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やり過ぎた!  作者: 涙目
第二章 ピンポン地方編

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第一話 立場が変われば人も変わる

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

「王位継承権第五位、おめでとうございます」


「ありがとうございます」


 私は祝いの言葉を述べる貴族へ、王女として相応しい笑みを返した。


 昨日から何度聞いたか分からない言葉だけれど、もちろん顔には出さない。ここで「全然めでたくありません」なんて言えるはずもないのだから、笑顔で受け入れるしかなかった。


「此度のボーリング地方でのご活躍、私どもも耳にしております。たった一年であれほどの成果を上げられるとは、さすがリリアーナ殿下でございますな」


「ありがとうございます。ですが、私一人の力ではございません。各領の領主や文官たちが尽力してくれたからこその結果ですわ」


「ご謙遜を」


「そのようなことはございませんわ」


 にこやかに返しながら、心の中ではまったく別のことを考えていた。


 ――全然めでたくないわよ!


 昨日、私は一年間に及ぶボーリング地方の統括代官としての仕事を終え、ようやく王都へ帰ってきた。


 これで廃嫡を免れた。


 これで自由になれる。


 これでようやく、以前のように本を読んだり、お茶を飲んだり、庭園で昼寝をしたりする生活へ戻れる。


 そう思っていた。


 ところが、待っていたのは国王であるお父様からのとんでもない褒美だった。


 王位継承権第五位。


 そんなものを与えられた私は、その場で気を失った。


 そして一夜明けた今日、なぜか私の王位継承権第五位への就任を祝う祝賀会が開かれている。


 昨日まで一年間も働いていた娘を少しくらい休ませようとは思わないのだろうか。


 せめて三日。


 できれば一週間。


 欲を言えば一ヶ月くらい何もしたくなかった。


 それなのに、朝から身支度を整えさせられ、こうして大勢の貴族たちから祝いの言葉を受け続けている。


「ところで、リリアーナ殿下」


「はい」


「実は我が領でも少々問題を抱えておりましてな」


 祝いの言葉を述べていた伯爵が、声を少し落としてそんなことを言い始めた。


 嫌な予感しかしない。


「近年、北部の農地開発が思うように進んでおりません。殿下はボーリング地方で数々の問題を解決されたと伺っておりますので、もし機会がございましたら、ぜひ一度我が領へお越しいただき、お知恵をお借りできればと」


「まあ、そうなのですね」


 私は笑顔を崩さなかった。


 内心では全力で断っていたけれど。


「機会がございましたら、その際に」


「ぜひお願いいたします」


「ええ」


 私は一度も行くとは言っていない。


 機会があれば、と言っただけだ。


 そして、その機会が永遠に訪れないことを心の底から願っている。


 伯爵を見送っていると、今度は別の貴族が近づいてきた。


「リリアーナ殿下、此度は誠におめでとうございます」


「ありがとうございます」


「実は我が領でも街道の整備について少々問題がございまして……」


 また?


