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やり過ぎた!  作者: 涙目
第一章 ボーリング地方編

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16/130

第十六話 組織は仕組みができれば勝手に回る

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 翌朝。


「今日は出かけない」


「左様でございますか」


「絶対に出かけない」


「かしこまりました」


「何があっても」


「はい」


 私は宣言した。


 この四日間。


 帳簿。


 街道。


 採石場。


 商会。


 水路。


 あっちへ行き。


 こっちへ行き。


 人に話を聞き。


 書類を確認し。


 また現地へ行く。


「疲れた」


「お疲れ様でございます」


「今日はここから動かない」


「承知いたしました」


 机に座る。


 目の前には。


 書類。


「…………」


 帰りたい。


 でも。


 これを放置すると、もっと酷いことになる。


 そして何より。


「毎回こんなことやってられないのよ」


 工事のたびに私が現地へ行く?


 無理。


 農業支援のたびに私が農家へ聞き取り?


 嫌。


 兵士一人一人に給与を受け取ったか確認?


 絶対嫌。


「サリナ」


「はい」


「仕事を減らすわ」


「昨日より増えておりますが」


「だから減らすの!」


 今。


 頑張る。


 後で。


 楽をする。


 これが大事。


「まず、人を集めて」


「昨日の文官たちでしょうか?」


「それと伯爵」


「かしこまりました」


「あとは公共事業を担当している人」


「はい」


「農業支援の担当者」


「はい」


「治安関係も」


「はい」


「……多いわね」


「減らされますか?」


「駄目」


「では、お呼びいたします」


「お願い」


 サリナが部屋を出る。


「……」


 私は紙を見る。


 さて。


 どうするか。


 ◇


「全員揃いました」


「ありがとう」


 会議室。


 オズワルド伯爵。


 文官。


 公共事業担当。


 農業担当。


 治安担当。


 十数人。


「今日から、仕事のやり方を変えます」


「仕事のやり方……でございますか?」


「ええ」


 昨日まで調べて分かった。


 この領。


 とにかく。


「確認が足りない」


 発注した。


 任せる。


 完了したと言われた。


 払う。


「これをやめます」


「しかし殿下」


 一人の文官が手を挙げる。


「全てを確認するとなれば、かなりの人手が必要になります」


「そうね」


 正しい。


「だから全部確認しない」


「……はい?」


 何人かが顔を見合わせた。


「必要なところだけ確認する」


「必要なところ、でございますか?」


「そう」


 私は紙を見せる。


「まず公共事業」


 発注書。


「何を」


 数量。


「いくつ」


 金額。


「いくらで」


 納期。


「いつまでに」


 施工場所。


「どこで」


 そこまでを最初に記録する。


「ここまでは今もやってるわよね?」


「はい」


「問題はここから」


 納品。


 施工。


 完成。


「それぞれ確認する」


「全て、でございますか?」


「そうよ」


「先ほど、全部は確認しないと……」


「一つ一つを面倒な方法で確認しないって意味よ」


「……?」


 伝わっていない。


「例えば昨日の水路」


 木材二百本。


「発注した」


「はい」


「でも届いたのは百二十本」


「……」


「なのに誰も気づかなかった」


 請求は二百本。


 支払いも二百本。


「だから納品された時点で、数量を確認する」


「二百本全てを数えるのでしょうか?」


「なんで一本ずつ数えるのよ」


「……はい?」


「面倒でしょう?」


「はあ……」


 私は紙に線を引く。


「木材なら、例えば十本ずつ束にして納品させる」


 十本。


 それが一束。


「二百本なら?」


「二十束……です」


「そう。二百回数えなくても、二十束あるか見れば終わり」


「……なるほど」


「もっと大量なら」


 紙に。


 横へ十本。


 その上へ十段。


「下に十本並べて、両脇に崩れないよう支えを置く」


「はい」


「それを十段積む」


「百本になりますね」


「そう」


 同じものを隣にもう一つ。


「これで二百本」


「……」


「横が十。高さが十。それが二つ」


 私は紙を見せる。


「一目で分かるでしょう?」


「確かに……」


