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やり過ぎた!  作者: 涙目
第二章 ピンポン地方編

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第六話 理想の生活は儚い

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 それから十日ほど。


 私は平穏な日々を過ごしていた。


 朝起きて。


 朝食を食べて。


 王女として必要な仕事を片づけて。


 本を読む。


 お茶を飲む。


 たまに庭園を散歩する。


 そして、昼寝をする。


 素晴らしい。


 これよ。


 私が求めていたのは、こういう生活なのよ。


 王位継承権第五位なんて余計なものを与えられたせいで、以前より来客やお茶会への誘いは増えた。


 けれど、それも少しずつ落ち着いてきている。


 ミハイルが予定を整理してくれるようになったのも大きい。


 最初はお姉様から送り込まれた人間ということで警戒していたけれど、仕事そのものはきちんとしている。


 必要のない面会は断る。


 急ぎでないものは後日に回す。


 私が出席する必要のないものは、理由をつけて処理してくれる。


 どうやら本当に、ただの執事として働いているらしい。


 お姉様から何か命令されている可能性はあるけれど。


 まあ、それはいい。


 見られて困るようなことはしていない。


 それよりも。


「……平和だわ」


「左様でございますね」


 庭園。


 長椅子。


 暖かな日差し。


 テーブルには紅茶。


 そして私の手には本。


 完璧。


「サリナ」


「はい」


「私、ようやく戻ってきた気がする」


「どちらからでしょう?」


「仕事から」


「王女としてのお仕事は本日もなさっておりましたが」


「必要な仕事はいいのよ」


「左様でございますか」


「必要な分だけ働いて、残りはのんびりする。これが理想なの」


「存じております」


「さすがね」


 私は満足して本を開く。


 卓球の件についても、あれから呼び出されていない。


 きっと順調なのだろう。


 お兄様は約束を守った。


 私が教えたのは遊び方。


 試作品について少し意見を言っただけ。


 あとはお兄様と、その部下たちが進めている。


 素晴らしい。


 本当に素晴らしい。


 こういうのでいいのよ。


 人にはそれぞれ役割というものがある。


 私は知っていることを教える。


 実際に動く人が動く。


 それだけでいい。


 どうしてボーリング地方では、あんなことになってしまったのか。


 思い出したくもない。


「……ふふ」


「随分とご機嫌でございますね」


「分かる?」


「はい」


「今日はこのまま何事もなく終わる気がするの」


「左様でございますか」


「昼食のあと、少し昼寝してもいいわね」


「本日の予定でしたら問題ございません」


「本当に?」


「はい」


「素晴らしいわ!」


 やった。


 私は本を閉じた。


 今から楽しみになってきた。


 昼食を食べる。


 少し休む。


 昼寝。


 起きたらお茶。


 夕方に少し本を読む。


 完璧。


 完璧な一日。


「リリアーナ様」


 声がした。


 ミハイルだった。


「……」


 私は無言でミハイルを見る。


「どうかなさいましたか?」


「何?」


「第一王子殿下より使者が参っております」


「……」


 私は空を見る。


 雲一つない。


 いい天気。


 絶好の昼寝日和。


「リリアーナ様?」


「私の昼寝……」


「はい?」


「なんでもないわ」


 私は立ち上がった。


 ◇


「やあ、リリアーナ。久しぶりだね」


「十日ぶりくらいでしょうか」


「そうだったかな」


「そうです」


「よく覚えているね」


「平穏だった日数ですから」


「……そうかい」


 お兄様が微妙な顔をした。


 今回呼び出されたのは、以前試作品を確認した部屋ではない。


 執務室。


