第六話 面接の難しさ
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
王宮の一角に設けられた臨時の執務室では、朝から慌ただしく準備が進められていた。
応募者の名簿を整理する者。
面接に使用する書類を運び込む者。
待合室に椅子を並べる者。
そして、その様子を眺めながら、リリアーナは小さくため息をついていた。
「……思ったより多かったわね」
「そうでございますね。募集を開始してから、まだ数日しか経っておりませんのに」
サリナが、机の上に書類を置いた。
国王から新設される部署の人材登用を任された王位継承者たちは、まず、どの組がどの部署の採用を担当するか話し合った。
レオナルドとシャルロッテは、新しい政策や事業を考える企画局。
ヴィクトリアとユリウスは、災害や事故などの緊急事態に備える危機管理局。
そして、リリアーナ、エレオノーラ、テオドールの三人が採用を担当することになったのは、王宮業務改善局だった。
王宮には、すでに多くの部署が存在している。
財務を担当する部署。
法務を担当する部署。
人事や物資の管理を担当する部署。
それぞれが長年にわたって王宮を支えてきたが、部署ごとに独自の手続きが増え、業務の重複や書類の煩雑化が問題となっていた。
王宮業務改善局では、そうした既存の業務を調査し、無駄を減らし、より効率的な仕組みを提案する人材が必要とされていた。
もっとも、既存の部署へ一方的に命令できるわけではない。
実際に業務を変更するには、関係部署との協議や承認が必要となる。
そのため、採用に当たっては、調査能力だけでなく、記録の正確性や交渉能力も見極める必要があった。
なお、部署の設立準備や採用後の運営は王宮の担当者が行う。リリアーナたちに任された仕事は、そこで働く人材を選ぶところまでだった。
「とりあえず、書類の確認が終わった二十人から面接することにしたけど……」
リリアーナは、名簿を持ち上げた。
「これ、一日で終わるかな」
「お嬢様がお決めになった日程では?」
「そうなんだけどね。書類を見てると、聞きたいことが増えてくるのよ」
リリアーナは、名簿の一人目に目を落とした。
名前。
年齢。
出身地。
職歴。
希望する職種。
今回、募集しているのは、主に三つの職種だった。
既存の帳簿や書類を調査する記録調査担当。
各部署の業務手順を確認し、改善案をまとめる業務分析担当。
そして、関係部署との連絡や協議を担当する調整担当。
それぞれ必要な能力は異なるが、目的は共通している。
王宮の業務を、より正確に、より少ない負担で進められるようにすること。
「……まあ、やってみるしかないか」
そう呟いたところで、扉がノックされた。
「リリアーナ様。エレオノーラ王女殿下、テオドール王子殿下がお見えです」
「お通しして」
「かしこまりました」
ほどなくして、エレオノーラとテオドールが入室した。
「おはようございます、リリアーナ」
「おはようございます、お姉様。テオドールも」
「おはようございます、リリアーナ姉上」
エレオノーラは、室内を見渡した。
「まあ。随分と準備が進んでおりますのね」
「ええ。今日から面接を始めるので、必要なものを揃えてもらいました」
「応募者は、何人いらっしゃるのでしょう?」
「今のところ、書類が届いているだけで百人以上ですね。今日はそのうちの二十人です」
「……百人以上、ですか」
テオドールが驚いたように目を見開いた。
「そんなに多くの方が、応募してくださったのですね」
「王宮で働ける機会なんて、そうそうありませんからね。応募が多いこと自体は不思議じゃないと思います」
リリアーナは、二人に書類を渡した。
「こちらが今日の応募者一覧です。希望する職種ごとに分けてあります」
エレオノーラは、書類へ目を落とした。
「記録調査担当、業務分析担当、調整担当……それぞれに必要な能力も記載されておりますのね」
「ええ。採用基準が曖昧だと、面接する人によって判断が変わってしまいますから」
「なるほど」
