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やり過ぎた!  作者: 涙目
第一章 ボーリング地方編

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第十五話 仕事相手を信用して確認を怠るのは愚の骨頂

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 翌朝。


「…………」


 目を開ける。


 天井。


「…………」


 目を閉じる。


「リリアーナ様」


「起きてない」


「おはようございます」


「聞こえてない」


「本日は、昨日おっしゃっていた公共事業の確認を行う予定でございます」


「覚えてない」


「三年間の記録を全て確認すると」


「言ってない」


「私もその場におりました」


「サリナ」


「はい」


「そういうときは、主人の都合がいいように記憶を改竄するものよ」


「申し訳ございません。そのような教育は受けておりません」


「今から覚えて」


「善処いたします」


「絶対覚える気ないでしょう」


「はい」


「…………」


 私は布団を頭まで被った。


 昨日。


 勢いで言った。


『この三年間の公共事業、全部確認する』


 言った。


 確かに言った。


 でも。


「全部って多くない?」


「多いかと」


「三年間よ?」


「はい」


「街道だけじゃないのよ?」


「はい」


「水路とか、橋とか、公共施設とか」


「はい」


「農業支援もある」


「はい」


「治安維持も」


「ございますね」


「…………」


 布団の中で丸くなる。


「言わなきゃよかった」


「もう遅いかと」


「昨日も聞いた!」


 ◇


「……何これ」


 朝食後。


 私の部屋へ運び込まれた書類。


 山。


 昨日も見た。


 でも。


 増えた。


「こちらが過去三年間の公共事業に関する記録でございます」


 オズワルド伯爵が説明する。


「こっちは?」


「農業支援」


「これは?」


「治安維持」


「その隣」


「領都内の公共施設の修繕記録にございます」


「……」


 帰りたい。


「全部?」


「殿下がお命じになりましたので」


「そうだったわね……」


 自分で言った。


 文句を言う相手がいない。


「伯爵」


「はい」


「これ、全部私が見るの?」


「……」


「何で黙るの?」


「殿下がお望みであれば」


「望んでないわよ!」


 絶対嫌。


 三年間分。


 一枚ずつ。


 全部。


 そんなことをしていたら、私は何のために転生したのか分からない。


「……人を集めましょう」


「人、でございますか?」


「ええ」


 私は書類を見る。


「私一人で全部見る必要ないでしょう?」


「それは……」


「領の文官は?」


「おります」


「何人?」


「実務に当たっている者であれば、十数名ほど」


「呼んで」


「全員を?」


「何人かでいいわ」


 分担。


 前世。


 こういう仕事を一人で抱え込んで酷い目に遭った。


 同じ過ちは繰り返さない。


「サリナ」


「はい」


「紙を」


「こちらに」


「ありがとう」


 項目を書く。


 街道。


 橋。


 水路。


 農業支援。


 公共施設。


 治安維持。


「分ける」


「はい」


「まず、帳簿と関連書類を照合」


「はい」


「金額、数量、日付、相手先」


「はい」


「合わないところだけ抜き出す」


「なるほど」


「全部合ってるものは私に持ってこなくていい」


「よろしいので?」


「いいわよ」


 全部自分で確認する必要なんてない。


「問題がありそうなものだけ見る」


「承知いたしました」


「それから」


 大事。


「グランド商会が関わっているものには、全部印をつけて」


「……全て、ですか?」


「全て」


 街道だけとは思えない。


 あれだけ大きな商会。


 他の公共事業にも関わっている可能性が高い。


「分かりました」


「あと」


「はい」


「昨日みたいに、書類だけで判断しない」


「……」


「実際に確認する」


 石材。


 書類だけなら大量に存在した。


 でも実物はなかった。


 人件費。


 書類上では払われていた。


 でも本人は受け取っていなかった。


