第三話 因果は巡るものである
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
「本日よりリリアーナ殿下付きとしてお仕えいたします」
「……はい?」
私は目の前に立つ二人を見比べた。
一人は騎士。
二十代後半くらいだろうか。鍛えられていることが服の上からでも分かる体格をしており、背筋を真っ直ぐに伸ばして立っている。
ただ、少し怖い。
別に睨まれているわけではない。
けれど、眉間には最初から皺が寄っており、口元も固く結ばれている。
見るからに気難しそうな男性だった。
もう一人は壮年の男性。
こちらは隙なく整えられた服装と姿勢を見るだけで、長く使用人として働いてきたことが分かる。
二人とも私の前で深く頭を下げていた。
そして私は、何も聞いていない。
「サリナ」
「はい」
「聞いてる?」
「昨夜、通達がございました」
「私には?」
「お伝えしようといたしましたが、リリアーナ様が『今日はもう何も聞きたくない』とおっしゃいましたので」
「……言ったわね」
「はい」
昨日、お姉様のお茶会から帰ってきたあとだった。
確かに言った。
今日はもう何も聞きたくない。
仕事の話も予定の話も、明日まで一切持ってこないで。
そう言った。
「じゃあ、サリナは悪くないわ」
「ありがとうございます」
「悪いのは私ね」
「そこまでは申し上げておりません」
「顔が言ってるわよ」
「気のせいでございます」
絶対に気のせいではない。
私は小さく息を吐き、改めて二人へ向き直った。
「それで、本日から私付きというのは?」
壮年の男性が一歩前へ出た。
「王位継承権第五位となられたリリアーナ殿下の身の回りを整えるため、国王陛下より人員を増やすよう仰せつかっております。私は執事として、殿下の予定管理、来客対応、各所との連絡などを担当いたします」
「名前は?」
「ミハイルと申します」
「よろしくね、ミハイル」
「身命を賭してお仕えいたします」
「そこまでしなくていいわよ」
「……承知いたしました」
少しだけ間があった。
そこは承知してくれるのね。
続いて騎士が一歩前へ出る。
「ケイン・スプリットと申します。本日より護衛として、殿下の外出時を中心に警護を担当いたします」
「スプリット……」
聞き覚えがある。
前世の遊びとしての言葉ではない。
この一年で何度か目にした名前だ。
「もしかして、ボーリング地方の?」
「はい」
ケインが頷いた。
「ボーリング地方、スプリット領を治めるスプリット伯爵家の三男でございます」
「やっぱり」
一年間、統括代官として地方中を回ったのだ。
領主の名前や家名くらいは一通り覚えている。
ただ、スプリット領そのものには大きな問題がなかった。
だから、私自身が長期間滞在した記憶はない。
「では、あなたもボーリング地方の出身なのね?」
「はい。十五の歳まで、スプリット領で育ちました」
「そう」
それなら、今回の改革についてもある程度は知っているのだろう。
そう思っていると、ケインが深く頭を下げた。
「殿下には、感謝を申し上げなければなりません」
「……私に?」
「はい。殿下がボーリング地方を統括されて以降、故郷は以前より豊かになりました」
「でも、スプリット領では大きな問題は起きていなかったでしょう?」
「はい。ですが、一つの領だけで完結するものではございません」
ケインは相変わらず気難しそうな顔をしている。
けれど、その声には先ほどまでとは違うものがあった。
「隣接する領の街道が整えば、我が領の商人も恩恵を受けます。他領から人が集まれば、我が領を訪れる者も増えます。父からも、以前より商いが活発になったと聞いております」
「……そう」
そこまで考えていなかった。
私は問題があったから直しただけだ。
街道が壊れていたから直した。
徴税がおかしかったから正した。
不正があったから調べた。
一つ一つは、その場で必要だったことをしただけ。
けれど、地方という単位で見れば、それぞれの領は繋がっている。
「父からも、もし殿下にお会いする機会があれば、必ず礼を申し上げるよう言われております」
