第十八話 問題のあるところは抜粋しても次から次へと湧き出る
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
会議室。
「……」
机の上。
十一件。
正確には。
十一件分の書類。
「多い」
「左様でございますね」
「多い」
「はい」
「多い!」
「存じております」
私は椅子の背もたれへ体重を預けた。
「全部調べるの?」
「そのために集めたのでは?」
「そうだけど!」
分かっている。
私が命じた。
三年間の公共事業を調べろ。
グランド商会が関係しているものには印をつけろ。
不自然なところを持ってこい。
結果。
二十三件。
そのうち十一件。
「……半分くらいじゃない」
「厳密には半数未満でございます」
「そういう問題じゃないのよ」
多すぎる。
「説明して」
「はい」
文官が一件目を開く。
「こちらは二年前に行われた南部農村の井戸整備でございます」
「うん」
「請求された石材が三百個」
「うん」
「施工記録では二百四十七個」
「……」
「次に」
「待って」
「はい?」
「差額は?」
「銀貨二十一枚と銅貨二十枚相当です」
「分かった。次」
「こちらは領都南門の修繕です」
「いくら?」
「銀貨三十八枚相当です」
「次」
「農業用水路の浚渫作業です」
「これは?」
「作業員への支払記録と、領へ提出された人件費に差があります」
「いくら?」
「銀貨四十六枚です」
「次」
「橋の補修」
「いくら?」
「銀貨二十九枚です」
「次」
「倉庫の屋根の修繕」
「銀貨十七枚」
「次」
「北部農村への農具輸送」
「銀貨三十二枚ほどです」
「次」
七。
八。
九。
十。
十一。
「…………」
全部。
違う。
工事も。
品物も。
時期も。
担当者も。
でも。
「サリナ」
「はい」
「紙」
「こちらに」
書く。
二十一。
三十八。
四十六。
二十九。
十七。
三十二。
……。
足す。
「……」
もう一度。
「リリアーナ様?」
「待って」
計算。
「これ」
「はい」
「十一件全部合わせると?」
文官が確認する。
「銀貨三百八十七枚と銅貨――」
「細かいところはいい」
「はい」
銀貨。
約三百八十七枚。
「街道と水路も入れたら?」
「少々お待ちください」
文官が計算する。
「……銀貨五百六十二枚相当となります」
「…………」
大きい。
かなり。
大きい。
「全部グランド商会?」
「はい」
「三年間?」
「はい」
「…………」
私は書類を見る。
十一件。
すでに確認した街道と水路を合わせれば。
十三件。
「これ」
一件ずつ。
調べる?
現場へ行く。
人を呼ぶ。
証言を取る。
帳簿を見る。
商会へ行く。
また戻る。
「……嫌」
「殿下?」
「嫌よ」
「何がでしょう?」
「十一件も調べてられない」
「しかし」
「だって」
一件目の街道だけで。
どれだけ調べた?
採石場へ行った。
商会へ行った。
労働者まで呼んだ。
「これを十一回やるの?」
「……」
「絶対嫌」
「しかし、調査は必要かと」
「必要よ」
だから。
「一回で済ませる」
「……はい?」
文官たちが私を見る。
「グランド商会に」
私は十一件の書類を指差す。
「公共事業に関係する帳簿を全部提出させて」
「全部……でございますか?」
「三年分」
「……」
静かになった。
「何?」
「いえ」
「何か問題ある?」
「かなりの量になるかと」
「知ってるわよ」
でも。
「こっちから一件ずつ調べに行くより楽でしょう?」
「……」
「違う?」
「いえ、おっしゃる通りかと」
「でしょう?」
なら決まり。
「契約書」
「はい」
「仕入れ記録」
「はい」
「人件費」
「はい」
「下請けを使っているなら、その記録」
「はい」
「納品記録」
「はい」
「領から受け取ったお金が、何に使われたことになっているのか分かるもの」
「承知いたしました」
「全部」
「はい」
「三年間」
「……はい」
なぜ少し顔が引きつった。
「殿下」
オズワルド伯爵が口を開く。
「何?」
「商会側からすれば、かなり大規模な調査となります」
「そうね」
「グランド商会は、ガーター領でも最大規模の商会です」
「知ってる」
「領内の多くの商人とも取引がございます」
「うん」
「場合によっては、かなりの反発が予想されますが」
「…………」
私は首を傾げる。
「拒否できるの?」
「……」
伯爵が止まった。
「今回の提出」
「いえ」
「できない?」
「公共事業において、すでに複数の不正が疑われる事例が確認されておりますので……」
「うん」
「統括代官の権限で、関連資料の提出を命じることは可能です」
「じゃあ提出させて」
「……はい」
「反発されても、出してもらうものは出してもらうしかないでしょう?」
「おっしゃる通りです」
「それとも」
何か。
私が知らない事情でも?
