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やり過ぎた!  作者: 涙目
終章 国家問題編

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127/130

幕間 これが理想の生活……リリアーナの

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 青い空。


 白い雲。


 どこまでも広がる青い海。


 サーフィン地方の沖合に浮かぶピーク島は、今日も多くの観光客で賑わっていた。


 砂浜では若者たちが歓声を上げ、沖合では色とりどりの板に乗った人々が波と戯れている。


 そんな南国の風景を、二人の男が眺めていた。


「ほう、ここがピーク島か、アル」


「ああ、ようやくバカンスを楽しめるな、エド」


 二人とも花柄のシャツに半ズボン、足元はサンダルという格好だった。


 一人は、かつてプレイング王国の国王として君臨したエドワード・プレイング。


 もう一人は、長年その国王を支え続けてきた宰相アルベルト。


 もっとも、今の二人にそんな肩書きはない。


 少なくとも、本人たちはそういうことにしていた。


「いやあ、実に良い眺めだな!」


「そうだな。潮風も心地よい」


「王宮にいた頃は、海を眺める余裕などなかったからな」


「余裕がなかったというより、仕事を増やしていたのは誰だったかと思うが」


「……誰だったかな」


「お前だ、エド」


「はっはっは!」


 エドワードは豪快に笑った。


 アルベルトは呆れたように首を振る。


 長年続いた国王と宰相の関係は終わった。


 これからは、ただのエドとアル。


 誰に気兼ねすることもなく、好きなことをして過ごす。


 二人が選んだ、新しい生活だった。


「さて、アル!」


「何だ?」


「まずは飯だ!」


「……そう来ると思ったよ」


     ◇


「美味い!」


 海沿いの料理屋に、エドワードの声が響いた。


 目の前には、焼きたての魚が並んでいる。


 今朝水揚げされたばかりの魚を、塩と香草で味付けして焼いたものだ。


 皮は香ばしく、身はふっくらとしている。


 エドワードは大きく身をほぐし、口へ運んだ。


「取れたての魚は美味いな! 酒もよく合う!」


「ああ、これは落ち着く味だ」


 アルベルトも、ゆっくりと魚を味わっていた。


 そして、酒を一口。


「……うむ。良い酒だ」


「だろう? やはり海を眺めながら飲む酒は格別だな!」


「王宮でも随分飲んでいた気がするが」


「それはそれ、これはこれだ!」


「便利な言葉だな」


 二人は笑いながら杯を合わせた。


 周囲の客たちは、時折その様子を眺めていた。


 花柄のシャツを着た、妙に品の良い二人組。


 声の大きい方は、やたらと楽しそうに笑う。


 もう一人は落ち着いた雰囲気で、時折鋭いことを言っている。


 どこかの裕福な商人だろうか。


 そんな程度に思われていた。


「ところで、アル」


「何だ?」


「食事が終わったら、あれをやってみんか?」


 エドワードが指差した先には、波に乗る人々の姿があった。


「……サーフィンか」


「そう、それだ!」


 エドワードは目を輝かせた。


「リリアーナが以前ここへ来た時に、随分と流行らせたと聞いておる」


「ああ。島の観光資源にもなっているようだな」


「実に面白そうではないか!」


「……お前、泳げたか?」


「無論だ!」


「なら、付き合うとしよう」


「よし!」


 エドワードは勢いよく立ち上がった。


「店主! 勘定を頼む!」


「はいよ!」


 アルベルトは残った酒を飲み干し、ゆっくりと立ち上がった。


「……まったく、相変わらず落ち着きのない男だ」


 そう言いながらも、その口元には笑みが浮かんでいた。


     ◇


「ふむ。この板っ切れに乗るのか」


 エドワードは、借りてきたサーフボードを眺めていた。


 目の前では、若者たちが器用に波を捉え、板の上に立っている。


「……これはすごいな」


 アルベルトも、興味深そうに眺めていた。


「波の動きに合わせて重心を移しているのか」


「ふむ。要するに、波に乗ればよいのだな!」


「……随分簡単に言うな」


「何事も挑戦だ!」


 エドワードは意気揚々と海へ入っていった。


 そして、沖合から近づいてくる波を見つける。


「よし! あれだ!」


 板の上に腹ばいになり、両手で水をかく。


 波が近づく。


「今だ!」


 勢いよく立ち上がろうとして――。


「うおっ!」


 ぐらり。


 どぼんっ!


