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やり過ぎた!  作者: 涙目
第七章 未来構想編

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第四話 人を見かけで判断するのは愚の骨頂

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 シャルロッテ・プレイングは、王宮の廊下を歩きながら、先ほどのお茶会を振り返っていた。


 王位継承権第五位、リリアーナ・プレイング。


 地方行政の改革、経済圏の形成、災害への対応、さらには貴族派との政争。


 その功績は、王位継承者の中でも際立っている。


 だからこそ、シャルロッテは協力を求めた。


 しかし、当の本人は王位など望んでいないという。


 働きたくない。


 のんびり暮らしたい。


 そんなことを、恥ずかしげもなく口にしていた。


(……ふざけてる)


 シャルロッテは、表情を変えずに歩き続けた。


 あれほどの才能があり、王位継承権まで与えられているというのに、本人はその価値を理解していない。


 少なくとも、シャルロッテにはそう見えた。


 だが、それ以上に気になった人物がいる。


 第一王子、レオナルド・プレイング。


 彼は、シャルロッテがリリアーナを訪問するという、わずかな情報から、その目的を推測していた。


 そして、協力を求める可能性を察知すると、即座に行動した。


 王族としての礼儀を破ってまで、お茶会へ割って入ったのだ。


 しかし、彼が本当に優れていたのは、その後だった。


 リリアーナの知識が王国にとって有益であることを理解しながら、あえて深く追求しない。


 知ってしまえば、王族として使わざるを得なくなるかもしれないから。


 目先の利益よりも、その先にある危険を見据えている。


 そして、自分の判断を説明し、相手に理解させるだけの言葉も持っていた。


(……勝てない)


 シャルロッテは、素直にそう認めた。


 今の自分では、レオナルドに勝てない。


 分析力、対応力、判断力、そして政治力。


 どれを取っても、まだ及ばない。


 だが、それで諦めるつもりはなかった。


(勝てないなら、学べばいい)


