【朗報】スライムが俺の胸を這い上がり、暴走フェロモンを封印するチョーカーになった件
「おい、起きろバカ直樹! いつまで寝てんだ!」
パァンッ!
夜の森に、甲高いビンタの音が響き渡った。
俺は容赦なく、気絶しているイケメン親友の頬をひっぱたいた。
「いっっっつ!? な、なんだ!? 敵か!?」
「敵はお前の貧弱なメンタルだ。ほら、さっさと立て」
直樹は跳ね起き、周囲を見渡した。
地面には、鼻血を出して白目を剥いている十人の野盗たちが転がっている。それを見て、直樹は信じられないものを見るように俺を指差した。
「お、お前……マジでなんなんだよ。あのポーズ一つで全員……」
「俺が聞きたいよ! クソッ、このふざけた体のせいで……ん?」
文句を言いかけた俺の視線が、地面に落ちているある物に釘付けになった。
野盗から身を守ろうと腕を交差させた拍子に、俺の胸の谷間からこぼれ落ちたあの『水晶玉』だ。
街で高く売り払って、当面の生活費(軍資金)にするつもりだったのに。
ただの換金アイテムだと思っていたそれは、今、チカチカと脈打つように青白い光を放っていた。
「おい、シナ……あの玉、光ってないか?」
「あぁ。どう見てもただのガラクタじゃなさそうだ」
好奇心に駆られ、俺はしゃがみ込み、その光る玉にそっと人差し指の先で触れた。
ピシッ――。
玉が震えたかと思うと、次の瞬間、周囲を真昼のように照らす強烈な閃光が弾けた。
「うおっ!?」
「まぶしっ!」
目を細める俺たちの脳内に、厳かで機械的な声が直接響き渡った。
『――確認完了。先程放たれた、極大の【魅了】の魔力波動を吸収。
我が封印を解くための魔力供給、確かに受け取った。
汝、斎藤詩那。我を起動せし真の勇者よ。我を汝の偉大なる使命の一部として受け入れたまえ』
「……は? 魅了の魔力を吸収? ってことは、あの『にゃう♡』のせいかよ! つーか、勇者? 使命? なに言って――」
俺がツッコミを入れる間もなく。
光り輝く水晶玉は、ドロリと形を崩し、乳白色の『スライム状の液体』へと変化した。
『シュルルルルッ!』
「えっ?」
そして、まるで意思を持っているかのように猛スピードで跳躍し、俺の体に張り付いたのだ。
「ひゃっ!? つめっ、冷たいっ!」
白い粘液は、大きく開いたシャツの隙間から俺の胸元へと滑り込み、豊かな膨らみの間を這い上がるようにして首元へと向かっていく。
「なっ、なんだこれ!? 気持ち悪っ! とれ、とれない! 直樹、手伝え!」
「お、おい! 動くなシナ! っていうか、スライムが胸を這ってる姿が……ヤバい、また鼻血が……!」
「どこ見てんだ! 早くこの変なスライムを剥がせえええっ!」
直樹が顔を真っ赤にしてパニックになり、俺も必死に首元のスライムを引き剥がそうと暴れた。
だが、首に巻き付いたその白い液体は、ピカーッと最後に一度強く発光すると、一瞬にして硬質化し、その形を定着させた。
「……あ?」
冷たさが消え、首にピタリと吸い付くような感触だけが残った。
俺は恐る恐る自分の首元に触れた。
そこにあったのはスライムではなく、黒い革と銀色の細工で彩られた、上品でエキゾチックなデザインの『チョーカー』だった。
「チョーカー……? なんだこれ」
俺が呆然と呟いた、その時だった。
「あっ……!」
直樹が、弾かれたように俺の顔を見た。
「ど、どうした?」
「シナ、お前……普通に喋れてるぞ!」
「は? 普通って……あ。」
俺も気づいた。
さっきまで、ただ息を吐くだけで深夜番組の喘ぎ声のようだった俺の暴走フェロモンボイスが、綺麗でクリアな『普通の女性の声』に戻っていたのだ。
「すげえ! お前を直視しても、ギリギリ鼻血が出ない!」
「ギリギリってなんだよ! ……でも、なるほどな。こいつは俺の異常な魅了を抑え込むための『魔力抑制具』ってわけか」
俺は首のチョーカーを指で弾きながら息を吐いた。
使用条件が『フェロモンを垂れ流すこと』だったなんてふざけたアーティファクトだが、これでようやくマトモに会話ができる。
「よし、問題解決だ。……直樹、手伝え」
「え? 何を?」
「決まってんだろ。こいつらの身ぐるみ、全部剥ぐぞ。街で売れそうなものは全部持っていく」
俺は気絶している野盗たちを見下ろし、極悪な笑みを浮かべた。
俺たちは一文無しの迷子だ。このまま手ぶらで森を抜けるほど、俺の社畜根性はお人好しではない。
小銭入れ、短剣、水袋。俺たちは手際よく野盗たちから使えそうな物資を回収していった。
その時だった。
「う、うーん……」
足元で、気絶していた野盗のリーダーが呻き声を上げ、薄く目を開けた。
「お、おいシナ! こいつ起きるぞ!」
直樹がビクッとして後ずさる。相変わらず図体ばっかりデカくて情けないやつだ。
「待ってろ、直樹。俺がやる」
俺はリーダーの前にしゃがみ込んだ。
リーダーの濁った瞳が、至近距離で俺の顔を捉える。
「あぁ……女神、さま……?」
チョーカーでフェロモンは抑えられているが、それでも俺の顔面偏差値は絶世の美少女のままだ。リーダーは恍惚とした表情で、頬を真っ赤に染めた。
俺は、営業スマイルで培った『最高の作り笑い』を浮かべ、甘い声で囁いた。
「そのまま寝ててね。いい夢見ろよ♡」
――ドゴォッ!
俺は容赦なく、拾ったばかりの硬い水筒で奴の顔面をフルスイングした。
「アヘェッ……♡」
リーダーはだらしない、この世の全てに満足したようなアホ面を浮かべて、再び幸せそうに気絶した。
「…………お前、エグいな。男の純情をなんだと思ってるんだ」
直樹がドン引きしながらツッコミを入れる。
「うるさい。いいからその大きめのマント、こっちに寄越せ」
俺は直樹から奪い取ったボロボロの黒いマントを肩から羽織り、前をしっかりと閉じた。
これで、暴力的すぎる胸の主張を隠すことができる。チョーカーとこのマントのおかげで、ただの『少し怪しい旅人』に見えるはずだ。
「よし、準備完了だ。こんな森、さっさと抜け出して街を探すぞ!」
俺たちは野盗たちを放置し、夜明けが近づく森の奥へと足を踏み出したのだった。




