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やり過ぎた!  作者: 涙目
第七章 未来構想編

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第二話 最初の同盟

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 王宮の庭園には、穏やかな午後の日差しが降り注いでいた。


 色とりどりの花が咲き、時折吹く風が心地よい。


 私は庭園の一角に設けられたテーブルで、テオドールと向かい合っていた。


 テーブルには、サリナが用意してくれた紅茶と焼き菓子が並んでいる。


 本当なら、自室でゆっくり話してもよかったのだけれど。


 いくら姉弟とはいえ、つい先ほどまともに言葉を交わしたばかりの男性を、自室へ招き入れるのは少々抵抗がある。


 それに、王族の男女が密室で長時間過ごしていたとなれば、余計な噂を立てられる可能性もある。


 ……姉弟なのに、面倒なものね。


 そんなわけで、場所を庭園に変更したのだった。


 幸い、天気もよく、外でお茶を楽しむには申し分ない。


 サリナも少し離れたところに控えてくれているので、何かあればすぐに対応してもらえる。


 私は紅茶を一口飲み、向かいに座るテオドールへ視線を向けた。


 先ほどから、彼は私のこれまでの功績について、一つずつ確認していた。


 ようやく話し終えたらしく、テオドールは真剣な表情で私を見つめる。


「私が知っている姉上の功績を挙げさせていただきましたが、これでも王位は目指していないとおっしゃるのですか?」


 私は紅茶を一口飲み、カップをソーサーへ戻した。


「ええ。目指していないわ」


「……本当に?」


「本当よ」


「ですが……」


 テオドールは言葉を詰まらせた。


 どうやら、私の答えがどうしても納得できないらしい。


 ……困ったわね。


 そもそも、王になりたくないことを証明する方法なんてあるのかしら。


 王になりたい人なら、目標や理想を語ればいい。


 けれど、なりたくない人間が何を言ったところで、本人の言葉を信じてもらえなければ、それまでだ。


「逆に聞くけれど、テオドール」


「はい」


「あなたは、どうして王になりたくないの?」


「……それは」


 テオドールは視線を落とした。


 私は急かさず、紅茶を口へ運ぶ。


 少しの沈黙が流れた後、彼は静かに口を開いた。


「……私には、王として国を導く自信がありません」


「そう」


「兄上や姉上方のように、優れた才能があるわけでもありません。政治についても、軍事についても、まだ学ぶべきことばかりです」


「それは当然じゃない?」


「……え?」


「あなた、まだ若いでしょう? 今から全部できる必要なんてないと思うけれど」


「ですが、王位継承権を授けられた以上、相応の責任が……」


「責任はあるでしょうね。でも、責任があることと、最初から何でもできなければならないことは別よ」


 テオドールは考え込んだ。


 私は焼き菓子を一つ手に取った。


 ……美味しい。


 サリナの選ぶお菓子は、いつも外れがない。


「それに、あなたが王になりたくない理由は、それだけ?」


「……と、おっしゃいますと?」


「自信がないから王になりたくないのか、それとも、そもそも王になることを望んでいないのか。そこは違うと思うの」


 テオドールは目を見開いた。


「……違う、のですか?」


「ええ。自信がないだけなら、勉強したり経験を積んだりすれば、考えが変わるかもしれないでしょう?」


「……はい」


「でも、王になること自体を望んでいないのなら、どれだけ能力が身についても、気持ちが変わるとは限らないわ」


 私は少し考えた。


「例えば、料理が苦手な人と、料理をしたくない人は違うでしょう?」


「……料理、ですか?」


「そうよ。苦手な人なら、練習して上達すれば料理が好きになるかもしれない。でも、そもそも料理をしたくない人に、いくら技術を教えても、やりたいと思うかどうかは別の話じゃない?」


「……なるほど」


 テオドールは小さく頷いた。


「では、姉上は後者なのですね」


「ええ」


「王としての能力があっても、王にはなりたくないと」


「そういうことね」


「…………」


 テオドールは再び黙り込んだ。


 ……あれ?


 何だか、余計に考え込ませてしまった気がする。


「姉上」


「何?」


「では、なぜそれほど多くの仕事を引き受けてこられたのですか?」


「…………」


 私は焼き菓子を持ったまま固まった。


 ……そこを聞く?