 自分に足りないものを持っている相手がいる。


 ならば、その相手から学び、吸収し、いずれ超えてしまえばいい。


 好きか嫌いかなど、関係ない。


 シャルロッテは足を止め、近くに控えていた侍従へ声をかけた。


「レオナルドお兄様に、お会いしたいのですが」


「第一王子殿下でございますか?」


「ええ。お時間をいただけるか、確認していただけます?」


「かしこまりました」


 侍従が一礼して立ち去る。


 シャルロッテは、いつもの愛らしい笑みを浮かべていた。


     ◇


 レオナルドは、執務室で書類に目を通していた。


 そこへ執事が現れる。


「殿下、シャルロッテ王女殿下がお見えです」


「シャルロッテが?」


 レオナルドは顔を上げた。


 つい先ほど、リリアーナの部屋で顔を合わせたばかりである。


 何か言い足りないことでもあったのだろうか。


「通してくれるかな」


「かしこまりました」


 しばらくして、シャルロッテが入室した。


「突然の訪問、申し訳ございません。レオナルドお兄様」


「構わないよ。ちょうど書類仕事に飽きていたところだからね」


「まあ。お兄様でも、そのようなことをおっしゃるのですね」


「僕だって人間だからね。それで、今日はどうしたんだい?」


 シャルロッテは椅子を勧められ、優雅に腰を下ろした。


「お兄様に、お願いがございますの」


「お願い?」


「私と、協力関係を結んでいただけませんか?」


 レオナルドは、わずかに眉を上げた。


「……僕と?」


「はい」


「それは意外だね。君は王位を目指しているのだろう?」


「もちろんですわ」


「ならば、僕は君にとって最も大きな障害の一つになると思うんだけど」


「ええ。ですから、お兄様にお願いしているのです」


 レオナルドは書類を机に置いた。


「詳しく聞かせてもらえるかな?」


「先ほどのお茶会で、私はお兄様の能力を拝見いたしました」


「能力?」


「私がリリアーナお姉様へ協力を求めることを、事前に予測なさっていたのでしょう?」


「可能性の一つとしてね」


「そして、その可能性を察知すると、すぐに行動なさいました」


「少々、行儀の悪いことをしてしまったけれどね」


「必要だと判断なさったからでしょう?」


 レオナルドは答えず、微笑んだ。


 シャルロッテは続ける。


「それだけではございません。お兄様は、リリアーナお姉様の知識がどれほど有益であっても、無理に聞き出そうとはなさいませんでした」


「……そうだね」


「王族として知ってしまえば、国のために利用しなければならなくなるかもしれない。だから、あえて知らないままでいる」


 シャルロッテは、まっすぐレオナルドを見つめた。


「私は、そこまで考えられておりませんでした」


「…………」


「正直に申し上げます。今の私では、お兄様には勝てません」


 レオナルドは、少し驚いたように目を見開いた。


「随分とはっきり言うんだね」


「事実ですもの」


「それで、僕に協力してくれるということかな?」


「いいえ」


 シャルロッテは微笑んだ。


「お兄様から学ばせていただきたいのです」


「……僕から?」


「はい。お兄様の考え方、判断の仕方、行動力。私に足りないものを、すべて学びたいと思っております」


「それは嬉しい申し出だけれど……君は王位を諦めるつもりはないんだよね?」


「もちろんですわ」


「だったら、僕を支えることにはならないんじゃないかな?」


「ええ」


 シャルロッテは、当然のように頷いた。


「いずれ、お兄様を超えるためですもの」


 レオナルドは、一瞬言葉を失った。


 そして、楽しそうに笑った。


「ははは! なるほど。僕を超えるために、僕と手を組みたいというわけだね」


「はい」


「他の兄姉と組んで、僕に対抗するという選択肢もあったと思うけれど?」


「それでは、お兄様の能力を近くで学ぶ機会を失ってしまいますわ」


「……なるほどね」


「それに、お兄様にとっても悪いお話ではないと思いますの」


「どうしてだい?」


「私がどれほど成長するのか、誰よりも近くで確かめられますもの」


 レオナルドは、目の前の妹を見つめた。


 優雅な所作。


 柔らかな微笑み。


 礼儀正しい言葉遣い。


 だが、その奥にあるものは、決して穏やかではない。


 彼女は自分より優れた相手を認めることを、少しも恥じていない。


 それどころか、相手の懐へ入り込み、その能力を吸収しようとしている。


