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やり過ぎた!  作者: 涙目
第七章 未来構想編

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第七話 一人ではないということ

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 翌朝。


 私は、昨日の面接記録を机の端へ寄せ、新しい紙を広げた。


「……さて、どうしたものかな」


 昨日は二十人の面接を行った。


 そして、三人揃って疲れ果てた。


 それだけなら、まだいい。


 問題は、面接が終わった後だった。


 質問した内容が応募者ごとに異なり、記録も統一されていない。


 誰が何を答えたのか確認するだけで、随分と時間がかかってしまった。


 しかも、応募者は百人以上いる。


 このまま全員と面接していたら、いったい何日かかるのだろう。


「……絶対に嫌だ」


 私は、小さく呟いた。


 そもそも、私たちに任されたのは人材の採用だけだ。


 部署の運営まで引き受けるつもりはない。


 だからこそ、さっさと採用を終わらせてしまいたい。


「……よし」


 私は、紙の一番上に見出しを書いた。


 応募者事前質問票。


 まずは、昨日の面接で何度も尋ねたことを整理していく。


 これまでの仕事。


 得意なこと。


 苦手なこと。


 問題が起きたときの対応。


 希望する職種と、その理由。


「……これくらいかな」


 いや、まだある。


 昨日の面接では、同じ質問をしても、応募者によって答え方が大きく違っていた。


 具体的な経験を交えて説明する人もいれば、立派な言葉を並べるだけの人もいた。


 それ自体は悪いことではない。


 ただ、採用する側としては、もう少し判断材料が欲しい。


「……理由も書いてもらおう」


 私は、質問の下に一文を追加した。


『回答には、可能な範囲で具体的な経験や理由を記載してください』


 これなら、何を考えてその答えに至ったのか、少しは分かるはずだ。


「……よし。これで、面接の時間も減るかな」


 私は、出来上がりつつある質問票を眺めた。


 うん。


 なかなか良さそうだ。


 あとは、職種ごとの質問を作ればいい。


 そう考えたところで、扉がノックされた。


「お嬢様。エレオノーラ王女殿下と、テオドール王子殿下がお見えです」


「お通しして」


「かしこまりました」


 ほどなくして、二人が入室した。


「おはようございます、リリアーナ」


「おはようございます、お姉様。テオドールも」


「おはようございます、リリアーナ姉上」


 エレオノーラお姉様は、机の上の紙に目を向けた。


「まあ。もう作り始めていらっしゃるのね」


「ええ。昨日みたいなことを、もう一度やるのは嫌ですから」


「ふふっ。それは私も同じですわ」


 テオドールも、苦笑しながら頷いた。


「私も、昨日は随分と疲れてしまいました」


「でしょう? だから、今日はこの質問票を完成させたいと思います」


 私は、二人へ書きかけの紙を渡した。


「まずは、共通の質問を用意しました。あとは職種ごとの質問ですね」


「なるほど。では、三人で考えましょうか」


「はい!」


 テオドールが、少し嬉しそうに頷いた。


     ◇


 最初に取りかかったのは、記録調査担当の質問だった。


「……昨日のマルクさんの回答は、参考になりそうですね」


 テオドールが言った。


「そうですね。帳簿の数字が合わない場合の対応なんかは、全員に聞いてもいいと思います」


 私は、質問票に書き込んだ。


『記録に不一致が見つかった場合、どのような手順で確認しますか?』


「……これでどうでしょう?」


「良いと思いますわ」


 エレオノーラお姉様が頷いた。


「ただ、数字だけに限定しない方がよろしいかもしれませんわね」


「……なるほど」


 確かに。


 王宮の記録は、金銭に関するものだけではない。


 人員。


 物資。


 契約。


 報告書。


 様々な記録がある。


「……では、このままにしましょう」


 続いて、業務分析担当。


「こちらは、問題を見つけたときに、どうするかですね」


 私は、紙へ書き込んだ。


『現在の業務に無駄があると感じた場合、どのように改善を進めますか?』


「……これだけだと、少し広すぎませんか?」


 テオドールが、首を傾げた。


「そうですね。では、改善する際に何を確認するかも聞きましょう」


 私は、質問を追加した。


『改善案を提案する前に、どのような情報を確認する必要があると考えますか?』


「……なるほど」


 テオドールが頷いた。


「それなら、考え方が分かりそうです」


「そうですね」


 最後は、調整担当。


「……これは、お姉様の方が詳しいですよね」


 私が言うと、エレオノーラお姉様が微笑んだ。


「では、一つ提案してもよろしいかしら?」


「もちろんです」


「異なる部署から、互いに両立しない依頼を受けた場合、どのように対応するかを尋ねてみてはいかがでしょう?」


「……なるほど」


 私は、すぐに書き込んだ。


『二つの部署から、互いに両立しない依頼を受けた場合、どのように対応しますか?』


「……良いですね」


 テオドールも、感心したように頷いた。


「どちらか一方を優先するだけでは、問題が残る場合もありますから」


