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やり過ぎた!  作者: 涙目
第一章 ボーリング地方編

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第一話 今世はぐーたらして生きたい

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 私は、働きたくない。


 誤解しないでほしい。

 働くことそのものが嫌いなわけではない。


 必要なら働くし、任された仕事はちゃんとやる。


 ただ――働き過ぎたくないのだ。


「リリアーナ。また庭園で寝ていたそうだな」


「はい、お兄様」


「はい、ではない。王族たるもの、もう少し有意義に時間を使ったらどうだ?」


「お兄様のおっしゃる通りです」


「……」


「……?」


「いや、なんでもない」


 第三王子である兄は、なんとも言えない顔をして去っていった。


 私はその背中を見送り、テーブルの上に置いていた紅茶を一口飲む。


 今日もいい天気だ。

 雲は少なく、風も穏やか。

 日差しも暖かい。


 絶好の昼寝日和である。


「さて」


 お説教も終わったことだし、続きを――。


「リリアーナ様」


「……何かしら?」


 長椅子へ横になろうとしたところで、侍女に呼び止められた。


「国王陛下がお呼びです」


「……今?」


「はい」


「急ぎかしら?」


「すぐに来るようにと」


「そう……」


 私は名残惜しく長椅子を見る。

 せっかく日当たりのいい場所を確保したのに。


「分かったわ。行きましょう」


 昼寝は延期らしい。


 実に残念である。


 ◇


 私、リリアーナ・プレイングは、プレイング王国の第八王女として生まれた。


 もっと正確に言えば――転生した。


 前世の私は、いわゆるキャリアウーマンだった。


 朝早くに出勤して、夜遅くに帰宅する。


 部下の失敗を処理し。

 上司の無茶振りを処理し。

 取引先からの要求を処理し。


 会議に出て。

 資料を作って。

 人を育てて。

 進捗を確認して。

 問題が起きれば原因を調べて。

 再発防止策を作って。


 ようやく全部終わったと思ったら、新しい仕事が机の上に置かれている。


 そして気づけば、自分の本来の仕事を始めるのは定時を過ぎてから。


 そんな毎日だった。


 休日出勤?


 もちろんした。


 有給休暇?


 そんなものもあったわね。


 使った記憶はほとんどないけれど。


 今にして思えば、立派なブラック企業だった。


 よく働いた。


 本当によく働いた。


 だからこそ、第二の人生があると理解したとき、私は決めたのだ。


 ――今度こそ、のんびり生きよう。


 ところが、転生先を知った私は一度絶望した。


 王女だったからだ。


 王族。


 権力。


 派閥。


 政略結婚。


 政治。


 暗殺。


 公務。


 面倒臭そうな言葉しか思い浮かばなかった。


 前世で仕事に人生を食い潰されたというのに、転生してまで面倒事に巻き込まれるなんて冗談ではない。


 だが。


 自分が第八王女だと知ったとき、私は考えを改めた。


 第八。


 なんとも素晴らしい響きではないか。


 上には兄や姉が山ほどいる。


 しかも、現在の私には王位継承権すらない。


 つまり。


 王位争いなんてものとは無縁。


 兄や姉たちが勝手に競い合っている横で、私は適当に王女としての義務だけ果たしていればいい。


 完璧だ。


 私はこの立場を心の底から気に入っていた。


 幸い、兄や姉たちは優秀だった。


 剣術に秀でた兄。


 学問に秀でた姉。


 外交能力に優れた兄。


 社交界で大きな影響力を持つ姉。


 領地経営について学び、すでに成果を出している者までいる。


 実に結構。


 ぜひ、そのまま頑張っていただきたい。


 私は応援している。


 心の底から。


 そして私には構わないでほしい。


 もちろん、そんな私を兄姉が放っておいてくれるとは限らない。


「王族として、もっと努力した方がいい」


「そのままでは恥をかくわよ」


「少しは私たちを見習ったらどうだ?」


 そんなことを言われることもある。


 けれど、私は反論しない。


「さすがお兄様です」


「お姉様には敵いません」


「勉強になります」


 これでいい。


 相手は満足する。


 私は争わなくて済む。


 みんな幸せだ。


 プライド?