 レオナルドは、しばらく考え込んだ。


 そして、執事へ視線を向ける。


「……少し、席を外してくれるかな?」


「殿下?」


「護衛も含めて、全員だよ」


「しかし、警護が……」


「扉の外で待機していてくれればいい。シャルロッテと二人で話したいんだ」


「……かしこまりました」


 執事は一礼し、護衛たちとともに退室した。


 扉が閉まる。


 室内に残されたのは、二人だけだった。


「……お兄様?」


 シャルロッテは、不思議そうに首を傾げた。


「どうかなさいましたの?」


「いや、少しね」


 レオナルドは、穏やかに微笑んだ。


「君とは、もう少し腹を割って話してみたいと思ってね」


「……私には、何のことだか」


「そうかい?」


 レオナルドは、楽しそうに笑った。


「僕としては、素の君を見せてほしいんだけどね」


「……何の事でしょう?」


「君は僕ら、兄弟姉妹の中でも異質だ。リリアーナを除いてね」


「…………」


「そのドレスの下……」


 その瞬間。


 シャルロッテが動いた。


 レオナルドが次の言葉を口にするよりも早く、彼女は椅子から立ち上がり、机を回り込んでいた。


 そして、レオナルドの喉元には、一本の短剣が突きつけられていた。


「……それ以上、喋るな」


 先ほどまでの優雅な微笑みは、完全に消えていた。


 冷たい瞳が、レオナルドを睨みつけている。


 レオナルドは目を見開いた。


 速い。


 動きに迷いがない。


 何より、相手の急所へ刃を向けることに、まったくためらいがなかった。


「……なるほど」


 レオナルドは、小さく呟いた。


「そうか……君の母は暗部の――」


「言うな!」


 シャルロッテの声が鋭く響いた。


 短剣の刃が、わずかに喉元へ近づく。


 レオナルドは口を閉じた。


 しかし、次の瞬間。


「ははははは!」


 声を上げて笑い出した。


「……何がおかしい」


「いや、失礼。まさか、ここまでとは思わなかったよ!」


「……あんた、状況分かってんのか?」


「もちろん。妹に短剣を突きつけられているところだね」


「だったら笑ってんじゃねえよ」


「ははは! それはそうだね!」


 シャルロッテは、心底不愉快そうに顔をしかめた。


「……気に入らねえ」


「それは困ったね。せっかく協力関係を結ぼうとしているのに」


「勘違いすんな。あんたが好きだから来たわけじゃねえ」


「分かっているよ。僕を超えるためだろう?」


「……そうだよ」


 シャルロッテは、短剣を下ろした。


「今のあたしじゃ、あんたには勝てねえ。だから、あんたから学ぶ。使えるものは全部吸収して、いつか追い抜いてやる」


「うん。実に分かりやすい」


「……それでも、手を組むのか?」


「もちろん」


 レオナルドは即答した。


「君が僕を超えようと努力するなら、僕も負けないように努力すればいい。それに、優秀な王位継承者が増えることは、王国にとって悪いことではないからね」


「…………」


「ただし、僕も簡単に負けるつもりはないよ?」


 シャルロッテは、しばらくレオナルドを睨んでいた。


 やがて、鼻で笑う。


「……上等だ」


 そして、短剣をドレスの内側へ収めた。


「それじゃあ、協力関係についてだけれど、一つ条件を出してもいいかな?」


「……条件?」


「エレオノーラにも、協力を求めてほしいんだ」


「……第四位に?」


「そう。君から直接、話をしてみてほしい」


 シャルロッテは眉をひそめた。


「何であたしが?」


「彼女の能力は、僕たちにとって大きな助けになると思うからね」


「……社交界での情報収集か」


「うん。彼女は貴婦人たちと親しくなり、相手に警戒されることなく話を聞き出すのが上手い。あれは簡単に真似できることではないよ」


「……なるほどな」


 シャルロッテは少し考え込んだ。


 エレオノーラの社交能力については、彼女も耳にしている。


 確かに、情報収集という点では大きな戦力になるだろう。


「……分かった。話してみる」


「ありがとう」


「ただし、断られても知らねえぞ?」


「もちろん。それは仕方のないことだからね」


「……随分あっさりしてんな」


「相手にも、自分の意思があるからね」


 レオナルドは穏やかに微笑んだ。


 エレオノーラがリリアーナを気にかけていることは、彼も承知している。


 むしろ、今回の申し出を断る可能性の方が高いと考えていた。


