第二十話 仕事のストレスはその原因にぶつけること
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
馬車が止まった。
「到着いたしました」
「……着いちゃった」
「左様でございますね」
「帰りたい」
「帰られますか?」
「帰らない」
「では、参りましょう」
「サリナって時々冷たいわよね」
「気のせいかと」
絶対に気のせいではない。
窓の外はすっかり暗くなっている。
時刻はすでに夜。
本来なら夕食を食べ、お風呂に入り、あとは寝るだけの時間である。
それなのに、私はどうして馬車に乗って領都の外れまで来ているのだろう。
理由は分かっている。
分かっているからこそ帰れない。
「……行きましょう」
「はい」
馬車を降りる。
目の前には、大きな倉庫が建っていた。
「これ?」
「はい。バルド・ケイン様個人の所有として登録されております」
「思ってたより大きいわね」
「私もそう思います」
個人用の保管庫。
そう聞いていたから、もっと小さなものを想像していた。
しかし、実際に来てみれば、小さな商会の倉庫と言われても納得できそうな大きさだ。
何をそんなに保管する必要があるのだろう。
「周囲は?」
「すでに兵士が確認しております。裏口は一か所。窓もございますが、人が出入りできる大きさではないとのことです」
「中に人がいる可能性は?」
「分かりません」
「そう」
私の周囲には十人ほどの兵士がいる。
記録を取るため、領の文官も二人同行させた。
私は戦えない。
危険なことまで自分でやる気はない。
統括代官なのだから、できる人にやってもらえばいい。
「鍵は?」
「バルド・ケイン様の所持品の中にございました」
「あったの?」
「はい。こちらの倉庫のものと思われる鍵が」
「じゃあ、まず試して」
「承知いたしました」
兵士の一人が扉の前へ進み、鍵を差し込む。
少し回すと。
ガチャリ。
簡単に開いた。
「当たりね」
「そのようです」
兵士が扉を開けようとする。
「あ、待って」
「はい?」
「私たちはここにいるから、先に中を確認して」
「承知いたしました」
数人の兵士が中へ入っていく。
扉の向こうは暗い。
持ってきた灯りが一つ、また一つと中へ消えていった。
私は外で待つ。
わざわざ危険かもしれない場所へ最初に入る必要はない。
「……サリナ」
「はい」
「今、何時?」
「午後八時を少し回ったところです」
「夕食、まだよね」
「はい」
「お腹空いた」
「戻りましたら、すぐにご用意いたします」
「そうして」
今日は絶対に食べる。
それからお風呂に入る。
そして寝る。
もう何があっても仕事はしない。
「殿下!」
「ひゃっ!?」
突然、大声で呼ばれて肩が跳ねた。
倉庫から兵士が戻ってくる。
「大声出さないでよ!」
「も、申し訳ございません!」
「それで?」
「内部の安全を確認いたしました。人はおりません」
「そう」
よかった。
そこは本当に。
「ただ」
「……何?」
嫌な言葉が付いた。
「内部にかなりの量の物資が保管されております」
「物資?」
「はい。木材、鉄材、石材、それから農具と思われるものもございます」
「…………」
私は倉庫を見る。
「個人の倉庫よね?」
「登録上は、そのようになっております」
「……見ましょう」
「はい」
◇
中へ入った私は、しばらく何も言えなかった。
倉庫は外から見た以上に広く感じる。
そして、その広い空間に大量の物資が置かれていた。
木材が積まれている。
鉄材の入った箱が並んでいる。
石材もある。
壁際には農具まで置かれていた。
「何これ」
「かなりの量でございますね」
「個人で使う量じゃないわよね?」
「少なくとも、一般的な用途とは思えません」
「そうよね」
趣味で木材や石材を集める人が絶対にいないとは言わない。
でも。
こんなものを集める趣味があるなら、かなり変わっている。
「文官」
「はい」
「ここにあるもの、全部記録して」
「承知いたしました」
「種類と数量。それと、何か印があればそれも」
「はい」
「ただし、勝手に動かさないで。数えられる範囲でいいから」
「承知いたしました」