「ぷはっ!」


 エドワードが水面から顔を出した。


「なかなか難しいな!」


 しかし、本人は実に楽しそうだった。


「もう一度だ!」


 再び板に乗る。


 波を待つ。


 立ち上がろうとする。


「うおおっ!」


 どぼんっ!


「……むう」


 エドワードは、海面に浮かびながら首を傾げた。


「なぜだ?」


 その横を、アルベルトが静かに進んでいった。


「少し試してみるか」


「おお! アルもやるか!」


「ああ」


 アルベルトは板に腹ばいになり、波の様子を観察した。


 しばらくして、大きめの波が近づいてくる。


「……なるほど」


 両手で水をかく。


 波が板を押し始める。


 アルベルトは、ゆっくりと膝を引き寄せた。


 そして。


 すっ。


 立ち上がった。


「……ほう」


 板は、滑らかに波の斜面を進んでいく。


 アルベルトは重心を調整しながら、そのまま波に乗り続けた。


 やがて浅瀬へ近づくと、静かに板から降りた。


「……これは面白いな」


「…………」


 エドワードは、口を開けていた。


「……アル」


「何だ?」


「お前、経験があるのか?」


「いや、初めてだ」


「……初めて?」


「ああ」


「…………」


 エドワードは、ゆっくりとアルベルトを指差した。


「おい! どうやった! 教えろ、アル!」


「ふっ、波を読んだだけだ」


「ぐぬぬ……何やら格好いいことをほざきおって!」


「事実を述べただけだが?」


「もう一度だ!」


 エドワードは再び沖へ向かった。


 その後も、何度となく挑戦を続けた。


 どぼんっ!


「ぐあっ!」


 どぼんっ!


「ぬおっ!」


 どぼんっ!


「なぜだぁぁっ!」


 アルベルトは、波に乗りながらその様子を眺めていた。


「……少しは落ち着いて波を見たらどうだ?」


「見ておる!」


「板の先しか見ていないようだが」


「うるさい!」


 そして、十数回目の挑戦。


「……今度こそ!」


 エドワードは、慎重に波を待った。


 近づいてくる波。


 板が持ち上がる感覚。


 そこで、ゆっくりと体を起こす。


「……おお?」


 膝を伸ばす。


 両足に力を入れる。


 そして。


「た、立てたぞ!」


 エドワードの顔が輝いた。


「アル! 見ろ! 立てたぞ!」


「前を見ろ、エド」


「うおっ!」


 ぐらり。


 どぼんっ!


「ぷはっ!」


 アルベルトは、声を上げて笑った。


「はっはっは! まだまだだな、エド!」


「ぐあああ!」


 エドワードの叫びが、青い海に響き渡った。


     ◇


 午後。


 浜辺では、六人の若い女性たちがビーチバレーを楽しんでいた。


 砂の上に設けられたコートで、三人ずつに分かれてボールを打ち合っている。


 その様子を、エドワードとアルベルトが眺めていた。


「……ほう」


「今度は何だ、エド」


「いや、あれも面白そうだと思ってな」


「ビーチバレーか」


「うむ。少し混ぜてもらうとしよう」


「……またか」


 エドワードは、ためらいなく女性たちへ声をかけた。


「お嬢さん方、混ぜてもらえんかね?」


「えっ?」


 女性たちが振り返った。


 花柄のシャツを着た二人の中年男性。


 片方は人懐っこい笑顔を浮かべ、もう片方は落ち着いた表情で立っている。


「いいですよ!」


「おお、そうかい! ほら、アルも来い!」


「……はいはい」


 二人はサンダルを脱ぎ、砂の上へ入った。


 女性たちの一人が、首を傾げた。


「でも、結構動きますよ? 大丈夫ですか?」


「はっはっは! 心配無用だ!」


「……まあ、無理はしないさ」


 こうして、二人を加えた四人対四人の試合が始まった。


「それじゃあ、いきますよー!」


「おう!」


 女性がボールを打ち上げる。


 相手側から返ってきたボールが、エドワードの方へ飛んできた。


「ほっ!」


 エドワードは軽く腰を落とし、両腕でボールを受けた。


 ぽんっ。


 ボールが綺麗な弧を描く。


「アル!」


「分かっている」


 アルベルトが一歩踏み込み、指先でボールを押し上げた。


 その先には、既にエドワードが走り込んでいる。


「そいっ!」


 ぱんっ!


