第十七話 報連相のバランスは難しい
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
翌朝。
「リリアーナ様」
「何?」
「文官の方がお見えです」
「……」
朝食。
まだ。
食べている。
「急ぎ?」
「確認いたします」
サリナが扉の向こうにいる文官へ声をかける。
少しして。
「急ぎではないそうです」
「じゃあ後で」
「かしこまりました」
パン。
一口。
「リリアーナ様」
「何?」
「別の文官がお見えです」
「…………」
「こちらも確認いたしますか?」
「お願い」
少しして。
「急ぎではないそうです」
「後で」
「かしこまりました」
卵。
一口。
「リリアーナ様」
「……何?」
「公共事業担当の方が」
「急ぎ?」
「確認いたします」
「お願い」
少しして。
「急ぎでは」
「後で!」
「かしこまりました」
何なの。
昨日。
仕組みを作った。
これで仕事が減る。
そう思った。
「……増えてない?」
「現在のところ、三件増えております」
「数えなくていい」
「失礼いたしました」
紅茶を飲む。
落ち着こう。
「サリナ」
「はい」
「これ」
パンを指す。
「食べ終わるまで、誰も入れないで」
「国王陛下がお越しになられても?」
「…………」
考える。
「お父様なら待たせて」
「よろしいので?」
「ボーリング地方を任せたのはお父様でしょう?」
「左様でございますね」
「私が朝食を食べ終わるまで待つくらいの責任は取ってもらうわ」
「かしこまりました」
来るわけないけど。
「よし」
食べる。
ゆっくり。
食べる。
誰も来ない。
「……幸せ」
朝食くらい。
静かに食べさせてほしい。
◇
「で」
朝食後。
会議室。
「何?」
三人。
朝から来た人たち。
「順番にお願い」
「では、私から」
一人目。
昨日もいた文官。
「農業支援の受領記録についてです」
「問題?」
「いえ」
「じゃあ何?」
「書式を作成いたしましたので、ご確認いただきたく」
「…………」
渡される。
紙。
日付。
受領者。
品目。
数量。
署名。
「……昨日言った通りね」
「はい」
「いいんじゃない?」
「では、こちらで運用を?」
「うん」
「承知いたしました」
終わり。
「次」
二人目。
「兵士への給与支払いについてでございます」
「問題?」
「いえ。新たな支払方法について確認を」
「……」
紙。
隊。
兵士名。
支給額。
受領確認。
「これも昨日の話よね?」
「はい」
「いいと思う」
「では」
「うん」
「承知いたしました」
次。
三人目。
公共事業担当。
「納品時の資材のまとめ方についてです」
「うん」
「木材については十本を一束として統一しようかと」
「いいんじゃない?」
「百本以上の場合は、殿下がおっしゃったように十本を横に並べ、十段を一組とする方法も併記しております」
「うん」
「問題ございませんでしょうか?」
「ないわよ」
「では、こちらで」
「うん」
「ありがとうございます」
三人が頭を下げる。
「…………」
出ていく。
扉。
閉まる。
「…………」
「リリアーナ様?」
「何?」
「いかがなさいましたか?」
「私」
「はい」
「必要だった?」
「……」
サリナが黙った。
「今の」
「最終確認という意味では」
「全部、昨日言った通りだったわよね?」
「左様でございますね」
「私、『うん』と『いいんじゃない』しか言ってないわよ?」
「左様でございますね」
「…………」
いらない。
私。
いらない。
「サリナ」
「はい」
「呼び戻して」
「三名とも?」
「全員」
「かしこまりました」
◇
「殿下?」
三人が戻ってきた。
「ごめんなさい」
「はい?」
「一つ言い忘れた」
「何でしょうか?」
「今後」
三人を見る。
「今みたいな確認、私にしなくていいから」
「……」
ぽかん。
「しかし」
「あなたたちが考えて作ったんでしょう?」
「はい」
「昨日話した内容にも合ってる」
「はい」
「なら使って」
「ですが、殿下の許可なく」
「許可する」
「……はい?」
「今、許可する」
紙。
指差す。
「昨日決めた方針の範囲内なら、細かいところは担当者で決めていい」
「……」
「何でも私に持ってこないで」
「しかし、万が一」
「問題が起きたら持ってきて」
「……」
「分からないことがあっても持ってきて」
「はい」
「今までと違うことをやりたいときも、必要なら相談して」
「はい」
「でも」
書式。
文字の位置。
紙の形。
そんなものまで。
「全部私に聞かないで」
「……」
「私がいないと何も決められない方が困るのよ」
「殿下が、いない?」
「一年後には帰るもの」
「……」
当然。
私は一年間限定。
廃嫡回避。
終わったら王都。
そして。
昼寝。
「私がいなくなった途端、元に戻りましたじゃ意味ないでしょう?」
「……おっしゃる通りです」
「だから」
私は三人を見る。
「自分たちで決めて」
「……」
「できるでしょう?」
三人が顔を見合わせる。
「……はい」
一人が答えた。
「やってみます」
「お願い」
「では、こちらの書式も我々の判断で修正してよろしいでしょうか?」
「もちろん」
「運用後、使いにくい部分が見つかった場合も?」
「直して」
「その都度、殿下への確認は?」
「いらない」
「……」
なぜ驚く。
「使うのはあなたたちでしょう?」
「はい」
「なら、あなたたちが使いやすいようにすればいいじゃない」
「…………」
「何?」
「いえ」
「じゃあお願い」
「はい!」
三人。
今度こそ出ていく。
「……よし」
一件。
いや。
三件。
