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やり過ぎた!  作者: 涙目
第二章 ピンポン地方編

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第二話 本当の事も相手が信じなければ意味がない

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

「お久しぶりね、リリアーナ」


「はい、お姉様。お招きいただきありがとうございます」


 翌日の午後。


 私は王宮内にある第四王女、エレオノーラお姉様の居室を訪れていた。


 昨日は一日休むと決めていたはずなのに、結局こうしてお茶会に参加している。


 断ることも考えた。


 というより、できることなら断りたかった。


 しかし、今の私は王位継承権第五位。


 そして、目の前にいるエレオノーラお姉様は王位継承権第四位。


 そんな相手から、私が第五位になった直後に届いた招待を断れば、それだけで余計な憶測を生む可能性がある。


 第四位と第五位の対立。


 リリアーナはエレオノーラを敵視している。


 あるいは、エレオノーラがリリアーナを牽制しようとしたが拒絶された。


 そんな話が勝手に作られるかもしれない。


 面倒臭い。


 非常に面倒臭い。


 だから来た。


 それだけである。


「一年ぶりになるのかしら?」


「そうなりますわね。ボーリング地方へ向かってからは、一度も王都へ戻っておりませんでしたので」


「そう。大変だったでしょう?」


「ええ、とても」


 そこは否定しない。


 本当に大変だった。


 何度仕事を投げ出して王都へ帰ろうと思ったか分からない。


 もっとも、帰れば廃嫡される可能性があったので、投げ出せなかっただけだけれど。


「でも、その甲斐はあったようね」


「……と、おっしゃいますと?」


「聞いているわよ。税収だけでなく人口まで大幅に増やしたのでしょう?」


「私だけの功績ではございませんわ。各領主や現地の文官たちが尽力してくれましたので」


「随分と謙虚なのね」


「事実を申し上げているだけです」


 エレオノーラお姉様が優雅な所作で紅茶を口へ運ぶ。


 私も同じようにカップへ手を伸ばした。


 静かなお茶会だった。


 参加者は私とお姉様だけ。


 もちろん、それぞれの侍女は控えているけれど、他の貴族令嬢などは呼ばれていない。


 つまり、最初から私と二人で話すためのお茶会なのだろう。


 それだけで嫌な予感しかしない。


「それにしても驚いたわ」


「何がでしょう?」


「あなたが、そこまでできるなんて」


「……」


 随分と率直ね。


「私も驚いておりますわ」


「あら?」


「一年間、問題なく過ごせれば十分だと思っておりましたので」


 嘘ではない。


 最初は本当にそうだった。


 適当に一年間をやり過ごす。


 最低限の成果だけ出す。


 廃嫡を回避する。


 王都へ帰る。


 それだけで良かった。


 ただ。


 問題を見つけた。


 放置すると後から仕事が増える。


 だから片づけた。


 すると別の問題が出てきた。


 それも放置すると面倒なので片づけた。


 そんなことを繰り返しているうちに一年が終わっていただけだ。


 どうして税収や人口があそこまで増えたのか、私だって聞かされたときは驚いた。


「それで王位継承権第五位、ね」


「……はい」


 来た。


 私はカップを置いた。


 ここからが本題らしい。


「お父様も思い切ったことをなさったものだわ」


「まったくです」


「……そう?」


「はい」


 心の底から同意したつもりなのに、お姉様の目がわずかに細くなった。


 なぜ?