「ええ。ですから、どのように考えるかを確認したいのです」


 エレオノーラお姉様は、穏やかに微笑んだ。


 私は、書き終えた質問を眺めた。


 共通の質問。


 職種ごとの質問。


 そして、回答の理由。


 これなら、昨日よりはずっと比較しやすいはずだ。


「……よし。だいたい出来ましたね」


 私は、満足して筆を置いた。


 そのときだった。


 エレオノーラお姉様が、一枚の面接記録を手に取った。


「……リリアーナ」


「はい?」


「昨日の二人目の方について、少しよろしいかしら?」


「……二人目?」


 私は、記録を確認した。


 伯爵家で領地行政に携わっていた男性。


 業務分析担当を希望していた人物だ。


「……ああ、あの方ですね」


「ええ」


 エレオノーラお姉様は、静かに頷いた。


「お考えが、貴族派の思想に近い方でしたわね」


「……そうですね」


 私は、記録へ目を落とした。


 国家運営は、専門知識を持つ有力貴族が担うべき。


 しかし、最終的な責任は国王が負う。


 ……あの考え方か。


 胸の奥が、少し冷たくなった。


 私は、何気ないふりをして書類を持ち直した。


「……実務能力はありそうでしたけどね」


「ええ。それは私も同じ意見ですわ」


「だから、思想だけで不採用にはできません」


 私は、記録を机へ置いた。


「貴族派だからって、全員が悪い人というわけではありませんし」


「……そうですわね」


「それに、専門家が仕事を担当するという考え方自体は、私も賛成です」


 私は、なるべく普段どおりに話を続けた。


「問題は、権限だけ欲しがって、責任を取らない人たちですから」


 そのとき、書類の端が小さく揺れた。


 私は、指先に力を込めた。


「……ですから、質問を一つ追加しましょう」


 自分の声が、少し震えている気がした。


 気のせいだと思いたかった。


「……リリアーナ」


「はい?」


 エレオノーラお姉様が、静かに私を見つめていた。


「少し、お休みになりませんこと?」


「……え?」


「朝からずっと作業をしていらっしゃいますでしょう?」


「でも、もう少しで終わりますから」


「ええ。ですから、残りは私たちで進めますわ」


「……大丈夫ですよ」


 私は、笑おうとした。


 しかし、お姉様は、私の手元へ視線を落とした。


「……リリアーナ。手が震えております」


「…………」


 私は、自分の手を見た。


 確かに、書類の端が小刻みに揺れていた。


 気づいた途端、心臓の音がやけに大きく聞こえた。


 ……何をしているんだろう。


 今、ここにいるのは、お姉様とテオドールだけだ。


 危険なんて、何もない。


 昨日の応募者だって、私を殺そうとした人間だと決まったわけではない。


 そんなことは、分かっている。


 分かっているのに。


「……大丈夫です」


 私は、もう一度そう言った。


 エレオノーラお姉様は、ゆっくりと首を振った。


「ええ。あなたが正しく判断できることは、分かっておりますわ」


「…………」


「ですが、怖くないふりまでしなくてよろしいのですよ」


 私は、何も答えられなかった。


 お姉様は、私の手から静かに書類を受け取った。


「少し、紅茶をいただきましょう」


「……はい」


 私は、小さく頷いた。


     ◇


 しばらくして、サリナが紅茶を運んできた。


 私は、温かなカップを両手で包み込んだ。


 指先の震えは、少しずつ収まっていた。


「……すみません」


 私が呟くと、エレオノーラお姉様が首を傾げた。


「何を謝っていらっしゃるの?」


「……仕事を止めてしまったので」


「まあ」


 お姉様は、少し困ったように微笑んだ。


「休憩することは、悪いことではございませんわ」


「……そうですね」


 私は、紅茶を一口飲んだ。


 温かい。


 少し、落ち着いた。


「……お姉様」


「はい?」


「私、貴族派の人たち全員が悪いとは思っていないんです」


「ええ」


「だから、思想だけで不採用にするつもりもありません」


「分かっておりますわ」


「……でも」


 私は、カップへ目を落とした。


「……怖いんですよね」


 小さな声だった。


 エレオノーラお姉様は、何も言わずに聞いていた。


「……頭では分かっているんですけど」


「ええ」


「……どうしても、思い出してしまって」


 それ以上、言葉が続かなかった。


 お姉様は、そっと私の手に触れた。


「……無理に忘れる必要はございませんわ」


「…………」


「それに、怖いと思うことと、公平に判断することは、別のことでしょう?」


 私は、顔を上げた。


 お姉様は、優しく微笑んでいた。


「あなたは、ちゃんと分けて考えようとしていらっしゃいます。それで十分ですわ」


「……ありがとうございます」


 私は、小さく頭を下げた。


 テオドールも、心配そうにこちらを見ていた。


「……リリアーナ姉上」


「はい?」


「私にも、できることがあれば言ってください」


「……ありがとう、テオドール」


 私は、少しだけ笑った。


「じゃあ、早速お願いしてもいいですか?」


「はい!」


「質問票に追加する項目を、一緒に考えてください」


 テオドールは、一瞬きょとんとした。


 そして、力強く頷いた。


「……はい!」


     ◇