「数字が合っていても、それで終わりじゃない」


「では、全て現地確認を?」


「そんなことしたら一年終わるわよ!」


「……」


「抜き取り」


「抜き取り?」


「いくつか適当に選ぶの」


「なるほど」


「そこだけ現地確認」


 問題なし。


 なら次。


 問題あり。


 なら範囲を広げる。


「全部見る必要なんてないのよ」


 全部見るから仕事が増える。


「効率よくやりましょう」


「……」


 オズワルド伯爵が私を見ている。


「何?」


「いえ」


「何よ」


「殿下は、このような調査のご経験がおありなのでしょうか?」


「…………」


 ない。


 この世界では。


「本で読んだのよ」


「何という本でしょう?」


「忘れたわ」


「……」


「細かいことはいいの!」


 危ない。


 ◇


 一時間後。


 文官たちが集まった。


「……」


 緊張。


 全員。


 ものすごく緊張している。


「そんなに固くならなくていいわよ」


「は、はい!」


 返事が揃った。


「怒るために呼んだんじゃないから」


「はい!」


「普通でいいのよ」


「はい!」


「…………」


 無理そう。


「まあいいわ」


 説明する。


「三年間の記録を確認します」


 顔。


 数人。


 引きつった。


 気持ちは分かる。


「でも全部を一から調べ直す必要はないわ」


 帳簿。


 発注。


 請求。


 支払い。


「数字が一致しているか」


「はい」


「不自然なところがないか」


「はい」


「まずそれだけ」


 私は紙を配る。


「何か見つけても、自分で判断しないで」


「……?」


「おかしいと思ったところを、そのまま持ってきて」


「よろしいのでしょうか?」


 一人の文官が聞く。


「何が?」


「その……我々で確認せずに」


「確認してもいいけど、推測で処理しないで」


「推測」


「たとえば」


 昨日の街道。


「数字が合わない」


「はい」


「たぶん記載ミスだろう」


「はい」


「だから直しておこう」


「……」


「これ、駄目」


 文官たちを見る。


「なぜ合わないのか確認する」


「はい」


「本当に記載ミスなら、そう確認してから直す」


「……はい」


「分からないなら分からないで持ってくる」


「承知いたしました」


「勝手に辻褄を合わせない」


「はい」


 よし。


「じゃあ始めましょう」


 ◇


 二時間後。


「リリアーナ様」


「何?」


「こちらを」


 サリナが書類を持ってきた。


「もう?」


「一件、確認をお願いしたいとのことです」


「見せて」


 水路整備。


 昨年。


 農村部。


「……」


 工事費。


 資材費。


 人件費。


「どこがおかしいの?」


「こちらです」


 サリナが指す。


 発注書。


 木材。


 二百本。


 納品記録。


 百二十本。


 請求。


 二百本。


 支払い。


 二百本。


「……」


 私は目を閉じた。


「また?」


「その可能性がございます」


「グランド商会?」


「はい」


「…………」


 でしょうね。


「伯爵」


「はい」


「この水路、今もある?」


「もちろんございます」


「場所は?」


「領都から馬車で一時間ほどかと」


「行きましょう」


「今からですか?」


「今から」


 私は立ち上がる。


「サリナ」


「はい」


「馬車を」


「すでに準備をお願いしております」


「……」


 私は止まった。


「いつ?」


「この書類を拝見した時点で」


「…………」


「不要でしたでしょうか?」


「いいえ」


 必要。


 ものすごく。


「ありがとう」


「かしこまりました」


 さりげない。


 本当に。


「行きましょう」


 ◇


 水路。


「……あるわね」


「ございますね」


 当たり前だけど。


 農地の横。


 木材で補強された水路。


「去年直した?」


 近くにいた農民へ聞く。


「はい」


「工事はちゃんと?」


「やってましたよ」


「どれくらい?」


「一月くらいですかね」


「困ったことは?」


「いや、特には」


「そう」


 ちゃんと工事はした。


 でも。


 木材。


 二百本請求。


 納品百二十本。


「……八十本」


 どこへ行った?


