第八話 情報は共有してこそ生きる
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
翌朝。
私は、昨日完成させた応募者事前質問票を眺めていた。
共通の質問に加え、希望する職種ごとの質問を用意し、さらに権限と責任に対する考え方を確認する項目も追加してある。
私たちの分だけではない。
他の二組にも使ってもらえるよう、質問票の作り方と、実際に使用した質問の例をまとめておいた。
「お嬢様。エレオノーラ王女殿下とテオドール王子殿下がお見えです」
「お通しして」
「かしこまりました」
ほどなくして、二人が入室した。
「おはようございます、リリアーナ」
「おはようございます、お姉様。テオドールも」
「おはようございます、リリアーナ姉上」
エレオノーラお姉様は、机の上の書類へ目を向けた。
「まあ。随分と用意なさいましたのね」
「ええ。せっかくなので、他の二組にも使ってもらおうと思いまして」
私は、三組の書類を指差した。
「こちらが私たちの分。残りはレオナルドお兄様たちと、ヴィクトリアお姉様たちに渡す分です」
「質問は、そのまま同じものを使っていただくのでしょうか?」
テオドールが尋ねた。
「いえ。募集している仕事が違いますから、職種ごとの質問はそれぞれ考えてもらいます」
私は、書類を一枚取り上げた。
「共通の質問と、回答を事前に書いてもらう方法。それから、権限と責任についての質問を共有するつもりです」
「なるほど」
「私たちが考えた質問が、全部の仕事に合うとは限りませんからね」
エレオノーラお姉様が頷いた。
「ええ。各部署に必要な能力は、それぞれ異なりますものね」
「そういうことです」
私は、書類を二人へ渡した。
「では、行きましょうか」
◇
最初に訪れたのは、レオナルドお兄様とシャルロッテが採用を担当している企画局の臨時執務室だった。
扉を開けると、レオナルドお兄様が机に向かい、何枚もの書類を確認していた。
その隣では、シャルロッテが応募者の名簿を整理している。
「おや、リリアーナ。どうしたんだい?」
私たちに気づいたレオナルドお兄様が、顔を上げた。
「おはようございます、お兄様。少しお時間をいただいてもいいですか?」
「もちろんだよ。何か相談かな?」
「相談というより、情報共有ですね」
私は、持ってきた書類を机の上へ置いた。
「私たちのところで、面接の方法を少し変えることにしたんです」
「面接の方法?」
シャルロッテが、興味深そうに身を乗り出した。
「何か問題がございましたか?」
「ええ。最初に二十人ほど面接したんですけど、質問がばらばらになってしまって、後から比較するのが大変だったんです」
「……二十人?」
レオナルドお兄様が、少し驚いたように目を見開いた。
「一日で?」
「はい」
「それは大変だっただろうね」
「……大変でした」
私は、思わず深く頷いた。
「なので、最初に質問票へ回答してもらうことにしたんです」
私は、応募者事前質問票を広げた。
「これなら、基本的な情報を一度に確認できますし、同じ職種を希望する人同士の比較もしやすくなります」
レオナルドお兄様は、書類へ目を落とした。
「なるほど。面接する前に、必要な情報を集めておくわけだね」
「そうです。面接では、その回答をもとに詳しく聞けばいいので」
「それはいいね」
シャルロッテも、書類を覗き込んだ。
「企画局でも活用できそうですね。新しい事業を考える力を確認する質問を追加すればよろしいのかしら?」
「はい。職種ごとの質問は、そちらで考えていただければ」
「承知いたしましたわ。ありがとうございます、リリアーナお姉様」
私は、頷いた。
「それから、もう一つ共有しておきたいことがあります」
レオナルドお兄様が顔を上げた。
「何だい?」
「……貴族派についてです」
その言葉を口にした瞬間、胸の奥が小さく縮んだ。
私は、手元の書類へ視線を落とした。
「昨日の面接で、貴族派の思想に近い考えを持つ応募者がいたんです」
「……そうか」
レオナルドお兄様の表情が、少し引き締まった。
シャルロッテも、黙ってこちらを見ている。
「もちろん、貴族派だからという理由だけで、不採用にするつもりはありません」
