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やり過ぎた!  作者: 涙目
終章 国家問題編

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第一話 混乱は突如として

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 国王エドワード・プレイング崩御。


 その知らせは、夜が明けきらない王宮を駆け巡り、瞬く間に宮廷全体を混乱に陥れた。


 廊下を行き交う侍女たちは顔を青ざめさせ、近衛騎士たちは慌ただしく持ち場を確認している。


 国王が亡くなった。


 しかも、病によるものでも、事故によるものでもない。


 毒殺の疑いがあるという。


 そして、国王と最後に酒を酌み交わしていた第五位王位継承者、リリアーナ・プレイングが容疑者として拘束された。


 この二つの知らせは、王宮にいる者たちの間に恐怖と疑念を広げていた。


 誰が国王を殺したのか。


 なぜ、国王が殺されなければならなかったのか。


 そして、これから誰がこの国を治めるのか。


 誰もが答えを求めていたが、その答えを持つ者は、まだ誰もいなかった。


     ◇


 王宮の会議室には、第一位王位継承者レオナルド・プレイングをはじめ、王位継承権を持つ兄弟姉妹たちが集まっていた。


 ただ一人、第五位のリリアーナを除いて。


 室内には重苦しい沈黙が漂っている。


 レオナルドは席に着いたまま、目の前に置かれた報告書を見つめていた。


 そこには、父の死亡が確認された時刻、発見時の状況、そして毒物が検出されたという報告が記されている。


 何度読み返しても、書かれている内容は変わらない。


 昨夜、父は生きていた。


 リリアーナの部屋で酒を飲み、笑い、話をしていたはずだった。


 それが、今朝になって突然、亡くなったという。


「……兄上」


 沈黙を破ったのは、第三位のユリウスだった。


「王宮内の警備を強化した。国王陛下の居室に出入りした者についても、現在確認を進めている」


「ありがとう、ユリウス」


「だが、まだ十分ではない。犯人が王宮内にいる可能性もある。警備体制は当面維持するべきだと考える」


「そうだね。お願いするよ」


 レオナルドは短く答えた。


 普段と変わらない穏やかな口調だったが、その表情には疲労が滲んでいた。


「リリアーナは?」


 第四位のエレオノーラが尋ねる。


「現在は王宮内の拘禁施設にいる。外部との接触は制限されているそうだ」


「……あの子が、お父様を?」


 エレオノーラは途中で言葉を切った。


 その先を口にすることができなかった。


「あり得ませんわ」


 第二位のヴィクトリアが静かに告げた。


「少なくとも、現時点でリリアーナが犯人だと断定することはできません。最後にお父様と酒を飲んでいたというだけでは、証拠として不十分です」


「毒が見つかったと聞いているが」


 ユリウスの言葉に、ヴィクトリアは頷いた。


「ええ。ですが、毒が見つかったことと、リリアーナが毒を盛ったことは別です。誰が、いつ、どのように毒を混入させたのか。それを確認しなければなりません」


「そもそも、あの姉上が王位を欲しがるとは思えませんが」


 第七位のテオドールが小さく呟いた。


 その言葉に、全員が顔を上げる。


「だって、姉上ですよ? 王位継承権を授かった時だって、あんなに嫌がっていたではありませんか」


「それは、そうですわね」


 シャルロッテが腕を組んだ。


「王位を欲しがるどころか、どうすれば仕事を減らせるかばかり考えていらっしゃいますもの」


「しかも、自分の仕事を減らすために周囲の仕事を増やしますからね」


 エレオノーラが苦笑する。


 ほんの一瞬だけ、室内の空気が和らいだ。


 しかし、すぐに沈黙が戻ってくる。


 リリアーナが父を殺すはずがない。


 誰もがそう思っていた。


 だが、そう思うことと、無実を証明することは違う。


