終話 凶報
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
翌朝。
私は、廊下から聞こえてくる騒がしい足音で目を覚ました。
「……ん……?」
まだ眠い。
昨日は、お父様と随分遅くまで話していた。
お酒も飲んだし、いつもより寝る時間が遅くなってしまった。
……今日は、ゆっくり寝ていたかったんだけどなあ。
私は、布団を頭まで引き上げた。
けれど、廊下から聞こえる足音は、いつまで経っても収まらない。
それどころか、次第に近づいてくる。
「……何だろう」
私は、仕方なく体を起こした。
窓の外は、すっかり明るくなっている。
……まあ、起きてもいい時間かな。
そう思ったときだった。
「リリアーナ様!」
扉の向こうから、サリナの切羽詰まった声が聞こえた。
「……サリナ?」
「リリアーナ様! お起きください!」
「起きてるよ。どうしたの?」
私は、寝台から足を下ろした。
普段のサリナなら、こんな大声を出すことはない。
……何かあったのかな。
扉へ向かおうとした、そのとき。
「失礼する!」
低い声とともに、扉が開かれた。
入ってきたのは、王宮の騎士たちだった。
全員、武装している。
「…………」
私は、足を止めた。
……え?
何?
何が起きているの?
「リリアーナ・プレイング殿下」
先頭の騎士が、厳しい表情で私を見た。
「早朝より失礼いたします」
「……はい」
私は、戸惑いながら頷いた。
「……何か、ありましたか?」
騎士は、一瞬だけ言葉を詰まらせた。
そして、深く息を吸う。
「……国王陛下が、昨夜、お亡くなりになりました」
「…………」
私は、騎士を見つめた。
……え?
今、何て言ったの?
お父様が?
亡くなった?
……何を言っているんだろう。
昨日、会ったばかりなのに。
一緒にお酒を飲んで。
昔の話をして。
笑って。
また飲もうって、約束したのに。
……亡くなった?
誰が?
「……殿下?」
騎士が、何かを言っている。
私は、その口元を見つめた。
唇が動いている。
けれど、何を言っているのか分からなかった。
……何だろう。
声が、遠い。
すぐ目の前にいるはずなのに。
まるで、遠く離れた場所から話しかけられているようだった。
「……陛下のご遺体から……」
何かが聞こえる。
「……毒物の反応が……」
……毒?
「……昨夜、最後に……」
……昨日?
「……酒を……」
……お酒。
そうだ。
昨日、お父様とお酒を飲んだ。
美味しかった。
お父様が、とっておきだって笑っていた。
……楽しかったなあ。
「リリアーナ様!」
サリナの声が聞こえた。
……サリナ?
どうしたの?
そんなに大きな声を出して。
私は、そちらへ顔を向けようとした。
けれど、体が動かなかった。
……あれ?
何で?
何だか、頭の中が真っ白だ。
何も考えられない。
目の前に騎士がいる。
サリナもいる。
みんな、何かを話している。
なのに、何一つ頭に入ってこなかった。
ただ、昨日のお父様の笑顔だけが、何度も浮かんでは消えていく。
◇
「……リリアーナ・プレイング殿下」
騎士の声が聞こえた。
私は、ぼんやりと顔を上げた。
「国王陛下毒殺の容疑により、殿下の身柄を拘束いたします」
「……は?」
思わず、声が漏れた。
……拘束?
私を?
……毒殺?
「……何を、言ってるんですか?」
私は、騎士を見た。
頭の中は、まだ真っ白だった。
けれど、今の言葉だけは、はっきりと聞こえた。
「……殿下は、昨夜、陛下と最後に長時間お過ごしになった方です」
「…………」
「また、王位継承権第五位というお立場にあり、陛下の崩御によって王位継承を巡る状況が変わることも考慮しなければなりません」
私は、騎士を見つめた。
……王位?
……王位継承権?
何で、そんな話をしているんだろう。
「……私は、王位なんていりませんよ」
自分でも驚くほど、平坦な声が出た。
「……殿下」
「王様になんて、なりたくないんです」
私は、淡々と続けた。
「だから、お父様を毒殺するなんて、するわけないじゃないですか」
「…………」
騎士は、何も答えなかった。
私は、その顔を見つめた。
……伝わらなかったのかな。
だったら、もう一度言った方がいいんだろうか。
けれど、何を言えばいいのか分からなかった。
……ああ、そうだ。
お父様。
お父様に、会わないと。
「……父に会わせてください」
私は、騎士へ言った。
「…………」
「お父様に、会わせてください」
騎士は、目を伏せた。
「……なりません」
「…………」
……なりません?
何で?
お父様なんだよ?
私の、お父様なんだよ?
「……なんで」
声が、小さく震えた。
「……なんでよ……」
頬に、何かが触れた。
……あれ?
私は、ぼんやりと瞬きをした。
また、一粒。
頬を伝って、落ちていく。
……涙?
泣いているの?
私が?
「……お父様……」
声が、上手く出なかった。
昨日、あんなに笑っていたのに。
また一緒に飲もうって。
約束したのに。
……何で。
何で、会わせてくれないの。
私は、もう一度、騎士を見た。
「……お願いです」
涙が、止まらなかった。
「……お父様に、会わせて……」
騎士は、静かに首を横に振った。
「……申し訳ございません」
……どうして。
どうして、駄目なの。
私は、何もしていないのに。
ただ、お父様に会いたいだけなのに。
◇
「……殿下」
騎士が、私のそばへ近づいた。
「ご同行をお願いいたします」
「…………」
私は、答えられなかった。
何を言われているのか、もう分からなかった。
ただ、涙だけが流れ続けていた。
騎士が、私の腕を掴んだ。
そして、そのまま歩き始める。
私は、抵抗することもなく、引かれるままに足を動かした。
「リリアーナ様!」
サリナの声が響いた。
私は、ゆっくりと顔を向けた。
サリナが、こちらへ駆け寄ろうとしている。
けれど、騎士がその前に立ちはだかった。
「お下がりください」
「ですが! リリアーナ様は!」
「お下がりください」
「……っ!」
サリナが、必死にこちらへ手を伸ばしていた。
……サリナ。
泣かないで。
私は、大丈夫だから。
……大丈夫?
……何が?
お父様が、亡くなった。
私は、お父様を殺したと疑われている。
騎士に腕を掴まれている。
どこへ連れていかれるのかも、分からない。
……何も、大丈夫じゃない。
「……サリナ……」
私は、ようやく声を出した。
サリナが、顔を上げた。
「リリアーナ様!」
「……私じゃ……」
言葉が、途切れた。
涙が、また頬を伝った。
「……ないから……」
サリナの顔が、くしゃりと歪んだ。
「……はい……!」
私は、何とか口を動かした。
「……私じゃ、ないから……」
「はい! 分かっております! 私、信じておりますから!」
サリナが、泣きながら叫んだ。
私は、頷こうとした。
けれど、上手くできなかった。
騎士に腕を引かれる。
私は、再び歩き始めた。
サリナの声が、遠ざかっていく。
「リリアーナ様!」
……サリナ。
ごめんね。
私は、何もしていないのに。
何も、できない。
昨日まで、当たり前だった日常が。
たった一晩で、どこかへ消えてしまった。
お父様の笑顔が、頭から離れない。
昨日、最後に聞いた言葉。
『おやすみ、リリアーナ』
……お父様。
私、まだ。
まだ、話したいことが、たくさんあるんです。
……だから。
もう一度だけ。
もう一度だけでいいから。
……会わせてください。
私は、涙を流したまま、騎士たちに連れられていった。
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