第八話 必ず真実を知るという覚悟
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
宰相アルベルトとの会談を終えたレオナルドは、自室へ戻ると、机の上に広げられた書類を改めて確認していた。
国王毒殺事件。
王位継承権第五位、リリアーナ・プレイングの逮捕。
そして、王宮内部から貴族派へ流れている情報。
アルベルトの話によって、貴族派の成り立ちは明らかになった。
しかし、それで事件の真相が分かったわけではない。
むしろ、調べるべきことが増えてしまった。
「……困ったね」
レオナルドは小さく呟いた。
机の上には、リリアーナが牢獄の壁に刻んだ情報を書き写した書類も置かれている。
国王がリリアーナの部屋を訪れた時刻。
二人で酒を飲んでいた時間。
国王が退室した後の出来事。
王宮内で確認された人物の動き。
そして、リリアーナ自身が知り得なかった部分。
そこには、確定した事実と、確認が必要な情報が明確に分けられていた。
レオナルドは、その最後の部分へ視線を落とした。
妹が最も気にしていたのは、誰が犯人なのかということだけではない。
どこまでが確かな事実で、どこからが誰かの証言に過ぎないのか。
それを区別することだった。
「……本当に、よく考えているよ」
レオナルドは苦笑した。
しかし、問題が一つある。
そのリリアーナ本人が、今も牢獄にいることだ。
王族とはいえ、国王毒殺の容疑者である以上、自由に動くことはできない。
かといって、彼女が知っていることを全て聞き出したとも思えなかった。
何より、情報が増えるたびに牢獄へ通うのでは、調査の効率が悪すぎる。
「……さて、どうしたものかな」
レオナルドが考え込んでいると、扉が叩かれた。
「レオナルド殿下。シャルロッテ殿下がお見えです」
「通してくれるかな」
「承知いたしました」
扉が開き、シャルロッテが姿を現した。
「お兄様、ごきげんよう」
「おはよう、シャルロッテ」
シャルロッテは室内へ入ると、扉が閉じられるのを待った。
そして、周囲に誰もいないことを確認する。
「……で? 何か分かったの?」
先ほどまでの優雅な口調は、どこかへ消えていた。
「いろいろとね」
「いろいろ?」
「うん。かなり大きな話を聞いてきたよ」
レオナルドは、アルベルトから聞いた内容を説明した。
貴族派を組織したのが宰相本人だったこと。
それが国王の命令によるものだったこと。
王位継承者への試練だけでなく、危険分子を監視する目的もあったこと。
そして、公爵家が長年にわたって王国の中枢へ影響力を広げてきたこと。
話を聞き終えたシャルロッテは、しばらく黙っていた。
「…………」
「……シャルロッテ?」
「……あの親父」
低い声が漏れた。
「……何を考えてんだよ」
「まあ、父上なりに考えがあったんだろうね」
「考えがあれば何やってもいいってわけじゃねえだろ」
「……それは、そうだね」
レオナルドは苦笑した。
シャルロッテは椅子へ腰を下ろし、腕を組んだ。
「で? 公爵が犯人ってこと?」
「いや、そこまでは分からないよ」
「……は?」
「公爵家が長年、王国の権力を握ろうとしてきた可能性は高い。でも、父上を殺した証拠はないんだ」
「……面倒くせえな」
「そうだね」
レオナルドは頷いた。
「それで、シャルロッテに相談したいことがあるんだ」
「……何?」
「リリアーナを、牢獄から出したい」
シャルロッテは目を丸くした。
「……は?」
「もちろん、正式に釈放するわけじゃないよ」
「いや、待て待て。何言ってんの?」
「一時的に、別の人間と入れ替わってもらおうと思っているんだ」
「…………」
シャルロッテは、しばらくレオナルドを見つめた。
「……お兄様」
「何かな?」
「それ、脱獄って言うんじゃねえの?」
「……そうとも言うね」
「そうとしか言わねえよ!」
シャルロッテの声が室内に響いた。
レオナルドは慌てて口元へ指を当てた。
「声を落としてくれるかな」
「誰のせいだと思ってんだよ!」
「ごめん、ごめん」
レオナルドは苦笑した。
「でも、必要なことなんだ」
「……理由を聞かせろ」
「リリアーナには、今回の事件を調べてもらいたいんだ」
「……あいつに?」
「うん」
レオナルドは、机の上の書類をシャルロッテへ差し出した。
「これを見てほしい」
シャルロッテは書類を受け取った。
そこには、リリアーナが牢獄の壁へ刻んだ内容が、一字一句そのまま記されていた。
「……何これ」
「リリアーナが、牢獄でまとめた情報だよ」
「……牢獄で?」
「うん。紙も筆記具もなかったから、壁と床に刻んでいたんだ」
