第十四話 後悔とは後に悔いること、先には立たない
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
グランド商会へ戻った。
正確には。
戻ってきてしまった。
「……」
私は建物を見上げる。
立派。
ガーター領でも有数の商会。
昨日は何とも思わなかったけれど。
「儲かってるのね」
「殿下?」
「独り言よ」
隣では、商会長が顔を青くしている。
オズワルド伯爵も一緒だ。
「入りましょう」
「……はい」
◇
「こちらでございます」
応接室。
机の上へ一冊の名簿が置かれた。
「去年の街道工事に参加した者の名簿?」
「はい」
「四十人」
「はい」
開く。
名前が並んでいる。
一。
二。
三。
数える。
「……四十人いるわね」
「もちろんでございます」
商会長が少しだけ元気を取り戻した。
「給与記録は?」
「こちらに」
別の書類。
名前。
日数。
金額。
「…………」
形式上は。
ちゃんとしている。
「全員二十日?」
「多少の違いはございます」
「本当ね」
十八日。
二十日。
十七日。
十九日。
不自然に全部同じというわけでもない。
「……」
困った。
ちゃんとしてる。
「リリアーナ様」
「何?」
「こちらを」
サリナが一枚の紙を差し出した。
「何?」
「先ほどの施工記録でございます」
「ああ、ありがとう」
受け取る。
見比べる。
「…………」
施工記録。
工事期間。
二十日。
人員。
延べ八百人。
「……延べ?」
もう一度。
名簿。
勤務日数。
計算する。
「サリナ」
「はい」
「紙」
「こちらに」
「ありがとう」
足す。
十八。
二十。
十七。
十九。
……。
「…………」
途中で。
止まった。
「商会長」
「はい」
「これ」
「何でしょう?」
「人数が合わない」
「……」
「施工記録だと延べ八百人」
「はい」
「でも給与記録を全部足すと……」
もう一度確認。
「六百三十二人」
「…………」
商会長の顔が固まった。
「百六十八人分、どこへ行ったの?」
「それは……」
「給与記録にない人が働いた?」
「……」
「それとも」
施工記録が嘘?
口には出さない。
「確認できる?」
「……はい」
「じゃあお願い」
商会長が書類を受け取る。
「……」
読む。
「……」
長い。
「どう?」
「どうやら……施工記録の記載に誤りが」
「そう」
誤り。
便利な言葉。
「どっちが正しいの?」
「給与記録が正しいかと」
「つまり実際に働いたのは六百三十二人分?」
「左様でございます」
「分かったわ」
紙に書く。
八百。
六百三十二。
差。
「じゃあ」
施工記録に記載された人件費を見る。
「この金額は?」
「……」
商会長が黙った。
「八百人分で請求してるわよね?」
「……」
「伯爵」
「はい」
「領から払った金額は?」
「施工記録に基づいて……」
「八百人分?」
「……はい」
「でも商会側の給与記録は六百三十二人分」
「…………」
差額。
「どこ?」
「……」
誰も答えない。
「……はぁ」
また。
「石材も足りない」
帳簿上では大量に買った。
実際には三分の一程度。
「人も足りない」
八百人分請求。
実際の給与記録は六百三十二人分。
「それで道は穴だらけ」
頭が痛い。
「逆にすごいわね」
「殿下……」
「何?」
「申し訳ございません」
伯爵が頭を下げる。
「伯爵が謝るの?」
「領主として監督が行き届いておりませんでした」
「……」
私は商会長を見る。
汗。
目を合わせない。
「まだ終わってないわよ」
「はい?」
「給与記録が正しいって、まだ確認してない」
「……!」
商会長が顔を上げた。
「書いてあるだけでしょう?」
「しかし!」
「実際に払ったんでしょう?」
「もちろんでございます!」
「なら問題ないわ」
私は名簿を持ち上げる。
「何人か呼んで」
「……今から?」
「うん」
「仕事中の者もおりますので」
「全員じゃなくていいわよ」
四十人。
そこから。
「十人」
「……」
「適当に選ぶから」
「…………」
「呼べる?」
「……はい」
「よかった」
◇
名簿。
四十人。
「誰にしようかしら」
「リリアーナ様」
「何?」
「私が選びましょうか?」
「お願い」
「かしこまりました」
サリナが名簿を見る。
上から一人。
中ほどから一人。
下から。
また上。
ばらばら。
「こちらの十名で」
「ありがとう」
商会長へ渡す。
「お願い」
「……承知いたしました」
◇
一時間後。
「五人?」
「……はい」
応接室。
集まったのは五人。
「残りは?」
「二人は現在、領都を離れております」
「うん」
「一人は商会を辞めました」
「うん」
「残る二人は……」
「何?」
「所在が確認できません」
「……そう」
まあ。
一年近く前。
全員すぐ集まるとは思っていない。
「五人来てくれたなら十分よ」
別室。
一人ずつ話を聞く。