 お兄様の前には、何枚もの紙が置かれている。


 そして側には、いつもの側近たち。


 以前、私が王位なんて欲しくないと叫んだところを見ていた人たちだ。


 相変わらず何人かから視線を感じる。


 でも、もう気にしない。


 見たいなら好きなだけ見ればいい。


「それで、お兄様」


「うん?」


「今日は何でしょう?」


「随分と警戒するね」


「昼寝の予定がございましたので」


「それは悪いことをしたね」


「本当にそう思っていらっしゃいます?」


「もちろん」


 笑ってるじゃない。


「安心してくれ。今日は少し相談したいだけだよ」


「……相談」


「そう。意見を聞きたい」


「意見」


「ああ」


 意見なら。


 約束の範囲内。


「分かりました」


「ありがとう」


 お兄様が一枚の紙を私へ差し出した。


「まず、試作品の改良が終わった」


「早いですね」


「職人たちが随分と熱心でね」


 受け取る。


 何種類かの木材の名前が書かれている。


「台については、今のところこの木材を使おうと思っている」


「……」


「どう思う?」


「私に聞かれましても」


「そうなのかい?」


「木材について詳しくありませんので」


「ああ、そういうことか」


「むしろ職人の方に聞いてください」


「耐久性については問題ないそうだ」


「でしたら、それでよろしいのでは?」


「ただ、少し高価なんだ」


「では、安い木材で作ってください」


「即答だね」


「遊び道具でしょう?」


「ああ」


「高価にしてどうするんですか」


 貴族しか遊べないものにするなら別。


 でも、お兄様はピンポン地方の特産にしたいと言っていた。


 なら、多くの人が使えた方がいい。


「なるほど」


「もちろん、安くした結果すぐ壊れるなら意味がありませんけど」


「その辺りは職人と相談だね」


「そうしてください」


 次。


 ラケット。


 こちらも何種類か。


「前に君が一番使いやすいと言っていた木材があるだろう?」


「はい」


「あれを基本にしようと思う」


「いいのでは?」


「ただ、別の木材で作ったものも評判が良くてね」


「誰にです?」


「騎士や文官たちに試してもらった」


「……もうそんなことしてるんですか?」


「実際に使ってもらった方がいいだろう?」


「それはそうですけど」


「それで、好みが分かれた」


「なら両方作ればいいのでは?」


「両方?」


「はい」


 私は二本のラケットを見比べる。


「重い方が使いやすい人もいれば、軽い方が使いやすい人もいるのでしょう?」


「そうだね」


「なら、別に一種類に決める必要はないでしょう」


「……なるほど」


「それぞれ売ればいいだけです」


「売る?」


「特産にするのでしょう?」


「ああ」


「なら売るんですよね?」


「もちろん」


「だったら、何種類かあってもいいのでは?」


「確かに」


 お兄様が頷く。


 側近の一人が何かを書いている。


 また記録されている。


 まあいい。


 私は意見を言っているだけ。


「材質によって値段も変えられるね」


「そうですね」


「初心者向けには安いものを用意して、慣れた人向けには少し高価なものを」


「いいと思います」


「装飾したものも作れるかな」


「貴族向けですか?」


「そう」


「需要があるなら」


「なるほど」


 お兄様が楽しそうに紙へ何かを書き加える。


 私は紅茶を飲む。


 早く終わらないかしら。


「それと、球なんだけど」


「はい」


「これは少し苦労した」


「でしょうね」


 あの軽さと弾み方。


 木では難しい。


「職人が何種類か作ってくれた。前回君が選んだものをさらに改良している」


「でしたら、それで」


「問題は作れる職人が少ないことかな」


「増やせばいいのでは?」


「簡単に言うね」


「私に言われても困ります」


「確かに」


 職人を育てるのはお兄様の仕事。


 私は知らない。


「とりあえず、道具については何とかなりそうだ」


「良かったですね」


「ああ」


 終わった?


 帰っていい?