 そして、彼らにはもう一つ、避けて通れない問題があった。


 国王がいなくなったという現実である。


     ◇


「殿下!」


 会議室の扉が開かれ、近衛騎士が入ってきた。


「貴族諸侯の一部が、緊急の謁見を求めております」


「用件は?」


「第五位王位継承者リリアーナ殿下の処遇について、とのことです」


 レオナルドは目を細めた。


「……ずいぶん早いね」


「既に複数の貴族が集まっております。至急、判断を下していただきたいと」


「分かった。代表者だけ通してくれるかな」


「はっ!」


 騎士が退室すると、ヴィクトリアが小さく息を吐いた。


「おそらく、処刑を要求してくるのでしょうね」


「まだ捜査も始まったばかりだというのに?」


 テオドールが驚いたように尋ねる。


「だからこそ、でしょう」


 ヴィクトリアは表情を変えなかった。


「事実関係が明らかになる前に結論を出してしまえば、その後の調査は必要なくなりますから」


 やがて、数名の貴族が会議室へ入ってきた。


 彼らは深々と頭を下げたが、その表情には強い緊張と、どこか確信めいたものが浮かんでいた。


「レオナルド殿下。このたびの国王陛下の崩御、謹んでお悔やみ申し上げます」


「ありがとう。それで、急ぎの用件があると聞いたけれど」


「はい。第五位王位継承者リリアーナ殿下の処遇についてでございます」


 代表の貴族が一歩前へ出る。


「国王陛下は毒殺された。そして、最後に陛下と酒を酌み交わしていたのはリリアーナ殿下でございます」


「それは承知しているよ」


「さらに、使用されたグラスから毒物が検出されたと聞き及んでおります」


 会議室の空気が張り詰める。


「これほど明白な証拠がある以上、もはや疑う余地はございません。リリアーナ殿下は王位を簒奪するため、国王陛下を毒殺したのでございます!」


「待て」


 ユリウスの低い声が響いた。


「まだ捜査は終わっていない。なぜ貴殿がそこまで断定できる?」


「状況が全てを物語っております!」


「状況だけで人を裁くつもりか」


「国王陛下を殺害したという重大な罪でございます! 通常の犯罪と同じように悠長な調査をしている場合ではありません!」


 貴族は声を強めた。


「王位継承権を持つ者が国王を殺害したのですぞ! このような大罪を見過ごせば、王国の秩序が崩壊いたします!」


「それで?」


 レオナルドが静かに尋ねた。


「君たちは、どうするべきだと考えているのかな」


 貴族は胸を張った。


「即刻、処刑すべきでございます!」


 テオドールが椅子から立ち上がりかけた。


 しかし、隣に座っていたエレオノーラが、そっとその腕に触れた。


 レオナルドはしばらく貴族を見つめていた。


「……なるほど」


 その声は穏やかだった。


「つまり、君たちはリリアーナが犯人だと断定し、捜査を終えるべきだと主張しているんだね」


「左様でございます!」


「では、確認させてもらうよ」


 レオナルドは報告書を閉じた。


「リリアーナが毒を購入したという記録はあるのかな」


「それは……」


「毒を持ち込んだところを見た者は?」


「いえ、しかし!」


「酒に毒を混入させたところを確認した者はいる?」


 貴族は口を閉ざした。


「そして、リリアーナ以外にグラスへ触れることができた人物について、調査は終わっているのかな」


「……殿下」


「僕は、君たちの主張を理解しているつもりだよ」


 レオナルドは立ち上がった。


「国王が殺害された。王国にとって、これ以上ない重大事件だ。だからこそ、犯人を必ず見つけなければならない」


 そこで一度、言葉を区切る。


「けれど、犯人を見つけることと、犯人を決めつけることは違う」


 貴族たちの表情が強張った。


「リリアーナが犯人なら、証拠に基づいて裁かれるべきだろう。だが、無実であるなら、その疑いを晴らさなければならない」


「しかし、王国の威信が!」


「王国の威信を守るために、無実かもしれない人間を処刑するのかい?」


 その問いに、誰も答えられなかった。


「僕は認めないよ」