 ボールが相手コートへ叩き込まれた。


「えっ!?」


「うわっ!」


 女性たちは慌てて反応したが、間に合わなかった。


「……おお、入ったぞ!」


「今のは良い打ち方だったな」


「だろう!」


 エドワードは満足そうに笑った。


 試合は続いた。


「ほっ!」


「よっ!」


「そいっ!」


「はっ!」


「ふんっ!」


 二人の動きは、妙に洗練されていた。


 決して若者のように素早く走り回るわけではない。


 しかし、相手の動きを見て、次にボールが来る場所を予測する。


 無駄に動かず、必要な場所へ先回りする。


 そして、互いの位置を確認するまでもなく、自然に連携していた。


「……えっ、あのおじさま方、やばくない?」


「うんうん。歳はあれだけど、にじみ出る高貴さが半端ないんだけど」


「……分かる」


「それに、二人とも息ぴったりだよね」


「……好き」


「「「えっ?」」」


 女性たちが、一斉に声の主を振り返った。


 その女性は、頬を赤らめていた。


「……何?」


「いや、何って……」


「だって、格好よくない?」


「……まあ、格好いいけど」


「……好き」


「二回言った!?」


 そのやり取りを、エドワードは不思議そうに眺めていた。


「何やら盛り上がっておるな」


「若者には若者の話題があるのだろう」


「ふむ。そういうものか」


「ああ」


 アルベルトは、静かに頷いた。


「ところで、エド」


「何だ?」


「次のボールが来るぞ」


「むっ!」


 エドワードが振り返る。


 その瞬間。


 ぽこんっ。


 ボールが、エドワードの額に当たった。


「……おお?」


 女性たちが、慌てて駆け寄った。


「だ、大丈夫ですか!?」


「はっはっは! 何ともない!」


 アルベルトは、腹を抱えて笑っていた。


「はっはっは! 油断したな、エド!」


「お前! 分かっていたなら早く言わんか!」


「言っただろう?」


「遅いわ!」


 浜辺に、二人の笑い声が響いた。


     ◇


 夜。


 二人が宿泊している宿屋の一室には、小さな盤が置かれていた。


 白と黒の石が並ぶ、オセロの盤だった。


 窓の外からは、穏やかな波の音が聞こえてくる。


「……ふむ」


 エドワードは、盤面を睨んでいた。


 黒石を手に持ち、何度も置く場所を確かめる。


「……ここだな」


 ぱちんっ。


 石を置く。


 挟まれた白石が、次々と黒へ裏返る。


「……もらったな」


 エドワードは、にやりと笑った。


 アルベルトは、盤面を見つめていた。


 そして、静かに口元を緩めた。


「ふっ、甘いな、エド」


「……何?」


 アルベルトは、白石を一つ手に取った。


 ぱちんっ。


「……あっ」


 エドワードの表情が変わった。


「ちょ、ちょちょちょ! 待った!」


「待たん」


「いや、今のはなしだ!」


「もう置いただろう」


「考え直したい!」


「駄目だ」


 アルベルトは、淡々と黒石を裏返していく。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 さらに、四つ。


