↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
やり過ぎた!  作者: 涙目
終章 国家問題編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
121/130

第九話 それは推理ではなくただ事実を述べるということ

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 国王エドワード・プレイングの崩御から、王国の政務は大きな混乱に見舞われていた。


 各地方から届く報告書。


 決裁を待つ予算案。


 国王の承認が必要だった人事。


 隣国との交渉。


 そして、いまだ決着していない王位継承問題。


 国王が不在となった今、これらを誰が、どのような権限で処理するのかを決めなければならなかった。


 そのため、王宮の大会議室には、王国の上層部が集められていた。


 各省庁の責任者、有力貴族、地方行政を統括する者たち。


 その中には、貴族派を代表する公爵の姿もあった。


 会議を主宰するのは、王位継承権第一位のレオナルド・プレイング。


 その左右には、ヴィクトリア、エレオノーラ、シャルロッテ、テオドールが座っている。


 第五位のリリアーナは、国王毒殺の容疑で拘束されている。


 そして、第三位のユリウスの姿もなかった。


「ところで、ユリウス殿下はどうなされたのですか?」


 公爵が、空席へ視線を向けながら尋ねた。


「彼は今、警護の指揮を執っているからね。国外との調整とか、いろいろやってくれているよ」


 レオナルドが答えると、公爵は感心したように頷いた。


「おお、頼もしいですな」


「父上が亡くなられたばかりだからね。王宮の警備も、国境の警戒も疎かにはできないんだ」


「まことに、そのとおりでございます」


 公爵は満足げに頷き、席へ座り直した。


「それでは、会議を始めようか」


 レオナルドの言葉に、室内が静まり返った。


「父上が亡くなられたことで、王国の政務に支障が出ていることは、皆も承知していると思う」


 レオナルドは机の上の資料へ視線を落とした。


「まずは、王位継承が正式に決まるまでの間、各部門がどのように業務を進めるのかを決めたい」


 財務を担当する大臣が手を上げた。


「殿下。現在、国庫からの支出について、国王陛下の承認を必要とする案件が複数ございます」


「うん。緊急性の高いものについては、従来の担当者による審査を経た上で、暫定的に僕が承認する形を考えているよ」


「それでは、殿下に権限が集中することになりませんかな?」


 公爵が口を開いた。


 レオナルドは顔を向けた。


「何か意見があるのかな?」


「ございます」


 公爵はゆっくりと立ち上がった。


「国王陛下がご不在となった今こそ、国家運営の在り方を見直すべきではないでしょうか」


「……詳しく聞かせてもらえるかな」


「国家には、それぞれの分野に精通した者がおります。財政には財政の、軍事には軍事の、外交には外交の専門家がおります」


 公爵は会議室を見渡した。


「それらの者が協議し、政策を決定する。王は国家の象徴として、その決定を承認する。それこそが、安定した国家運営につながると考えております」


 何人かの貴族が頷いた。


 レオナルドは静かに耳を傾けていた。


「なるほど。専門家に判断を任せるという考え方だね」


「左様でございます」


「それ自体には、僕も賛成する部分があるよ」


 公爵の眉がわずかに動いた。


「……ほう」


「父上も、全ての政策を一人で考えていたわけではないからね。各部門の意見を聞いて、判断していたはずだよ」


「まさしく、そのとおりでございます」


「ただ、最終的な決定権をどこに置くのかは、慎重に考える必要があると思う」


「それについては、貴族による合議が望ましいと考えております」


 ヴィクトリアが口を開いた。


「合議によって決定した政策が失敗した場合、責任は誰が負うのでしょうか」


「当然、国家の最高責任者である王が負うことになりますな」


「……決定したのは貴族なのに、ですか?」


「王は国家の象徴であり、最終的な責任を負う存在でございます」


 ヴィクトリアは書類へ視線を落とした。


「その仕組みでは、決定権を持つ者と責任を負う者が分離しますね」


「権限の分担とお考えいただきたい」