 そんなもののために面倒事を増やすくらいなら、喜んで捨てる。


 だいたい私は知っている。


 組織というものは――優秀な人間に仕事が集まる。


 自分を優秀だと言う気は毛頭ないが。


 一度、


『あの人に任せれば大丈夫』


 と思われたが最後。


 次も任される。


 その次も任される。


 困ったときには呼ばれる。


 人が足りなければ頼られる。


 そして、できるからやってしまう。


 すると、


『やっぱり任せて正解だった』


 と評価される。


 その結果、さらに仕事が増える。


 私は前世で嫌というほど経験した。


 ましてや、ここは王家だ。


 下手に優秀だと評価されれば、仕事が増える程度では済まない。


 政治的価値が生まれる。


 本人に王位を望む意思があるかどうかなんて関係ない。


 担ぎ上げたい者がいれば、勝手に旗印にされる。


 派閥ができる。


 対立する派閥から警戒される。


 その先にあるものは――。


 政争。


 あるいは暗殺。


 冗談ではない。


 私は長生きしたい。


 そして昼寝したい。


 だから私は、無能と思われない程度に仕事をこなし、有能と思われない程度に手を抜くことにした。


 王女として必要な教養は身につける。


 礼儀作法も覚える。


 公式行事には参加する。


 必要なら社交もする。


 ただし、それ以上はやらない。


 余計な成果を出さない。


 目立たない。


 競わない。


 争わない。


 そして空いた時間は、本を読んだり、お茶を飲んだり、昼寝したりして過ごす。


 完璧な人生設計だった。


 ――少なくとも。


 今日までは。


 ◇


「第八王女リリアーナ、参りました」


「入れ」


「失礼いたします」


 父であり、このプレイング王国の国王でもある人物の執務室へ入る。


 父は大きな机の向こうで書類を読んでいた。


 机の左右には、まだ処理されていないと思われる書類が積み上げられている。


 それを見るだけで前世の記憶が蘇ってくる。


 嫌だ。


 絶対に嫌だ。


 王様なんて死んでもなりたくない。


 改めてそう思う。


「お呼びでしょうか、お父様」


「ああ」


 父は書類から目を離し、私を見る。


「リリアーナ」


「はい」


「お前、最近は何をしている?」


「最近、ですか?」


「そうだ」


 なんだろう。


 怒られるようなことをした覚えはない。


「勉学と王族として必要な教養を学びながら、穏やかに過ごしております」


「昨日は?」


「昨日?」


「ああ」


「……読書を」


「一昨日は?」


「庭園を散歩しておりました」


「その前は?」


「……刺繍を少々」


「ほう」


 父の目が細くなる。


 なぜだろう。


 ものすごく嫌な予感がする。


「随分と暇そうだな」


「そんなことは」


「あるだろう」


「……はい」


 否定できなかった。


 実際、暇である。


 というより、暇になるように生きている。


「十八にもなって、いつまでそうしているつもりだ?」


「お父様」


「なんだ」


「私は第八王女です」


「知っている」


「王位継承権もございません」


「それも知っている」


「でしたら、私一人くらいのんびりしていても、王国には何の問題もないのでは?」


「……」


 父が黙った。


 私は微笑む。


 我ながら完璧な理屈だ。


 優秀な兄姉がたくさんいる。


 王位継承権を持つ者だっている。


 政治に関わっている兄姉もいる。


 そんな中、第八王女である私一人が昼寝していたところで、国家運営には何の影響もない。


 むしろ余計なことをして仕事を増やすより、よほどいい。


「そうか」


「はい」


「では、ちょうどいい」


「……何がでしょう?」


 父が机の上から一枚の紙を取り出した。


 嫌な予感が、さらに強くなった。


「一年間、ボーリング地方の統括代官として働いてこい」


「…………はい?」


 今、なんと?


「聞こえなかったか?」


「いえ、聞こえました。聞こえましたが……」


「ならば問題あるまい」


「あります」


「何がだ?」


「まず、どうして私なのですか?」


「暇なのだろう?」


「暇ですが!」


「ならばちょうどいい」


「よくありません!」


 思わず声が大きくなる。


 父はそんな私を見ても顔色一つ変えない。


 ボーリング地方。


 プレイング王国西部に存在する地方の一つだ。


 ちなみに、この国には他にもビリヤード地方、ダーツ地方などが存在する。


 初めて王国の地図を見せてもらったとき、私はしばらく言葉を失った。


 プレイング王国。


 ボーリング地方。


 ビリヤード地方。


 ダーツ地方。


 私は地図を眺めながら本気で思った。


 ――全部遊びの名前って、神様は遊び足りないのかしら?


