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やり過ぎた!  作者: 涙目
第一章 ボーリング地方編

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第十三話 腐ったところは切り取らないと蛆が沸く

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 採石場へ向かう。


 そう決めた。


 決めたのだけれど。


「殿下」


「何?」


「本日は日も傾いております」


「まだ明るいわよ」


「採石場まで往復すれば、戻る頃には夜になります」


「そうね」


「明日にされてはいかがでしょうか」


「……」


 オズワルド伯爵の言うことは正しい。


 ものすごく正しい。


 ここで意地になって向かう必要はない。


 私は統括代官であって、探偵ではないのだから。


「分かったわ」


 素直に頷く。


「今日は戻りましょう」


「ありがとうございます」


 なぜお礼?


「ただし」


「……はい」


「明日の朝、一番に行くわよ」


「…………」


「伯爵?」


「承知いたしました」


「商会長も」


「わ、私もでございますか?」


「当然でしょう?」


「……はい」


 グランド商会長の顔が引きつる。


「あなたの商会が買った石でしょう?」


「左様でございます」


「なら、仕入れ先の確認に付き合って」


「……承知いたしました」


 よし。


「帰りましょう、サリナ」


「はい、リリアーナ様」


 私たちは馬車へ戻る。


 乗り込む直前。


 私はもう一度、街道を見た。


 三年。


 三年連続。


 それなりの金額を使って補修したはずの道。


「……」


 本当に?