「責任の分担についても、明確にする必要があると思います」


 公爵は穏やかに微笑んだ。


「もちろんでございます。だからこそ、十分な協議が必要なのです」


 議論は続いた。


 各部門の裁量。


 王位継承までの暫定措置。


 貴族による合議の範囲。


 レオナルドは意見を聞き、ヴィクトリアが法的な問題を指摘し、エレオノーラが地方行政との連携について意見を出した。


 シャルロッテも、国王不在の状況で新たな制度を導入することの危険性について指摘した。


 やがて、当面の政務については、既存の行政組織を維持し、重要案件を王位継承者たちが共同で確認する方針にまとまりかけた。


 その時だった。


「……ところで、殿下」


 公爵が再び口を開いた。


「国家運営を安定させる上で、避けて通れない問題が一つございますな」


「何かな?」


「第五位殿下の処遇についてでございます」


 会議室の空気が変わった。


 レオナルドは、公爵を見つめた。


「……リリアーナのことだね」


「左様でございます」


 公爵は重々しく頷いた。


「国王陛下を毒殺した疑いで拘束されている第五位殿下について、いつまで処遇を保留なさるおつもりですかな?」


「現在も調査を続けているよ」


「しかし、既に相当な時間が経過しております」


「まだ、犯人だと断定できる証拠が揃っていないんだ」


「……証拠、でございますか」


 公爵は小さく息を吐いた。


「最後に陛下と酒を酌み交わしたのは第五位殿下。そして、その後に陛下は毒によって命を落とされた。これほど明白な状況がありながら、なお判断を先送りなさるのですか?」


「状況が疑わしいことと、犯人であることは別だよ」


「では、王国の混乱をいつまで放置なさるおつもりですかな?」


 公爵は周囲を見渡した。


「国王陛下が毒殺されたという未曾有の事態でございます。しかも、その容疑者は王族。これを曖昧にしたままでは、国民に示しがつきませぬ」


 何人かの貴族が頷いた。


「確かに、早急な判断が必要ではないでしょうか」


「王族だからといって、特別扱いするわけにはまいりません」


「国家の威信に関わる問題ですな」


 公爵は満足げに頷いた。


「皆様も、同じようにお考えのようですな」


 レオナルドは静かに答えた。


「僕も、早く真相を明らかにしたいと思っているよ」


「でしたら、処遇を決定なさるべきでしょう」


「証拠が不十分なまま、有罪と決めつけることはできないよ」


「では、皆様のご意見を伺いましょう」


 公爵は、会議室全体へ声を響かせた。


「第五位殿下について、これ以上の処遇保留は認めず、速やかに処断の手続きを進めるべきとお考えの方は、挙手をお願いいたします」


 レオナルドが口を開こうとした。


 しかし、それより早く、何人かの貴族が手を上げた。


 続いて、別の者たちも手を上げる。


 大臣の一人が周囲を見渡し、ためらいながらも手を上げた。


 その数は、次第に増えていった。


 やがて、会議室にいる出席者の半数以上が賛意を示していた。


 公爵は、ゆっくりと頷いた。


「……過半数ですな」


 そして、レオナルドへ顔を向けた。


「これで可決ということでよろしいでしょう」


 その瞬間。


「お待ちください」


 会議室の扉が開いた。


 全員の視線が、一斉に入口へ向けられた。


 そこに立っていたのは、リリアーナ・プレイングだった。


「…………」


 公爵は目を見開いた。


「な……」


 そして、椅子を蹴るように立ち上がった。


「なぜ貴様がここに!」


 会議室が騒然となった。


「殿下! これは重大な問題ですぞ! 犯罪者を牢から出すなど!!」


 レオナルドは静かに答えた。


「その件については、僕が責任を持つよ」


「責任を持つで済む問題ではございませぬ!」


「そのとおりだね。だから、必要な手続きについては後で説明するよ」


「後で、ですと!?」


 リリアーナは、公爵へ向き直った。


「公爵閣下。まずは私の話をお聞きください」


「ふざけるな! 貴様に発言する資格など――」


「私の処遇を決めるための会議なのでしょう?」


 リリアーナは静かに尋ねた。


「でしたら、当事者である私の話も聞いていただけませんか?」


 公爵は言葉を詰まらせた。


 リリアーナは、手にしていた書類を机の上へ置いた。