 だが、それで構わなかった。


 エレオノーラは、貴婦人たちの警戒を解き、相手が自ら話したくなるような空気を作ることに長けている。


 対して、シャルロッテは相手を観察し、弱点を見つけ、必要なものを手に入れるために行動する。


 どちらも情報を得る能力ではあるが、その方法は大きく異なる。


 シャルロッテがエレオノーラと向き合えば、何かを学ぶ機会になるかもしれない。


 もっとも、それを今、本人に教えるつもりはなかった。


「それじゃあ、よろしく頼むよ」


「……ああ」


 シャルロッテは頷いた。


 そして、一つ深呼吸すると、再び優雅な微笑みを浮かべる。


「それでは、失礼いたしますわ。レオナルドお兄様」


「うん。またね、シャルロッテ」


 こうして、第一位と第六位は、協力関係を結ぶことで合意した。


     ◇


 翌日。


 シャルロッテは、レオナルドとの約束を果たすため、エレオノーラのもとを訪れていた。


「ごきげんよう、エレオノーラお姉様」


「あら、シャルロッテ。ごきげんよう」


 エレオノーラは、穏やかな笑みを浮かべた。


「今日はどうなさいましたの?」


「少々、お姉様にお願いがございまして」


「まあ。何でしょう?」


「私と、協力関係を結んでいただけませんか?」


 エレオノーラは、わずかに目を見開いた。


「……協力関係、ですの?」


「はい。私とレオナルドお兄様は、今後、協力していくことになりましたの」


「まあ、そうでしたのね」


「ええ。そこで、ぜひエレオノーラお姉様にも加わっていただきたいと思いまして」


 エレオノーラは、すぐには答えなかった。


 代わりに、嬉しそうに微笑む。


「……シャルロッテ。まずは、お礼を申し上げなければなりませんわね」


「……お礼、ですか?」


「ええ。レオナルドお兄様と協力するのであれば、他にもお声がけできる方はいらっしゃるでしょう? その中で、私を選んでくださったのですもの」


「いえ、その……お姉様のお力をお借りできればと……」


「ふふっ。嬉しいですわ。私のことを、そのように評価してくださっていたのですね」


 シャルロッテは、少し戸惑った。


 まだ何も決まっていないというのに、エレオノーラは心から喜んでいるように見える。


「ですが……申し訳ありません」


 エレオノーラは、少しだけ困ったように微笑んだ。


「実は私、既に心に決めていることがございますの」


「……心に決めていること、ですか?」


「ええ。リリアーナのことですわ」


「……リリアーナお姉様?」


「ご存じでしょう? あの子、少し前に大変な目に遭いましたの」


「……はい」


「私、あのときほど自分の無力さを感じたことはありませんでしたわ。妹が苦しんでいるというのに、できることは医師を探し、無事を祈ることくらいでしたもの」


 エレオノーラは、静かに紅茶へ視線を落とした。


「ですから、決めましたの。これからは、あの子が困ったとき、もっと力になれる姉でありたいと」


「…………」


「シャルロッテ。あなたのお申し出は、本当に嬉しく思っておりますわ。ですが、今の私には、どうしても優先したいことがございますの」


 エレオノーラは、申し訳なさそうに微笑んだ。


「せっかく私を頼ってくださったのに、ご期待に添えなくてごめんなさいね」


「……いえ」


 シャルロッテは、ゆっくりと首を横に振った。


「そのようなご事情でしたら、仕方ありませんわ」


「……ありがとう、シャルロッテ」


 エレオノーラは、嬉しそうに微笑んだ。


「あなたは、本当に思いやりのある子ですわね」


「そ、そんなことは……」


「いいえ。私の事情を理解してくださったのでしょう? それだけで、十分嬉しいですわ」


 シャルロッテは、思わず言葉に詰まった。


 断られた。


 それは間違いない。


 しかし、不思議と不快ではなかった。


 むしろ、これ以上勧誘することの方が、相手に無理を強いるように感じられる。


「……承知いたしました。突然のお願い、失礼いたしましたわ」


「いいえ。またいつでも遊びにいらしてくださいね。協力関係とは別に、私たちは姉妹なのですから」


「……はい。ありがとうございます、お姉様」


 シャルロッテは、丁寧に一礼した。


 そして、部屋を後にする。


 廊下をしばらく歩いたところで、彼女は足を止めた。


(……待てよ)


 断られた。


 それなのに、自分は納得している。


 それどころか、エレオノーラへの印象まで良くなっている。


(……あれ?)


