終話 過ぎたるは及ばざるがごとし
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
王都が見えた。
「……帰ってきた」
「はい」
「本当に?」
「王都でございます」
「夢じゃない?」
「頬をつねりましょうか?」
「遠慮するわ」
馬車の窓から見える景色。
城壁。
大通り。
遠くに見える王城。
一年前。
あそこから送り出された。
廃嫡されたくなければ成果を出せ。
そんな無茶苦茶な命令とともに。
「長かった……」
「一年でございますから」
「一年よ」
私は椅子にもたれた。
本当に。
長かった。
ストライク領へ行った。
問題がなかった。
休んだ。
ガーター領へ行った。
問題だらけだった。
働いた。
その後も。
問題があれば働いた。
問題がなければ休んだ。
それを繰り返して。
ようやく。
「終わったのよね」
「はい」
「もう統括代官じゃないのよね?」
「任期は満了しております」
「じゃあ、帰ったら昼寝していいのよね?」
「陛下へのご報告が終わりましたら」
「分かってる」
それだけ。
それだけ終われば。
自由。
「報告書は?」
「後方の馬車にございます」
「全部?」
「全て」
「よし」
私は。
王城を見る。
「待ってなさいよ、クソジジイ」
「リリアーナ様」
「何?」
「王都へ入りましたので」
「……お父様」
「よろしいかと」
危ない。
一年。
サリナしかいないところで言い続けたせいで。
完全に癖になっている。
◇
王城へ到着すると。
「第八王女殿下!」
「リリアーナ殿下、お帰りなさいませ!」
「ご帰還、お待ちしておりました!」
人。
多い。
「……何これ」
「お出迎えかと」
「どうして?」
「王女殿下が一年ぶりに王都へ帰還されたからでは?」
「いらないんだけど」
「そうおっしゃられましても」
騎士。
侍女。
文官。
見覚えのある顔も。
知らない顔もいる。
「リリアーナ!」
「……お兄様」
第三王子。
一年前。
庭園で寝ていた私に説教してきた兄。
「久しぶりだな」
「お久しぶりでございます」
「随分と」
兄が。
私を見る。
「変わったな」
「どこがですか?」
「……いや」
「?」
「元気そうで何よりだ」
「はい」
変な兄。
「お父様は?」
「待っている」
「ちょうどいいです」
「何がだ?」
「こちらの話です」
報告書。
全部。
読ませる。
「謁見?」
「ああ。帰還したらすぐに来るようにとのことだ」
「……」
帰って。
すぐ。
仕事。
「あの」
「なんだ?」
「着替えて、お風呂に入って、一晩寝てからでは?」
「陛下がお待ちだ」
「……」
あのクソジジイ。
「分かりました」
行く。
そして。
終わらせる。
◇
謁見の間。
「第八王女リリアーナ・プレイング、ただいま帰還いたしました」
「ああ」
一年ぶりに。
父を見る。
変わってない。
髭も。
顔も。
あの。
人を食ったような目も。
「ご苦労だった」
「ありがとうございます」
「一年だったな」
「はい」
「どうだった?」
「大変でございました」
「そうか」
「大変でございました」
「二度言うほどか?」
「はい」
あなたのせいで。
「まずは報告を聞こう」
「はい」
来た。
私は。
後ろを見る。
「持ってきて」
「はっ」
文官たちが。
箱を運び込む。
一つ。
二つ。
三つ。
「……」
父が。
見る。
まだ。
来る。
四つ。
五つ。
六つ。
「……リリアーナ」
「はい?」
「これは?」
「報告書でございます」
「それは見れば分かる」
「一年分でございます」
「……全てか?」
「はい」
私は。
笑った。
「一枚残らず、お持ちいたしました」
「そうか」
「はい」
さあ。
受け取れ。
一年分。
「お父様」
「なんだ?」
「こちら」
私は。
一番上の報告書を持つ。
本当なら。
顔面に。
叩きつけたい。
でも。
サリナに止められた。
仕方ない。
父の前まで歩く。
机。
そこへ。
バンッ!