文官たちが作業を始める。
私も近くにあった木材を見る。
「……あれ?」
「どうかなさいましたか?」
「これ、数えやすい」
木材は無造作に積まれているわけではなかった。
横に十本。
それが十段。
「百本ね」
「確認いたします」
文官が数える。
「はい。百本ございます」
「こっちも同じ?」
「はい。こちらも百本です」
さらに隣には半分の高さまで積まれた木材。
「こっちは五十本?」
「……五十本で間違いございません」
「じゃあ、全部で二百五十本」
「はい」
私は積まれた木材を見つめる。
先日、納品された木材を一本ずつ数えるなんて面倒だと思い、十本単位で確認できる方法を考えたばかりだ。
だから嫌でも目につく。
数えやすいのは助かる。
助かるのだけれど。
「私たち、木材を探しに来たんだっけ?」
「いいえ」
「そうよね」
消えた銀貨七百四十一枚。
その行方につながるものがないか確認しに来た。
それなのに、なぜ大量の木材を数えているのだろう。
「……まあいいわ。次も確認して」
「はい」
そこからは、倉庫の中にある物資を順番に確認していった。
鉄材。
農具。
石材。
縄や工具などもあり、細かいものまで含めれば相当な量になる。
「これ、全部新しいもの?」
「見た限りでは、使用された形跡のないものが多いようです」
「そう……」
私は近くにある木材へ手を触れた。
そのとき。
「あ」
端に焼き印がある。
「これ、何?」
「確認いたします」
文官が近づいてきた。
焼き印を見る。
そして、その表情が変わった。
「知ってるの?」
「はい。この印は、水路工事で使用された木材の仕入れ先と同じものです」
「……水路?」
「はい」
水路。
領への請求は二百本。
商会側の仕入れ記録は百二十本。
実際に納品されたのも百二十本。
その差が問題になったばかりだ。
「この木材全部?」
「いえ。同じ仕入れ先というだけで、水路工事用として購入されたものかどうかまでは分かりません」
「そうよね」
同じ木材商から別の用途で買った可能性もある。
決めつけてはいけない。
「購入した時期は分かる?」
「こちらだけでは」
「じゃあ明日、木材商に確認」
「承知いたしました」
私は隣の鉄材を見る。
「こっちは?」
「刻印がございます」
「どこ?」
文官が確認する。
「領都の鍛冶工房のものです」
「何かに使ってた?」
「南門修繕で使用された鉄材と同じ工房かと」
「……南門」
あれは、領側と商会側の書類が一致していた案件だ。
「でも、同じところから別に買っただけかもしれないわよね?」
「はい」
「これも確認」
「承知いたしました」
「農具は?」
「こちらにも製作者の印がございます」
「どこ?」
「農業支援用の農具を納めている工房です」
「…………」
木材。
鉄材。
農具。
どれも公共事業や領の事業と関係のある取引先。
偶然かもしれない。
まだ。
「サリナ」
「はい」
「ものすごく嫌な予感がする」
「奇遇でございますね。私もです」
「サリナまで?」
「はい」
「それ、かなり嫌なんだけど」
「申し訳ございません」
謝られても困る。
◇
「殿下」
「今度は何?」
倉庫の奥を調べていた兵士が呼びに来た。
「奥に部屋がございます」
「部屋?」
「はい。ただ、施錠されております」
「鍵は?」
「先ほどの鍵束を全て試しましたが、合うものがございません」
「……別の鍵があるってこと?」
「その可能性が高いかと」
倉庫の奥へ向かう。
確かに扉があった。
倉庫内に作られた小さな部屋らしい。
「最近使われてる?」
「確認いたします」
兵士が扉の周囲を見る。
鍵穴。
取っ手。
床。
しばらくして。
「頻繁に開閉されていると思われます」
「どうして?」
「扉の前だけ埃が少なく、床にも新しい擦れ跡がございます」
「なるほど」
使われている。
でも。
鍵はない。
「開けられる?」
「扉を破壊してよろしければ」
「……」
私は少し考える。
ここはバルド個人の倉庫。
すでに公共事業を巡る複数の不正が確認されている。
本人は拘束済み。
証拠隠滅を防ぐための捜索。
「開けて」
「承知いたしました」
兵士が道具を持ってくる。
ガンッ!