「……別に、そんなつもりでやったわけじゃないわ」
「存じております」
「え?」
「問題を放置すれば、後ほどご自身の仕事が増えるから処理なさっていたと伺っております」
「誰から聞いたのよ!?」
思わず声が大きくなった。
「現地では有名な話だと」
「なんで!?」
「リリアーナ様」
「何よ、サリナ」
「かなり頻繁に口になさっておりましたので」
「……そうだった?」
「はい」
覚えていない。
いや。
言ったような気はする。
何度も。
「と、とにかく」
私は咳払いをして誤魔化した。
「感謝されるようなことじゃないわ。私は自分の仕事をしただけよ」
「それでも、我々にとって恩人であることに変わりはございません」
「……そう」
真顔で言われると困る。
「……どういたしまして?」
「はい」
ケインがわずかに頭を下げた。
相変わらず怖い顔だった。
でも、さっきよりは少しだけ怖くなくなった気がする。
「それで」
私は二人を見比べた。
「あなたたちを選んだのは誰なの?」
二人が一瞬だけ黙った。
その反応を見て、嫌な予感がした。
「まさか、お父様が直接選んだわけじゃないの?」
「はい」
最初に答えたのはケインだった。
「私を選定されたのは、第一王子殿下でございます」
「……お兄様が?」
「はい」
第一王子。
現在、王位継承権第一位。
私とはこれまでほとんど接点のなかった兄だ。
なぜ、そのお兄様がわざわざ私の護衛を選ぶのか。
分からない。
私は今度はミハイルを見た。
「あなたは?」
「私を推薦されたのは、第四王女殿下でございます」
「……お姉様」
そちらは昨日会ったばかりだ。
しかも、明らかに私を警戒していた。
私はしばらくミハイルを見つめた。
「ミハイル」
「はい」
「あなた、お姉様付きだったことは?」
「ございません」
「お姉様の居室で働いていたことは?」
「そちらもございません」
「家名は?」
「ございません」
「これまでは?」
「王宮にて二十年ほど勤めております。近年は来客対応や各部署との連絡を主に担当しておりました」
「……なるほど」
なんとなく分かった。
もちろん、推測でしかない。
でも、昨日のお姉様の態度まで合わせて考えれば、それなりに筋は通る。
私のところへ人は置いておきたい。
けれど、自分にとって重要な人間をこちらへ渡す気はない。
だから、王宮で長く働いていて執事として必要な仕事はできるけれど、自分とは特に関係のない人間を選んだ。
つまり。
いなくなっても、お姉様が困らない人。
そんなところかしら。
ただし。
私はケインを見る。
「……」
「何でしょうか?」
「いえ」
こっちは分からない。
ケインはスプリット伯爵家の三男。
現役の王宮騎士。
第一王子の護衛を担当した経験もあるという。
しかも、私が一年間統括していたボーリング地方の出身者。
お姉様とお兄様では、人選の仕方が明らかに違う。
「……頭が痛い」
「リリアーナ様?」
「本当に痛いわけじゃないわ」
「左様でございますか」
「ええ」
私は額を押さえながら、もう一度二人を見た。
第四王女が選んだ執事。
第一王子が選んだ騎士。
そして私は、つい数日前に王位継承権第五位になったばかり。
要するに。
「監視ね」
二人の表情が固まった。
正確には、ミハイルの表情が固まった。
ケインは最初から固いので、変わったのかどうか分からない。
「リリアーナ様」
「何よ、サリナ」
「もう少し言葉を選ばれてはいかがでしょう?」
「だって監視でしょ?」
「少なくとも、お二人からそのような説明は受けておりません」
「説明するわけないじゃない」
監視するために来ました。
あなたの行動を逐一報告します。
そんなことを正直に言う監視役がどこにいるのか。
「別に怒ってないわよ」
「……よろしいのですか?」
ケインが尋ねてきた。
「何が?」
「その……我々のことを監視役だとお考えなのであれば」
「勝手にすればいいわ」
「……は?」
「だって私、何もしないもの」
二人が黙った。
サリナまで少しだけ目を細めている。
「何よ」
「いえ」
