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やり過ぎた!  作者: 涙目
終章 国家問題編

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第十三話 どんな事情があれど、やって良いことと、悪いことがある

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

「…………は?」


 リリアーナは、目の前の光景を理解できずにいた。


 国王エドワード・プレイング。


 自分の父親であり、毒殺されたはずの人物が、目の前で焼きそばを食べている。


 しかも、実に美味しそうに。


「ずずずっ」


「…………」


 リリアーナは、隣に立つレオナルドへ視線を向けた。


「……お兄様」


「……何かな?」


「私、疲れているんでしょうか?」


「……どうだろうね」


「お父様が、焼きそばを食べているように見えるんですが」


「……奇遇だね。僕にもそう見えるよ」


 二人は、もう一度エドワードへ顔を向けた。


「ずずずっ」


 やはり、焼きそばを食べていた。


「……父上」


 ヴィクトリアが口を開いた。


「何だ?」


「なぜ、生きていらっしゃるのですか?」


 エドワードは、不思議そうに首を傾げた。


「死んでおらんからだが?」


「そういうことを聞いているのではありません!」


「おお、珍しいな。ヴィクトリアが声を荒らげるとは」


「誰のせいだとお思いですか!」


「……私か?」


「他に誰がいるのですか!」


 リリアーナは、両手で顔を覆った。


 駄目だ。


 話が通じない。


 いや、普段からこういうところはあった。


 しかし、今回ばかりは笑って済ませられない。


 自分は国王毒殺の容疑で投獄され、兄姉たちは王国を守るために奔走し、夜通し事件の調査を続けてきた。


 それなのに、当の本人は焼きそばを食べている。


「……お父様」


「何だ、リリアーナ」


「一つ、確認させてください」


「うむ」


「お父様は、本当に生きていらっしゃるんですよね?」


「見てのとおりだ」


「……幽霊とかではなく?」


「幽霊が焼きそばを食えると思うか?」


「……そうですよね」


 確かに、そのとおりだ。


 いや、そういう問題ではない。


「では、なぜ毒殺されたという話になっているんですか!」


 エドワードは、ようやく箸を置いた。


「ふむ。そろそろ説明せねばならんな」


「最初からしてください!」


「まあ、落ち着け。まずは座れ」


「落ち着けるわけがないでしょう!」


 その時、ユリウスが一歩前へ出た。


「父上。確認したいことがある」


「何だ?」


「宰相アルベルトは、父上が生存していることを知っているのか」


「当然だ。今回の件は、アルベルトと共に進めたからな」


「……そうか」


 ユリウスの表情が険しくなった。


「では、国王の死そのものが偽装だったということか」


「そうだ」


 あまりにも簡単な肯定だった。


「……あたしたち、何のためにあんなに必死になってたんだよ」


 シャルロッテが、低い声で呟いた。


 テオドールも、信じられないという表情で父を見つめていた。


「父上……私たちは、本当に亡くなられたものと……」


「うむ。そう思ってもらわねば困るからな」


「……困る?」


 エレオノーラが、静かに尋ねた。


「父上。どういうことでございますの?」


 エドワードは、七人を見渡した。


「まあ、順を追って説明しよう」


     ◇


「まず、亡くなったのは私ではない」


 エドワードは、先ほどまでとは違う真剣な表情になった。


「私の影武者だ」


「……影武者?」


 レオナルドが聞き返した。


「ああ。長年、私の身代わりを務めてくれていた男だ」


「では、毒殺されたというのは……」


「事実だ。あの男は、本当に毒を盛られて命を落とした」


 リリアーナは、息を呑んだ。


「……では、私たちが調べていた事件は……」


「実際に起きた事件だ。お前たちが発見した証拠も、侍女の証言も、決して作り話ではない」


 エドワードは、静かに続けた。


「今回の計画では、私が死んだと世間に思わせる必要があった。そのために影武者を使った。だが、あの男が命を落としたことは、私にとっても痛恨の極みだ」


「……そうだったんですね」