 しかも地方の下にある領地まで酷い。


 ボーリング地方には、ストライク領、スペア領、ガーター領などが存在する。


 偶然で済ませられる範囲を完全に超えている。


 誰が名づけたのかは知らない。


 けれど、もう少し真面目に考えてほしかった。


 もっとも。


 今はそんなことを考えている場合ではない。


「お父様」


「なんだ?」


「私は領地経営の経験などありません」


「誰でも最初はない」


「もっと適任の方がいらっしゃるのでは?」


「いるだろうな」


「でしたら――」


「だが、お前にやらせる」


「どうしてですか!?」


「王命だ」


「……」


 逃げ道を塞がれた。


 ずるい。


 それを言われたら王族である私にはどうしようもない。


「もちろん、ただ一年過ごして帰ってくればいいという話ではない」


「……でしょうね」


 分かっていた。


 分かっていたけれど。


 聞きたくない。


「一年後、お前の成果を確認する」


「……はい」


「ボーリング地方の現状を把握し、必要な施策を行え。領主たちをまとめるのもお前の役目だ」


「……はい」


「そして――」


 父が一度、言葉を切った。


 嫌な予感がする。


 さっきからずっと嫌な予感しかしない。


「結果次第では、お前を廃嫡とする」


「…………」


 私は瞬きをした。


 一度。


 二度。


 三度。


「……廃嫡?」


「ああ」


 血の気が引いた。


 待って。


 ちょっと待って。


 廃嫡?


 私が?


「お、お父様?」


「なんだ」


「それは……本気でおっしゃっているのでしょうか?」


「無論だ」


 嘘でしょう?


 貴族にとっての廃嫡なら、家督を継ぐ権利を失うだけで済む場合もある。


 だが、王族は違う。


 王家から切り離されたところで、王家の血が消えるわけではない。


 王位を狙う者。


 反乱を企てる者。


 現王家を快く思わない者。


 そういう者たちに利用される可能性がある。


 本人にその気がなくても関係ない。


『正統なる王家の血を引く者』


 それだけで、旗印にされる理由としては十分なのだ。


 だから、廃嫡された王族の扱いは重い。


 良くて幽閉。


 場合によっては――。


「……」


 背中を冷たい汗が流れた。


 死ぬ。


 いや。


 実際に処刑されると決まったわけではない。


 ないけれど。


 可能性はある。


 幽閉で済む可能性だってある。


 でも嫌だ。


 どちらも嫌だ。


 私はのんびり生きたいのであって、牢屋でのんびりしたいわけではない。


「成果とは……具体的には?」


「自分で考えろ」


「基準は?」


「一年後に判断する」


「最低限の目標くらいは!」


「ない」


「横暴です!」


「王だからな」


「そんなところで王権を使わないでください!」


 思わず叫んだ。


 しかし父は平然としている。


 むしろ――。


 少し楽しそうに見える。


 なぜ?


 娘の人生が懸かっているのよ?


「……このクソジジイ」


「ほう、国王に向かってそのような言葉……」


「申し訳ございませんでした、素敵なお髭のお父様」


 国王の言葉を遮り、謝罪する。

 不敬に不敬を重ねるが、あんなのでも父親だから、この程度で罰を与えることはないと知っている。……多分。


 溜息を吐いた父は、表情を整えた。


「一年だ」


「……」


「一年間、ボーリング地方を任せる」


「……」


「成果を出せ」


 私は拳を握った。


 嫌だ。


 働きたくない。


 前世みたいな生活なんて、もう二度としたくない。


 でも。


 死ぬのはもっと嫌だ。


「……分かりました」


 声が震えた。


「やります」


「そうか」


「やればいいんでしょう!」


 思わず声を荒らげる。


 父はそんな私を見ながら――なぜか、楽しそうに笑っていた。


 腹が立つ。


 こっちは人生が懸かっているというのに。


「一年だ」


「分かっています」


「期待しているぞ、リリアーナ」


「期待しないでください!」


 即答した。


 期待なんてされたら困る。


 私は評価されたいわけじゃない。


 出世したいわけでもない。


 ましてや、王位になんて欠片も興味がない。


 ただ生きたい。


 できれば何事もなく。


 静かに。


 穏やかに。


 毎日お茶を飲んで、本を読んで、眠くなったら昼寝をする。


 そんな人生を送りたいだけなのだ。


 そのためなら――。


「……一年」


 私は小さく呟いた。


 一年だけ。


 一年だけ頑張ればいい。


 ボーリング地方を問題なく治めて、廃嫡を回避する。


 そうしたら王都へ帰ってくる。


 そして今度こそ、誰にも文句を言われない程度に働きながら、のんびり暮らすのだ。


「よし」


 覚悟を決める。


「一年だけ、本気でやります」


 私がそう宣言すると。


 なぜか父の笑みが、ほんの少しだけ深くなった。


「そうか」


「……なんですか、その顔」


「いや?」


「絶対に何かありますよね?」


「気のせいだ」


「本当ですか?」


「ああ」


 怪しい。


 ものすごく怪しい。


 けれど、このときの私はそれどころではなかった。


 廃嫡を回避する。


 頭にあるのは、それだけ。


 こうして私は、平穏な生活を守るため――。


 一年間だけ、本気で働くことになった。

お読み頂き、ありがとうございます。

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