仕事が減った。
「サリナ」
「はい」
「今のは大きいわよ」
「左様でございますか?」
「だって」
今後。
同じような確認が。
「来なくなる」
「なるほど」
「ふふん」
完璧。
◇
昼。
「殿下」
「何?」
文官。
来た。
「…………」
私は見る。
「問題?」
「いえ」
「分からないこと?」
「いえ」
「新しいこと?」
「……いえ」
「じゃあ何?」
「ご報告を」
「…………」
「農業支援の新しい受領記録を、本日より使用開始いたしました」
「そう」
「以上です」
「…………」
「失礼いたします」
出ていった。
「サリナ」
「はい」
「今の必要?」
「報告ではございます」
「報告……」
確認が。
報告になった。
「……」
嫌な予感。
◇
午後。
「殿下」
「何?」
「兵士への給与支払方法について、新方式への移行準備が完了いたしました」
「そう」
「以上です」
「……」
◇
「殿下」
「何?」
「木材を納品する商会へ、新しい納品方法を通達いたしました」
「そう」
「二つの商会から、十本一束の方が荷下ろし後の確認が早くなるため助かるとの返答が」
「そう」
「以上です」
「……」
◇
「リリアーナ様」
「サリナ」
「はい」
「減ってない」
「確認は減っております」
「報告が増えた」
「左様でございますね」
「意味ないじゃない!」
私は机に突っ伏した。
「なんで全部報告に来るのよ!」
「統括代官でございますので」
「全部知る必要ないでしょう!」
「では、そのようにお伝えしますか?」
「待って」
それも違う。
何も報告されなくなる。
それは困る。
「……必要な報告って何?」
「私に聞かれましても」
「そうよね」
考える。
報告。
全部。
いらない。
でも。
問題。
必要。
「……まとめればいいのよ」
「まとめる?」
「そう」
毎回。
一件ごと。
来るから。
多い。
「一日分をまとめて」
「はい」
「……いや」
それでも毎日来る。
「一週間」
「一週間でございますか?」
「そう」
問題なし。
予定通り。
なら。
「一週間分まとめて報告」
「なるほど」
「急ぎはすぐ」
「はい」
「問題が起きたときもすぐ」
「はい」
「それ以外は週一回」
「承知いたしました」
「待って」
「はい」
週一回。
全部口頭。
それも面倒。
「紙にまとめて」
「報告書でございますか?」
「そう」
「では、詳細な報告書を」
「詳細にしないで!」
「……」
危ない。
仕事を増やすところだった。
「一枚」
「一枚?」
「一枚でいい」
「全てをでしょうか?」
「全部書かなくていいの」
進行中。
完了。
問題あり。
それくらい。
「細かい数字は必要になったら見る」
「なるほど」
「何も問題なければ」
私は考える。
「『問題なし』でもいい」
「……それだけで?」
「問題ないのに、なんで長い報告書を書くのよ?」
「……」
「書く人も大変でしょう?」
「左様でございますね」
「読む私も大変」
「そちらが本音でございますか?」
「両方本音よ」
「失礼いたしました」
よし。
「決まり」
通常報告。
週一。
簡潔。
問題なしなら問題なし。
急ぎ。
問題。
予定外。
それだけ即時。
「これなら」
今度こそ。
「仕事が減る」
「左様でございますね」
「ふふん」
◇
三日後。
「……」
静か。
誰も来ない。
「サリナ」
「はい」
「今日、誰か来た?」
「午前中に一名」
「私のところに?」
「いいえ。担当部署内で解決されたそうです」
「……」
素晴らしい。
「他は?」
「ございません」
「…………」
私は長椅子へ横になる。
「サリナ」
「はい」
「私」
「はい」
「勝ったわ」
「何にでしょう?」
「仕事に」
「左様でございますか」
「ええ」
目を閉じる。
久しぶり。
昼。
仕事なし。
「……」
静か。
暖かい。
眠い。
これ。
これよ。
私が求めていた人生。
「おやすみ」
「おやすみなさいませ」
◇
「リリアーナ様」
「……」
「リリアーナ様」
「……何?」
目を開ける。
サリナ。
「何かあった?」
「はい」
「…………」
嫌だ。
「急ぎ?」
「そのようです」
「問題?」
「はい」
「…………」
私は目を閉じた。
「明日じゃ駄目?」
「難しいかと」
「……何?」
「グランド商会についてです」
目を開ける。
「……」
そうだった。
終わってなかった。
「何が出たの?」
「過去三年間の公共事業を調査していた文官から報告が」
「うん」
「グランド商会が関係している事業ですが」
「うん」
「街道と水路だけではございませんでした」
「……いくつ?」
サリナが。
一瞬。
黙った。
「サリナ?」
「大小合わせて」
「うん」
「二十三件ございます」
「…………」
私は天井を見る。
二十三。
「そのうち」
「まだあるの?」
「現時点で、書類上の不一致が確認されたものが」
「……」
「十一件」
「…………」
私は。
ゆっくり。
毛布を頭まで被った。
「リリアーナ様」
「いない」
「リリアーナ様」
「私はいない」
「統括代官でございます」
「今日だけ死んだことにして」
「廃嫡される可能性がございます」
「…………」
ずるい。
その言葉。
ずるい。
私は毛布を剥いだ。
「……行く」
「かしこまりました」
「サリナ」
「はい」
「一つだけ」
「何でしょう?」
「グランド商会」
「はい」
「絶対、私のこと嫌いでしょう」
「直接お尋ねになられてはいかがでしょうか」
「聞けるわけないでしょう!」
ようやく減ったと思った仕事が。
また。
増えた。
「……やり過ぎた」
私は大きく。
ため息を吐いた。
お読み頂き、ありがとうございます。