 リリアーナは、目を伏せた。


 父が生きていたことは嬉しい。


 しかし、代わりに一人の人間が命を落としている。


 それを、単純に喜ぶことはできなかった。


「その者の働きと死については、必ず報いるつもりだ」


 エドワードは、しばらく黙っていた。


 やがて、ヴィクトリアが口を開いた。


「父上。では、なぜそこまでして、ご自身の死を偽装する必要があったのですか?」


 エドワードは頷いた。


「公爵家だ」


「……公爵家?」


「そうだ。以前から、あの家が国家転覆を企んでいることは疑っていた」


 七人の表情が変わった。


「公爵家が、隣国と関係を持っていることも把握していた。王国内の重要な役職へ、関係者を送り込もうとしていることもな」


「……では、なぜ今まで処分されなかったのですか?」


 リリアーナが尋ねた。


「証拠がなかったからだ」


 エドワードは、当然のように答えた。


「公爵家が隣国と交流を持つこと自体は、罪ではない。貴族が人材を推薦することも、それだけなら問題はない」


「……確かに」


「疑わしいというだけで処罰すれば、王権による不当な弾圧となる。まして、相手は長年王国に仕えてきた公爵家だ」


 ヴィクトリアが頷いた。


「法的な根拠が必要だったということですね」


「そうだ」


 エドワードは、七人を見渡した。


「だが、奴らも慎重だった。私が王位にある限り、決定的な動きを見せることはなかった」


 ユリウスが、腕を組んだ。


「……だから、父上が死んだことにしたのか」


「そのとおりだ」


 エドワードは、口元を緩めた。


「王という最大の障害が消えれば、奴らは動く。王位継承を巡って混乱が起これば、なおさらだ」


「……なるほど」


 レオナルドが、静かに頷いた。


「僕たちが王位を争い、王国の政治が混乱すれば、公爵家にとっては好機になる」


「そうだ。実際、公爵は王国の政務を貴族主導へ移行させようと動いたのだろう?」


「はい」


 ヴィクトリアが答えた。


「王位継承者による会議で、王は国家の象徴として存在し、政策決定は有力貴族が担うべきだと主張していました」


「ふむ。やはりな」


 エドワードは頷いた。


「その思想そのものを罪にするつもりはない。だが、王国の主権を奪い、隣国の意向で国を動かそうとしていたのであれば、話は別だ」


「……その証拠が、公爵家の屋敷から発見されました」


 リリアーナが答えた。


「王宮の要職への人材配置に関する記録、隣国との書簡、それから……お父様の毒殺を指示した書類も」


「うむ。アルベルトから報告を受けている」


 エドワードは、満足そうに頷いた。


「正直なところ、ここまで見つけてくれるとは思わなかった」


「……え?」


「公爵家の国家転覆計画を暴くだけでなく、隣国からの指示書まで押収したのだろう?」


「はい……」


「しかも、証拠を隠滅される前に屋敷を捜索したというではないか」


 エドワードは、七人を見渡した。


「見事やってくれた!」


「…………」


 七人は、黙って父を見つめた。


 エドワードは、実に満足そうだった。


「公爵家をはじめとする国家転覆勢力を、この機会に一掃する。それが今回の最大の目的だった」


「……最大の目的?」


 リリアーナが聞き返した。


「そうだ。もちろん、私がいなくなった時にお前たちがどう動くかを確かめるという、試練の側面もあった」


 エドワードは、レオナルドへ視線を向けた。


「だが、そちらは副次的なものだ。私が最も望んでいたのは、国家転覆を企む者たちを表に引きずり出すことだった」


 レオナルドは、ゆっくりと頷いた。


「……なるほど。だから、父上が亡くなった後も、僕たちに具体的な指示がなかったんですね」


「そうだ。私が指示を出せば、奴らも警戒する。お前たち自身が判断し、動く必要があった」


 ヴィクトリアが、考え込むように口を開いた。


「ですが、私たちが公爵家の主張を受け入れていた可能性もあります」


「無論、その可能性も考えていた」


「その場合は、どうなさるおつもりだったのですか?」


「アルベルトが動くことになっていた。あやつには、状況に応じて対処するよう伝えてあった」


「……アルベルトが?」


「うむ」


 エドワードは、少し笑った。


「もっとも、あやつも随分と苦労したようだがな」


 その言葉を聞いたレオナルドの表情が、わずかに変わった。


「……父上」


「何だ?」