「こちらは、事件のあった当日の状況をまとめたものになります」


 最初の一枚には、国王がリリアーナの部屋を訪れた時刻から、退室するまでの出来事が詳細に記されていた。


 国王が持参した酒。


 使用したグラス。


 酒器を用意した人物。


 部屋へ出入りした者。


 二人が酒を飲み始めた時刻と、国王が退室した時刻。


 もう一枚には、国王が倒れているところを発見された際の状況がまとめられていた。


 室内に残されていた酒器。


 卓上の品々。


 発見者。


 発見時刻。


 その前後に国王の部屋へ出入りした者たち。


「ふんっ! 犯罪者の証言など、聞くに値せんわ!」


 公爵が吐き捨てた。


「そうかな?」


 レオナルドが口を開いた。


「少なくとも、他の証言者の話とも一致しているし、一考の余地はあると思うんだけど」


「……っ!」


 リリアーナは小さく頷いた。


「……話を続けます」


 リリアーナは、書類を一枚めくった。


「まず、事件当日の流れについて説明します」


 国王がリリアーナの部屋を訪れたこと。


 二人で酒を飲んだこと。


 国王が自室へ戻ったこと。


 その後、国王が自室で再び酒を求めたこと。


 そして、国王が倒れているところを発見されたこと。


 リリアーナは、それぞれの出来事について、確認できた証言と記録を示しながら説明した。


「次に、関係者の利害についてです」


 リリアーナは会議室を見渡した。


「私が犯人だった場合、何を得られるのか。逆に、私が犯人として処罰された場合、誰が利益を得るのか」


 公爵が鼻を鳴らした。


「王位継承権を得ている者が、国王を排除しようと考えても不思議ではあるまい」


「そうですね。可能性としては考えられます」


 リリアーナは頷いた。


「ですが、私の上には四人の継承者がいます」


 レオナルド、ヴィクトリア、ユリウス、エレオノーラ。


 リリアーナは順番に名前を挙げた。


「お父様が亡くなられたとしても、私が王位に就けるわけではありません」


「将来のために障害を排除しようとした可能性もある!」


「その可能性まで否定するつもりはありません。ただ、それだけでは私が犯人だという証拠にはなりませんよね?」


「……っ!」


「それに、私が犯人として処罰された場合、王位継承者は一人減ります」


 リリアーナは資料へ視線を落とした。


「誰が得をするのか。それだけで犯人を決めることはできません。ですが、調べる必要はあると思います」


 会議室が静まり返った。


「そして、次にお話しするのが、実際に毒を酒へ混入させた人物についてです」


 リリアーナが入口へ視線を向けた。


 扉が開き、一人の侍女が入室した。


 その後ろには、護衛の兵士が控えている。


 侍女は青ざめた顔で会議室へ進み出た。


「……この者は?」


 公爵が尋ねた。


「事件当日、お父様の部屋へお酒を運んだ侍女です」


 リリアーナは静かに答えた。


「そして、酒へ毒を混入させた本人でもあります」


 会議室にどよめきが広がった。


 侍女は震えながら頭を下げた。


「……私は命令に逆らえず、誠に申し訳ございませんでした」


 その声は小さかった。


 しかし、静まり返った会議室には、はっきりと響いた。


 公爵が机を叩いた。


「馬鹿な! そのような証言を信用できるものか!」


 リリアーナは公爵へ顔を向けた。


「……何か問題がございますか?」


「問題だと!? 大ありだ!」


 公爵は侍女を指差した。


「この者が脅迫され、虚偽の証言を強要された可能性もあるではないか!」


「そうですね」


 リリアーナは頷いた。


「証言だけでしたら、その可能性も考える必要があります」


「……何?」


「ですので、物的証拠についても説明させていただきます」


 リリアーナは、新しい資料を取り出した。


「まず、使われた毒についてです」


 会議室の視線が、再びリリアーナへ集まった。


「今回使われた毒は、以前、私が飲まされたものと同じ種類だったことが確認されています」


 その言葉に、エレオノーラがわずかに表情を曇らせた。


 リリアーナが毒によって意識を失い、生死の境をさまよった事件。


 その記憶は、まだ誰の中にも鮮明に残っていた。


「ただし、今回は私の時の失敗を踏まえて、濃縮されたものだったようです」


「……それが何だと言うのだ!」