 レオナルドは静かに告げた。


「正式な捜査が終わるまで、リリアーナの処刑は認めない」


「……っ!」


「それと、今後この件について新たな証拠があるなら、ヴィクトリアへ提出してほしい。捜査に協力してもらえると助かるよ」


 ヴィクトリアが頷いた。


「提出された証拠は、出所と取得経緯も含めて確認いたします。身分や立場によって扱いを変えることはありません」


 貴族たちは互いに顔を見合わせた。


 やがて、不満を隠しきれない様子で頭を下げ、会議室を後にした。


     ◇


「……あからさまだな」


 貴族たちが去った後、ユリウスが呟いた。


「処刑を急ぎすぎている」


「そうね」


 ヴィクトリアも頷く。


「ですが、彼らが急いでいること自体は、犯罪の証拠にはなりません。国王陛下が亡くなったことで、感情的になっている可能性もありますから」


「分かっている。だからこそ調べる必要がある」


「ええ」


 レオナルドは窓の外へ目を向けた。


 朝日が王宮の庭園を照らしている。


 昨日までと変わらない景色だった。


 父が亡くなったというのに、太陽はいつもどおり昇り、人々の生活は続いていく。


「……みんな」


 レオナルドが振り返った。


「僕たちには、やらなければならないことがある」


 兄弟姉妹たちが顔を上げる。


「父上の死の真相を明らかにすること。そして、リリアーナが本当に何をしたのか、何をしていないのかを確かめること」


 レオナルドは一人ずつ顔を見た。


「でも、それだけじゃない」


 机の上には、既に各地方から届いた報告書が積み上がっていた。


 道路の維持管理。


 地方行政の承認。


 軍への補給。


 貿易に関する決裁。


 王宮で処理されるべき仕事は、国王が亡くなったからといって消えるわけではない。


「国王がいなくなっても、この国で暮らす人たちの生活は続いている。僕たちが悲しんでいる間にも、判断を待っている人がいるんだ」


「……兄上」


 テオドールが顔を上げる。


「だから、協力してほしい」


 レオナルドは静かに頭を下げた。


「父上の代わりを、僕一人で務められるとは思っていない。みんなの力が必要なんだ」


「頭を上げてくださいませ、お兄様」


 最初に答えたのはエレオノーラだった。


「そのようなこと、お願いされるまでもございませんわ」


「同感です」


 ヴィクトリアが続く。


「王位継承の手続きについては、私が確認いたします。国王不在の間に認められる権限と、認められない権限を明確にしなければなりません」


「軍と警備は俺に任せろ」


 ユリウスが腕を組む。


「王宮の安全は確保する。地方の部隊にも不用意な行動を取らせない」


「それでは、わたくしは情報を集めますわ。表向きの報告だけでは分からないこともあるでしょうから」


 シャルロッテが肩をすくめた。


「わたくしは貴族の皆様の動向を確認いたしますわ。今回の件で、どなたがどのような行動を取るのか、注意しておく必要がございますもの」


 エレオノーラが微笑む。


「私もお手伝いいたします!」


 テオドールが勢いよく立ち上がった。


「姉上の無実を証明するためにも、できることは何でもいたします!」


 レオナルドは、そんな兄弟姉妹たちを見渡した。


 父は、いつも自分たちを見守っていた。


 それぞれに課題を与え、時には厳しく、時には温かく導いてくれた。


 その父は、もういない。


 少なくとも、彼らはそう信じていた。


「……ありがとう」


 レオナルドは小さく微笑んだ。


「それじゃあ、始めようか」


 誰が王になるのか。


 その問題に答えを出す前に、彼らには果たさなければならない責任があった。


 父が守ってきた国を、守ること。


 そして、無実かもしれない妹を、見捨てないこと。


 王位継承者たちは、初めて国王のいない朝を迎えた。


 その日、プレイング王国は新たな局面へと踏み出した。

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