「アルベルトの行動についても、全て承知していたんだね?」


「うむ。どうした?」


 レオナルドは、しばらく黙っていた。


 そして、静かに尋ねた。


「……僕の前で、アルベルトが自害しようとしたことも?」


「…………」


 エドワードは、少しだけ目を見開いた。


「ああ、あれか」


「……あれ?」


「うむ。あれも計画の一部だ」


 レオナルドの表情から、笑みが消えた。


「……計画の一部?」


「そうだ。アルベルトには、必要に応じて自害を装うよう伝えてあった」


「…………」


 レオナルドは、何も言わなかった。


 リリアーナは、二人の顔を見比べた。


「……お兄様?」


 レオナルドは、静かに口を開いた。


「……僕はね、アルベルトが本当に死のうとしていると思ったんだ」


「……え?」


「目の前で短剣を取り出して、自分の胸に突き立てようとしたんだよ」


 リリアーナは、息を呑んだ。


「……そんなことが?」


「うん」


 レオナルドは、少しだけ目を伏せた。


「……本当に、死んでしまうと思った」


 エドワードは、静かに頷いた。


「うむ。アルベルトから聞いておる。随分と心配させてしまったようだな」


「…………」


「だが、心配はいらん。あれは仕掛けのある短剣だ」


 エドワードは、机の引き出しから小さな短剣を取り出した。


 そして、刃先を自分の手のひらへ押し当てた。


 刃は、柄の中へ引っ込んだ。


「……え?」


 リリアーナが、目を丸くした。


「刃が引っ込む仕掛けになっておる。これなら、実際に刺さることはない」


 エドワードは、短剣を机の上に置いた。


「アルベルトには、同じものを渡してあった」


 レオナルドは、その短剣を見つめた。


「……そうだったんだ」


「うむ」


「……つまり、アルベルトは最初から死ぬつもりなんてなかったんだね?」


「当然だ」


「…………」


 レオナルドは、深く息を吐いた。


 そして、静かに目を閉じた。


「……よかった」


 その声は、小さかった。


 リリアーナは、兄を見つめた。


 レオナルドが、あれほど安堵した表情を浮かべるのは珍しい。


 きっと、本当に心配していたのだろう。


 その時だった。


「……陛下」


 扉の方から、声が聞こえた。


 振り返ると、そこにはアルベルトが立っていた。


「お話の途中、失礼いたします」


「おお、アルベルト。ちょうどよいところに来たな」


 エドワードは、満足そうに頷いた。


「今、お前の短剣の話をしていたところだ」


「……左様でございますか」


 アルベルトは、静かに頭を下げた。


 そして、レオナルドへ視線を向けた。


「レオナルド殿下。このたびは、ご心配をおかけいたしました」


「…………」


 レオナルドは、しばらくアルベルトを見つめていた。


「……アルベルト」


「はい」


「君は、最初から死ぬつもりなんてなかったんだね?」


「はい。全ては陛下の計画に従ったものでございます」


「……そうか」


 レオナルドは、静かに頷いた。


「……それなら、よかった」


「恐れ入ります」


 アルベルトは、深く頭を下げた。


 次の瞬間。


 レオナルドの拳が、アルベルトの顔面を捉えた。


「ぐはっ!?」


 アルベルトが、後ろへ倒れた。


「お兄様!?」


 リリアーナが、思わず叫んだ。


 レオナルドは、倒れたアルベルトを見下ろしていた。


 その表情は、いつもと変わらず穏やかだった。


「……僕もね」


 レオナルドは、静かに口を開いた。


「君が死んだと思った時、本当に悲しかったんだよ」


「……殿下」


「父上を失っただけじゃなく、君まで失ったと思ったんだ」


 レオナルドは、少しだけ目を伏せた。


「……だから、これはその分だよ」


 アルベルトは、ゆっくりと体を起こした。


 そして、深く頭を下げた。


「……申し訳ございませんでした」


 レオナルドは、しばらくアルベルトを見つめていた。


 やがて、小さく息を吐いた。


「……まったく」


     ◇


「……さて」


 エドワードは、七人を見渡した。


「これで、今回の計画については一通り説明したつもりだが、何か質問はあるか?」


「…………」


 誰も、すぐには答えなかった。


 国家転覆を企む者たちを排除するため。


 その目的は理解できる。


 王国を守るために、国王が危険な計画を立てることもあるだろう。