「一年分の成果でございます!」
「……」
よし。
やった。
「リリアーナ」
「はい」
「普通に置け」
「申し訳ございません」
でも。
満足。
父が報告書を見る。
「随分とまとめたな」
「ええ」
「全領を回ったのか?」
「はい」
「問題があった領も?」
「片づけました」
「全て?」
「私が把握した範囲では」
「そうか」
父が。
笑う。
「よくやった」
「……」
その顔。
「お父様」
「なんだ?」
「一つ、伺ってもよろしいでしょうか?」
「ああ」
「ボーリング地方の問題」
「うむ」
「どこまでご存じでした?」
「……」
止まった。
「お父様?」
「何のことだ?」
「…………」
こいつ。
「ガーター領」
「うむ」
「街道工事」
「ほう」
「水路工事」
「そうか」
「グランド商会」
「大変だったようだな」
「…………」
私は。
父を見る。
父も。
私を見る。
「知ってましたね?」
「さて」
「知ってましたよね?」
「どうだったかな」
「お父様」
「なんだ?」
「あのクソジジイ」
「ほう?」
「申し訳ございませんでした、素敵なお髭のお父様」
「一年経っても変わらんな、お前は」
「誰のせいですか!」
謁見の間が。
静まり返った。
「……」
しまった。
ここ。
二人じゃない。
兄。
姉。
大臣。
騎士。
文官。
いっぱい。
いる。
「……失礼いたしました」
「構わん」
「構ってください」
むしろ。
怒って。
その方が。
恥ずかしくない。
「リリアーナ」
「はい」
「確かに」
父の声が変わった。
「ボーリング地方に複数の問題が存在することは把握していた」
「ほら!」
「黙って聞け」
「……はい」
「ただし、詳細までは把握していなかった」
「本当ですか?」
「報告される内容と実態が一致していない可能性があったからな」
「……」
あ。
そういう。
「王都から調査官を送る案もあった」
「だったら送ればよかったじゃないですか!」
「送った」
「……はい?」
「過去にな」
父が。
報告書を一枚持つ。
「だが、大きな問題なしと報告された」
「…………」
「それでも数字がおかしかった」
「数字?」
「ああ」
「何の?」
「税収だ」
税。
「ボーリング地方は、土地、人口、街道、産業規模から推計される税収に対し、実際の納税額が長年低かった」
「……」
「不作の年だけではない。豊作の年もだ」
「……」
「原因が分からん」
だから。
「私?」
「そうだ」
「なんで!?」
「暇そうだったからな」
「そこ!?」
もっと。
あるでしょう。
理由。
「それだけではない」
「でしょうね!」
「お前なら、既存の報告を信用しないと思った」
「……」
「自分で見る」
「……」
「自分で聞く」
「……」
「数字が合わなければ確認する」
「……」
「分からなければ現場へ行く」
「……」
全部。
やった。
「だから送った」
「…………」
私は。
何も。
言えなかった。
「まあ」
父が。
笑う。
「想定以上だったがな」
「……何がです?」
「成果だ」
「成果?」
「お前、自分が何をしたか把握していないのか?」
「してますよ」
「ほう」
「問題を片づけました」
「それだけか?」
「制度も少し変えました」
「少し?」
「はい」
必要だったから。
「税の徴収方法を整理したり」
「うむ」
「報告書を統一したり」
「うむ」
「公共事業の確認方法を変えたり」
「うむ」
「止まってた事業を動かしたり」
「うむ」
「街道とか橋とか直したり」
「うむ」
「それくらいです」
「…………」
父。
なぜ。
黙る。
「何ですか?」
「リリアーナ」
「はい」
「お前がボーリング地方へ赴任する前年」
「はい」
「地方全体から王家へ納められた税収を知っているか?」
「いいえ」
「だろうな」
「興味ありませんでしたから」
「そうだろうな」
失礼。
「今年度」
父が。
別の紙を取った。
「まだ全ての徴収が完了したわけではない」
「はい」
「だが、現時点ですでに」
父が。
私を見る。
「前年の三・七倍だ」
「…………はい?」
聞き間違い。
「もう一度お願いします」
「三・七倍だ」
「…………」
倍。
では。
ない。
「なんで?」
「お前が聞くのか?」
「だって!」
税率。
そんな。
上げてない。
「私、税率を三倍になんてしてませんよ!?」
「知っている」
「むしろ取り過ぎてたところは下げましたよ!?」
「それも知っている」
「じゃあなんで!?」
「徴税漏れが減った」
「……」
「不正徴収が減った」
「……」
「横領されていた金が戻った」
「……」
「滞っていた物流が動いた」
「……」
「放置されていた街道や橋が使えるようになった」
「……」
「農地整備も進んだ」
「……」
「商人の往来が増えた」
「……」
「そして」
まだ。
あるの?