 休憩を終え、私たちは再び質問票へ向かった。


「……さて」


 私は、新しい紙を取り出した。


「追加したいのは、権限と責任についての質問です」


「……権限と責任、ですか?」


 テオドールが首を傾げた。


「はい。例えば、ある仕事を任されたとします。その仕事を進めるために、どこまで自分で判断していいのか。そして、問題が起きたときにどう対応するのか」


 私は、紙に書き込んだ。


『あなたが担当する仕事について、判断する権限を与えられた場合、その結果にどのような責任を負うべきだと考えますか?』


「……なるほど」


 エレオノーラお姉様が頷いた。


「思想そのものではなく、仕事に対する考え方を確認するのですね」


「そうです」


 私は、頷いた。


「別に、貴族派の思想を持っていても構わないんです。仕事をきちんとしてくれるなら、それでいいですから」


「……ですが、採用されるために、本音を隠して回答する方もいらっしゃるのでは?」


 テオドールが尋ねた。


「……それなら、それでいいんですよ」


「……え?」


「本音を隠して、立派な回答を書いてくるなら、その回答どおりに働いてもらえばいいんです」


 私は、あっさりと答えた。


「実際に働き始めても、そのとおりに仕事をしてくれるなら、何も問題ありません」


「……なるほど」


「逆に、採用された途端に好き勝手なことを始めて、責任も取らないようなら、そのときは解雇すればいいだけです」


 テオドールは、目を瞬かせた。


「……随分と、割り切っているんですね」


「だって、相手の心の中なんて、完全には分かりませんから」


 私は、肩をすくめた。


「それを見抜くために、延々と面接するなんて嫌ですよ」


 エレオノーラお姉様が、小さく笑った。


「ふふっ。リリアーナらしいですわね」


「……そうですか?」


「ええ」


 お姉様は、穏やかに微笑んだ。


「思想ではなく、実際の行動で判断する。とても分かりやすい考え方ですわ」


「……ありがとうございます」


 私は、質問票へ目を戻した。


「それに、回答を残しておけば、採用後に何か問題が起きたときも、本人がどう考えていたのか確認できますから」


「……なるほど」


 テオドールが、感心したように頷いた。


「採用するためだけではなく、採用後にも役立つんですね」


「そういうことです」


 私は、筆を置いた。


「……よし。これで完成かな」


 エレオノーラお姉様が、質問票を確認した。


「共通の質問に、職種ごとの質問。そして、権限と責任についての質問……」


「はい」


「……良いと思いますわ」


 テオドールも、頷いた。


「私も、これなら比較しやすいと思います」


 私は、完成した質問票を持ち上げた。


 これで、昨日のように二十人も面接して、誰が何を答えたのか分からなくなることはないはずだ。


「……やっと、仕事が減りそうですね」


 私が呟くと、エレオノーラお姉様が微笑んだ。


「ふふっ。そうですわね」


 テオドールも、嬉しそうに頷いた。


 私は、質問票を机へ置いた。


 そして、ふと思いついた。


「……あ」


「どうかなさいましたの?」


「これ、他の二組にも渡しておきましょうか」


「……他の二組?」


 テオドールが、首を傾げた。


「はい。レオナルドお兄様たちと、ヴィクトリアお姉様たちです」


 私は、質問票を指差した。


「採用で苦労しているのは、私たちだけじゃないでしょうし」


「……なるほど」


「それに、貴族派の考え方を持つ人が応募してくる可能性だって、他の部署にもありますから」


 エレオノーラお姉様が、静かに頷いた。


「……そうですわね」


「だから、アンケート方式と、追加した質問の意図を共有しておきたいんです」


「ええ。良い考えだと思いますわ」


 テオドールも、賛成した。


「私も、そう思います」


 私は、満足して頷いた。


「では、明日にでもお渡ししましょう」


 これで、少なくとも他の二組が同じ失敗を繰り返す必要はなくなる。


 そして、貴族派の思想を持つ応募者についても、仕事への向き合い方を確認する手段が増える。


 もちろん、これだけで全てを見抜けるわけではない。


 それでも、何もしないよりはずっといい。


「……さて」


 私は、完成した質問票をサリナへ渡した。


「これを必要な枚数、用意してもらえる?」


「かしこまりました、お嬢様」


 サリナが、丁寧に頭を下げる。


 私は、椅子の背もたれに体を預けた。


 ようやく、一つ仕事が片付いた。


 ……いや、まだか。


 質問票を配布して、回答を確認して、必要な人と面接して。


 それから採用する人を決めなければならない。


「…………」


 私は、そっと目を閉じた。


「……お姉様」


「何かしら?」


「……採用って、思ったより大変ですね」


 エレオノーラお姉様は、楽しそうに微笑んだ。


「ふふっ。そうですわね」


「……でも、これで少しは楽になるはずです」


「ええ。きっとそうですわ」


 私は、その言葉を信じることにした。


 少なくとも、昨日よりは前進している。


 そして、明日は他の二組にも質問票を共有する。


 できれば、そちらの採用も少しは楽になってほしい。


 ……私だけが苦労するなんて、納得できないからね。

お読み頂き、ありがとうございます。

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