私は、言葉を続けた。
「ただ、権限だけを求めて、責任を取ろうとしない人を採用するのは困りますから」
私は、質問票の一項目を指差した。
「そこで、仕事を任された場合の権限と責任について、どう考えるかを確認する質問を追加しました」
レオナルドお兄様が、その項目を読み上げた。
「……『あなたが担当する仕事について、判断する権限を与えられた場合、その結果にどのような責任を負うべきだと考えますか?』」
「はい」
「なるほどね」
お兄様は、しばらく考え込んだ。
「確かに、企画局でも重要な質問だ。新しい政策や事業を考える以上、提案した後の責任についても理解してもらう必要がある」
「そうですね」
「ただ、立派な回答を書くだけでしたら、どなたにでもできるのではございませんか?」
シャルロッテが尋ねた。
「はい。それで構いません」
「……構いませんの?」
「ええ。立派な回答を書いて、採用後もそのとおりに働いてくれるなら、何も問題ありませんから」
私は、肩をすくめた。
「逆に、採用されてから好き勝手なことを始めるなら、そのとき対処すればいいだけです」
シャルロッテは、一瞬きょとんとした。
そして、小さく笑った。
「……なるほど。確かに、そのとおりですね」
レオナルドお兄様も、微笑んだ。
「相手の本心を完全に見抜くことより、実際にどう働くかを重視するわけだね」
「そういうことです」
「分かった。僕たちも参考にさせてもらうよ」
「ありがとうございます」
私は、軽く頭を下げた。
これで、一組目は終わりだ。
「では、私たちはこれで」
「もう行くのかい?」
「ええ。ヴィクトリアお姉様たちにも渡しておきたいので」
「そうか。ありがとう、リリアーナ」
レオナルドお兄様は、書類を持ち上げた。
「助かったよ」
「いえいえ。お互い、早く終わらせたいですからね」
そう答えると、シャルロッテが楽しそうに笑った。
「ふふっ。リリアーナお姉様は、相変わらずでいらっしゃいますね」
私は、何も聞こえなかったことにした。
◇
続いて向かったのは、ヴィクトリアお姉様とユリウスお兄様が採用を担当している危機管理局の臨時執務室だった。
こちらでは、二人が応募者の経歴を確認しているところだった。
「失礼します」
私が声をかけると、ヴィクトリアお姉様が顔を上げた。
「あら、リリアーナ。エレオノーラとテオドールも一緒なのですね」
「はい。少し共有したいことがありまして」
「構いません。お入りください」
ユリウスお兄様も、書類を置いた。
「何か問題でも起きたのか?」
「問題というほどではありませんが、採用方法を見直したので、お二人にもお伝えしようと思いまして」
私は、質問票を差し出した。
ヴィクトリアお姉様は、すぐに目を通し始めた。
「……応募者事前質問票、ですか」
「はい。面接の前に回答してもらうことで、必要な情報を整理する方法です」
「なるほど。確かに、面接の時間を短縮できそうですね」
ユリウスお兄様も、書類を確認した。
「経歴だけでは分からん部分を、事前に確認するわけか」
「そうです。危機管理局でしたら、緊急事態への対応について質問を追加するといいかもしれません」
「当然だな。平時の仕事ができても、緊急時に判断できなければ意味がない」
ユリウスお兄様は、頷いた。
「使わせてもらおう」
「ありがとうございます」
私は、続けて権限と責任についての質問を説明した。
「それから、こちらの項目なんですけど……」
ヴィクトリアお姉様が、書類へ目を落とした。
「……権限と責任、ですか」
「はい。実は、私たちの面接で、貴族派の思想に近い考えを持つ応募者がいまして」
その言葉を口にすると、また胸の奥が冷たくなった。
私は、書類を持つ手に少しだけ力を込めた。
「……もちろん、思想だけで判断するつもりはありません」
「……そうですか」
ヴィクトリアお姉様が、静かに頷いた。
「ただ、責任を取らずに権限だけを求める人を採用すると、後々問題になると思うんです」
「そのとおりだ」
ユリウスお兄様が、低い声で答えた。
「特に危機管理局では、責任の所在が曖昧な人間を置くわけにはいかん」
「そうですよね」