「それでね」


 終わってなかった。


「以前話した大会のことなんだけど」


「……本当にやるんですか?」


「もちろん」


 お兄様の目が輝いている。


 嫌な予感。


「地方内で参加者を募ることにした」


「そうですか」


「最初だから規模は抑えるつもりだけどね」


「それがよろしいかと」


「参加者は今のところ六十四人くらいを想定している」


「多くないです?」


「そうかな?」


「初めてなんですよね?」


「ああ」


「ルールを知ってる人、ほとんどいませんよね?」


「これから広める」


「……」


 大丈夫なのかしら。


 でも私の仕事じゃない。


「大会形式はどうするのがいいと思う?」


「……」


「リリアーナ?」


「それも私が考えるんですか?」


「意見を聞いているだけだよ」


「……」


 確かに。


 意見。


 約束は破っていない。


「単純なのは勝ち抜きでしょうね」


「勝ち抜き?」


「一対一で試合をして、勝った方が次へ進むんです」


「ああ」


「六十四人なら、一回戦で三十二人。次で十六人。八人。四人。二人」


「最後に残った二人で決勝か」


「はい」


「分かりやすいね」


「最初なら、それでいいと思います」


「試合は何点まで?」


「……」


 何点だったっけ。


 前世の正式なルール。


 確か十一点。


 昔は二十一点だった気もする。


 でも。


「十一点でいいのでは?」


「十一?」


「はい。ただし十対十になったら、二点差がつくまで続ける」


「なるほど」


「……たぶん」


「たぶん?」


「細かいところまでは覚えておりません」


「覚えて?」


「……」


 しまった。


 私は笑顔を作った。


「なんとなく、それくらいがちょうどいいかと」


「そうかい」


「はい」


 お兄様は私を少し見た。


 でも、それ以上は聞いてこなかった。


 助かった。


「観客も入れるつもりだ」


「そうですか」


「入場料を取るべきかな?」


「最初は取らなくてもいいのでは?」


「どうして?」


「まず知ってもらわないと」


 私は答える。


「見たこともない遊びに、お金を払ってまで見に来る人がどれだけいるんです?」


「……なるほど」


「最初は無料で見せる。面白いと思ってもらう。自分でもやってみたいと思わせる」


「それで道具を売る?」


「そうですね」


「次から大会の入場料を取ることもできる」


「人が集まるなら」


「飲食物も売れるね」


「そうでしょうね」


「地方外から来る人が増えれば宿も――」


「お兄様」


「なんだい?」


「また話が大きくなってます」


「そうかな?」


「なってます」


「でも、君が言ったんだろう?」


「何をです?」


「まず知ってもらうって」


「言いましたけど!」


「なら、人を集める方法を考えないと」


「それはお兄様の仕事です!」


「もちろん、そのつもりだよ」


「……」


 ならいい。


 本当に?


 なんだか不安。


「大会の運営については、こちらで人員を用意する」


「はい」


「会場もピンポン地方に作る」


「はい」


「参加者の募集や宣伝もこちらでやる」


「はい」


 素晴らしい。


 ちゃんと分かっている。


「ただ」


「……」


 出た。


「何でしょう?」


「運営責任者のところに、君の名前を載せてもいいかい?」


「嫌です」


 即答した。


 部屋のどこかで咳払いが聞こえた。


 私はそちらを見ない。


「早いね」


「嫌なものは嫌です」


「名前だけだよ?」


「だったら、お兄様のお名前だけでいいではありませんか」


「私の名前も載せるよ」


「それで十分でしょう」


「でも、卓球を考えたのは君だ」


「意見を出しただけです」


「大会形式も君が考えた」


「今聞かれたから答えただけです」


「道具についても」


「聞かれたからです」


「……」


「……」


 お兄様が私を見る。


 私も見る。


 負けない。


 これは重要。


 名前を載せる。


 つまり関係者になる。


 関係者になれば。


 何か起きたときに呼ばれる。


 私は知っている。


 ボーリング地方で嫌というほど知った。


 責任者。


 担当者。


 発案者。


 そういう名前が書いてある人間のところに仕事はやってくる。


 絶対に嫌。


「責任者というのが嫌なのかな?」


「嫌です」


「では、発案者として」


「嫌です」


「協力者」


「嫌です」


「……全部嫌じゃないか」


「名前を載せたくありません」


「どうして?」


「仕事が増えそうだからです」


「増やさないよ」


「信用できません」


「酷いな」


「試作品の確認だけで一時間半使いました」


「楽しそうだったじゃないか」


「それとこれとは別です!」


 楽しかった。


 それは認める。


 でも仕事が増えていい理由にはならない。


「うーん」


 お兄様が考える。


「名前だけでも駄目かい?」


「……」


「君が何かする必要はない」


「……本当に?」


「本当に」


「何か問題が起きても?」


「こちらで対処する」


「質問が来ても?」


「文官たちが対応する」


「大会当日の運営も?」


「もちろん」


「私は?」


「招待客として見ていればいい」


「……」


 それなら。


 まあ。


 名前くらい。


 別に減るものではない。


「……分かりました」


「本当かい?」


「名前だけですよ?」


「ああ」


「絶対に?」


「もちろん」


「私は何もしませんからね?」


「分かっているよ」


「……」


 怪しい。


 でも、ここまで確認した。


 側近たちも聞いている。


 サリナもいる。


 証人は十分。


「では、それでお願いします」


「ありがとう、リリアーナ」


 お兄様が笑った。


 私は紅茶を飲む。


 今度こそ終わり。


 名前だけ。


 名前を貸すだけ。


 大会が開催される。


 私は観客席で見る。


 終わったら帰る。


 それだけ。


 完璧。


 私は安心して紅茶を飲み干した。


 このとき。


 私はまだ気づいていなかった。


 何かを始めるとき。


 一番詳しい人間の名前を載せるということが。


 いったいどういう意味を持つのかを。

お読み頂き、ありがとうございます。

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