 シャルロッテは、振り返って閉じた扉を見つめた。


(……そういうことか)


 相手の申し出を喜び、評価していることを伝え、自分の事情を説明する。


 そして、相手を否定することなく、自然に断る。


 最後には、今後の関係まで残している。


(……すげえな、あの人)


 シャルロッテは、小さく息を吐いた。


 自分なら、断ると決めた時点で、もっと早く話を終わらせていただろう。


 しかし、エレオノーラは違った。


 断るという目的を果たしながら、相手の感情まで気遣っている。


(……これが、社交術か)


 シャルロッテは、もう一度扉へ目を向けた。


 そして、何事もなかったかのように歩き始めた。


     ◇


「……そうか。断られたんだね」


 報告を受けたレオナルドは、特に驚く様子もなく頷いた。


「……分かってたのか?」


「まあ、そうなる可能性は高いと思っていたよ」


「……だったら、何で行かせた?」


「可能性が低くても、聞いてみなければ分からないことはあるからね」


「……ふん」


 シャルロッテは、不満そうに鼻を鳴らした。


「それで、同盟はどうすんだ?」


「もちろん、予定どおりだよ」


「……いいのか?」


「エレオノーラが断ったからといって、君と協力しない理由にはならないだろう?」


 レオナルドは微笑んだ。


「これからよろしく頼むよ、シャルロッテ」


「……ああ。よろしく」


 シャルロッテは、短く答えた。


 その様子を見ながら、レオナルドは一つ気づいた。


 エレオノーラの話をしているとき、シャルロッテの表情には、わずかな変化があった。


 断られたことへの不満だけではない。


 何かを考え込んでいるようにも見える。


 レオナルドは、それ以上追及しなかった。


 今回の交渉から何を学んだのか。


 それは、シャルロッテ自身が考えることだからだ。


     ◇


 その頃、王位継承権第二位ヴィクトリアの執務室には、第三位ユリウスが訪れていた。


「……第五位と第七位が、同盟を結んだそうですね」


「ああ。俺のところにも報告が来ている」


 ヴィクトリアは、手元の書類を置いた。


「リリアーナが、ですか……」


「意外ではあるな。だが、あいつの実績を考えれば、無視はできん」


 王宮内では、リリアーナとテオドールが庭園で親しげに話していたことが噂になっていた。


 二人は王位継承者同士で協力関係を結んだらしい。


 そのような話が、いつの間にか広まっていたのである。


 もちろん、実際に二人が話していたのは、王になりたくないという共通の悩みについてだった。


 しかし、その場に居合わせた者たちが、会話のすべてを聞いていたわけではない。


 王位継承者同士が親しく話している。


 それだけで、政治的な意味を見出す者は少なくなかった。


「……リリアーナは、本当に王位を目指しているのでしょうか」


「本人は望んでいないと公言しているようだがな」


「ですが、これまでの功績を考えると……」


「そうだ。本人の意思がどうであれ、周囲が担ぎ上げる可能性はある」


 ユリウスは腕を組んだ。


「それに、第一位のレオナルド兄上もいる」


「……ええ」


「正直に言おう。今のままでは、兄上には勝てん」


 ヴィクトリアは、静かに頷いた。


「私も、そう考えています」


 レオナルドは、第一位という立場に甘んじることなく、王族としての能力を磨き続けている。


 政治的な判断力。


 交渉力。


 人脈。


 そして、相手の思惑を見抜く洞察力。


 いずれも高い水準にあった。


「だからこそ、協力するべきだと考えている」


「……私たちが、ですか?」


「ああ」


 ユリウスは頷いた。


「姉上は法に強い。私は軍を預かる立場にある。互いの専門性を生かせば、できることは増える」


「法律と軍事、ですか」


「そうだ。それぞれが単独で兄上に挑むより、勝算は高まる」


 ヴィクトリアは、少し考え込んだ。


「ですが、私たちは互いに王位を目指す立場です」


「承知している」


「それでも、協力を?」