 実際、今回の計画によって、公爵家の国家転覆計画は明るみに出た。


 しかし。


 それでも。


「……お父様」


 リリアーナが、静かに口を開いた。


「何だ?」


「一つ、確認させてください」


「うむ」


「私たちが、どれほど悲しんだか、分かっていますか?」


 エドワードは、少しだけ表情を改めた。


「……分かっているつもりだ」


「……つもり?」


「ああ。お前たちには、辛い思いをさせた」


 エドワードは、静かに頷いた。


「だが、今回の計画によって、長年王国を脅かしていた者たちを排除することができた。お前たちの働きは、見事だった」


「…………」


「よくやってくれた。私は、お前たちを誇りに思うぞ」


 エドワードは、満足そうに笑った。


 リリアーナは、その顔を見つめた。


 そして。


「……そうですか」


 ゆっくりと、一歩前へ出た。


「……では」


 もう一歩。


「……その覚悟は、できていますよね?」


 エドワードは、首を傾げた。


「……覚悟?」


 次の瞬間。


 リリアーナの拳が、エドワードの顔面を捉えた。


「ぶっ!?」


 椅子ごと、エドワードが後ろへ倒れた。


 焼きそばの皿が、机の上で跳ねた。


「お、お父様!?」


 テオドールが叫んだ。


 ユリウスが、思わず一歩前へ出る。


「リリアーナ!」


 しかし、リリアーナは止まらなかった。


「ふざけないでください!」


 その声が、部屋に響き渡った。


「私たちが、どれだけ悲しんだと思っているんですか!」


 リリアーナの目には、涙が浮かんでいた。


「お父様が死んだって聞かされて! 私が殺したって疑われて! 牢に入れられて!」


 倒れたエドワードを見下ろす。


「お兄様たちだって、みんな必死だったんですよ!」


「……リリアーナ」


「それなのに!」


 リリアーナは、拳を握りしめた。


「生きていたなら、もっと早く教えてくださいよ!」


 その声は、最後だけ震えていた。


「……本当に、死んじゃったと思ったんですから……」


 エドワードは、ゆっくりと体を起こした。


 そして、リリアーナを見つめた。


「……すまなかった」


 その声には、先ほどまでの軽さはなかった。


「お前たちには、本当に辛い思いをさせた」


 リリアーナは、何も答えなかった。


 ただ、目元を拭った。


 レオナルドが、静かに口を開いた。


「……父上」


「何だ、レオナルド」


「今回の計画については、理解したよ」


「……うむ」


「国家転覆を企む者たちを排除する必要があったことも、分かる」


「そうか」


「でもね」


 レオナルドは、穏やかな笑顔のまま続けた。


「二度と、こんなことはしないでほしいな」


 エドワードは、しばらく黙っていた。


 そして、ゆっくりと頷いた。


「……分かった」


 その返事を聞いて、レオナルドは小さく微笑んだ。


「それなら、いいよ」


 リリアーナは、兄を見つめた。


 レオナルドは、いつもと変わらず穏やかだった。


 しかし、アルベルトが死のうとしたと思った時、本当に心配していた。


 そして、全てが偽装だったと知った時、拳を振るった。


 その気持ちは、きっと自分と同じなのだろう。


 大切な人を失いたくない。


 ただ、それだけだった。


 エドワードは、倒れた椅子を起こした。


 そして、机の上の焼きそばを見つめた。


「……冷めてしまったな」


「お父様?」


「……何だ?」


「もう一発、いきますか?」


「……いや、遠慮しておこう」


 エドワードは、静かに箸を置いた。


 その様子を見て、シャルロッテが吹き出した。


「……ぷっ」


 テオドールも、思わず口元を押さえた。


 ヴィクトリアは、深くため息を吐いた。


「……まったく、父上という方は」


 エレオノーラは、困ったように微笑んだ。


 ユリウスは、腕を組んだまま首を横に振った。


 そして、リリアーナは。


「……本当に」


 小さく息を吐いた。


「……やり過ぎです」


 エドワードは、少しだけ笑った。


「……そうかもしれんな」


 朝日が、窓から差し込んでいた。


 長い夜が、ようやく終わった。


お読み頂き、ありがとうございます。

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