「自分から引き受けた仕事ばかりじゃないわよ?」


「そうなのですか?」


「ええ。むしろ、最初はお父様から命じられたものよ」


 私は遠い目をした。


 思い出すのは、ボーリング地方へ赴任することになった日のこと。


 一年間の統括代官。


 成果を上げられなければ廃嫡。


 あのときは、どうして私がそんな目に遭わなければならないのかと、本気で思ったものだ。


「……最初は、一年間だけ働けば済むと思っていたのよ」


「一年間、ですか?」


「ええ。任期が終われば、あとはのんびり暮らせると思っていたの」


「ですが、その後も……」


「そうなのよね……」


 私はため息をついた。


 気がつけば、次から次へと仕事が増えていた。


 ようやく終わったと思えば、新しい問題が起こる。


 休めると思えば、別の地方へ行くことになる。


 ……どうしてこうなったのかしら。


「姉上は、仕事がお嫌いなのですか?」


「嫌いというより、できれば働きたくないわね」


「…………」


 テオドールが固まった。


 私は首を傾げる。


「どうしたの?」


「……いえ、その」


「何?」


「姉上のような方が、そのようなことをおっしゃるとは思っておりませんでした」


「そう?」


「はい。むしろ、誰よりも熱心に国のために働いていらっしゃる方だと……」


「必要だから働いているだけよ。働くこと自体が好きなわけじゃないわ」


「……必要だから」


「ええ」


 私は紅茶を飲んだ。


「例えば、目の前で誰かが困っていたら、助けられる範囲で助けるでしょう?」


「はい」


「それと同じよ。問題があって、私にできることがあるなら、放っておくのも気分が悪いもの」


「ですが、それだけであれほどのことを……」


「結果的に大きくなっただけよ」


 私は肩をすくめた。


「それに、私一人で成し遂げたことなんて、ほとんどないわ」


「……そうでしょうか?」


「そうよ。ボーリング地方だって、現地の人たちが協力してくれなければ、何も変わらなかったもの」


 私は指を折りながら続けた。


「ピンポン地方では、職人たちが道具を作ってくれた。サーフィン地方では、みんなで協力して嵐を乗り越えた。領地経営だって、それぞれの地方の人たちが頑張ってくれたから成果が出たのよ」


「……ですが、最初に動かれたのは姉上ではありませんか?」


「そういうこともあったわね。でも、最初に動いた人間だけが偉いわけじゃないでしょう?」


 テオドールは黙って私を見つめた。


「考えてみて。どれほど立派な計画を立てても、実行する人がいなければ何も変わらないわ」


「……はい」


「それに、私が知らないことを知っている人も、私にはできないことができる人も、たくさんいるのよ」


 私は微笑んだ。


「だから、全部自分でやろうとする必要なんてないと思うの」


「…………」


 テオドールはしばらく考え込んでいた。


 そして、ゆっくりと口を開いた。


「……姉上は、ご自身が王になる必要はないとお考えなのですね」


「ええ」


「では、誰が王になっても構わないと?」


「誰でもいいとは思わないわよ」


 私は首を振った。


「王様になる以上、国を治める責任があるもの。誰でも務まる仕事じゃないでしょう?」


「……はい」


「でも、私でなければならない理由もないと思うの」


 テオドールは、私の言葉を繰り返すように呟いた。


「……姉上でなければならない理由が、ない」


「そうよ」


 私は焼き菓子をもう一つ手に取った。


「それぞれ得意なことが違うのだから、向いている人が向いている仕事をすればいいと思うわ」


「……向いている人が、向いている仕事を」


「ええ。王になる人もいれば、その人を支える人もいる。地方を治める人もいれば、商売をする人もいるでしょう?」


「はい」


「どれも必要な仕事よ。王様だけが偉いわけじゃないもの」


 テオドールは視線を落とした。


 何かを考えているようだった。


 私はその様子を見守りながら、紅茶を飲んだ。


 ……少し話しすぎたかしら。


 もともとは、彼が王になりたくない理由を聞くつもりだったのに。


 気がつけば、私ばかり話している。


「……ごめんなさいね。何だか、私の話ばかりになってしまったわ」


「いえ!」


 テオドールが慌てて顔を上げた。


「とても勉強になります」


「そう?」


「はい。私は、王位継承権を授けられた以上、王になるために努力しなければならないと思っておりました」


「そう考えるのも間違いじゃないと思うわよ」


「ですが、姉上のお話を伺って、少し考えが変わりました」


「……どんなふうに?」


 テオドールは少し考えてから答えた。


「王になるためだけではなく、国のために自分が何をできるのかを考えるべきなのではないかと」


 私は微笑んだ。


「いいんじゃない?」


「……よろしいのでしょうか」


「もちろんよ。少なくとも、王位継承権を持っているからといって、必ず王にならなければならないわけじゃないでしょう?」


「……はい」


「それに、今すぐ結論を出す必要もないと思うわ」


 テオドールが顔を上げた。


「今すぐ、ですか?」


「ええ。これから色々なことを学んで、経験して、それから考えればいいんじゃない?」


 私は紅茶を飲み干した。


「王になりたいと思うようになるかもしれないし、別にやりたいことが見つかるかもしれない。どちらでもいいと思うわ」


「…………」


「大切なのは、自分がどうしたいのかを考えることじゃないかしら」


 テオドールは、しばらく私を見つめていた。


 やがて、小さく頭を下げた。


「……ありがとうございます、姉上」


「どういたしまして」


「少し、気持ちが楽になりました」


「それならよかったわ」


 私は微笑んだ。


 ……よかった。


 どうやら、少しは役に立てたらしい。


「それにしても、姉上」


「何?」


「一つ、不思議なことがございます」


「不思議なこと?」


「はい」


 テオドールは真剣な表情で私を見つめた。


「姉上は王になりたくないとおっしゃいますが、今のお話を伺う限り、やはり王として必要な考え方をお持ちのように思えます」


「…………」


 ……あれ?