 ◇


 馬車の中。


「サリナ」


「はい」


「どう思う?」


「何についてでしょうか?」


「今日のこと」


「私が申し上げてもよろしいのでしょうか」


「いいわよ」


 サリナは少し考えた。


「皆様、確認することが多いですね」


「……」


 私は吹き出した。


「ふふっ」


「リリアーナ様?」


「ごめんなさい」


 さりげない。


 本当に。


 この子はいつもそうだ。


 余計なことを言わない。


 でも必要なことは、ぽつりと言う。


「そうね」


 確認。


 確認。


 確認。


 何を聞いても確認。


「普通、三年間も取引してる相手なら、採石場の名前くらいすぐ出ると思わない?」


「少なくとも、商会長ともなれば把握されていても不思議ではないかと」


「そうよね」


 もちろん。


 商会長が全取引を覚えている必要はない。


 大きな商会なら、現場担当者へ任せていることもある。


 でも。


「三年連続で同じ公共事業」


「はい」


「領の主要街道」


「はい」


「四十人を二十日動かす規模」


「はい」


「それを三年間」


「はい」


「……小さな仕事じゃないわよね」


「私には判断いたしかねますが、小規模とは思えません」


「よね」


 しかも。


 領主も。


 商会長も。


 妙に歯切れが悪い。


「……嫌だなあ」


「何がでしょう?」


「当たってそう」


「何がでございますか?」


「不正」


 口にする。


 まだ証拠はない。


 だから断定はできない。


「外れてほしいんだけど」


「なぜでしょう?」


「仕事が増えるから」


「……」


「何よ」


「いえ」


「私、不正を暴きたいわけじゃないの」


「はい」


「正義のために戦いたいわけでもない」


「はい」


「普通に仕事してくれれば、それでいいのよ」


 税を集める。


 必要なところに使う。


 記録する。


 確認する。


 それだけ。


「なのに不正されると」


 調査。


 確認。


 証拠。


 処分。


 再発防止。


「全部こっちの仕事になるじゃない」


「なるほど」


「迷惑なのよ」


「左様でございますね」


「でしょう?」


 私は腕を組む。


「だから、不正なんてしないでほしいの」


「理由がリリアーナ様らしいですね」


「褒めてる?」


「もちろんでございます」


「そう」


 ならいい。


 ◇


 翌朝。


「おはようございます、伯爵」


「……おはようございます、殿下」


「商会長も」


「お、おはようございます」


 二人とも。


 元気がない。


「寝不足?」


「いえ」


「私は少々……」


「そう」


 私はよく眠れた。


 昨日は久しぶりに働いたから、布団へ入った瞬間に寝た。


「じゃあ行きましょう」


「はい」


 馬車へ乗る。


 目的地。


 東の採石場。


 ◇


「……遠くない?」


「あと少しでございます」


 出発から二時間。


「近隣って言ったわよね?」


 私は商会長を見る。


「こ、この地方では近い方にございます」


「そういうもの?」


「はい」


「サリナ」


「私に聞かれましても」


「そうよね」


 さらに進む。


 道は徐々に細くなった。


 やがて。


「見えてまいりました」


 岩肌。


 採石場。


 何人もの作業員が働いている。


「ちゃんとある」


「もちろんでございます!」


 商会長が妙に大きな声を出した。


「別に、採石場そのものが存在しないとは思ってないわよ」


「そ、そうでございますか」


「ええ」


 問題は。


 ここから本当に石を買ったのか。


 それだけ。


 ◇


「これはこれは、ガーター伯爵様!」


 採石場の責任者らしい老人が出てきた。


「それに……」


 私を見る。


「ま、まさか!」


「第八王女リリアーナ・プレイングです」


「こ、これは失礼を!」


「普通でいいわよ」


「そ、そのようなわけには!」


「……まあいいわ」


 もう慣れた。


「少し聞きたいことがあるの」


「何なりと!」


「グランド商会と取引してる?」


「グランド商会?」


 老人が商会長を見る。


「ええ」


「もちろん、ございます」


 商会長が目に見えて安心した。


「よかったですね」


「は、はい!」


「じゃあ」


 私は持ってきた記録を開く。


「去年、この量の石材を買ってることになってるんだけど」


「……」


 老人が見る。


「これ?」


「はい」


「こんなに?」


「はい」


「……いや」


 老人が首を傾げた。


 商会長の顔が固まる。


「うちからは出してませんな」


「…………」


 静かになった。


「出してない?」


「はい」


「グランド商会には?」


「売っておりますよ。ただ」


 老人が記録を指差す。


「こんな量じゃありません」


「どれくらい?」


「そうですな……」


 考える。


「これの三分の一もないでしょう」


「……」


 私は商会長を見る。


「……」


 商会長が目を逸らした。


「一昨年は?」


「記録を見なければ正確には」


「記録ある?」


「もちろんです」


 即答。


「見せてもらっても?」


「構いませんとも」


 私は伯爵を見る。


「……」


 伯爵も目を逸らした。


 ◇


「こちらです」


「ありがとう」


 帳簿。


 去年。


 一昨年。


 三年前。


「…………」


 照合する。


 グランド商会の記録。


 採石場の記録。


「合わない」


 全然。


 毎年。


 グランド商会側では大量に購入したことになっている。


 でも。


 採石場から実際に出た量は、その三分の一程度。


「商会長」


「……はい」


「説明して」


「それは……」


「他の採石場から買った?」


「……」


「それなら、その記録を出して」


「……」


「あるんでしょう?」


「……確認を」


「もういい」


「……!」


 私はため息を吐いた。


「確認はもういい」


 何回目?


「今、答えて」


「…………」


「この石」


 記録を指差す。


「どこから買ったの?」


「……」


「答えられない?」


「…………」


 沈黙。


「伯爵」


「はい」


「知ってる?」


「私は……工事については商会へ任せておりましたので」


「そう」


 任せた。


 便利な言葉。


「じゃあ、支払いは誰が承認したの?」


「……」


「領の予算よね?」


「はい」


「請求書が来る」


「はい」


「確認する」


「……」


「支払う」


「……はい」


「誰が?」


「最終的には、私が」


「なるほど」


 私は頷いた。


「じゃあ、伯爵にも責任はあるわね」


「殿下!」


「不正したって言ってないわよ」


「……」


「確認せずに払った責任」


「…………」


「それはあるでしょう?」


「……はい」


 伯爵が俯く。


「サリナ」


「はい」


「紙を」


「こちらに」


「ありがとう」


 私は数字を書き出す。


 購入したとされる石材。


 実際に採石場から出た石材。


 差。


「……大きいわね」


 三年分。


 かなりの額になる。


「人件費も怪しくなってきた」


「殿下!」


 商会長が声を上げた。


「何?」


「石材については、確かに記録上の不備があったかもしれません!」


「そう」


「しかし、工事そのものは行っております!」


「そうね」


「人員も投入しております!」


「分かった」


「ですから!」


「確認しましょう」


「…………」


「四十人」


 施工記録。


「二十日」


「……はい」


「三年間」


「……」


「働いた人の記録は?」


「ございます」


「よかった」


 私は笑う。


「それなら簡単ね」


「……」


「何人かに聞けばいい」


 商会長の顔から。


 血の気が引いた。


「殿下」


「何?」


「三年前ともなれば、すでに商会を辞めた者も」


「全員に聞くなんて言ってないでしょう?」


「……」


「去年だけでいいわ」


「……」


「四十人もいたなら」


 私は記録を閉じた。


「十人くらい、すぐ見つかるわよね?」


「…………」


 返事はなかった。


 分かりやすい。


「……はぁ」


 私は額を押さえる。


 石材。


 怪しい。


 人員。


 怪しい。


 街道。


 実際に壊れている。


「どこまであるのよ……」


 小さく呟く。


「リリアーナ様」


 サリナがそっと声をかける。


「何?」


「お茶をお持ちしましょうか」


「……」


 私はサリナを見る。


「あるの?」


「念のため、持参しております」


「欲しい」


「かしこまりました」


 さりげなく。


 本当に。


 こういうとき、この子はありがたい。


 差し出された水筒からカップへ紅茶が注がれる。


 一口。


「……よし」


 少し落ち着いた。


「戻りましょう」


「領主館へでございますか?」


「違うわ」


 私は商会長を見る。


「グランド商会へ」


「……!」


「去年の工事に参加した人の名簿」


 そして。


「給与の支払記録」


 私は笑った。


「全部見せてもらいます」


 商会長は。


 もう。


 笑っていなかった。

お読み頂き、ありがとうございます。

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