 それも笑顔でかわしたところへ、さらに別の貴族がやってくる。


「我が領の特産品について、一度殿下のご意見を――」


「機会がございましたら」


「ぜひ我が領にもお越しいただき――」


「機会がございましたら」


 どうして祝賀会で次から次へと仕事を持ってくるのよ。


 私は昨日帰ってきたばかりなのだ。


 一年間働き続けて、ようやく仕事を終えたのだ。


 それなのに、どうして帰ってきた翌日から次の仕事の話を聞かなければならないのか。


 王位継承権第五位になったことで、私を見る周囲の目が変わったことくらいは理解している。


 それにしたって早すぎる。


 せめて今日くらいは祝うだけにしてほしい。


 もっとも、私は祝われること自体も望んでいないのだけれど。


 何人目か分からない貴族を送り出したところで、今度は若い男性がこちらへ近づいてきた。


「リリアーナ殿下」


「はい」


「此度は王位継承権第五位への就任、誠におめでとうございます」


「ありがとうございます」


 たしか侯爵家の次男だったはずだ。


 以前にも夜会で何度か顔を見たことがある。


「以前より、一度殿下とはゆっくりお話をしてみたいと思っておりました」


「まあ、そうなのですか?」


 思わず「嘘つけ」と言いそうになった。


 もちろん、そんなことは口に出さない。


 以前の夜会で、この人は私のすぐ横を通り過ぎたことがある。


 目すら合わなかった。


 それ自体は何の問題もない。私だって彼と話したいと思っていたわけではないし、むしろ余計な付き合いが増えなくてありがたいくらいだった。


 だからこそ、今さら「以前より」なんて言われても困る。


「ボーリング地方でのお話など、ぜひ一度ゆっくり伺ってみたいものです」


「機会がございましたら」


「でしたら、今度王都に新しくできた店でお食事でもいかがでしょう?」


「申し訳ございません。まだ帰還したばかりですので、今後の予定が定まっておりませんの」


「それは残念です。では、落ち着かれましたらぜひ」


「ええ、その際には」


 これも行くとは言っていない。


 彼が去ると、入れ替わるように別の男性がやってきた。


 晩餐会への招待。


 それをかわしたと思ったら、次は観劇への誘い。


 さらに別の男性からは、自分の領地へ遊びに来ないかと誘われた。


 分かっている。


 貴族社会とはそういうものだ。


 婚姻相手を決めるとき、家柄や地位、財産、功績、将来性といったものが判断材料になる。


 昨日までの私は、王位継承権すら持たない第八王女だった。


 それが一年でボーリング地方を立て直し、王位継承権第五位になった。


 私自身は何一つ変わったつもりはなくても、貴族社会における私の価値は大きく変わったのだろう。


 だから彼らの態度が変わること自体は理解できる。


 理解はできるのだけれど。


 ――普通に気持ち悪い。


 昨日まで見向きもしなかった人たちが、今日になった途端に笑顔で近づいてくるのだ。


 せめてもう少し隠しなさいよ、と思う。


 もちろん、それも顔には出さず、私は笑顔で彼らを捌き続けた。


「リリアーナ様」


 男性たちがようやく途切れたと思ったところで、今度は数人の令嬢が近づいてきた。


「此度はおめでとうございます」


「ありがとうございます」


「ぜひ今度、私どものお茶会にもお越しくださいませ。ボーリング地方でのお話を、ぜひ聞かせていただきたいですわ」


「まあ、ありがとうございます」


 お茶会。


 これも増えるのね。


 王位継承権なんて、本当に碌なものじゃない。


「それにしても、王女殿下自ら、あれほど行政へ深く関わられるなんて。わたくしには、とても真似できませんわ」


「必要に迫られただけですわ」


「それでも素晴らしいことでございます。殿方のお仕事に交じって、あれほどの成果を出されたのですもの」


 相手は笑っている。


 けれど、その言葉に含まれているものくらいは分かった。


 女性が男の仕事に出しゃばるなんて。


 直接そう言わないだけで、言いたいことはそんなところだろう。


「わたくしなど、とてもできませんわ。やはり女には女の役割がございますでしょう?」


「そうですわね」


 私があっさり同意すると、令嬢は少し意外そうな顔をしたあと、嬉しそうに笑った。


「まあ。殿下もそう思われます?」


「もちろんですわ」


「でしたら――」


「ですので、私も一刻も早くそちらへ戻りたいと思っておりますの」


「……はい?」


「一年間、十分に働きましたから。これからは静かにお茶を楽しみ、本を読み、穏やかに暮らせれば、それで十分ですわ」


「……そう、なのですね」


「ええ」


 嘘は一つも言っていない。


