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やり過ぎた!  作者: 涙目
終章 国家問題編

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第十二話 明けない夜はない

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 窓の外が、少しずつ明るくなり始めていた。


 夜明けだった。


 リリアーナは、手元の書類を置いた。


「……ふぅ」


 小さく息を吐く。


 目の奥が痛い。


 肩も重い。


 何時間も同じ姿勢で書類を確認していたため、体のあちこちが固まっていた。


 それでも、まだ確認すべきことは残っている。


「リリアーナ」


 レオナルドが声をかけた。


「少し休んだ方がいいんじゃないかな?」


「……そうですね」


 リリアーナは、机の上を見渡した。


 国王毒殺事件に関する資料。


 国家反逆罪に関する資料。


 王宮内の協力者に関する資料。


 それぞれの分類は、ようやく一段落していた。


 今後の調査に必要な情報も、ある程度整理できている。


 もちろん、事件が全て解決したわけではない。


 隣国の関係者については、まだ調査が必要だった。


 公爵家の関係者についても、誰がどこまで関与していたのか、確認しなければならない。


 しかし、少なくとも、今すぐ自分たちができることは一通り終わった。


 リリアーナは、ゆっくりと椅子から立ち上がった。


「……お兄様」


「うん?」


「少し、お願いがあるんです」


 レオナルドは、静かに頷いた。


「何かな?」


 リリアーナは、しばらく言葉を探した。


 父が亡くなったと知らされてから、ずっと事件のことばかり考えていた。


 牢の中でも。


 兄姉たちに助け出されてからも。


 公爵を追及している間も。


 どうすれば真犯人にたどり着けるのか。


 そのことだけを考えていた。


 けれど、まだ一度も、父の顔を見ていなかった。


「……最後に、お父様の顔が見たいです」


 会議室が静まり返った。


 レオナルドは、しばらくリリアーナを見つめていた。


 そして、穏やかに頷いた。


「……そうだね」


「少し、行ってきます」


 リリアーナは、小さく頭を下げた。


 そして、会議室の出口へ向かおうとした。


 その時だった。


 椅子を引く音が聞こえた。


「僕も行くよ」


 振り返ると、レオナルドが立ち上がっていた。


「……お兄様?」


「父上には、僕もまだ話したいことがあるからね」


 すると、ヴィクトリアも立ち上がった。


「私も参ります」


「……ヴィクトリアお姉様?」


「当然でしょう。私だって、父上にお別れを申し上げたいもの」


 続いて、ユリウスが椅子を引いた。


「俺も同行する」


「ユリウスお兄様まで……」


「父上の顔を見るのに、理由など必要あるまい」


 エレオノーラも、静かに立ち上がった。


「私も、ご一緒いたしますわ」


 シャルロッテが、その隣に並ぶ。


「……あたしも行く」


 そして、テオドールも立ち上がった。


「私も参ります」


 リリアーナは、兄姉たちを見渡した。


 全員が立ち上がっていた。


「……皆さん」


 思わず、声が漏れた。


 レオナルドが、穏やかに微笑んだ。


「みんな、同じ気持ちなんだと思うよ」


 リリアーナは、少しだけ俯いた。


 父を失ったのは、自分だけではない。


 兄も、姉も、弟も、妹も。


 みんな、同じように父を失っていた。


「……ありがとうございます」


 リリアーナは、小さく頭を下げた。


 レオナルドは、首を横に振った。


「お礼を言うことじゃないよ」


 そして、扉へ視線を向けた。


「行こうか」


「……はい」


     ◇


 王宮の廊下は、朝の静けさに包まれていた。


 七人の王位継承者は、揃って王宮の奥へと向かっていた。


 窓から差し込む朝日が、磨かれた床を照らしている。


 普段であれば、使用人たちが忙しく行き交う時間だった。


 しかし、国王の崩御を受け、王宮内は必要最低限の業務を除いて静まり返っていた。


 しばらくの間、誰も口を開かなかった。


 足音だけが、廊下に響いている。


 やがて、リリアーナが小さく口を開いた。