「緊急時に必要なのは、判断する者と、その判断に責任を持つ者だ。命令だけ出して結果を他人に押しつけるようでは、組織が成り立たん」
私は、頷いた。
「ですから、こういう質問を追加しました」
ユリウスお兄様は、質問票を読み、短く頷いた。
「悪くない」
ヴィクトリアお姉様も、同意した。
「ただ、これだけで見抜けるとは限りませんね」
「ええ。それは承知しています」
私は、答えた。
「でも、立派な回答をしてくれるなら、採用後もそのとおりに働いてもらえばいいだけですから」
「……なるほど」
「実際に働き始めてから、回答と違うことをするなら、そのとき対処すればいいと思っています」
ヴィクトリアお姉様は、少し考え込んだ。
そして、微笑んだ。
「……随分と合理的ですね」
「面接だけで全部を見抜こうとしたら、いつまで経っても終わりませんから」
「……確かに、そうですね」
ユリウスお兄様も、頷いた。
「採用後の行動で判断するという考え方には賛成だ。ただし、危機管理局では一度の失敗が大きな被害につながる場合もある。採用後の権限の与え方は、慎重に考える必要があるだろう」
「……確かに、そうですね」
私は、素直に頷いた。
同じ採用でも、担当する仕事によって、求められる慎重さは違う。
企画局では、新しい発想を生み出す力が重要になる。
危機管理局では、緊急時の判断力と責任感が重要になる。
そして、王宮業務改善局では、正確な調査や分析、関係部署との調整能力が必要になる。
同じ質問票を使うとしても、何を重視するかは、それぞれ異なるのだ。
「……ありがとうございます。参考になりました」
私が頭を下げると、ヴィクトリアお姉様が微笑んだ。
「こちらこそ。良いものを共有してくださって、ありがとうございます」
「助かった」
ユリウスお兄様も、短く礼を述べた。
私は、満足して頷いた。
「では、私たちはこれで失礼します」
◇
執務室へ戻る途中。
テオドールが、嬉しそうに口を開いた。
「……どちらの組にも、喜んでもらえましたね」
「そうですね」
私は、頷いた。
「せっかく考えた方法ですから、使ってもらえるなら何よりです」
「それに、他の方々の考え方も聞けましたわね」
エレオノーラお姉様が、穏やかに微笑んだ。
「ええ。特にユリウスお兄様の話は、参考になりました」
私は、少し考えた。
「……同じ質問でも、担当する仕事によって、重視するところが変わるんですね」
「そうですわね」
「だからこそ、職種ごとの質問は、それぞれ考えてもらうことにして正解でした」
テオドールも、頷いた。
「……はい。私たちの質問を、そのまま使ってもらうだけでは足りなかったと思います」
「そうですね」
私は、廊下の先へ目を向けた。
これで、他の二組にも必要な情報は伝えられた。
貴族派の問題についても、注意を促すことができた。
もちろん、これで全て解決するわけではない。
けれど、少なくとも私たちだけが知らずに苦労する事態は避けられる。
「……よし」
私は、小さく頷いた。
「これで、あとは回答を待つだけですね」
「ええ。そうですわね」
「……少し、時間ができそうです」
私は、思わず微笑んだ。
久しぶりに、ゆっくりできるかもしれない。
そう考えたところで、エレオノーラお姉様が口を開いた。
「ところで、リリアーナ」
「はい?」
「質問票の回答が届いた後は、三人で確認するのでしょう?」
「……ええ」
「では、それまでに、評価の基準も揃えておいた方がよろしいのではなくて?」
「…………」
私は、足を止めた。
テオドールが、こちらを見た。
「……確かに、そうですね」
「…………」
私は、静かに天井を見上げた。
……仕事が減ると思ったのに。
「……お姉様」
「何かしら?」
「……それ、今から三人でやりましょうか」
「ええ。もちろんですわ」
「私も、お手伝いします!」
私は、二人を見た。
うん。
こういうときは、一人で抱え込まないに限る。
「……では、さっさと終わらせましょう」
私は、再び歩き始めた。
採用する人材を選ぶためには、まだやることがある。
けれど、少なくとも一人で考える必要はない。
それだけでも、随分と気が楽だった。
……さて。
今度こそ、仕事が減ってくれるといいんだけど。
お読み頂き、ありがとうございます。




