第十二話 仕事に感情はなるべく持ち込まない
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
翌朝。
「……来ないわね」
「来ませんね」
「二日連続ね」
「左様でございますね」
私は紅茶を飲んだ。
昨日と同じ。
違うところがあるとすれば。
今日は最初から期待していない。
「何時?」
「九時半でございます」
「朝までって言ったわよね?」
「はい」
「朝よね?」
「十分に朝かと」
「そうよね」
紅茶をもう一口。
「……十時まで待ちましょう」
「かしこまりました」
◇
十時。
「行きましょう」
「はい」
今度は迷わなかった。
◇
「リ、リリアーナ殿下」
「ごきげんよう、伯爵」
執務室。
オズワルド伯爵は今日も仕事をしていた。
机の上には書類。
ペン。
そして。
「お願いしたものは?」
「……」
「用意できた?」
「殿下」
「何?」
「その件なのですが」
「うん」
「一部、確認に時間がかかっておりまして」
「どれ?」
「……街道整備に関するものです」
「そう」
「古い記録もございますので」
「三年前よね?」
「はい」
「そんなに古い?」
「……」
黙った。
「まあいいわ」
私は椅子に座る。
「他は?」
「はい?」
「農業支援」
「……」
「兵士の給与」
「……」
「そっちはある?」
「現在、担当者が」
「担当者じゃなくて書類の話」
「……」
「ある?」
伯爵の視線が僅かに逸れた。
「ございます」
「持ってきて」
「ただ」
「何?」
「整理が」
「昨日も聞いたわ、それ」
「……」
「整理しなくていい」
何度言えば伝わるのだろう。
「原本を見せて」
「しかし、殿下にご覧いただくようなものでは」
「私が見るって言ってるの」
「……」
「持ってきて」
「……承知いたしました」
伯爵が使用人を呼ぶ。
指示。
待つ。
しばらくして。
数冊の書類が運ばれてきた。
「これだけ?」
「まずは農業支援に関するものを」
「分かったわ」
受け取る。
「ここで見ても?」
「……もちろんでございます」
私は一冊目を開いた。
「…………」
農具購入。
数量。
金額。
購入先。
「配布先は?」
「次のページに」
めくる。
名前。
名前。
名前。
農家らしき人物が並んでいる。
「あるじゃない」
「はい」
昨日すぐに出せばよかったのに。
「種も?」
「ございます」
「水路整備は?」
「別冊に」
「なるほど」
読む。
ぱっと見た限りでは問題ない。
「これ、写していい?」
「……何のためでしょう?」
「確認」
「何を?」
「本当に配ったか」
「…………」
「何?」
「殿下自ら確認なさるので?」
「まさか」
そんなことをしていたら一年では足りない。
「何件か抜き出して確認するだけ」
「……」
「全部調べる必要なんてないわよ」
問題がなければ。
だけど。
「サリナ」
「はい」
「適当に十件選んで名前を控えて」
「かしこまりました」
「適当に?」
伯爵が聞き返した。
「ええ」
「何か基準があるのでは?」
「ないわよ」
私が選ぶと偏るかもしれない。
だから適当。
「どれでもいい」
「……」
「本当に配られているなら、誰を選んでも問題ないでしょう?」
「……左様でございます」
声が小さい。
「次」
種。
同じように抜き出す。
「水路も後で現地を見ましょう」
「殿下」
「何?」
「そこまでなさる必要がございますか?」
「あるかどうか確認するために見るのよ」
「……」
「帳簿だけなら何とでも書けるでしょう?」
「我々を信用なさらないと?」
「してないわ」
「……!」
伯爵の顔が強張った。
「あ」
言い方が悪かった。
「違うわね」
訂正する。
「あなたを信用していないんじゃない」
「では」
「誰も信用しないの」
「……はい?」
「仕事では」
前世でもそうだった。
部下だから。
付き合いの長い取引先だから。
優秀だから。
真面目だから。
そんな理由で確認を省けば。
事故が起きたときに困る。
「人を疑っているわけじゃない」
記録を見る。
現物を見る。
事実を確認する。
「確認すべきことを、確認しているだけ」
「……」
「問題がなければ、それで終わりでしょう?」
「……左様でございますな」
「そうよ」
問題がないのが一番。
私の仕事が増えないから。
「次は兵士」
「……はい」
◇
兵士名簿。
給与支払記録。
配置表。
三つを並べる。
「…………」
「いかがでしょうか」
「ちょっと待って」
名前。
名前。
名前。
「この人」
「はい?」
「ハロルド・ミンス」
「……」
「名簿にはいる」
「はい」
「給与も払われてる」
「はい」
「配置は?」
「……」
探す。
ない。
「どこ?」
「確認いたします」
「じゃあ次」
別の名前。
「ロバート・クイル」
「はい」
「同じ」
名簿。
いる。
給与。
出ている。
配置。
ない。
「……」
次。
次。
「五人いるわね」
「……」
「配置されてない人」
「休職中では?」
「五人とも?」
「……」
「それなら休職記録があるでしょう?」
「確認いたします」
また確認。
「今日中にお願い」
「はい」
「それから」
給与支払記録を見る。
「受領の記録は?」
「……受領?」
「本人が受け取った記録」
「給与は各隊の責任者を通じて支払っております」
「責任者にまとめて渡してるの?」
「はい」
「その後は?」
「各兵士へ」
「それを証明するものは?」
「……」
「署名とか」
「ございません」
「…………」
頭が痛い。
「今まで問題にならなかったの?」
「兵士を信用しておりますので」
「それは信用じゃなくて確認不足よ」
「……」
私は額を押さえた。
「今後は変えましょう」
「殿下?」