「例えば、記録調査担当なら、数字や記録を正確に扱えることが重要です。調整担当なら、相手の話を理解して、必要な情報を正しく伝えられることですね」
テオドールが頷いた。
「……では、希望する仕事によって、質問も変えるのですね」
「そうです。もちろん、経歴によっても聞きたいことは変わりますけどね」
リリアーナは、机の上に評価用紙を並べた。
「それと、今日は三人で一緒に面接します。私が基本的な質問をしますので、お二人は気になったことがあれば聞いてください」
「私たちも質問してよろしいのですね?」
「もちろんです。私が気づかないこともあると思うので、遠慮なく聞いてください」
テオドールは、少し不安そうに頷いた。
「……分かりました」
「ただし、その場で採用を決めるのは避けましょう。全員の面接が終わってから、職種ごとに比較したいと思います」
「承知いたしましたわ」
「はい」
リリアーナは、最初の応募者の書類を手に取った。
「では、始めましょうか」
◇
最初の応募者は、二十代半ばの男性だった。
地方の商会で帳簿を担当していたという。
「本日は、お時間をいただきありがとうございます」
男性は、緊張した様子で頭を下げた。
「こちらこそ、応募していただいてありがとうございます。まずは、お名前とこれまでのお仕事について教えてください」
「はい。マルクと申します。これまでは、ストライク領の商会で帳簿の管理を担当しておりました」
「ストライク領ですか」
リリアーナは、少しだけ顔を上げた。
かつて自分が統括代官を務めたボーリング地方の領地である。
「では、あちらの行政改革も経験されているんですね」
「はい。帳簿の様式が変更された際には、商会側の対応を任されました」
「なるほど。大変ではありませんでしたか?」
「正直に申し上げれば、最初はかなり苦労いたしました」
マルクは、苦笑した。
「それまでのやり方に慣れていた者も多く、変更に反対する声もございましたので」
「そうでしょうね。それで、どう対応したんですか?」
「まず、変更された内容を自分で確認し、従来の記録との違いを整理しました。そのうえで、担当者ごとに説明を行いました」
「一度に全員へ説明するのではなく?」
「はい。担当する業務によって、必要な説明が異なりましたので」
リリアーナは、静かに頷いた。
新しい仕組みを導入するとき、全員に同じ説明をすればいいというものではない。
それぞれの仕事に合わせて伝える内容を変える。
実際に現場で苦労した人間らしい答えだった。
「では、記録調査担当として、一つ質問させてください」
「はい」
「帳簿の数字が合わなかった場合、どうしますか?」
「まずは記録を確認します。それでも分からなければ、元となる伝票や取引記録を調べます」
「それでも原因が分からなかったら?」
「関係者へ確認いたします。ただし、確認が取れるまでは、推測で数字を修正することはいたしません」
「分かりました。ありがとうございます」
リリアーナは、評価用紙へ短く書き込んだ。
続いて、エレオノーラが尋ねた。
「確認が必要な相手の方が、なかなか協力してくださらない場合は、どうなさいますの?」
「まず、何のために確認が必要なのかをご説明いたします。それでも難しければ、上司へ報告し、対応を相談いたします」
「ご自身の判断で、相手の帳簿を修正することは?」
「いたしません。商会ごとに管理方法が異なりますので、確認もせずに変更するのは危険だと考えております」
「ありがとうございます。よく分かりましたわ」
面接が終わり、マルクが退室する。
テオドールが、感心したように口を開いた。
「……とても優秀な方に見えました」
「そうですね。実務経験もありますし、回答も具体的でした」
「採用なさるのですか?」
「記録調査担当の候補には入れたいですね。ただ、まだ一人目ですから」
リリアーナは、評価用紙を伏せた。
「最後まで見てから決めましょう」
◇
二人目は、伯爵家で領地行政に携わっていた男性だった。
希望する職種は、業務分析担当。
「これまでに、どのようなお仕事を経験されていますか?」