「……そういえば、皆さんはお父様のお顔を見られたんですか?」


 レオナルドが、リリアーナへ顔を向けた。


「いや、僕もまだなんだ」


「……お兄様も?」


 リリアーナは、驚いて足を緩めた。


 てっきり、自分だけが父の顔を見ていないのだと思っていた。


 牢に入れられていた自分とは違い、兄姉たちは自由に動けたはずだからだ。


「父上が亡くなってから、王宮の混乱を収めるのに追われていたからね」


 レオナルドは、少し困ったように笑った。


「それに、遺体の検分が終わるまでは、現場の保全も必要だったんだ」


「……そうだったんですね」


「うん。もちろん、会いに行こうとは思っていたんだけど……」


 レオナルドは、そこで言葉を切った。


「結局、ここまで来てしまったよ」


 ヴィクトリアが、静かに口を開いた。


「私も同じです。毒殺事件の調査と法的な手続きに追われていました」


 ヴィクトリアは、前を向いたまま続けた。


「国王が亡くなった以上、王位継承に関する手続きも進めなければなりません。ですが、その前に、事件の全容を明らかにする必要がありました」


「……はい」


「父上に会いに行こうとは、何度も思いました」


 ヴィクトリアは、小さく息を吐いた。


「ですが、今は目の前の仕事を片づけなければと考えているうちに、時間が過ぎてしまいました」


 ユリウスが、低い声で答えた。


「俺は警備の指揮だ」


 リリアーナが顔を向けると、ユリウスは歩きながら続けた。


「王宮の出入りを制限し、関係者の身柄を確保する必要があった。国王が毒殺された以上、次に誰が狙われるか分からんからな」


「……そうですね」


「それに、父上の亡骸は、医師たちによる検分が続いていた。調査の妨げになるわけにもいかん」


 ユリウスは、少しだけ目を伏せた。


「……だが、それも言い訳かもしれんな」


「お兄様?」


「時間を作ろうと思えば、作れたはずだ」


 ユリウスは、それ以上何も言わなかった。


 リリアーナは、隣を歩くエレオノーラへ視線を向けた。


「エレオノーラお姉様は……?」


 エレオノーラは、少し俯いた。


「私は……正直に申し上げると、怖かったのです」


「……怖い?」


「ええ」


 エレオノーラは、静かに頷いた。


「父上が本当に亡くなられたのだと、自分の目で確かめることが……」


 リリアーナは、何も言えなかった。


「頭では理解しているつもりでした。医師からの報告も受けていますし、皆様が事件の調査を進めていることも承知しております」


 エレオノーラは、少しだけ微笑んだ。


「ですが、父上のお顔を見てしまえば、もう二度とお話しできないのだと、本当に理解してしまう気がして……」


「……お姉様」


「情けないことですわね」


「そんなこと……」


 リリアーナが言いかけると、シャルロッテが口を開いた。


「……あたしも似たようなもんだよ」


 リリアーナは、シャルロッテへ顔を向けた。


「シャルロッテ?」


「仕事があったのは本当だけどさ。行こうと思えば行けたんだよね」


 シャルロッテは、頭を掻いた。


「でも、何となく足が向かなくてさ」


「…………」


「父上が死んだって言われても、全然実感が湧かなかったんだよ」


 シャルロッテは、少しだけ顔をしかめた。


「そのうち、いつもみたいに呼び出されるんじゃないかって思っちゃってさ」


 リリアーナは、思わず目を伏せた。


 自分も、同じことを考えていた。


 今にも父から呼び出しがかかり、また何か仕事を命じられるのではないか。


 そんなことを、何度も思っていた。


「……分かります」


 リリアーナは、小さく答えた。


 シャルロッテは、少しだけ笑った。


「だろ?」


 その時、テオドールがぽつりと呟いた。


「……私は、誰かと一緒でなければ行けませんでした」


 全員の視線が、テオドールへ向けられた。


「一人で行こうとしたのですが……部屋の前まで行って、引き返してしまったんです」


「……テオドール」


「扉を開けたら、本当に父上が亡くなっているのだと思うと……怖くなってしまって」


 テオドールは、俯いた。


「私も、まだまだ子供ですね」


 レオナルドが、静かに首を横に振った。


「そんなことないよ」


「……兄上」


「僕だって、結局まだ会いに行けていなかったんだから」


