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やり過ぎた!  作者: 涙目
第一章 ボーリング地方編

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第二話 事前確認は大切

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 ガタゴト、ガタゴト。


 一定の間隔で揺れる馬車の中。


 私は膝の上に広げた資料を眺めながら、早くも後悔していた。


「……多い」


 分厚い。


 とにかく分厚い。


 ボーリング地方の概要。


 各領の人口。


 税収。


 主要産業。


 特産品。


 交易状況。


 治安。


 主要街道。


 領主の家系。


 過去数年の収支。


 その他、諸々。


 王都を出発する直前に渡された資料の束は、ちょっとした凶器になりそうな厚みだった。


 これを全部読めと?


 私に?


「……一年だけ」


「リリアーナ様?」


「なんでもないわ」


 向かいに座るメイドのサリナが不思議そうに首を傾げる。


 私は小さく息を吐き、再び資料へ目を落とした。


 一年だけ。


 一年だけ頑張ればいい。


 何度目になるか分からない言葉を心の中で繰り返す。


 前世でもあった。


 今月だけ。


 この案件が終わるまで。


 繁忙期を乗り越えるまで。


 そうやって自分を騙し続けた結果、次から次へと仕事が増えた。


「……」


 嫌な記憶だ。


 今世では絶対に同じ轍を踏まない。


 一年間きっちり働く。


 廃嫡されないだけの成果を出す。


 王都へ帰る。


 そして寝る。


 完璧。


「まずは現状把握ね」


 いきなり何かを変えるつもりはない。


 何が問題なのかも知らない人間が、いきなり改革だの改善だのと言い出す。


 前世でも、そういう人間はいた。


 現場を見ない。


 数字を見ない。


 そこで働いている人間の話も聞かない。


 それなのに、


『こうすればもっと効率的になる』


 などと口を出す。


 そして大抵の場合、余計な仕事が増える。


 絶対にやらない。


 まず知る。


 話はそれからだ。


「ボーリング地方……」


 改めて資料の表紙を見る。


 やっぱり変な名前。


 私にとっては聞き慣れた単語なのだけれど、この世界の地名として見ると違和感がすごい。


 そういえば。


 今まで深く考えたことがなかった。


 この世界に生まれて十八年。


 プレイング王国という国名も、最初こそ気になったが、いつしか慣れてしまった。


 地方名についても同じだ。


 ボーリング地方。


 ビリヤード地方。


 ダーツ地方。


 前世の記憶がある私からすれば、明らかに遊びの名前。


 けれど、それ以上調べようとはしなかった。


 だって。


「地方のことなんて覚えたら、仕事を振られそうだったし……」


「何かおっしゃいましたか?」


「なんでもないわ」


 必要最低限は勉強した。


 プレイング王国の大まかな地理。


 主要都市。


 周辺国家。


 王族として知らなければ恥になる程度のことは覚えている。


 でも、各地方の細かな領地名まで暗記する必要性は感じなかった。


 王位継承権すらない第八王女が、地方行政に関わることなんてない。


 ――そう思っていた。


「人生って分からないものね……」


「はい?」


「独り言よ」


「左様ですか」


 メイドが少しだけ心配そうな目を向けてくる。


 大丈夫。


 まだ大丈夫だから。


 私はページをめくった。


「えっと……ボーリング地方には……」


 いくつかの領地が存在する。


 それぞれを貴族が治め、その上に今回、統括代官として私が置かれる。


 つまり各領主と話をしながら、地方全体を見なければならない。


 面倒臭い。


 ……いや。


 一年間だけ。


「最初は……ストライク領」


 そこで指が止まった。


「……ストライク?」


 もう一度読む。


 ストライク領。


 間違いない。


 次。


「スペア領」


 次。


「ガーター領……」


 さらに資料をめくる。


「レーン領……」


 私は無言になった。


「…………」


 いや。


 待って。


 これは。


「リリアーナ様?」


「……何?」


「いえ、急に黙られましたので」


「ちょっと待って」


 資料を最初に戻す。


 表紙。


 ボーリング地方。


 中を見る。


 ストライク領。


 スペア領。


 ガーター領。


 レーン領。


「……完全にボーリングじゃない」


 偶然じゃない。


 地方名だけなら、まだそういう偶然もあるかもしれない。


 プレイングも。


 ビリヤードも。


 ダーツも。


 たまたま前世の言葉と一致しているだけ。


 無理はあるけれど、そういう世界なのだと納得できなくもない。


 でも。


 ボーリング地方の中にストライク領とスペア領とガーター領とレーン領がある。


 これはもう言い逃れできない。


「何なの、この国……」


「リリアーナ様?」


 私は顔を上げた。


 ちょうどいい。


「ねえ」


「はい」


「あなた、ボーリングって知ってる?」


「ボーリング地方のことでしょうか?」


「そうじゃなくて」


 どう説明したものか。


「遊びとしてのボーリング」


「遊び、ですか?」


「ええ。こう……重い球を転がして、並べたものを倒すの」


「……?」


 メイドが困惑している。


 まあ、そうなるわよね。


「じゃあ、ビリヤードは?」


「ビリヤード地方でしょうか?」


「棒で球を突く遊び」


「存じません」


「ダーツ」


「ダーツ地方でございますね」


「小さな矢を的に投げるの」


「……申し訳ございません。そういった遊びがあることは、聞き及んでおりません」


「そう……」


 やっぱり。


 私は資料へ視線を戻す。


 名前だけがある。


 遊びそのものは存在しない。


 少なくとも、私も十八年間聞いたことがないし、このメイドも知らない。


 なのに。


 プレイング王国。


 ボーリング地方。


 ストライク領。


 スペア領。


 ガーター領。


 レーン領。


「……何なのかしらね、本当に」


 前世とこの世界。


 何か関係があるのだろうか。


 私以外にも転生者がいた?


 だったら、遊びそのものが残っていてもよさそうなものだけれど。


 地名だけ残した?


 何のために?


「……まあ、いいか」


 資料をめくる。


 考えても分からないことを考え続けても仕方がない。


 今の私にとって重要なのは、地名の由来ではない。


 一年後も自由の身でいること。


 それだけだ。


 それに。


 遊びが存在しないのなら――。


「……」


 そこで一瞬、何かが頭をよぎった。


 けれど。


「リリアーナ様?」


「なんでもないわ」


 私は再び資料へ目を落とした。


 今は仕事。


 余計なことを考えるのはやめよう。


 ガタゴト。


 ガタゴト。


 馬車は進んでいく。


 王都を離れ、何日もかけて西へ。


 街を抜け。


 村を抜け。


 平原を越え。


 景色が少しずつ変わっていく。


 そして――。


「リリアーナ様」


「ん……?」


 資料を読んでいた私は顔を上げた。


「間もなく到着いたします」


「そう」


 私は窓の外を見る。


 遠くに街が見えていた。


 ボーリング地方。


 その最初の目的地。


「ストライク領……」


 資料を閉じる。


 遊びの名前ばかりの、不思議な土地。


 そこで私はこれから一年間を過ごす。


「まずは、見てみましょうか」


 資料だけでは分からない。


 実際に見て。


 話を聞いて。


 それから考える。


 馬車はゆっくりと、ストライク領へ入っていった。

お読み頂き、ありがとうございます。

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