「領内の各役所から提出される報告を取りまとめ、支出や人員の配置を見直す仕事をしておりました」
「では、実際に業務を改善した経験も?」
「はい。以前は同じ数字を三つの部署で別々に集計しておりましたので、元の記録を一か所に集め、各部署が必要な項目を確認できるよう改めました」
「それは良いですね。問題はありませんでしたか?」
「最初はございました。部署ごとに数字を確認する目的が異なりましたので、必要な記録を残した上で、重複する作業だけを減らしました」
リリアーナは頷いた。
実務経験があり、改善の際に何を残すべきかも考えている。
業務分析担当として、十分に検討できる人物だった。
「では、王宮で働くことを希望された理由を教えてください」
「国家運営を、より効率的なものにしたいと考えたためでございます」
「具体的には?」
「国王陛下一人へ判断を集中させるのではなく、財政や商業、農業など、各分野に通じた貴族たちが協議し、それぞれの分野を担うべきだと考えております」
「……なるほど」
リリアーナは、静かに頷いた。
専門家に任せること自体は、悪い考えではない。
「では、その方々は、どのように選ばれるべきだと思いますか?」
「長年その分野を担い、知識と経験を蓄えてきた有力貴族が適任かと存じます」
「貴族でなくても、優れた能力を持つ方はいると思いますが」
「もちろんでございます。そのような方々の知識も、積極的に取り入れるべきでしょう」
「そうですか。では、その貴族たちが決めた政策で国に損害が出た場合、責任は誰が負うのでしょう?」
男性は少し考えた。
「政策を担当した貴族には、相応の責任がございます。ただ、国家全体としての最終責任は、国王陛下が負われるべきかと」
「……王が政策を決めていなくても?」
「王は国家の頂点に立つお方でございますので」
「……なるほど」
リリアーナは、それ以上追及せず、評価用紙へ書き込んだ。
以前、エレオノーラから聞いた貴族派の考え方によく似ている。
王は象徴となり、実務は有力貴族が担う。しかし、最終的な責任は王が負う。
その言葉には、どうしても引っかかるものがあった。
そして、貴族派という名が頭をよぎった途端、胸の奥が冷たくなる。
けれど、目の前の男性があの事件に関わっていたと決まったわけではない。
「ありがとうございました」
男性が退室すると、テオドールが口を開いた。
「……実務については、とても詳しい方でしたね」
「そうですね。改善の経験も具体的でした」
リリアーナは書類を整理した。
「ただ、政策を決める権限と責任については、私は賛成できません」
エレオノーラが静かに頷く。
「……貴族派の考え方に近いものがございましたわね」
「はい。でも、今は応募者の一人として、仕事を任せられるかを考えましょう」
リリアーナは、評価用紙を伏せた。
「実務能力は評価しておきます。ほかの方の面接も終えてから、改めて判断したいです」
「……分かりました」
テオドールが頷いた。
リリアーナは、次の書類を手に取った。
「では、次の方をお願いします」
◇
面接は、その後も続いた。
三人目は、元商人の女性だった。
希望する職種は、調整担当。
計算が速く、数字にも強いが、本人は人と交渉する仕事を希望していた。
四人目は、地方役所で働いていた男性。
業務分析担当を希望していたが、仕事の進め方を変えることには消極的だった。
五人目は、若い女性だった。
記録調査担当を希望しているものの、これまで正式な職歴はなく、家業の手伝いをしていたという。
「……具体的には、どのようなお手伝いをされていたんですか?」
リリアーナが尋ねる。
「はい。父が小さな食料品店を営んでおりますので、商品の仕入れや在庫の確認、売上の記録などを手伝っておりました」
「それは、いつ頃からですか?」
「十歳の頃からです」
「……十歳から?」
「はい。最初は店番だけでしたが、少しずつ任される仕事が増えまして」
リリアーナは、書類へ目を落とした。
正式な職歴なし。
しかし、実際には十年以上の経験がある。