「端数があるなら、それだけ別に置けばいい」


 百八十七本なら。


 百本の山。


 八十本。


 残り七本。


「最初から数えやすい形で持ってこさせればいいのよ」


「……」


「わざわざ二百本を一本ずつ数えるなんて面倒でしょう?」


「おっしゃる通りです」


「でしょう?」


 大事なのは。


 確認する人間が頑張ることではない。


「誰が見ても、すぐ分かるようにしておくの」


 そうすれば。


 数え間違いも減る。


 確認する時間も減る。


 誤魔化すのも難しくなる。


「今後、木材みたいに数を揃えられるものは、納品するときのまとめ方を決めましょう」


「規則にするのでございますか?」


「そう」


「商人たちから反発が出る可能性も」


「別に難しいこと頼んでないでしょう?」


 十本ずつまとめる。


 それだけ。


「それで納品確認が早く終わるなら、商人だって待たされる時間が減るわよ」


「……確かに」


「こっちも楽」


 商人も楽。


「だったら、その方がいいでしょう?」


「はい」


「そして確認した人間が記録する」


 納品日。


 品目。


 数量。


 受領者。


「署名でも印でもいいわ」


「はい」


「これなら」


 私は満足して頷いた。


「二百本を一本ずつ数える仕事がなくなる」


「そこなのでございますね」


「そこよ」


 仕事は。


 真面目にやればいいというものではない。


 必要のない仕事なら。


 最初からなくせばいい。


「次」


 工事。


「予定通り進んでいるか確認する」


「毎日でしょうか?」


「そんなことしたら仕事が増えるでしょう!」


「……申し訳ございません」


「最初、中間、最後」


 最低限。


 三回。


「規模が小さければ最後だけでもいい」


「なるほど」


「問題があれば増やす」


「はい」


「最後」


 完成。


「これは必ず見る」


 昨日みたいに。


『完成しました』


『そうですか』


 で終わらせない。


「現地へ行って、予定通り完成しているか確認」


「はい」


「確認した人間が署名」


「はい」


「それがないものには」


 私は机を指で叩く。


「支払わない」


「……」


「何?」


「いえ」


「難しい?」


「いいえ」


 公共事業担当の男が首を振った。


「むしろ……」


「何?」


「今まで、なぜそうしていなかったのかと」


「…………」


 私もそう思う。


「じゃあ決まり」


「はい」


「次。農業支援」


 種。


 農具。


 補助金。


「誰に何を渡したか記録」


「現在も行っております」


「受け取った側の記録は?」


「……ございません」


「作る」


「はい」


「渡した側だけが『渡しました』って書いても意味ないでしょう?」


「おっしゃる通りです」


「受け取った人にも確認してもらう」


 これで。


 帳簿上では百個配った。


 実際は五十個。


 なんてことを防ぐ。


「ただし」


「はい」


「ここでも、余計な仕事は増やさない」


「と、申しますと?」


「毎回長々と書類を書かせる必要はないでしょう?」


 誰に。


 何を。


 いくつ。


 いつ。


「必要なのはそれだけ」


 受け取った側は。


 間違いがなければ。


「最後に署名か印」


「それだけでよろしいので?」


「それ以上、何を書くの?」


「……」


「必要なら増やせばいい。でも必要ないなら増やさない」


「承知いたしました」


「書類は多ければ偉いわけじゃないのよ」


 むしろ。


 増やしすぎれば。


 読む仕事まで増える。


「必要なことが分かれば、それでいいの」


「はい」


「次。兵士の給与」


 全員。


 少し気まずそうな顔。


「これも同じ」


「本人から受領の署名を?」


「そう」


「文字を書けない者もおります」


「印でいい」


「本人確認は?」


「隊長だけに任せない」


 考える。


「支払い担当を置く」


「はい」


「隊長と支払い担当、二人で確認」


「なるほど」


「できれば定期的に担当を変える」


「なぜでしょう?」


「同じ人間だけでずっとやると」


 癒着。


 慣れ。


 確認の省略。


「適当になるから」


「……」


「何?」


「いえ」


「次」


 私は紙を見る。


 ここが大事。


「問題が起きたとき」


「はい」


「隠さない」


 全員を見る。


「間違いは起きる」


「……」


「人がやるんだから」


 数量を間違える。


 数字を書き間違える。


 確認を忘れる。


「一回の間違いで処罰するつもりはない」


 もちろん。


 故意なら別。