「受け取った人間が分かるようにする」
「しかし、手間が」
「今みたいに誰が受け取ったか分からない方が、問題が起きたとき手間でしょう?」
「……」
「五人分の給与がどこへ行ったか調べることになった私みたいに」
「…………」
返事がない。
「次」
◇
昼。
「リリアーナ様」
「何?」
「お食事はいかがなさいますか?」
「ここで食べる」
「休憩されては?」
「早く終わらせたいの」
休みたい。
だから働く。
矛盾している気がする。
「パンでいいわ」
「では、軽食をご用意いたします」
「お願い」
次の書類。
「……街道」
まだ来ない。
「伯爵」
「はい」
「街道の施工記録は?」
「確認しております」
「朝から?」
「……はい」
「どこに確認してるの?」
「担当者に」
「担当者は?」
「……本日は不在で」
「どこへ?」
「現場へ出ております」
「どこの現場?」
「……」
「伯爵?」
「確認いたします」
「…………」
私はゆっくり息を吐いた。
怒らない。
まだ。
「じゃあ、施工業者を教えて」
「……はい?」
「三年間、同じ区間を直した業者」
「それは」
「帳簿に名前あるでしょう?」
昨日見た。
探す。
「あった」
同じ会社。
三年連続。
「グランド商会」
「……はい」
「この領の商会?」
「左様でございます」
「場所は?」
「領都に」
「じゃあ行きましょう」
「殿下!?」
「何?」
「今からですか?」
「近いんでしょう?」
「ですが」
「施工記録が出てこない」
「……」
「担当者もいない」
「……」
「なら、工事した人に聞く」
簡単。
「サリナ」
「はい」
「馬車を」
「かしこまりました」
「お待ちください!」
伯爵が立ち上がる。
「何?」
「私も参ります」
「仕事は?」
「殿下をお一人で行かせるわけには」
「護衛いるけど」
「そういう問題ではございません!」
「そう?」
「はい!」
必死。
「……じゃあ、一緒に行きましょう」
「はい」
◇
グランド商会。
思ったより大きな建物だった。
「立派ね」
「ガーター領でも有数の商会でございます」
「へえ」
中へ。
「これはリリアーナ殿下!」
商会長が飛んできた。
「まさか殿下自らお越しくださるとは!」
「突然ごめんなさいね」
「とんでもございません!」
「少し聞きたいことがあるの」
「何なりと!」
「街道工事」
「…………」
笑顔が。
止まった。
分かりやすい。
「三年前から、北側主要街道の補修をしてるわよね?」
「……はい」
「施工記録を見せてもらえる?」
「施工記録、でございますか?」
「そう」
「それは領主館に提出しているはずですが」
私は伯爵を見る。
伯爵は商会長を見る。
「提出したの?」
「はい」
「いつ?」
「毎年、工事完了後に」
「…………」
私は伯爵を見る。
「あるって」
「……確認いたします」
また。
「じゃあ、商会側に控えは?」
「ございます」
「見せて」
「しかし」
「駄目?」
「い、いえ!」
奥へ。
待つ。
出てきた。
「こちらでございます」
「ありがとう」
開く。
工事区間。
日付。
人員。
使用資材。
「ちゃんとしてるじゃない」
少なくとも形式上は。
「三年分ある?」
「はい」
比較する。
「……」
一年目。
二年目。
三年目。
「同じ場所ね」
「傷みやすい場所ですので」
「そう」
資材量。
「……これ」
「はい?」
「毎年ほとんど同じ量使ってるの?」
「左様でございます」
「同じ区間に?」
「はい」
「毎年?」
「はい」
「…………」
私は地図を見る。
「今から見に行っていい?」
「……はい?」
「現場」
「殿下!」
伯爵の声。
「何?」
「本日はもうお疲れでしょう!」
「まだ昼過ぎよ」
「ですが街道までは距離が」
「昨日通ったところでしょう?」
「……」
「行けるわよね?」
「……はい」
「じゃあ行きましょう」
◇
街道。
「ここね」
馬車を降りる。
穴。
ひび。
崩れた路肩。
「……三年連続で直した?」
「はい」
商会長も連れてきた。
「どこを?」
「こちらの区間を」
「全部?」
「はい」
私は地面を見る。
専門家ではない。
工事のことなんて詳しくない。
でも。
「これ、去年直したように見える?」
サリナを見る。
「私には分かりかねます」
「そうよね」
なら。
「商会長」
「はい」
「去年、何人で工事した?」
「記録にございます通り、四十名ほどで」
「期間は?」
「二十日ほどです」
「使った石材は?」
「記録の通りでございます」
「どこから運んだの?」
「……」
一瞬。
止まった。
「近隣の採石場から」
「どこ?」
「……東の」
「名前は?」
「……」
「商会長?」
「少々お待ちを」
「自分で仕入れたんじゃないの?」
「担当者が」
出た。
担当者。
「誰?」
「……確認いたします」
「…………」
私は空を見上げた。
いい天気。
ストライク領なら。
今頃、昼寝してたかもしれない。
「リリアーナ様?」
「何?」
「大丈夫でございますか?」
「大丈夫」
私は笑った。
「ただね」
「はい」
「みんな確認するって言うのよ」
「……」
「だから」
伯爵を見る。
商会長を見る。
「私が確認することにするわ」
「……!」
「採石場へ行きましょう」
「今からですか!?」
「ええ」
「しかし!」
「石を大量に買ったなら記録があるでしょう?」
「……」
「売った人に聞けば終わるわ」
「…………」
誰も答えない。
その沈黙だけで。
なんとなく。
答えが見えてきた気がした。
「……はぁ」
私は深くため息を吐く。
「お願いだから」
額を押さえる。
「普通に仕事してよ……」
私は。
のんびり生きたいだけなのだから。
お読み頂き、ありがとうございます。