 レオナルドは、穏やかに微笑んだ。


「きっと、みんな同じなんだと思う」


 リリアーナは、兄姉たちを見渡した。


 国を守るために動いていた者。


 事件を調べていた者。


 そして、父の死を受け入れることができなかった者。


 理由は、それぞれ違っていた。


 けれど、全員がまだ父の顔を見ていないという事実は、同じだった。


「……そうだったんですね」


 リリアーナは、小さく呟いた。


 レオナルドが、静かに口を開いた。


「だから、リリアーナが言ってくれてよかったよ」


「……私が、ですか?」


「うん」


 レオナルドは、頷いた。


「みんな、きっかけが欲しかったのかもしれないね」


 リリアーナは、少しだけ目を伏せた。


「……私も、皆さんが一緒に来てくださって、よかったです」


 エレオノーラが、優しく微笑んだ。


「ええ。私もですわ」


 シャルロッテが、リリアーナの肩を軽く叩いた。


「ま、一人で行くよりはいいだろ」


「……はい」


 リリアーナは、小さく頷いた。


 七人は、再び歩き始めた。


     ◇


 やがて、一行は王宮の奥へと到着した。


 国王の亡骸が安置されている部屋の前には、二人の近衛兵が立っていた。


 レオナルドが近づくと、近衛兵たちは姿勢を正した。


「父上に会いに来たんだ。通してもらえるかな?」


「……はっ!」


 近衛兵は、一瞬だけ何かを迷うような表情を見せた。


 しかし、すぐに姿勢を正した。


「少々、お待ちください」


 そう言って、一人の近衛兵が扉を開き、中へ入っていった。


 リリアーナは、首を傾げた。


「……何か、確認が必要なんでしょうか?」


「さあ……」


 レオナルドも、不思議そうに扉を見つめた。


 しばらくすると、近衛兵が戻ってきた。


「お待たせいたしました。どうぞ、お入りください」


 扉が開かれた。


 リリアーナは、小さく息を吸った。


 これから、父の顔を見る。


 もう二度と、話すことのできない父の顔を。


 そう思うと、足が少しだけ重くなった。


 それでも、兄姉たちが隣にいる。


 リリアーナは、ゆっくりと一歩を踏み出した。


 そして、部屋の中へ入った。


 七人が、揃って父のいる場所へと足を踏み入れたところで――。


「ずずずっ」


 妙な音が聞こえた。


「…………」


 リリアーナは、足を止めた。


 何だろう。


 今、何かをすするような音が聞こえた気がする。


「……?」


 隣を見ると、レオナルドも不思議そうな顔をしていた。


 ヴィクトリアが、眉をひそめる。


 ユリウスは、警戒するように室内を見渡した。


 そして。


「お? 来たか」


 聞き覚えのある声がした。


 七人は、ゆっくりと声のした方へ顔を向けた。


 そこには。


 机に向かい、焼きそばを食べている国王エドワード・プレイングの姿があった。


「…………」


 誰も、何も言わなかった。


 エドワードは、箸で焼きそばを持ち上げた。


「ずずずっ」


 そして、七人を見渡した。


「どうした? そんなところに突っ立って」


「…………」


「まあ、座れ。ちょうど朝飯を食っていたところだ」


 リリアーナは、目の前の光景を見つめた。


 父がいる。


 生きている。


 しかも、焼きそばを食べている。


「…………」


 何度か瞬きをした。


 もう一度、父を見た。


 やはり、焼きそばを食べていた。


「……え?」


 リリアーナの口から、間の抜けた声が漏れた。


 エドワードは、不思議そうに首を傾げた。


「ん?」


 リリアーナは、震える指で父を指差した。


「……お父様?」


「何だ?」


「……生きてるんですか?」


 エドワードは、少し考えた。


 そして、当然のように答えた。


「見てのとおりだが?」


「…………」


 リリアーナは、ゆっくりと兄姉たちを見渡した。


 全員が、固まっていた。


 もう一度、父へ顔を向ける。


 エドワードは、何事もなかったかのように焼きそばをすすった。


「ずずずっ」


 リリアーナは、深く息を吸い込んだ。


「…………は?」


 王宮の一室に、七人分の沈黙が落ちた。


お読み頂き、ありがとうございます。

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