「…………」
シャルロッテは、書類を読み進めた。
事件当日の時系列。
国王とリリアーナが飲んだ酒。
移動した可能性のある杯。
毒が混入された時点についての疑問。
確認されていない証言。
それぞれが、丁寧に整理されている。
「……あいつ、何やってんだよ」
「すごいだろう?」
「……褒めてねえよ」
そう言いながらも、シャルロッテは書類から目を離さなかった。
「……これ、全部あいつが?」
「うん」
「……牢獄で?」
「そうだよ」
「…………」
シャルロッテは、深いため息を吐いた。
「……相変わらず、意味分かんねえ」
レオナルドは小さく笑った。
「でも、役に立つと思わないかな?」
「……それは否定しねえ」
「だから、外へ出したいんだ」
シャルロッテは書類を机へ戻した。
「……で、何であたしに相談した?」
「協力してほしいからだよ」
「何を?」
「リリアーナに似た人を探してほしいんだ」
「…………」
シャルロッテは目を細めた。
「……本気で言ってんの?」
「もちろん」
「……あいつの身代わりを牢に入れるってこと?」
「うん。ただし、事情を説明して、本人の同意を得るつもりだよ」
「……そういう問題か?」
「少なくとも、無理やり誰かを閉じ込めるつもりはないよ」
シャルロッテは額に手を当てた。
「……あー、もう」
そして、しばらく考え込んだ。
「……身長と体格が近けりゃいいの?」
「顔も似ている方が助かるね」
「そんな都合のいい奴、簡単に見つかるかよ」
「だから、シャルロッテにお願いしているんだ」
「……何であたしなら見つかると思ってんだよ」
「シャルロッテは、王宮で働く人たちのことをよく知っているだろう?」
「…………」
「侍女や使用人たちとも、よく話しているみたいだし」
「……見てんじゃねえよ」
「頼りにしているんだよ」
シャルロッテは、じっとレオナルドを睨んだ。
しかし、やがて諦めたように息を吐いた。
「……分かったよ」
「ありがとう」
「ただし、条件がある」
「何かな?」
「身代わりになる奴には、ちゃんと事情を話せ。それから、危険な目に遭わせるな」
「もちろんだよ」
「あと、あいつが逃げたって騒ぎになったら、あたしは知らねえからな」
「そこは僕が責任を持つよ」
「……当たり前だ」
シャルロッテは立ち上がった。
「……じゃあ、探してくる」
「お願いするよ」
扉へ向かったシャルロッテは、途中で足を止めた。
「……お兄様」
「何かな?」
「……あいつ、本当にやってねえんだよな?」
レオナルドは、静かに答えた。
「僕は、そう信じているよ」
「…………」
「でも、信じているだけじゃ、リリアーナを助けられない。だから、証拠を探しているんだ」
シャルロッテは、しばらく黙っていた。
そして、小さく舌打ちした。
「……あいつに借りを作るのは、気に食わねえんだけどな」
「ふふっ」
「笑うな!」
そう言い残して、シャルロッテは部屋を出ていった。
◇
その日の夕方。
レオナルドは、シャルロッテから報告を受けていた。
「……見つかったの?」
「一応な」
シャルロッテは頷いた。
「身長と体格が近い侍女がいる。顔立ちも、髪を整えりゃ遠目には似ると思う」
「それは助かるね」
「ただし、近くで見られたら無理だぞ」
「そこは何とかしよう」
「……本当に大丈夫なのかよ」
「大丈夫にするしかないね」
レオナルドは、机の上に置かれた王宮の見取り図を広げた。
「牢獄の警備については、ユリウスに協力してもらおうと思っているんだ」
「……第三位に?」
「うん。警備の配置を変える必要があるからね」
「……あいつ、協力するか?」
「事情を説明すれば、分かってくれると思うよ」
シャルロッテは、少し考えた。
「……まあ、あいつもリリアーナが犯人だとは決めつけてねえしな」
「そうだね」
「で? いつやるんだ?」
「今夜」
「…………」
シャルロッテは、ゆっくりと顔を上げた。
「……今夜?」
「うん」
「……急すぎんだろ!」
「時間を掛けるほど、情報が漏れる危険があるからね」
「……ったく」
シャルロッテは頭を抱えた。
「……分かった。身代わりの準備はあたしがやる」
「ありがとう」
「その代わり、警備と入れ替えの手順は全部お兄様が考えろよ」
「もちろんだよ」
レオナルドは頷いた。
「それから、リリアーナには僕が直接話す」
「……あいつ、素直に出てくるか?」
「どうだろうね」
レオナルドは苦笑した。
「でも、事情を説明すれば、協力してくれると思うよ」
「……嫌な予感しかしねえ」
◇
夜。
王宮の地下牢は、静まり返っていた。
通路には、一定の間隔で灯りが置かれている。