「ああ。王位を争うことと、王国のために協力することは別だ」


 ユリウスは、はっきりと答えた。


「それに、先の毒殺未遂事件では、法と軍の連携が必要だった。今後も同様の事態が起こらんとは限らん」


 ヴィクトリアの表情が引き締まった。


 事件の裁判と刑の執行は終わっている。


 しかし、すべての疑問が解消されたわけではない。


 伯爵の背後に誰かがいたのか。


 公爵家と隣国の秘密会談には、どのような目的があったのか。


 いずれも、現時点では結論が出ていない。


「……ユリウス。例の調査は?」


「継続中だ。だが、今のところ犯罪との関係を示す証拠はない」


「そうですか」


「疑わしいというだけで、罪人扱いするつもりはない」


「ええ。それでこそです」


 ヴィクトリアは、静かに頷いた。


「分かりました。協力いたしましょう」


「感謝する」


「ただし、一つ条件があります」


「何だ?」


「私たちは、互いの王位継承権を尊重すること。協力関係を結んだからといって、どちらかが相手の下につくわけではありません」


「無論だ」


「そして、王国の利益に反する行動には協力しません」


「異論はない」


 ヴィクトリアは微笑んだ。


「では、よろしくお願いいたします。ユリウス」


「ああ。こちらこそ頼む、姉上」


 こうして、第二位と第三位の同盟が成立した。


 法と軍。


 異なる専門性を持つ二人は、第一位に対抗するため、互いの強みを生かす道を選んだ。


     ◇


 その日の午後。


 リリアーナは自室で紅茶を楽しんでいた。


「……平和ねえ」


「そうでございますね、お嬢様」


 サリナが、空になった菓子皿を下げながら微笑んだ。


「王位継承者も増えたことだし、これで私が王になる可能性も少しは下がったんじゃない?」


「そのように単純なものではないと思いますが……」


「まあ、そうなんだけどね。でも、候補が増えるのは悪いことじゃないでしょ」


 リリアーナは、紅茶を一口飲んだ。


 先日はシャルロッテとのお茶会にレオナルドが乱入してきたものの、結局、余計な仕事を引き受けずに済んだ。


 実に素晴らしい。


 これからは、もっと平穏な日々を送れるに違いない。


「……あとは、誰かが王になってくれれば完璧なんだけどなあ」


「……お嬢様」


「何?」


「それを決めるのが、今のお嬢様方のお立場では?」


「……そういう現実的な話は聞きたくないわね」


 リリアーナは、ため息をついた。


 そんなことを考えていると、扉がノックされた。


「リリアーナ様。エレオノーラ王女殿下がお見えです」


 ミハイルの声だった。


「あ、お姉様ですか。お通ししてください」


「かしこまりました」


 ほどなくして、エレオノーラが入室した。


「ごきげんよう、リリアーナ」


「こんにちは、お姉様。どうされたんですか?」


「少し、お話がありまして」


「そうなんですね。では、お茶でも飲みながらお話ししましょうか」


「ええ、いただきますわ」


 サリナが手際よく紅茶を用意する。


 エレオノーラは椅子に腰を下ろすと、妹の顔をじっと見つめた。


「……すっかり元気になりましたわね」


「はい。おかげさまで、もうすっかり元気ですよ」


「それは何よりですわ」


 エレオノーラは、安堵したように微笑んだ。


 リリアーナが毒に倒れたときのことを、彼女は忘れていない。


 必死に医師を探し、到着を待ち、容態の急変に怯えた日々。


 あのとき、自分にもっとできることがあったのではないか。


 その思いは、今も消えていなかった。


「それで、お姉様。お話というのは?」


「今後のことですわ」


「今後、ですか?」


「あなたとテオドールが、同盟を結んだと聞いたのですけれど」


「ああ、そのことですか」


 リリアーナは、あっさりと頷いた。


「ええ。王になりたくない同盟ですね」


「……何ですの、それは」


「名前のとおりですよ。二人とも王位を望んでいないので、協力して平穏な生活を目指そうという話になったんです」


「…………」