思ったより大きな音が響く。
さらにもう一度。
ガンッ!
そして。
バキッ!
「開きました」
「でしょうね」
あれだけやれば。
「先に確認いたします」
「お願い」
兵士が中へ入る。
すぐに別の兵士も続いた。
そして。
「殿下」
「何?」
「ご覧いただいた方がよろしいかと」
「…………」
今日、その言葉を何回聞けばいいのだろう。
「分かった」
中へ入る。
小さな部屋だった。
壁には棚。
中央には机。
床には箱がいくつか置かれている。
棚には大量の紙束。
「これ……帳簿?」
「そのように見えます」
「提出されたものとは別?」
「確認しなければ分かりません」
「……全部持ち帰って」
「承知いたしました」
「一枚もなくさないで。持ち出した数と、運んだ人も記録」
「はい」
あとから、あった、なかった、そんな話になったら面倒だ。
「箱は?」
「確認いたします」
兵士が近くにあった箱を開ける。
「……」
中には、銀色の硬貨が入っていた。
見慣れたものだ。
私は箱の前にしゃがみ、一枚を手に取る。
銀貨。
「あるじゃない」
思わず口から出た。
「数えて」
「承知いたしました」
◇
「銀貨百八十六枚です」
「……七百四十一枚全部じゃないわね」
「はい」
消えたと考えられる差額は、銀貨七百四十一枚相当。
ここにあったのは百八十六枚。
「他に現金は?」
「確認した限りではございません」
「そう」
なら、残りは五百枚以上。
でも。
「物資がある」
「はい」
私は倉庫の方を見る。
木材。
鉄材。
石材。
農具。
その他にも様々なものが保管されている。
「あれ全部で、いくらくらい?」
「正確な価格を出すには、仕入れ時期と取引記録を確認する必要がございます」
「そうよね」
今日これ以上やるのは無理だ。
「明日」
「はい」
「商会から提出された帳簿と、ここにあった帳簿を照合」
「はい」
「木材商と鍛冶工房にも確認」
「はい」
「倉庫にある物資の価格も出して」
「承知いたしました」
「それから」
私は倉庫を見る。
「ここは封鎖」
「はい」
「誰も入れないようにして」
「兵士を配置いたします」
「物資も動かさない」
「承知いたしました」
「銀貨は?」
「証拠として領主館へ移送するのがよろしいかと」
「じゃあそうして」
「はい」
「確認した人数は?」
「兵士二名、文官一名で数えております」
「三人とも同じ百八十六枚?」
「はい」
「それぞれ署名を残して」
「承知いたしました」
よし。
これなら後で数が違うなんてことにはならない。
同じ問題を繰り返さないためにも、誰が、いつ、何を、いくつ確認したのかを残しておく。
ここへ来てから嫌というほど学ばされた。
あまり嬉しくない学習成果である。
◇
領主館へ戻った頃には、かなり遅い時間になっていた。
「……疲れた」
「お疲れ様でございます」
「お風呂」
「ご夕食が先ではなく?」
「お風呂」
「かしこまりました」
もう頭を使いたくない。
お湯に浸かる。
ご飯を食べる。
寝る。
今日はそれだけ。
「リリアーナ様」
「何?」
「持ち帰った帳簿ですが」
「明日」
「はい」
「絶対明日」
「承知いたしました」
「今から見せないでね」
「はい」
「何が書いてあっても」
「緊急性がない限りは」
「そうして」
これ以上、今日の仕事を増やしてはいけない。
「……サリナ」
「はい」
「一つ聞いていい?」
「何でしょう?」
「あの倉庫、見つけてよかったのよね?」
「もちろんでございます」
「そうよね」
分かっている。
大量の物資。
百八十六枚の銀貨。
提出されていない帳簿。
何も知らずに放置するより、見つけた方がいいに決まっている。
「でも」
「はい」
「見つけるたびに仕事が増えるの、どうにかならない?」
「見つけなければよろしいのでは?」
「それができたら苦労してないのよ」
見つけてしまったら気になる。
確認する。
そして、また何か見つける。
「……悪循環だわ」
「よいことでは?」