「提出を拒否されたら、調べられないの?」
「いえ」
「じゃあいいじゃない」
「……はい」
「期限は?」
「通常であれば、一週間ほどの猶予を」
「長い」
「では五日」
「三日」
「……」
「無理?」
「三年間の資料となりますので」
「じゃあ五日」
「承知いたしました」
無茶をさせたいわけじゃない。
仕事を増やしたくないだけ。
「ただし」
「はい」
「今から書類を作り直すのは禁止」
「……!」
「あるものをそのまま提出させて」
「承知いたしました」
「帳簿を書き直されたら意味ないでしょう?」
「その通りでございます」
「あと」
私は考える。
「提出するまで、関係書類を処分しないように」
「それも命令に含めます」
「お願い」
「はい」
「新しい公共事業の発注停止は?」
「継続しております」
「そのまま」
「承知いたしました」
よし。
「これで」
十一件。
個別調査。
「しなくて済む」
「調査そのものは必要でございます」
「分かってるわよ」
夢くらい見させて。
◇
「では」
私は十一件の書類を見る。
「こっちも準備しましょう」
「はい」
「領側にある二十三件」
「はい」
「全部、同じ形にまとめて」
「同じ形?」
「事業ごとに書き方が違ったら見にくいでしょう?」
紙。
事業名。
契約額。
資材費。
人件費。
その他。
支払日。
契約先。
「これだけ」
「詳細は?」
「元の書類を残しておけばいい」
「なるほど」
「一覧には必要な数字だけ」
「はい」
「二十三件を並べて見られるようにして」
「一枚に、でしょうか?」
「無理なら二枚」
「……」
「三枚でもいいわよ」
でも。
「十枚とかは嫌」
「承知いたしました」
「商会から帳簿が来たら」
領側。
商会側。
「並べる」
「はい」
「領が払った金額」
「はい」
「商会が受け取った金額」
「はい」
「領へ請求した資材」
「はい」
「商会が実際に仕入れた資材」
「はい」
「領へ請求した人件費」
「はい」
「商会が実際に払った人件費」
「はい」
「同じ場所に並べれば」
違う。
同じ。
「一目で分かるでしょう?」
「……なるほど」
「一件ずつ調べるから面倒なのよ」
最初から。
全部並べる。
「違うところだけ調べればいい」
「はい」
「合ってるところは?」
「調査不要、でございますか?」
「いくつかは確認する」
「抜き取りですね」
「そう」
書類同士が合っていても。
現物と違う可能性がある。
「でも全部はやらない」
「承知いたしました」
「問題が見つかったら広げる」
「はい」
「何もなければ終わり」
「はい」
「素晴らしい」
「何がでしょう?」
「仕事が少ない」
「……」
そこ。
大事。
◇
五日後。
「リリアーナ様」
「来た?」
「はい」
「全部?」
「そのようです」
「……そのよう?」
「現在、運び込んでおります」
「運び込んで?」
何を。
◇
「…………」
部屋。
箱。
箱。
箱。
箱。
箱。
「何これ」
「グランド商会より提出された帳簿及び関連資料でございます」
「…………」
三年。
公共事業。
契約。
仕入れ。
人件費。
納品。
下請け。
「多くない?」
「三年間でございますので」
「……」
そうだった。
「これ」
私。
読む?