「人口が増えた」
「…………」
それは。
「どれくらい?」
「地方全体で、赴任前と比べ約二・一倍」
「…………」
私は。
父を見る。
「一年で?」
「ああ」
「人って一年で倍になるんですか?」
「生まれたわけではない」
「それは分かってます!」
移住。
か。
「周辺地方からの流入が大きい」
「どうして?」
「住みやすくなったからだろう」
「…………」
「街道が整い」
「はい」
「仕事が増え」
「はい」
「税の基準が明確になり」
「はい」
「役人の不正が減り」
「はい」
「領ごとの報告制度が整った」
「はい」
「商人も増えた」
「はい」
「なら、人も来る」
「…………」
そんな。
単純な。
「もちろん、それだけではない」
「まだあるんですか?」
「各領が競い始めた」
「……競う?」
「ああ」
父が。
笑う。
「お前が領を回るたび、次の領へ改善事例を持ち込んだだろう?」
「……まあ」
便利だったものは。
使った。
「それを聞いた他領も真似た」
「…………」
「さらに、自分の領も評価されたい領主が改善を始めた」
「…………」
「結果として」
父が。
報告書の箱を見る。
「お前が直接手を入れていない場所まで勝手に改善した」
「…………」
待って。
「私」
「うむ」
「そんなつもりなかったんですけど」
「知っている」
「仕事を減らしたかっただけなんですけど」
「それも知っている」
「二度と同じ問題を処理したくなかっただけなんですけど」
「実にお前らしい」
「笑わないでください!」
私は。
頭を抱えた。
税収。
三・七倍。
人口。
二・一倍。
一年。
たった。
一年。
「……」
嫌な。
予感。
する。
「お父様」
「なんだ?」
「私」
「うむ」
「成果、出しましたよね?」
「ああ」
「十分?」
「十分どころではない」
「ですよね?」
「ああ」
「じゃあ」
約束。
「廃嫡は?」
「なしだ」
「…………」
よし。
「やった!」
思わず。
声が出た。
これで。
終わり。
「では!」
「ああ」
「私はこれで失礼します!」
「待て」
「嫌です!」
「まだ何も言っていない」
「その『待て』で良いことがあった記憶がありません!」
「褒美だ」
「いりません!」
「まだ内容を言っていない」
「休暇で!」
「却下だ」
「なんで!?」
父が。
立ち上がる。
嫌。
何。
やめて。
私は。
もう。
働かない。
「第八王女リリアーナ・プレイング」
「……はい」
声。
国王。
父ではなく。
「ボーリング地方統括代官としての一年間の功績」
「……」
「税収の大幅な増加」
「……」
「人口の増加」
「……」
「行政制度の改善」
「……」
「公共事業の正常化」
「……」
「そして、地方全体の発展」
やめて。
並べないで。
怖いから。
「これらを評価し」
「…………」
父が。
笑った。
一年前と。
同じ。
笑い方。
「リリアーナ・プレイングに、王位継承権第五位を与える」
「…………」
私は。
父を見る。
父も。
私を見る。
「…………はい?」
聞き間違い。
今日。
二回目。
「お父様」
「なんだ?」
「今」
「うむ」
「何と?」
「王位継承権第五位だ」
「…………」
王位。
継承。
権。
「私に?」
「お前以外に誰がいる」
「いりません」
「褒美だ」
「返します」
「認めん」
「なんで!?」
「王命だ」
「またそれ!?」
待って。
王位継承権。
私が。
一年間。
避け続けた。
いや。
十八年間。
避け続けた。
もの。
「お父様!」
「なんだ?」
「私、王位に興味ないって知ってますよね!?」
「ああ」
「知ってるんですか!?」
「もちろんだ」
「じゃあなんで!?」
「嫌がると思ってな」
「褒美じゃないでしょう!?」
「私にとっては面白い」
「このクソジジイ!」
「ほう?」
「素敵なお髭のお父様!」
もう。
嫌。
私は。
ただ。
のんびり。
生きたかった。
そのために。
一年間。
本気で。
働いただけ。
なのに。
税収。
三・七倍。
人口。
二・一倍。
そして。
王位継承権。
第五位。
「…………」
視界が。
揺れた。
「リリアーナ?」
「……お父様」
「なんだ?」
「私……」
まずい。
力。
入らない。
「やり過ぎた……」
それが。
最後だった。
私はその場で。
意識を失った。
お読み頂き、ありがとうございます。