「だから気づいたら報告」


「はい」


「勝手に数字を直して合わせない」


「はい」


「分からないなら聞く」


「はい」


「そして」


 一番。


 前世で嫌というほど経験したこと。


「問題が起きたら、その人だけを怒って終わりにしない」


「……?」


 何人かが首を傾げる。


「なぜ起きたか考える」


「なぜ……」


「昨日の水路なら」


 担当者が現地確認しなかった。


 悪い。


 確かに。


「でも」


 なぜしなかった?


「これまで現地確認をしなくても支払いできる仕組みだったから」


「……」


「でしょう?」


「はい」


「だったら」


 担当者を処分して。


 次の人間に替える。


 それだけでは。


「また同じことが起きる」


「……!」


「だから仕組みを変える」


 完成確認。


 署名。


 それがなければ支払い不可。


「そうすれば」


 嫌でも。


 確認する。


「人が真面目に働くことを期待するんじゃなくて」


 私は紙に書く。


「普通に仕事をすれば、勝手に確認される形にする」


「……」


 静か。


「何?」


「いえ……」


 オズワルド伯爵が私を見ている。


「なんですか?」


「殿下」


「はい」


「どこで、そのようなことを?」


「…………」


 また。


「本」


「本」


「本よ」


「何という?」


「忘れました!」


 もう聞かないで。


 ◇


「では、これを」


「はい」


「全員に配って」


「承知いたしました」


 会議終了。


 文官たちが出ていく。


「……終わった」


「お疲れ様でございます」


「疲れた」


「まだ午前でございます」


「聞きたくなかった」


 私は机に突っ伏す。


「サリナ」


「はい」


「お茶」


「こちらに」


「……いつの間に」


「先ほど」


「ありがとう」


 一口。


「これで仕事減るわよね?」


「今後は減るのではないでしょうか」


「今後?」


「はい」


「今は?」


「新しい方法を皆様へ定着させる必要がございます」


「…………」


 そうだった。


 仕組み。


 作っただけ。


 使われなければ意味がない。


「それから」


「まだあるの?」


「昨日おっしゃっていた過去三年間の調査が残っております」


「…………」


「グランド商会の件も」


「…………」


「兵士の給与についても」


「…………」


「農業支援も」


「サリナ」


「はい」


「もういい」


「かしこまりました」


 全然。


 減ってない。


「……未来の私」


 頑張れ。


「私はもう疲れた」


「現在のリリアーナ様がお働きにならなければ、未来のリリアーナ様も楽にはならないかと」


「正論やめて」


「申し訳ございません」


 絶対申し訳ないと思ってない。


 ◇


 午後。


「殿下」


「……何?」


 文官が一人。


 書類を持ってきた。


「確認をお願いしたいものが」


「もう?」


「はい」


「……見せて」


 農業支援。


 三年前。


 農具購入。


「何がおかしいの?」


「購入数が百五十」


「うん」


「配布記録が百五十」


「合ってるじゃない」


「はい」


「なら」


「ですが」


 文官が別の紙を出す。


「倉庫から、当時の在庫記録が見つかりまして」


「……」


 見る。


 購入。


 百五十。


 配布。


 百五十。


 なのに。


「購入した翌月」


「はい」


「在庫……七十?」


「はい」


「…………」


 計算。


 合わない。


「八十個増えてる」


「左様でございます」


「どうして?」


「分かりません」


「……」


 私は文官を見る。


「分からないから持ってきた?」


「はい」


「勝手に推測せず?」


「はい」


「……」


 私は少しだけ。


 嬉しくなった。


「正解」


「……はい?」


「それでいいの」


「は、はい!」


 文官の顔が明るくなる。


「じゃあ確認しましょう」


「はい」


 購入先。


「…………」


 見る。


 グランド商会。


「またお前か」


 思わず。


 口から出た。


「リリアーナ様」


「何?」


「王女らしからぬお言葉かと」


「今だけ許して」


「かしこまりました」


 百五十個購入。


 百五十個配布。


 その後。


 なぜか七十個在庫。


「……」


 これ。


「逆ね」


「逆、でございますか?」


「今までと」


 街道。


 実物が少なかった。


 水路。


 実物が少なかった。


 今回は。


「物が増えてる」


「……」


 どういうこと?