「リリアーナ様」
「何?」
「まさか、ご自身で全て確認なさるおつもりでは?」
「…………」
サリナを見る。
「私を誰だと思ってるの?」
「第八王女リリアーナ・プレイング殿下でございます」
「違う」
「では?」
「働きたくない人」
「存じております」
「なら分かるでしょう?」
「はい」
当然。
「人を集めて」
「かしこまりました」
◇
分担。
「一箱一人」
「はい」
「待って」
考える。
「それだと、人によって見方が変わる」
「では?」
「先に見る項目を決める」
領側。
すでに一覧にしてある。
「事業名」
「はい」
「契約額」
「はい」
「資材」
「はい」
「人件費」
「はい」
「下請け」
「はい」
「まず、この五つだけ」
「はい」
「合わないものに印」
「はい」
「合ってるものは?」
「そのまま」
「承知いたしました」
「判断しない」
「はい」
「数字を直さない」
「はい」
「違うものを違うまま持ってくる」
「はい」
「分からないものも、そのまま」
「承知いたしました」
よし。
「始めて」
「はい!」
文官たちが動く。
私は。
「……」
椅子へ座る。
「リリアーナ様」
「何?」
「何をなさっているので?」
「監督」
「左様でございますか」
「統括代官だもの」
「はい」
「統括するのが仕事でしょう?」
「おっしゃる通りです」
「だから」
お茶。
「私が全部読む必要はない」
「左様でございますね」
ふふん。
学んだ。
◇
二時間後。
「殿下」
「早いわね」
「一件」
「何?」
「街道工事です」
「ああ」
最初の。
「領への請求では、石材三百」
「うん」
「商会側の仕入れ記録では」
「うん」
「百」
「……」
知ってた。
「次」
「人件費」
「うん」
「領への請求は延べ八百人」
「うん」
「商会側の支払記録は六百三十二人」
「知ってる」
「はい」
確認済み。
「つまり商会側の帳簿にも、その数字が残ってるのね?」
「はい」
「印」
「はい」
「次」
◇
「殿下」
「何?」
「水路」
「うん」
「木材二百本を領へ請求」
「うん」
「商会の仕入れ記録」
「うん」
「百二十本」
「……」
これも。
知ってた。
「印」
「はい」
◇
「殿下」
「次は?」
「南門修繕」
「うん」
「領への請求では鉄材百八十」
「商会は?」
「百八十」
「……」
合ってる。
「人件費は?」
「一致しております」
「下請け?」
「ございません」
「じゃあ問題なし?」
「書類上は」
「印なし」
「はい」
「後で抜き取り確認」
「承知いたしました」
◇
夕方。
「……」
一覧。
二十三件。
印。
印。
なし。
印。
なし。
印。
印。
「…………」
多い。
「いくつ?」
「現時点で」
文官が数える。
「十四件です」
「増えてるじゃない!」
十一件だった。
書類上。
不一致。
十一。
商会側まで見ると。
十四。
「……」
頭が痛い。
「でも」
私は一覧を見る。
同時に。
九件。
「合ってる」
「はい」
「全部不正じゃない」
「左様でございます」
「……よかった」
全部だったら。
本当に。
どうしようかと思った。
「リリアーナ様」
「何?」
「少々気になる点が」
「……」
嫌な言葉。
「何?」
「不一致がある十四件なのですが」
「うん」
「全て」
「……」
「同じ人物の確認印がございます」
「…………」
私は止まった。
「全部?」
「はい」
「十四件?」
「はい」
「時期が違うのに?」
「三年間に渡っております」
「……誰?」
文官が。
一枚の紙を差し出す。
「グランド商会の公共事業部門を統括する者です」
「名前は?」
「バルド・ケイン」
「…………」
一人。
全部。
「商会長は?」
「最終承認のみでございます」
「バルドって人は?」
「資材の仕入れ、人員手配、下請けとの契約、領への請求書作成」
「……」
「公共事業について、かなり広い権限を与えられていたようです」
「…………」
なるほど。
私は一覧を見る。
十四件。
全部。
同じ確認印。
「呼んで」
「バルド・ケインを?」
「うん」
「承知いたしました」
「商会長も」
「はい」
「それと」
私は少し考える。
「別々に呼んで」
「別々に?」
「同じ部屋に入れないで」
「……!」
「話を合わせられたら面倒でしょう?」
「承知いたしました」
「聞く内容も同じにする」
「はい」
「答えが同じなら」
それはそれ。
「違ったら」
違ったところを。
「確認する」
「はい」
私は椅子にもたれた。
「……サリナ」
「はい」
「私」
「はい」
「また仕事増やした?」
「結果的には」
「…………」
十一件を調べるのが嫌だった。
だから。
三年分まとめて提出させた。
その結果。
十一件だった問題が。
十四件になった。
「……やり過ぎた」
「まだ調査の途中でございます」
「もっと増える可能性があるってこと?」
「否定はできません」
「言わないで!」
仕事を減らすために。
まとめて調べただけなのに。
どうして。
調べれば調べるほど。
仕事が増えるのだろうか。
お読み頂き、ありがとうございます。