「では、仕入れた商品が売れ残った場合、どうしていましたか?」
「まず、売れ残った理由を考えます。仕入れすぎたのか、値段が高いのか、それとも季節に合わなかったのか」
「なるほど」
「それから、次の仕入れを調整します。傷みやすいものは、早めに値段を下げることもありました」
「ご自身で判断されていたんですか?」
「最初は父に相談していましたが、今は任せてもらっています」
リリアーナは、静かに頷いた。
数字を記録するだけではなく、その数字を次の行動に生かしている。
これは、立派な実務経験だった。
「では、記録に間違いがあった場合は、どうしていますか?」
「まず、仕入れの記録と売上を確認します。それでも分からなければ、実際の商品を数え直します」
「記録が間違っていると分かったら?」
「原因を確認してから訂正します。あとで父が確認できるように、訂正した理由も残しています」
「ありがとうございます。よく分かりました」
女性は、ほっとしたように微笑んだ。
面接が終わると、テオドールが口を開いた。
「……職歴がないと書かれていましたが、随分と経験豊富な方でしたね」
「そうですね。履歴書だけでは分からないこともありますから」
リリアーナは、評価用紙へ書き込んだ。
「記録調査担当として、十分に検討できる方だと思います」
エレオノーラも、嬉しそうに頷いた。
「ええ。本当にそうですわね」
◇
昼休憩を挟み、午後の面接が始まった。
六人目。
七人目。
八人目。
応募者の経歴も、希望する仕事もさまざまだった。
リリアーナは、それぞれの職種に合わせた質問を重ねながら、必要な能力を確認していった。
しかし、面接が進むにつれて、少しずつ問題が生じ始めた。
応募者によって経歴が異なるため、質問の内容も変わっていく。
ある人物には、帳簿の確認方法を尋ねる。
別の人物には、業務手順の改善方法を尋ねる。
さらに別の人物には、関係部署との調整について尋ねる。
しかも、回答の内容によって追加の質問が必要になるため、記録する項目も増えていった。
九人目の面接が終わったところで、テオドールが小さく息を吐いた。
「……思っていた以上に、大変ですね」
「そうですね。まだ半分も終わっていませんから」
リリアーナは、評価用紙を整理した。
すでに、机の上には何枚もの書類が積まれている。
面接中に記録できなかった内容もあり、休憩時間に補足する必要があった。
「……この方、何を質問したんでしたっけ」
リリアーナが、評価用紙を見つめながら呟いた。
エレオノーラも、手元の書類を確認する。
「確か、以前のお勤め先での業務について、お尋ねになっていたと思いますわ」
「それは覚えているんですけど、その後に何を聞いたのか……」
テオドールも、記録を確認した。
「……私の方にも、途中までしか書いてありません」
三人は、しばらく黙り込んだ。
「……とりあえず、次の方をお願いします」
リリアーナは、諦めたように書類を置いた。
◇
その後も面接は続いた。
十人目は、元軍人。
十一人目は、商会の交渉担当。
十二人目は、地方役所の書記官。
十三人目は、職人の家に生まれた青年。
十四人目は、貴族家で執事を務めていた男性。
それぞれに経験があり、得意なことも異なっていた。
十五人目の面接では、エレオノーラが積極的に質問を重ねた。
応募者は、貴族家で侍女を務めていた女性だった。
希望する職種は、調整担当。
「以前のお勤め先では、どのようなお仕事を担当されていましたの?」
「主に、お客様への対応と、主人の予定管理を担当しておりました」
「まあ。では、急な来客があった場合には、どのようになさっていたの?」
「まず、主人の予定を確認いたします。そのうえで、対応できる時間があるかを判断し、必要に応じて別の日程をご案内しておりました」
「相手の方が、どうしてもその日にお会いしたいとおっしゃった場合は?」
「ご用件を伺い、緊急性を確認いたします。ただし、主人の許可なく予定を変更することはございません」
エレオノーラは、満足そうに頷いた。
「……なるほど。よく分かりましたわ」