「あなたは今まで、王位継承権を持っていなかったわね」


「はい」


「それが一度の功績で第五位。異例と言っていいでしょうね」


「そうなのでしょうね」


「随分と他人事なのね」


「私自身、昨日突然知らされましたので」


「でも、嬉しいでしょう?」


「いいえ」


 即答してしまった。


 お姉様の眉がわずかに動く。


 しまった。


 もう少し考えてから答えるべきだったかもしれない。


「……嬉しくないの?」


「はい」


「王位継承権よ?」


「存じております」


「それも第五位」


「存じております」


「あなたの立場は大きく変わったのよ?」


「昨日、一日で嫌というほど実感いたしました」


 領地へ来てほしい。


 相談したい。


 食事へ行こう。


 観劇はどうだ。


 お茶会へ来い。


 そして今日もお茶会。


 できることなら今すぐ返上したい。


「欲がないのね」


「そうかもしれません」


「それとも」


 エレオノーラお姉様がカップを置いた。


「そう見せているだけかしら?」


 やっぱり。


 私は心の中で溜息を吐いた。


 今日ここへ呼ばれた時点で、ある程度は予想していた。


「どういう意味でしょう?」


「そのままの意味よ。今まで王位に興味がないように振る舞っていたあなたが、地方へ出た途端にあれほどの成果を上げた。そして王位継承権を得た」


「……」


「偶然にしては、出来すぎていると思わない?」


 思わない。


 私からすれば、廃嫡されそうになったから必死で働いただけである。


「お姉様」


「何かしら?」


「私がボーリング地方へ向かった理由はご存じですか?」


「ええ。お父様から統括代官を命じられたのでしょう?」


「成果次第では廃嫡すると言われました」


「……それも聞いているわ」


「でしたら、私が本気で働いた理由もお分かりになるかと思います」


「廃嫡されたくなかったから?」


「はい」


「それだけ?」


「それだけです」


 エレオノーラお姉様が私を見つめる。


 私も笑顔のまま見返す。


「信じられない?」


「……ええ」


 でしょうね。


 私だって立場が逆なら、少しくらい疑うと思う。


「あなたは昔から、兄弟姉妹の争いにはほとんど関わらなかった」


「はい」


「勉強でも剣術でも、目立った成績を残そうとはしなかった」


「はい」


「社交界でも必要以上に人脈を作ろうとしなかった」


「その通りです」


「それなのに、いざ地方を任されたら、一年で結果を出した」


「そうなってしまいました」


「……なってしまった?」


「はい」


「普通は、そこまでの成果を上げれば喜ぶものではなくて?」


「廃嫡されない程度で十分でしたので」


「……」


 お姉様が黙った。


 なぜそんな顔をするのだろう。


 私は一貫しているつもりなのだけれど。


「では、あなたはこれからどうするつもりなの?」


「どうする、と申されましても」


「第五位としてよ」


「今まで通りに過ごしたいと思っております」


「今まで通り?」


「王族として必要な公務を行い、必要な教養を身につけ、それ以外の時間は静かに暮らしたいですわ」


「王位を目指すつもりはないと?」


「ございません」


 即答した。


 今度は意識してではない。


 考える必要すらなかった。


「本当に?」


「はい」


「第五位になった今でも?」


「むしろ第五位になったからこそ、より強く思っております」


「……どうして?」


「昨日だけで大勢の方から仕事の相談をされましたので」


「仕事?」


「領地へ来てほしい、問題を見てほしい、意見を聞かせてほしいと。それだけではありません。食事や観劇、お茶会のお誘いまで急激に増えました」


 私は目の前のお茶を見た。


「王位継承権を持つだけでこれほど面倒事が増えるのなら、国王になったときなど想像もしたくありません」


「……」


「私は王位とは遠いところで、のんびり暮らしたいのです」


 エレオノーラお姉様の表情が固まった。


 また何かおかしなことを言っただろうか。


「……あなた、本気で言っているの?」


「本気です」


「王族として、それを堂々と言うの?」


「お姉様しかおりませんので」


 他の貴族がいる場所ではさすがに言わない。


 サリナには散々言っているけれど。


「国王陛下のお戯れに過ぎませんわ」


「お戯れ?」


「私に王位継承権第五位を与えられたことです」


「でも、お父様は正式に――」


「分かっております。ただ、私に王位は相応しくありません」


「それを決めるのはあなたではないわ」


「でしたら、私以外の方が決めてくださればよろしいのでは?」