 エレオノーラは、しばらく言葉を失った。


 王位継承者同士の同盟。


 その言葉から想像していたものとは、あまりにも違っていた。


「……あなたたちらしいですわね」


「まあ、周囲には政治的な同盟だと思われているみたいですけどね」


「……分かっていらしたの?」


「噂が流れてきたので。けれど、私達は特に王位を狙うことも無いので放置でいいかと。」


 リリアーナは、紅茶を一口飲んだ。


「むしろ、これを機にお兄様お姉様方が奮起してくだされば、ありがたいと思いまして」


「……そうですのね」


 リリアーナのあまりの物言いに、エレオノーラは呆れていた。


「それで、お姉様はどうされたんですか?」


 エレオノーラは、少しだけ姿勢を正した。


「実は、私もあなたたちと協力できればと思いまして」


「……お姉様が、ですか?」


「ええ」


 エレオノーラは、柔らかく微笑んだ。


「あなたが毒に倒れたとき、私は自分の無力さを痛感いたしました。ですから、これからは、もっとあなたの力になりたいと思っておりますの」


「……そうだったんですね」


 リリアーナは、静かに頷いた。


 そして、少し考え込む。


「……それでしたら、お姉様に王になっていただくのはどうですか?」


「…………はい?」


 エレオノーラは、思わず聞き返した。


「お姉様なら、社交界にも詳しいですし、人望もありますよね。周囲への気配りもできますし、人の話を聞くのも上手です」


「いえ、リリアーナ。少しお待ちなさい」


「それに、私もテオドールも王位を望んでいませんから。お姉様を支援する形なら、ちょうどいいと思うんですよ」


「……あなた、私を王にするつもりですの?」


「ええ。もちろん、お姉様が嫌なら無理にとは言いませんけど」


 リリアーナは、落ち着いた様子で続けた。


「ただ、王になる人がすべての仕事を一人でする必要はないですよね。お姉様が苦手なことは、得意な人に任せればいいんです」


「……それは、そうですけれど」


「私も、行政関係なら多少はお手伝いできますし。テオドールだって、これから自分の得意なことを見つければいいと思います」


 エレオノーラは、妹の顔をじっと見つめた。


「……リリアーナ。あなた、本当に王位を望んでいないのですね」


「ええ。できれば、のんびり暮らしたいですから」


 リリアーナは、何でもないことのように答えた。


「でも、誰かが王にならなきゃいけないのも分かっています。だったら、信頼できる人が王になってくれるのが一番じゃないですか」


「…………」


「お姉様なら、安心してお任せできますしね」


 エレオノーラは、しばらく黙っていた。


 自分は、リリアーナを支えるつもりで来た。


 しかし、気がつけば、自分が王になることを提案されている。


 しかも、その理由には一定の説得力があった。


「……本当に、あなたという子は」


「……何かおかしなことを言いました?」


「いいえ。ですが、少し考えさせてくださいませ」


「もちろんです。大事なことですから、ゆっくり考えてください」


 リリアーナは、穏やかに微笑んだ。


「ただ、協力関係については、私は賛成ですよ。あとはテオドールにも確認しないといけませんけどね」


「……ええ、そうですわね」


 エレオノーラは、静かに頷いた。


     ◇


 数日後。


 テオドールは、リリアーナとエレオノーラに招かれ、王宮の庭園を訪れていた。


「……エレオノーラ姉上も、私たちの同盟に?」


「ええ。あなたさえよろしければ、私も協力させていただきたいのですわ」


 テオドールは、少し驚いたように目を見開いた。


「もちろん、私は構いませんが……」


「ありがとうございます、テオドール」


 エレオノーラは、柔らかく微笑んだ。


「ただ、一つ確認しておきたいことがございますの」


「……何でしょう?」


「リリアーナから、私を王位に推したいというお話をいただきました」


「……え?」


 テオドールは、思わずリリアーナへ視線を向けた。


 リリアーナは、落ち着いた様子で頷く。