「ぐあああ!」


 エドワードが頭を抱えた。


 アルベルトは、最後の石を裏返した。


「これで俺の勝ちだな」


「くそおおおお!」


 エドワードは、椅子の背もたれに体を預けた。


「……なぜ勝てん」


「考えが単純だからだろう」


「何だと!?」


「目先の石を増やすことばかり考えている」


「石を増やす遊びではないのか!」


「最後に多い方が勝つ遊びだ」


「……ぐぬぬ」


 アルベルトは、楽しそうに盤を片づけ始めた。


「さて、そろそろ休むか」


「待て!」


「何だ?」


「もう一回だ!」


「……まだやるのか?」


「当然だ!」


 エドワードは、勢いよく盤を引き寄せた。


「今度こそ勝つ!」


「何度でも相手になろう」


 アルベルトは、笑いながら石を並べ直した。


 これで、エドワードの通算十敗目だった。


 もっとも、本人に諦める気配はない。


「よし! 今度は先手をもらうぞ!」


「好きにするといい」


「ふっふっふ……今度こそ見ておれ!」


「はいはい」


 ぱちんっ。


 新しい勝負が始まった。


     ◇


 夜も更けた頃。


 宿屋の窓辺で、二人は酒を飲んでいた。


 昼間の賑わいはすっかり落ち着き、遠くから波の音だけが聞こえてくる。


「……良い島だな」


 エドワードが、ぽつりと呟いた。


「ああ」


 アルベルトも、静かに頷いた。


「飯は美味い。酒も美味い。海で遊ぶこともできる」


「そのうえ、夜はこうしてゲームも楽しめる」


「うむ。実に素晴らしい」


 エドワードは、杯を傾けた。


「……リリアーナには感謝せねばならんな」


「そうだな」


 アルベルトは、少し笑った。


「あの娘がいなければ、こうして遊ぶこともなかっただろう」


「うむ」


「もっとも、本人がここにいたら、何と言うだろうな」


 エドワードは、しばらく考えた。


 そして、苦笑した。


「……もう一発殴られるかもしれんな」


「はっはっは!」


 二人は声を上げて笑った。


 やがて、エドワードは静かに海を眺めた。


「……長かったな、アル」


「ああ。長かった」


「随分と色々あった」


「そうだな」


「だが、ようやく肩の荷が下りた」


 アルベルトは、杯を置いた。


「……ああ」


 エドワードは、穏やかに笑った。


「これからは、好きなことをして暮らそう」


「そうしよう」


 二人は、静かに杯を合わせた。


 王国を支え続けた国王と宰相。


 その長い仕事は、ようやく終わった。


 そして、これからは。


「……ところで、アル」


「何だ?」


「もう一勝負せんか?」


「……まだ諦めていなかったのか」


「当然だ!」


 エドワードは、勢いよく立ち上がった。


「今度こそ勝つ!」


 アルベルトは、呆れたように笑った。


「……仕方のない男だ」


 そう言いながら、再びオセロの盤を取り出す。


 ぱちんっ。


 静かな部屋に、石を置く音が響いた。


 ピーク島の夜は、まだまだ長そうだった。


     ◇


 翌朝。


 ピーク島の宿屋に、爽やかな朝日が差し込んでいた。


「……む」


 エドワードは、目を覚ました。


 昨日は実に楽しかった。


 美味い魚を食べ、酒を飲み、サーフィンに挑戦し、ビーチバレーを楽しんだ。


 夜にはアルベルトとオセロを何度も打った。


 最高の休日だった。


「……さて、今日も楽しむとするか!」


 エドワードは、勢いよく起き上がろうとした。


「ぐああああっ!?」


 全身に激痛が走った。


「な、何だこれは!?」


 腕が痛い。


 肩が痛い。


 腰が痛い。


 足も痛い。


 というより、全身が痛い。


「……アル!」


 エドワードは、隣の寝台へ顔を向けた。


「アル! 大変だ!」


「……何だ、朝から騒々しい」


「体が動かん!」


「……何?」


「全身が痛いのだ!」


「……ふむ」


 アルベルトは、ゆっくりと体を起こそうとした。


「ぐっ!?」


 そのまま動きを止めた。


「…………」


「……アル?」


「…………」


「おい、アル?」


「……少し待て」


「どうした?」


「……俺も動けん」


「…………」


「…………」


 二人は、互いの顔を見つめた。


 しばらくの沈黙。


 やがて、アルベルトが静かに口を開いた。


「……筋肉痛だな」


「……筋肉痛?」


「ああ。昨日、慣れない運動をしすぎたのだろう」


「…………」


 エドワードは、天井を見上げた。


「……アル」


「何だ?」


「今日の予定は?」


「……海で泳ぐ予定だったな」


「…………」


「…………」


「……延期だな」


「……そうだな」


 二人は、静かに目を閉じた。


 長年、王国を支え続けた元国王と元宰相。


 数々の難題を乗り越えてきた二人だったが、寄る年波には勝てなかった。


 こうして、念願のバカンス二日目。


 二人は、揃って寝台から動けなくなった。

お読み頂き、ありがとうございます。

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