「……」


 また黙った。


 私は紅茶を一口飲む。


 美味しい。


 せっかくのお茶会なのだから、もっと普通の話をすればいいのに。


 お菓子も美味しい。


 この焼き菓子はどこの店のものだろう。


 あとでサリナに聞いてみよう。


「リリアーナ」


「はい?」


「一つだけ忠告しておくわ」


 声が少し低くなった。


「第五位になった以上、今までのようにはいかないわよ」


「……」


「あなた自身が王位を望んでいるかどうかは関係ない。あなたを担ぎたい者が現れる可能性もある」


 それは分かっている。


 だから嫌なのだ。


 私が第一話……ではなく、まだ王位継承権すら持っていなかった頃から恐れていたこと、そのものだった。


「心得ております」


「本当に?」


「はい。ですから私は、できる限り何もしないつもりです」


「……何もしない?」


「余計なことをしなければ、担ぎ上げる理由も増えませんでしょう?」


「……」


 エレオノーラお姉様は、何とも言えない顔で私を見た。


 私としては非常に合理的な話をしているつもりなのだけれど。


「あなたという人は……」


「何でしょう?」


「いえ。なんでもないわ」


 その後もいくつか質問を受けた。


 ボーリング地方で誰と親しくなったのか。


 どの領主と繋がりがあるのか。


 王都へ戻ってから誰かと会ったのか。


 今後、どこかの派閥へ参加するつもりはあるのか。


 聞かれるたびに正直に答えた。


 特別親しい領主はいない。


 必要があって仕事をしただけ。


 昨日は祝賀会。


 派閥に参加する予定もない。


 それでも。


 お姉様の警戒が完全に解けることはなかった。


 仕方がないのかもしれない。


 私がどれだけ王位なんて欲しくないと言ったところで、それを証明する方法はないのだから。


 王位を狙っている人間だって、「王位が欲しい」と正直に言うとは限らない。


 むしろ隠す方が普通だろう。


 つまり。


 本当に欲しくない私と、欲しくないふりをしている人間は、言葉だけなら区別できない。


 面倒臭い。


 本当に面倒臭い。


 ◇


「疲れた……」


 自室へ戻るなり、私はソファへ身体を預けた。


「本日もベッドへ飛び込まれなくて何よりでございます」


「昨日怒られたからよ」


「学習なされたようで何よりです」


「サリナ、最近私への扱いが雑じゃない?」


「気のせいでございます」


「そうかしら……」


 サリナが紅茶を用意してくれる。


 私は受け取って、一口飲んだ。


「お姉様、絶対に私を警戒してるわよね?」


「左様でございますね」


「もう少し隠せばいいのに」


「リリアーナ様も、もう少しお言葉を選ばれてはいかがでしょう?」


「選んだわよ?」


「『王位とは遠いところでのんびり暮らしたい』とおっしゃっておりましたが」


「本当のことでしょ」


「本当であれば何を申し上げてもよいというわけではございません」


「……」


 正論。


 嫌い。


「でも、どうすれば信じてもらえるのよ?」


「時間をかけるしかないかと」


「時間?」


「リリアーナ様が王位を求めるような行動をなさらなければ、いずれは」


「なるほど」


 それなら簡単だ。


 何もしなければいい。


 仕事を増やさない。


 功績を作らない。


 派閥を作らない。


 政治に関わらない。


 今まで通り、必要最低限の公務だけを行う。


「よし」


「何か?」


「今まで以上に何もしないことにするわ」


「……」


「何よ?」


「いえ」


 サリナが視線を逸らした。


「何なの?」


「何もございません」


「絶対何か思ったでしょ」


「気のせいでございます」


「こっち見なさいよ」


 サリナは答えず、静かにお茶を淹れ直している。


 まあいい。


 これで方針は決まった。


 何もしない。


 それこそが、今の私にとって最善の行動だ。


 そう思っていた。


 翌朝。


 朝食を終え、今日は何をして過ごそうかと考えていると、サリナが二人の人物を連れて部屋へ入ってきた。


 一人は騎士。


 もう一人は、身なりの整った壮年の男性だった。


 二人は私の前まで来ると、揃って頭を下げた。


「本日よりリリアーナ殿下付きとしてお仕えいたします」


「……はい?」


 私は二人を見た。


 そしてサリナを見る。


 サリナはいつも通りの顔をしている。


 嫌な予感がした。


 また。


 ものすごく嫌な予感がした。

お読み頂き、ありがとうございます。

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