「リリアーナ様」


「何?」


「こちらを」


 サリナが水路の先を指した。


「何かある?」


「補修された箇所が、途中で終わっております」


「……」


 歩く。


 確かに。


 新しい木材。


 そこから先。


 古い。


「工事ってここまで?」


 農民へ聞く。


「はい」


「予定も?」


「予定?」


「もっと先まで直す予定だったとか」


「さあ……」


 知らない。


 当然。


「伯爵」


「はい」


「設計書」


「戻れば確認できます」


「お願い」


「はい」


「それと」


 私は水路を見る。


「工事した人にも聞きましょう」


「また、でございますか?」


「だって」


 書類を見る。


「二百本買ったことになってる」


 納品。


 百二十本。


 現場。


 途中まで。


「確認するしかないでしょう?」


「……はい」


 ◇


 領主館へ戻る。


 設計書。


「…………」


 私は黙った。


「リリアーナ様?」


 サリナが声をかける。


「ここ見て」


「はい」


 予定区間。


 実際に補修されていた区間。


「……長いですね」


「そう」


 予定では。


 もっと先まで。


「途中で終わってる」


「はい」


「でも帳簿では完成」


「……」


 工事完了。


 支払い済み。


「…………」


 私は椅子にもたれた。


「伯爵」


「はい」


「この工事、完成確認した人は?」


「担当の文官が」


「誰?」


「確認いたします」


「呼んで」


「はい」


 しばらくして。


 一人の男性が入ってきた。


 四十代ほど。


 顔が青い。


「あなたが完成確認を?」


「……はい」


「現地へ行った?」


「……」


「行った?」


「……いえ」


 私は瞬きをした。


「じゃあ、どうやって完成を確認したの?」


「商会から、完了したとの報告が」


「…………」


「それを受けて」


「完成にした?」


「……はい」


 頭。


 痛い。


「どうして見に行かなかったの?」


「これまでも、問題はございませんでしたので」


「問題あったじゃない!」


 思わず叫んだ。


「申し訳ございません!」


 男性が頭を下げる。


「……」


 私は額を押さえる。


 違う。


 怒鳴っても仕方ない。


「顔を上げて」


「はい……」


「確認するわ」


「はい」


「商会から完了報告が来た」


「はい」


「それを信用した」


「はい」


「現地確認しなかった」


「……はい」


「支払い処理した」


「はい」


「伯爵」


「……はい」


「承認した?」


「……はい」


「現地は?」


「見ておりません」


「…………」


 なるほど。


 分かった。


「グランド商会が好き放題できた理由」


 誰も。


「確認してないのね」


 商会が言った。


 だから信じる。


 書類が来た。


 だから払う。


「……」


 前世で何度見たことか。


「明日から変えます」


「殿下?」


「公共事業」


 発注。


 施工。


 納品。


 完成。


「確認方法を変える」


「どのように?」


「少なくとも」


 私は設計書を指で叩いた。


「お金を払う前に」


 完成したと言うなら。


「一回くらい現物を見なさい!」


「……はい!」


 文官と伯爵。


 二人の返事が綺麗に重なった。


 私は椅子へ沈み込む。


「……はぁ」


「リリアーナ様」


「何?」


「お茶を」


「ありがとう」


 サリナが差し出した紅茶を飲む。


 美味しい。


「……サリナ」


「はい」


「私、ガーター領に来て何日目?」


「四日目でございます」


「まだ四日?」


「はい」


「…………」


 街道。


 石材。


 人件費。


 水路。


「もう帰りたい」


「一年間でございます」


「知ってるわよ……」


 まだ。


 ガーター領に来て。


 四日目。


 私はようやく理解した。


 ガーター領がガーターなのは。


 領主一人が駄目だからでも。


 商会一つが悪いからでもない。


「……これ」


 領全体。


「仕組みから直さないと駄目なやつじゃない……」


 私の仕事は。


 思っていたより。


 ずっと多そうだった。

お読み頂き、ありがとうございます。

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