「私、本当に王位なんて欲しくないのよ。昨日もお姉様に散々言ったけれど、信じてもらえなかったわ」
なら、もう好きに見ればいい。
私が何をしているのか。
誰と会うのか。
どこへ行くのか。
誰と手紙をやり取りするのか。
全部見ればいい。
私がやることなんて、本を読むか、お茶を飲むか、庭園を散歩するか、昼寝するくらいなのだから。
「報告したければ好きに報告して構わないわよ」
「……」
「ただし、私の仕事を増やすのだけはやめてね」
「は?」
「リリアーナ様」
「何?」
「お二人とも困っておられます」
「私だって困ってるわよ」
昨日はお姉様から疑われ。
今日は監視役らしき人間を二人も送り込まれた。
困っているのは私の方である。
「とにかく、普通に仕事をしてくれればそれでいいわ。ミハイルは執事として必要なことをして、ケインは騎士として必要なときに護衛して。それ以外は好きにしてちょうだい」
「……承知いたしました」
「承知いたしました」
二人とも頭を下げた。
これでいい。
監視されていることを気にして行動を変えれば、それこそ何か隠していると思われる。
だったら今まで通り過ごせばいい。
見たければ見ればいい。
そのうち、私が本当に何も企んでいないと分かるだろう。
ただ。
一つだけ分からない。
私はケインを見た。
お姉様の意図は、あくまで推測だけれど理解できる。
でも、お兄様は?
第一王子であるお兄様とは、これまでほとんど関わりがなかった。
それなのに私が第五位になった途端、自分で選んだ騎士を寄越してきた。
しかも適当に選んだようには見えない。
「……分からないわね」
「何がでしょう?」
「お兄様が何を考えているのかよ」
考えてみる。
分からない。
もう少し考える。
やっぱり分からない。
「……やめた」
「よろしいのですか?」
「考えても分からないもの」
相手の思惑を延々と推測しても仕方がない。
ボーリング地方でも散々経験した。
推測は推測。
どれだけもっともらしい理由を考えたところで、それが事実になるわけではない。
確認できるなら確認した方が早い。
「直接聞けばいいわ」
「第一王子殿下に、でございますか?」
「ええ」
ちょうど目の前には、第一王子が自ら選んで寄越した騎士がいる。
なら話は早い。
私はケインへ向き直った。
「お兄様には、何と言われているのかしら?」
「……」
ケインが黙った。
ほんの一瞬だった。
けれど、その反応だけで分かった。
「何か言われているのね?」
「はい」
「何て?」
ケインは姿勢を正した。
「リリアーナ殿下から、その問いをされた場合について申しつかっております」
「……その問い?」
「はい」
嫌な予感がする。
「何と言われているの?」
「その場合は――」
ケインは一度言葉を切ってから、はっきりと告げた。
「リリアーナ殿下を、第一王子殿下の元へお連れするように、と」
「……」
私はケインを見た。
ケインも私を見る。
私はサリナを見た。
サリナも私を見る。
「……行かないと駄目?」
「第一王子殿下からのご命令でございますので」
「そう……」
私は盛大に顔をしかめた。
「リリアーナ様」
「何よ」
「お顔が」
「不可抗力よ」
「左様でございますか」
「そうよ」
だって嫌なものは嫌なのだ。
お兄様は、私がケインを寄越した理由を聞くことまで予想していた。
そして、その質問をしたら自分のところへ連れてこいと命じていた。
つまり、最初から私と話すつもりだったということになる。
「……だったら最初から呼びなさいよ」
思わず呟いた。
聞こえたのか、ケインの眉間の皺が少しだけ深くなった。
「何か?」
「なんでもないわ」
私は椅子から立ち上がった。
行きたくない。
ものすごく行きたくない。
でも、ここで逃げたところで、どうせ後から呼び出されるだけだ。
それならさっさと終わらせた方がいい。
「行きましょう」
「承知いたしました」
ケインが頭を下げる。
私はその横を通り過ぎながら、心の中で溜息を吐いた。
王位継承権第五位になってから、まだ数日しか経っていない。
なのに。
どうしてこんなに面倒事ばかり増えるのよ。
お読み頂き、ありがとうございます。




