「意外と盛り上がってるね」
「意外とは何ですか」
「だって、地味そうだったんだもん」
「……」
私はお兄様を見る。
「お兄様」
「なんだい?」
「それを発案者の前で言います?」
「でも、そう思わない?」
「思いません」
「本当に?」
「……少しだけ思います」
「ははは」
だって。
剣術大会とか。
馬上槍試合とか。
そういうものに比べたら地味だ。
小さな球を打ち合うだけ。
でも。
試合が始まる。
コン。
コン。
コン。
まだ初心者。
球の速度も遅い。
それでも。
「おお!」
球が続くたび、観客から声が上がる。
一方が強く打つ。
相手がなんとか返す。
さらに返す。
「おおお!」
歓声。
そして。
相手が空振り。
「わああああ!」
会場が沸いた。
「……」
「ね?」
お兄様が笑う。
「盛り上がってる」
「そうですね」
思った以上に。
試合が進む。
最初は球を返すだけだった選手たちも、慣れてくる。
左右を狙う。
強く打つ。
逆に弱く返す。
相手を動かす。
まだ技術なんて呼べるほどではない。
それでも、それぞれ考えているのが分かる。
「人ってすごいわね」
「何がだい?」
「教えたばかりなのに、もう自分なりのやり方を考えてる」
「そういうものじゃないかな」
「そうかもしれませんね」
しばらく眺める。
思っていたより面白い。
知っている競技だから、というのもある。
でも。
前世とは違う人たちが。
前世にはなかった木材で作った道具を使って。
自分が持ち込んだ遊びを楽しんでいる。
不思議な気分だった。
「リリアーナ」
「はい?」
「笑ってるよ」
「……」
私は口元に手を当てる。
「気のせいです」
「そういうことにしておこう」
「もう」
試合は進み。
大きな問題も起こらず。
準決勝。
決勝。
最後の一球が決まった瞬間。
大歓声が会場を包んだ。
「……終わりましたね」
「ああ」
「問題も起きませんでした」
「小さなものはいくつかあったみたいだけど、運営側で処理できたようだ」
「素晴らしいです」
「そんなに嬉しい?」
「私のところに来なかったので」
「そこ?」
「重要です」
大会が終わる。
観客たちが少しずつ外へ向かう。
「これだけ人が集まるなら、成功と言っていいかな」
「そうですね」
「道具もかなり売れたらしい」
「もう?」
「試合を見て、自分でもやってみたいと思った人が多いみたいだ」
「なるほど」
それなら特産としても悪くない。
「ただ」
「はい?」
「少し勿体ない気もするね」
「何がです?」
「この会場」
お兄様が眼下を見る。
「大会のためにこれだけ大きな建物を作った。でも、大会なんて毎日やるものじゃないだろう?」
「そうですね」
「使わない日は、この広さが無駄になる」
「……」
私は会場を見る。
確かに広い。
観客席はともかく。
中央。
卓球台が並んでいる場所。
「大会以外の日は貸し出せばよろしいのでは?」
「貸し出す?」
「はい。一般の人が卓球をする場所として」
「なるほど」
「お金を取るかどうかは、お兄様にお任せしますけど」
「それはいいね」
「それか」
「まだ何かある?」
「別の目的で使ってもいいのでは?」
「別の目的?」
「例えば……」
私は会場を見る。
広い。
屋根がある。
壁もある。
天候に左右されない。
「これだけの広さがあれば、室内訓練場として使えます」
「……ほう」
「雨の日でも騎士の訓練ができますし」
「確かに」
「催し物にも使えるでしょうし、必要なら物資の一時保管場所にもできます」
「でも、卓球台が邪魔にならないかい?」
「端に寄せればいいでしょう?」
「簡単に言うね」
「折り畳めますし」
「…………」
「……?」
お兄様が私を見る。
「何ですか?」
「あの台」
「はい」
「折り畳めるの?」
「はい」
「聞いてないんだけど」
「言ってませんでした?」
「聞いてないよ」
「……そうでしたっけ」
前世では。
卓球台なんて、使わないときは畳んで端に寄せていた。
だから今回も、当然そういう形で作ってもらった。
というか。
試作品を見たとき、脚の部分を動かせるようにしてほしいと言った気がする。
「なぜ折り畳めるようにしたんだい?」
「邪魔でしょう?」
「それだけ?」
「それだけです」
「……」
お兄様が台を見る。
そして。
私を見る。
「つまり」
「はい?」
「最初から、大会以外にも使えるように考えていたと」
「違います」
即答した。
「違うのかい?」
「そこまで考えておりません」
「でも、折り畳めるようにした」
「そうですね」
「使わないときに場所を空けられるように」
「はい」
「そして今、別の用途にも使えると」
「……はい」
「それを最初から考えていたわけではない?」
「ありません」
本当に。
ただ。
そういう卓球台しか見たことがなかったから。
畳めるのが普通だと思っていただけ。
でも。
それは説明できない。
「……」
「リリアーナ?」
私は微笑んだ。
「たまたまですわ」
「たまたま……ね」
「はい」
お兄様はしばらく私を見る。
何よ。
本当なんだから。
やがて。
「まあ」
お兄様が笑った。
「リリアーナが言うなら、そういうことにしておこう」
「……何ですか、その言い方」
「別に?」
「絶対信じてませんよね?」
「信じているよ」
「本当に?」
「もちろん」
「……」
嘘だ。
でも。
まあいい。
大会は終わった。
成功した。
問題も起きなかった。
これで。
本当に終わり。
私は大きく息を吐いた。
「終わった……」
「お疲れ様」
「本当に疲れました」
「でも楽しかっただろう?」
「それとこれとは別です」
「そうかい」
「そうです」
もう呼び出されない。
もう卓球について質問されない。
明日から。
私はまた。
本を読んで。
お茶を飲んで。
昼寝をする。
やっと。
やっと戻れる。
私の平穏な生活に。
そう思うと。
自然と笑みが浮かんだ。
お読み頂き、ありがとうございます。