普段ならば、複数の衛兵が巡回している時間だった。
しかし、今夜は違う。
ユリウスの指示によって、警備の配置が一時的に変更されていた。
その通路を、レオナルドとシャルロッテが歩いていた。
「……本当に誰もいねえな」
「必要な場所には、ちゃんと警備を置いてあるよ」
「……そういうことじゃねえんだけど」
二人は、リリアーナが収容されている牢の前で足を止めた。
中では、リリアーナが寝台に腰を下ろしていた。
「……リリアーナ」
レオナルドが声を掛ける。
リリアーナは顔を上げた。
「あ、お兄様。こんばんは」
「こんばんは」
「今日はシャルロッテも一緒なんですね」
「……悪いかよ」
「いえ、珍しいなと思いまして」
リリアーナは首を傾げた。
「それで、どうされたんですか?」
レオナルドは、静かに口を開いた。
「リリアーナ。君にお願いがあるんだ」
「……お願い、ですか?」
「うん。ここから出て、僕たちと一緒に父上の事件を調べてほしい」
「……何か分かったんですか?」
「新しい情報が手に入ったんだ。ただ、まだ犯人を特定できるところまでは至っていない」
「……そうですか」
リリアーナは少し俯いた。
しかし、すぐに顔を上げた。
「分かりました。私にもできることがあるなら、協力します」
「ありがとう、リリアーナ」
「お礼なんていりませんよ。私だって、何があったのか知りたいんです」
レオナルドは静かに頷いた。
「……ただし、少し問題があるんだ」
「……問題?」
「君を正式に釈放することは、まだできないんだ」
「……そうでしょうね」
リリアーナは頷いた。
「私、国王毒殺の容疑者ですから」
「うん」
「……それなのに、ここから出すんですか?」
「そういうことになるね」
「…………」
リリアーナは、しばらくレオナルドを見つめた。
「……お兄様」
「何かな?」
「それ、脱獄って言いません?」
シャルロッテが、思わず吹き出した。
「ぶっ!」
「……シャルロッテ?」
「いや、悪い。あたしも同じこと言ったからよ」
「……でしょうね」
リリアーナは額に手を当てた。
「……それで、どうするつもりなんですか?」
レオナルドは、身代わりを用意したことを説明した。
リリアーナが外へ出ている間、似た体格の侍女に牢へ入ってもらう。
その間に、事件の調査を進める。
もちろん、身代わりの侍女には事情を説明し、同意も得ている。
話を聞き終えたリリアーナは、しばらく黙っていた。
「…………」
「……リリアーナ?」
「……お兄様」
「うん?」
「……これ、私が考えたことにしないでくださいね?」
「もちろんだよ」
「絶対ですよ?」
「うん」
「後で問題になった時、私の責任にしないでくださいね?」
「僕が責任を持つよ」
「……分かりました」
リリアーナは頷いた。
そして、少しだけ首を傾げた。
「……ちなみに、どんな情報が手に入ったんですか?」
「貴族派について、新しいことが分かったんだ」
「……貴族派?」
「うん。それから、公爵家についても」
リリアーナは眉を寄せた。
「……公爵家ですか」
「詳しいことは、ここを出てから説明するよ」
「……分かりました」
リリアーナは静かに頷いた。
「私も、できる限りのことはします」
「ありがとう」
「ただし、一つだけお願いがあります」
「何かな?」
「……お父様を殺した犯人を、必ず見つけてください」
レオナルドは、リリアーナの顔を見つめた。
その表情には、普段のような気楽さはなかった。
ただ、真剣な眼差しが向けられている。
「……もちろんだよ」
レオナルドは、静かに答えた。
「僕たち全員で、必ず真相を突き止めよう」
リリアーナは、小さく頷いた。
「……はい」
レオナルドは牢の鍵を開けた。
重い鉄扉が、ゆっくりと開く。
リリアーナは、一歩、牢の外へ足を踏み出した。
「……久しぶりの外ですね」
「まだ地下牢だけどね」
「気分の問題です」
シャルロッテは、呆れたように肩をすくめた。
「……本当に、こいつで大丈夫なのかよ」
レオナルドは微笑んだ。
「大丈夫だと思うよ」
リリアーナは二人を見比べた。
「……ところで、お兄様」
「何かな?」
「これから、どこへ行くんですか?」
「まずは、安全な場所へ移動しよう」
「……安全な場所?」
「うん。そこで、今までに集まった情報を全部確認してもらいたいんだ」
「……分かりました」
リリアーナは、静かに頷いた。
「お父様に何があったのか、必ず突き止めましょう」
レオナルドとシャルロッテも、力強く頷いた。
三人は、静かな地下牢を後にした。
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