「そうなんです。お姉様が王になってくださるなら、私たちも安心して支援できると思いまして」


「……なるほど」


 テオドールは、少し考え込んだ。


「確かに、エレオノーラ姉上なら、私も安心できます」


「……テオドールまで」


 エレオノーラは、困ったように微笑んだ。


「ですが、私はまだ王位を目指すと決めたわけではありませんのよ?」


「もちろんです。ですから、今すぐ決める必要はないと思います」


 リリアーナは、静かに答えた。


「私たちの同盟は、王位を望まない者同士で協力するためのものですから。お姉様が加わってくださるなら、まずはお互いにできることを考えていけばいいんじゃないでしょうか」


「……そうですね」


 テオドールも頷いた。


「私も、まだ自分に何ができるのか分かっていません。ですが、お二人と一緒なら、少しずつ見つけていける気がします」


 エレオノーラは、二人を見つめた。


 王位を望まない弟と妹。


 しかし、二人とも自分の立場から逃げているわけではない。


 自分にできることを考え、互いに協力しようとしている。


 そして、必要であれば、王になる者を支える覚悟もある。


「……分かりましたわ」


 エレオノーラは、静かに頷いた。


「では、私も加えていただけますか?」


「もちろんです」


 リリアーナは、穏やかに微笑んだ。


「これからよろしくお願いしますね、お姉様」


「ええ。こちらこそ、よろしくお願いいたしますわ」


 テオドールも、二人へ頭を下げた。


「私も、よろしくお願いいたします」


 こうして、第四位、第五位、第七位の協力関係が成立した。


     ◇


 その日の夕刻。


 国王エドワードは、宰相アルベルトから報告を受けていた。


「……三つに分かれたか」


「はい、陛下」


 アルベルトは、手元の書類を確認した。


「第一位レオナルド殿下と、第六位シャルロッテ殿下」


「うむ」


「第二位ヴィクトリア殿下と、第三位ユリウス殿下」


「なるほど」


「そして、第四位エレオノーラ殿下、第五位リリアーナ殿下、第七位テオドール殿下でございます」


 エドワードは、しばらく考え込んだ。


「……リリアーナは、やはりエレオノーラと組んだか」


「そのようでございます」


「テオドールまで引き入れるとはな」


「もっとも、リリアーナ殿下に、勢力を拡大するという意識があったかどうかは……」


「ないだろうな」


 エドワードは即答した。


 アルベルトは苦笑する。


「……陛下も、そうお考えですか」


「あやつのことだ。仕事を押しつけられる相手が増えたとでも喜んでいるのだろう」


「否定できませんな」


 二人は、しばらく笑った。


 しかし、エドワードの表情は、やがて真剣なものへと変わった。


「……アルベルト」


「はい」


「よい機会だと思わんか?」


「……と、申されますと?」


「子供たちが、それぞれ協力する相手を選んだ」


「はい」


「ならば、次はその相手と何を成し遂げられるかを見てみたい」


 アルベルトは、静かに頷いた。


「……人材の登用、でございますか?」


「うむ」


 エドワードは、窓の外へ視線を向けた。


 先の毒殺未遂事件。


 あのとき、自分は娘を守れなかった。


 どれほど王として権力を持っていても、すべての危険を取り除けるわけではない。


 だからこそ、子供たちには、自分自身を守る力を身につけてほしかった。


 それは、剣を振るう力だけではない。


 信頼できる者を見つける力。


 相手の能力を見極める力。


 そして、その能力を生かす力。


「……王一人で、国を動かせるわけではない」


「おっしゃる通りでございます」


「ならば、あやつらにも学んでもらわねばならん」


 エドワードは、ゆっくりと振り返った。


「アルベルト。次の試練の準備を進めよ」


「かしこまりました」


 宰相が深く頭を下げる。


 こうして、王位継承者たちの新たな試練が、静かに動き始めた。

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