 記録ミス?


 別の農具?


 返却?


 それとも。


「……調べましょう」


「はい」


「まず倉庫」


「はい」


「その七十個が何なのか確認」


「はい」


「それから当時の担当者」


「はい」


「購入先の記録」


「はい」


 私は立ち上がりかける。


「リリアーナ様」


「何?」


「本日は出かけない、と」


「…………」


 朝。


 言った。


「倉庫は?」


「領主館の敷地内にございます」


「……」


 私は立ち上がった。


「それは出かけるに入らない」


「左様でございますか」


「敷地内だから」


「はい」


「絶対違うと思ってるでしょう?」


「何のことでございましょう」


「……」


 さりげなく。


 逃げた。


「行くわよ、サリナ」


「はい」


 ◇


 倉庫。


「これ?」


「はい」


 農具。


 鍬。


「七十?」


「現在は六十三ございます」


「使ったの?」


「一部は貸し出しております」


「なるほど」


 一つ手に取る。


「……普通ね」


「左様ですね」


 古い。


 三年前なら。


 これくらいだろうか。


「印は?」


「印?」


「購入した物だって分かるもの」


「ございません」


「……」


 なら。


 この農具が。


 三年前に購入した百五十個の一部なのか。


 別のものなのか。


 分からない。


「管理していた人は?」


「呼んでおります」


 しばらくして。


 老人がやってきた。


「殿下、お呼びでしょうか」


「三年前のことを聞きたいの」


「三年前?」


「農具を百五十個買ったでしょう?」


「ああ」


 覚えてる。


「その後、百五十個全部配った?」


「配りましたな」


「じゃあ」


 倉庫。


「これは?」


「それは古い農具ですな」


「古い?」


「はい」


「三年前に買ったものじゃない?」


「違います」


「…………」


 私は文官を見る。


 文官も私を見る。


「じゃあ、いつからあるの?」


「ずっと昔からですな」


「在庫記録には三年前から突然出てるけど」


「……」


 老人が首を傾げた。


「記録を始めたのが、その頃だったんじゃないですか?」


「…………」


 なるほど。


 あり得る。


「当時、在庫記録ってあった?」


「ありませんでしたな」


「じゃあ、この紙は?」


「新しく来た若いのが、倉庫の物を全部数えて作ったんですよ」


「……」


 私は。


 ゆっくり。


 息を吐いた。


「不正じゃない」


「そのようですね」


 サリナが答える。


「ただの記録開始」


「はい」


 よかった。


 本当に。


「よかったぁ……」


 思わず声が漏れた。


 文官が驚く。


「殿下?」


「何?」


「不正ではなかったのに、お喜びになるのですね」


「当たり前でしょう!」


 仕事が。


「増えないもの!」


「…………」


 文官が黙る。


「何よ」


「いえ」


「不正がないのが一番でしょう?」


「おっしゃる通りです」


「そうよ」


 私は満足して頷く。


「じゃあ、この件は終了」


「はい」


「記録には理由を書いておいて」


「理由?」


「後から見た人が、また同じ疑問を持たないように」


「……なるほど」


「『在庫記録開始時に既存在庫七十を確認』とか」


「承知いたしました」


「これで」


 未来。


 誰かが。


 同じことで調べる必要がなくなる。


「仕事が一個減った」


「左様でございますね」


「ふふん」


 私は少しだけ気分よく倉庫を出た。


 仕組みを作る。


 記録を残す。


 確認する。


 理由を書く。


 そして。


 そもそも確認しやすい形にしておく。


 全部。


 目的は一つ。


 未来の仕事を減らすため。


 このときの私は。


 まだ知らなかった。


 私がただ楽をするために始めたこのやり方が。


 ガーター領の行政を。


 根本から変え始めていたことを。

お読み頂き、ありがとうございます。

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