続いて、リリアーナが尋ねた。
「では、二つの部署から、それぞれ急ぎの連絡を頼まれた場合はどうしますか?」
「まず、それぞれのご用件と期限を確認いたします。そのうえで、優先順位を判断いたします」
「優先順位が判断できなかった場合は?」
「関係する方々へ確認し、調整いたします」
「ありがとうございます」
面接が終わると、リリアーナが尋ねた。
「お姉様、どうでしたか?」
「とても落ち着いた方でしたわね。相手の立場を考えながら、適切に対応できる方だと思いますわ」
「なるほど」
「ただ、少し気になることもございました」
「何でしょう?」
「お話しされる際、何度か『主人の許可』という言葉を使われていましたでしょう?」
「ええ」
「以前のお勤め先では、それが正しい判断だったのでしょう。ですが、今回のお仕事では、ご自身で判断していただく場面もあるかもしれません」
リリアーナは、静かに頷いた。
「確かに、そうですね」
「ですから、もし採用するのであれば、どこまで判断を任せるのか、最初に明確にしておいた方がよろしいかと思いますわ」
「ありがとうございます。参考になります」
リリアーナは、評価用紙へ追記した。
しかし、書類を整理しながら、ふと手を止めた。
「……あれ?」
「どうかなさいましたの?」
「この方の回答、さっきの十一人目の方と似ていた気がするんですけど……」
リリアーナは、十一人目の評価用紙を探し始めた。
ところが、記録されている内容は、質問の途中までだった。
「……うーん」
リリアーナは、眉を寄せた。
同じ調整担当を希望している二人。
しかし、質問の内容も順番も異なっているため、単純に比較することが難しい。
しかも、面接中に記録しきれなかった内容もある。
「……これは、ちょっと困ったな」
リリアーナは、小さく呟いた。
◇
そして、最後の応募者が退室した頃には、窓の外が夕焼けに染まり始めていた。
「…………」
「…………」
「…………」
三人は、机に向かったまま動かなかった。
リリアーナは、椅子の背もたれに体を預けている。
エレオノーラは、疲れた様子で紅茶を飲んでいた。
テオドールに至っては、目の前の書類を見つめたまま、しばらく瞬きすらしていなかった。
「……終わりましたね」
テオドールが、ようやく口を開いた。
「……そうですね」
リリアーナは、力なく頷いた。
「……二十人って、こんなに多かったんですね」
「……本当に、そうですわね」
エレオノーラも、深いため息をついた。
しばらく、誰も口を開かなかった。
やがて、リリアーナが机の上の書類を手に取った。
「……さて、評価をまとめましょうか」
「……ええ」
「……はい」
三人は、それぞれの記録を確認し始めた。
しかし、すぐに問題が発生した。
「……この方、どんな方でしたっけ」
リリアーナが、三人目の評価用紙を見つめながら呟いた。
「三人目……確か、商会で働いていらっしゃった女性では?」
「それは覚えているんですけど、どんな質問をしたのか……」
エレオノーラも、書類を確認した。
「……私の記録には、交渉経験についてお尋ねしたと書いてありますわ」
「それで、何と答えていました?」
「……少々お待ちくださいませ」
エレオノーラは、記録を読み返した。
しかし、肝心の回答が途中までしか書かれていなかった。
「……最後まで記録できておりませんわね」
テオドールも、困ったように口を開いた。
「……私も、同じです」
三人は、顔を見合わせた。
「……じゃあ、五人目の方は?」
「食料品店のお手伝いをされていた女性ですわね」
「そうですね。あの方は、かなり印象に残っています」
「……では、七人目の方は?」
「…………」
「…………」
「…………」
沈黙が流れた。
「……誰でしたっけ」
リリアーナが、ぽつりと呟いた。
エレオノーラは、額に手を当てた。
「……私も、思い出せませんわ」
テオドールは、申し訳なさそうに俯いた。
「……すみません。私もです」
三人は、再び黙り込んだ。
机の上には、二十人分の書類が積まれている。
しかし、質問の内容は人によって異なり、記録の形式も統一されていない。