「この毒には、特徴があります」


 リリアーナは、医師の所見が記された資料を掲げた。


「即効性が高いんです。私も、口に含んですぐに倒れるくらいには」


「ならば、なおさら貴様が怪しいではないか!」


 公爵が声を荒らげた。


「陛下が亡くなられたのは、貴様と酒を飲まれた後なのだろう!」


「はい」


 リリアーナは頷いた。


「お父様が……亡くなられたのは、私とお酒を飲んだ一、二時間後だそうです」


 一瞬、言葉が詰まった。


 リリアーナは小さく息を吸い、続きを口にした。


「ですが、先ほども申し上げたとおり、この毒は即効性が高いんです」


「……それが?」


「私と飲んでいる時に毒を口にされたのであれば、その場で異変が起きていた可能性が高いんですよ」


 公爵は眉を寄せた。


「……では、何が言いたいのだ」


「それと、お父様は私とお酒を飲んだ後にも、まだ飲み足りなかったそうで」


 リリアーナは、もう一枚の資料を掲げた。


「自室で、お酒を頼まれたそうです」


 会議室が静まり返った。


「こちらが、お父様のお部屋への入退室記録です。そして、こちらが当日、お酒を運んだ侍女の記録になります」


 リリアーナは資料を机へ置いた。


「私と別れた後、お父様のお部屋にお酒が運ばれています。そして、今回の毒が付着していたのは、その時に運ばれた酒器です」


 公爵の表情が険しくなった。


「……その酒器が、後から置かれたものではないと証明できるのか?」


「発見時の記録と、複数の証言が一致しています」


 リリアーナは答えた。


「さらに、侍女が扱っていた容器からも、同じ毒の残留物が確認されています」


「……っ!」


「容器は調査官が保管し、医師が確認しています。もちろん、記録も残っています」


 リリアーナは侍女へ視線を向けた。


「そして、本人も毒を混入させたことを認めています」


 侍女は、俯いたまま震えていた。


「……私は……」


 か細い声が漏れた。


「……命令されたとおりに、酒へ毒を入れました」


 リリアーナは静かに頷いた。


「……さて、私が実行犯でないことは、これで証明できたかと思います」


 そして、会議室を見渡した。


「ですが、誰が彼女に指示を出したのかが、まだ分かっておりません」


 公爵は、すぐに反論した。


「ならば、その指示を出したのが貴様である可能性も残っているではないか!」


「はい」


 リリアーナは頷いた。


「その可能性を完全に否定する証拠は、まだありません」


 公爵は、一瞬だけ言葉を止めた。


「……認めるのか?」


「分からないことを、分かったことにはできませんから」


 リリアーナは静かに答えた。


「ただ、私が命令したという証拠も、まだ見つかっていません」


「……っ!」


「ですから、調査を続ける必要があると思います」


 ヴィクトリアが口を開いた。


「少なくとも、先ほどの決議については、前提となる事実関係を再確認する必要がありますね」


「……しかし!」


 公爵は食い下がった。


「この侍女が実行犯だとしても、第五位殿下が無関係であると証明されたわけではない!」


「そのとおりです」


 ヴィクトリアは頷いた。


「ですが、関与が証明されていないことも事実です」


 レオナルドが続けた。


「僕たちが求めているのは、処罰を避けることではないよ。誰が父上を殺したのか、明らかにすることなんだ」


 公爵は周囲を見渡した。


「……皆様は、これで納得なさるのですかな?」


 会議室のあちこちから、声が上がった。


「しかし、実行犯が判明したのであれば……」


「指示した者が分からぬ以上、判断は難しいのではないか」


「第五位殿下の関与を否定する証拠もないのだろう?」


「だからといって、今すぐ処罰するわけにもいくまい」


 議論が再び始まった。


 公爵はリリアーナの関与の可能性を主張し、ヴィクトリアは証拠の不足を指摘する。


 レオナルドは、それぞれの意見を聞きながら、判断を急ぐべきではないと繰り返した。


 リリアーナも、質問を受けるたびに資料を示して説明した。


 しかし、誰が侍女に命令したのかという問いに対しては、答えを出すことができなかった。


 議論は続いた。


 それでも、結論は出なかった。

お読み頂き、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。