 むしろ心の底からの本音である。


 できることなら今からでもそうしたい。


 なぜか令嬢は困惑していたけれど、私には理由が分からなかった。


「それでは、またお茶会で」


「ええ、楽しみにしておりますわ」


 そこだけは嘘だった。


 ◇


「疲れたー!」


 自室へ戻り、扉が閉まったことを確認した瞬間、私はそのままベッドへ飛び込んだ。


「リリアーナ様、はしたないですよ」


「硬いこと言わないでよ、サリナ。もう無理」


「ドレスが皺になります」


「もういいわよ。どうせ今日は外に出ないんだから」


「よくありません。お着替えください」


「動きたくない」


「このままではお着替えできません」


「サリナがなんとかして」


「できません」


 冷たい。


 一年間、ずっと私に付き従ってくれた大切な侍女だけれど、こういうところだけは本当に容赦がない。


「私、一年間働いたのよ?」


「はい」


「昨日帰ってきたのよ?」


「はい」


「なのに、なんで今日パーティーなの?」


「王位継承権第五位を授与されたお祝いでございます」


「祝ってほしくない!」


「存じております」


「誰も私の気持ちを分かってくれない!」


「私は存じております」


 私は枕から顔を上げ、サリナを見た。


「サリナ」


「はい」


「好き」


「ありがとうございます。ですので、起きてください」


「嫌」


「リリアーナ様」


「今日はもう何もしない」


「お着替えはしてください」


「嫌」


「髪も解かなければなりません」


「明日でいいじゃない」


「駄目です」


 やっぱり冷たい。


 私は諦めて枕へ顔を埋めた。


「……王位継承権なんて、いらないのに」


「はい」


「第五位なんて、もっといらない」


「はい」


「みんな急に態度を変えるし、領地に来てほしいって言うし、今まで話したこともない男の人たちから食事やら観劇やらに誘われるし、お茶会の誘いまで増えるし……」


「左様でございますね」


「前の方が良かった」


 王位継承権を持たない第八王女。


 兄や姉からは、もう少し真面目にしろと小言を言われる程度。


 政治的な価値も低く、庭園で昼寝をしていたところで、誰も大して気にしない。


 ほんの一年ほど前のことなのに、今では随分遠い昔のように感じた。


「一年だけだったのに……」


 廃嫡されたくなかったから、一年間だけ本気で働いた。


 それだけだった。


 なのに、どうしてこんなことになっているのだろう。


「もう絶対に余計な仕事はしない」


「王族として必要な公務はなさってください」


「最低限だけよ」


「はい」


「頼まれても断る」


「できればそうしてくださいませ」


「できれば?」


「リリアーナ様は、目の前に問題があると結局最後まで片づけてしまわれますので」


「……」


 反論しようとした。


 できなかった。


 一年間の自分の行動を思い返すと、何も言えない。


「だから問題を見ないことにするわ」


「それがよろしいかと」


「決めた。明日は一日、この部屋から出ない」


「それは難しいのでは?」


「なんでよ」


「王位継承権第五位となられたばかりですので、しばらくは様々なお誘いがあるかと」


「全部断って」


「可能なものは」


「全部!」


「善処いたします」


 それでいい。


 明日こそ休む。


 本を読んでもいい。


 お茶を飲んでもいい。


 昼まで寝ていてもいい。


 何なら何もしなくてもいい。


 とにかく仕事だけはしない。


 私はそう固く決意した。


 ――翌朝。


「リリアーナ様」


「何?」


 朝食のパンを口へ運ぼうとしていた私は、サリナの声に手を止めた。


 なぜだろう。


 まだ何も聞いていないのに、嫌な予感がする。


「第四王女殿下より、使者がお見えです」


「……お姉様から?」


「はい」


「何の用かしら?」


「お茶会へのお誘いでございます」


「……」


 私は持っていたパンを皿へ戻した。


 昨日。


 明日は何もしないと決めた。


 まだ朝食すら食べ終わっていない。


 それなのに、もう予定が入った。


「……断ったら?」


「王位継承権第四位である王女殿下から、第五位となられたリリアーナ様へのお誘いでございますので」


「面倒なことになる?」


「おそらくは」


「……そう」


 私は深く息を吐き、椅子の背もたれへ身体を預けた。


 どうやら。


 王位継承権第五位というものは、私が思っていた以上に面倒なものらしい。

お読み頂き、ありがとうございます。

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