しかも、面接を重ねるうちに、最初の方の印象が薄れてしまっていた。
リリアーナは、深いため息をついた。
「……これは、失敗したなあ」
エレオノーラも、疲れた様子で頷いた。
「……リリアーナ」
「はい?」
「……何とかなりませんの?」
リリアーナは、しばらく考え込んだ。
そして、机の上の書類を見つめながら、ぽつりと呟いた。
「……そうですね。アンケートで一括でやりますか」
「……アンケート?」
エレオノーラが、首を傾げた。
テオドールも、不思議そうに顔を上げる。
「……それは、どのようなものなのでしょうか?」
リリアーナは、白紙を一枚取り出した。
「簡単に言うと、あらかじめ質問を書いた紙を用意して、応募者の方に回答してもらうんです」
「……質問を書いた紙、ですの?」
「ええ。例えば、これまでに経験した仕事や、得意なこと、苦手なこと。それから、仕事で問題が起きたときにどう対応するか、などですね」
リリアーナは、紙にいくつかの項目を書き始めた。
「希望する職種ごとに質問を用意しておけば、同じ仕事を希望する人には、同じ内容を確認できます」
「……なるほど」
「それに、回答を本人に書いてもらえば、私たちが全部記録する必要もありません」
エレオノーラの表情が、少し明るくなった。
「まあ。それでしたら、随分と手間が減りますわね」
「そうなんです。しかも、後から見返しても、何を答えたのか分かりますから」
テオドールが、興味深そうに尋ねた。
「……では、面接はしなくてもよくなるのでしょうか?」
「いえ、面接は必要だと思います。ただ、最初から全員に長時間の面接をする必要はなくなりますね」
リリアーナは、紙に線を引いた。
「まず、アンケートで基本的な情報を確認します。その回答を見て、実際に話を聞きたい方を選ぶんです」
「……なるほど」
「それから、面接ではアンケートの内容をもとに質問すればいいので、何を聞くか考える時間も減らせます」
エレオノーラは、感心したように頷いた。
「……素晴らしい方法ですわね」
「まあ、最初からそうしておけばよかったんですけどね」
リリアーナは、苦笑した。
「二十人も面接してから気づくなんて、ちょっと遅かったかな」
「いいえ。実際にやってみたからこそ、問題が分かったのでしょう?」
エレオノーラは、穏やかに微笑んだ。
「それに、こうして改善できるのであれば、今日の経験も無駄ではありませんわ」
「……そうですね」
リリアーナは、机の上の書類を見渡した。
質問が統一されていない。
記録に時間がかかる。
比較しにくい。
そして、面接官が疲れ果ててしまう。
今回の採用活動で見つかった問題は、応募者の能力を見極める以前に、採用する側の進め方にあった。
「……人を選ぶための仕事なのに、まず自分たちの面接のやり方を直すことになるとは思いませんでした」
リリアーナが呟くと、テオドールが小さく笑った。
「……確かに、そうですね」
エレオノーラも、楽しそうに微笑んだ。
「ふふっ。採用する側にも、工夫が必要ということですわね」
「本当ですね」
リリアーナは、白紙に新しい見出しを書き込んだ。
応募者事前質問票。
「……よし。これで、明日からは少し楽になるかな」
「……リリアーナ姉上」
「何ですか?」
「……その質問票は、今から作るのですか?」
「ええ。明日から使いたいですから」
テオドールは、机の上の書類を見つめた。
エレオノーラも、リリアーナの手元へ視線を向けた。
そして、二人は同時にため息をついた。
「……リリアーナ」
「はい?」
「……今日は、もう休みませんこと?」
「……そうですね」
リリアーナは、しばらく白紙を見つめた。
そして、静かに筆を置いた。
「……明日の朝にしましょうか」
「ええ。それがよろしいですわ」
「……ありがとうございます」
三人は、ようやく椅子から立ち上がった。
三人に任されたのは、王宮業務改善局で働く人材を選ぶこと。
そのためには、まず応募者を正しく比較できる方法が必要だった。
お読み頂き、ありがとうございます。