「私にとってはよくないの!」
私はのんびり生きたいのだ。
不正を暴きたいわけでも。
名代官になりたいわけでも。
ましてや、仕事を増やしたいわけでもない。
「明日は休む」
「帳簿の確認がございます」
「…………」
「木材商への確認も」
「…………」
「鍛冶工房への確認も」
「…………」
「倉庫内の物資との照合も」
「サリナ」
「はい」
「もう言わないで」
「かしこまりました」
私は大きくため息を吐いた。
銀貨百八十六枚。
大量の物資。
そして、隠されていたらしい帳簿。
どう考えても、これで終わりではない。
「……」
待って。
ふと、頭の中に王都を出る前の光景が浮かんだ。
『一年間、ボーリング地方の統括代官として働いてこい』
お父様の言葉。
『結果次第では、お前を廃嫡とする』
あのとき、私は必死だった。
廃嫡。
幽閉。
最悪の場合は死。
そんなことばかり考えていた。
だから、深く考えなかった。
でも。
「……サリナ」
「はい」
「お父様って」
「はい」
「ボーリング地方の状況、どこまで知ってたと思う?」
「……」
サリナが黙った。
「どうしたの?」
「私から申し上げてよろしいことではないかと」
「……」
その答え。
ものすごく怪しい。
「お父様は国王よね?」
「はい」
「この国で一番、情報が集まる人よね?」
「左様でございます」
「地方から報告も来るわよね?」
「当然、届いているかと」
「…………」
街道。
水路。
グランド商会。
三年間で十四件。
銀貨七百四十一枚相当。
それだけの問題が起きていた。
国王が、本当に何も知らなかった?
「……」
いや。
待って。
思い出せ。
私が。
『一年だけ、本気でやります』
そう言ったとき。
あの人。
何をしてた?
笑っていた。
それも、ものすごく楽しそうに。
「…………あ」
気づいた。
いや。
確証はない。
ないけど。
「あのクソジジイ」
「リリアーナ様」
「絶対知ってたわよ」
「……」
「知ってて私に押しつけたのよ!」
「リリアーナ様、お言葉が」
「あのクソジジイ!」
腹が立つ!
私が一年だけ本気で働くと言ったとき、笑っていた理由。
あれ。
絶対。
これだ。
「だから統括代官なのね!?」
「リリアーナ様?」
「領主代官じゃなくて、地方全体を見る統括代官! 最初から一つの領だけじゃ済まないって知ってたから!」
「……可能性はございます」
「でしょう!?」
しかも。
成果次第では廃嫡。
基準は教えない。
何をすればいいのかも教えない。
全部。
『自分で考えろ』
「試したのよ!」
私がどこまで見つけるか。
どう対処するか。
それを見るために。
「絶対そうよ!」
「まだ陛下がご存じだったという証拠はございませんが」
「分かってるわよ!」
分かっている。
推測だけで決めつけるな。
それは、この地方に来てから自分で何度も言ってきたこと。
だから、断定はしない。
断定はしないけど。
「帰ったら絶対確認する」
「陛下に、でございますか?」
「そうよ」
「もし、本当にご存じだった場合は?」
「決まってるでしょう?」
私は拳を握った。
「文句言うのよ!」
「……それだけでございますか?」
「国王相手にそれ以上何ができるのよ!」
「ごもっともでございます」
「腹立つ!」
しかも、まだボーリング地方へ来て、それほど経っていない。
ストライク領を見て。
次に来たガーター領で。
これ。
「……待って」
「はい」
「ボーリング地方って」
「はい」
「他にも領地あるわよね?」
「ございます」
「…………」
嫌な予感がした。
ものすごく。
嫌な予感がした。
「サリナ」
「はい」
「残りの領地」
「はい」
「問題ないわよね?」
「現時点では何とも」
「…………」
私は天井を見上げた。
「あのクソジジイ……」
もし。
これが。
ガーター領だけではなかったら。
「あのクソジジイ!」
絶対に。
王都へ帰ったら。
覚えてなさいよ。
お読み頂き、ありがとうございます。