「ご自身だけですべてを成し遂げようとせず、他者の能力を認め、それぞれに適した役割を与える。国を治めるうえで、非常に重要なことではないでしょうか」


「……そうかもしれないわね」


「でしたら、やはり姉上は……」


「テオドール」


「はい」


 私は静かに微笑んだ。


「王に必要な考え方を持っていることと、王になりたいかどうかは別の話よ?」


「…………」


 テオドールは口を閉じた。


 そして、しばらくしてから苦笑した。


「……確かに、そうでした」


「でしょう?」


 私たちは顔を見合わせ、小さく笑った。


 ……まったく。


 危うく、また王位を勧められるところだったわ。


「ところで、テオドール」


「はい」


「あなた自身は、何かやってみたいことはないの?」


「……私自身が、ですか?」


「ええ。王位継承権とか、王族としての責任とか、そういうものを一度置いておいて」


 私は少し身を乗り出した。


「何をしているときが、一番楽しい?」


 テオドールは目を瞬かせた。


 そして、しばらく考え込んだ。


「……そうですね」


 私は答えを待った。


 けれど、彼はなかなか口を開かなかった。


 やがて、困ったように笑う。


「……申し訳ございません。すぐには思いつきません」


「そう」


「これまで、王族として恥ずかしくないようにと、勉学や礼儀作法に励んでまいりましたので……」


「なるほどね」


 私は頷いた。


 確かに、王族として育てられれば、そういう生活になるのかもしれない。


 何をしたいかより、何をすべきか。


 自分の好みより、周囲から求められること。


 そうしたものを優先してきたのだろう。


「それなら、これから探せばいいんじゃない?」


「……これから?」


「ええ。知らないことも、やったことのないことも、たくさんあるでしょう?」


「……はい」


「だったら、色々試してみればいいのよ」


 私は微笑んだ。


「何が好きなのかなんて、やってみなければ分からないこともあるもの」


 テオドールは少し考え、それからゆっくりと頷いた。


「……そうですね」


 その表情は、会議室で見たときよりも、随分と明るくなっていた。


 私は内心で安堵した。


 よかった。


 これなら、もう大丈夫そうね。


「さて、そろそろお茶のおかわりをお願いしようかしら」


「かしこまりました」


 控えていたサリナが、すぐにティーポットを手に取った。


「テオドール殿下も、いかがでございますか?」


「……では、いただきます」


「かしこまりました」


 サリナが紅茶を注いでくれる。


 私はカップを持ち上げ、香りを楽しんだ。


 ……ああ、落ち着く。


 やっぱり、こういう時間が一番ね。


「……姉上」


「何?」


「本日は、本当にありがとうございました」


「気にしないで。弟の相談に乗るくらい、当然でしょう?」


「……はい」


 テオドールは嬉しそうに微笑んだ。


 私はその様子を見て、少しだけ胸が温かくなった。


 これまで、ほとんど交流のなかった弟。


 けれど、こうして話してみれば、随分と素直で真面目な子だった。


 ……もう少し早く、話してみればよかったわね。


 私は紅茶を一口飲んだ。


 すると、テオドールが何かを思い出したように口を開いた。


「そういえば、姉上」


「ん?」


「シャルロッテ姉上も、近いうちにご挨拶に伺いたいとおっしゃっておりました」


「……シャルロッテ?」


「はい。第六位の王位継承権を授けられた姉上です」


「ああ、もちろん覚えているわよ」


 ……危ない。


 一瞬、誰だったか考えてしまった。


 テオドールは微笑んだ。


「シャルロッテ姉上は、以前からリリアーナ姉上に興味を持っていらっしゃいましたので」


「……私に?」


「はい。ぜひ一度、ゆっくりお話ししてみたいと」


「そうなのね」


 私は頷いた。


 弟とこうして話せたのだから、妹とも交流を深めるのは悪くない。


 むしろ、今までほとんど関わってこなかったことを考えれば、いい機会だろう。


「いつでも歓迎するわ。都合のいいときにいらっしゃいって伝えてくれる?」


「承知いたしました」


 テオドールは嬉しそうに頷いた。


 私は紅茶を飲みながら、庭園へ視線を向けた。


 穏やかな午後の日差しが、庭園を照らしている。


 ……今日は、思っていたより有意義な時間になったわね。


 弟の悩みも少しは軽くなったようだし、新しい家族との交流も始まった。


 それに、何より。


 王位継承権を持つ者の中に、私と同じく王になりたくない人間がいると分かった。


 ……まあ、それはそれで、少し複雑なのだけれど。


 私は小さく笑った。


 さて。


 次はシャルロッテね。


 どんな子なのかしら。


 少なくとも、今日のテオドールのように、王になりたくないと悩んでいるわけではなさそうだけれど。


 ……できれば、あまり仕事を増やさない子だといいわね。



お読み頂き、ありがとうございます。

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