「緊張しなくていいから」
「は、はい!」
若い男性。
「去年、北側街道の補修に参加した?」
「はい」
「何日くらい?」
「ええと……十日くらいだったかと」
「十日?」
「はい」
名簿を見る。
十九日。
「……」
まだ。
記憶違いもある。
「給与は?」
「もらいました」
「何日分?」
「十日分です」
「…………」
私はサリナを見る。
サリナは何も言わず。
紙へ書いた。
次。
「何日働いた?」
「十二日です」
記録。
二十日。
「給与は?」
「十二日分です」
次。
「八日ほどだったと思います」
記録。
十八日。
次。
「十五日です」
記録。
二十日。
次。
「十一日ですね」
記録。
十九日。
「…………」
五人。
全員。
合わない。
◇
「商会長」
「……はい」
「給与記録も違うみたい」
「…………」
「五人に聞いた」
「……」
「全員、記録より少ない日数しか働いてない」
「……」
「でも」
給与記録では。
多く払ったことになっている。
「本人たちは、実際に働いた日数分しか受け取ってないって」
「…………」
「差額は?」
沈黙。
「施工記録」
八百人分。
「給与記録」
六百三十二人分。
「実際」
さらに少ない。
「何段階あるのよ」
思わず口から出た。
「……」
施工時点。
商会内部。
実際の支払い。
数字が。
どんどん減っている。
「これ」
私は書き出す。
領から商会へ払われた金額。
帳簿上の資材費。
帳簿上の人件費。
実際に確認できた資材。
実際に確認できた労働。
「…………」
差額。
大きい。
「サリナ」
「はい」
「計算、合ってる?」
「確認いたします」
サリナが数字を見る。
静かに計算。
「はい。同じ金額となります」
「そう」
間違いじゃない。
「伯爵」
「……はい」
「三年間で」
金額を見せる。
「これだけ消えてる」
「…………」
伯爵の顔色が変わる。
「こんなに……」
「今確認できた分だけよ」
「……」
「全部調べたら増えるかもしれない」
「……」
私は椅子にもたれた。
疲れた。
本当に。
「殿下」
商会長が口を開いた。
「何?」
「私どもにも事情が」
「事情?」
「はい」
「聞くわ」
「……」
「何?」
「それは……」
また黙る。
「言えない?」
「…………」
「そう」
なら。
「伯爵」
「はい」
「この商会への公共事業の新規発注を止めて」
「殿下!?」
商会長が立ち上がった。
「調査が終わるまでよ」
「しかし!」
「だって」
私は首を傾げる。
「数字が合わない相手に、これ以上お金払えないでしょう?」
「それは!」
「間違ってる?」
「……」
「取引停止じゃない」
民間同士の商売まで口を出すつもりはない。
「領からの新規発注だけ」
「……」
「今受けてる仕事は?」
伯爵を見る。
「いくつかございます」
「一覧を出して」
「はい」
「進捗確認」
「はい」
「支払い前のものは?」
「ございます」
「確認が終わるまで保留」
「承知いたしました」
「殿下!」
「何?」
「商会には多くの従業員がおります!」
「知ってる」
「支払いが止まれば!」
「だから、終わった仕事まで払わないとは言ってないでしょう?」
「……」
「確認するの」
やった。
なら払う。
やってない。
なら払わない。
「それだけよ」
「…………」
商会長が座る。
「それと」
私は続ける。
「この三年間の公共事業」
「……」
「全部確認する」
伯爵の顔まで固まった。
「街道だけではないのですか?」
「街道でこれだけ出たのよ?」
「……」
「他は大丈夫って、どうして思えるの?」
「…………」
農業支援。
水路。
治安維持。
公共施設。
「全部」
「殿下」
「何?」
「かなりの量になります」
「知ってるわよ!」
思わず声が大きくなった。
「私だってやりたくないわよ!」
「……」
「本当なら今頃!」
ストライク領なら。
昼寝。
スペア領なら。
ジャムを塗ったパンでも食べていた。
「なんで!」
机を叩く。
「あなたたちのせいで!」
もう一度。
「私の仕事が増えるのよ!」
静寂。
「…………」
しまった。
王女らしくない。
私は咳払いした。
「……失礼」
「い、いえ」
「とにかく」
座り直す。
「全部確認します」
「……はい」
「サリナ」
「はい」
「明日から忙しくなるわ」
「左様でございますね」
「嫌だ」
「はい」
「ものすごく嫌」
「存じております」
「……」
サリナを見る。
「ねえ」
「はい」
「私、一年間だけ本気でやるって言ったわよね?」
「おっしゃいました」
「言わなきゃよかった」
「もう遅いかと」
「……そうね」
机の上。
不正の可能性がある書類。
これから調べなければならない記録。
私は頭を抱えた。
「のんびり生きるために本気で働くって」
自分で言って。
自分で思う。
「……何か間違ってない?」
お読み頂き、ありがとうございます。




