初めての異世界都市!……のはずが、親友(イケメン勇者)がただの変質者扱いされた件
森を抜け、太陽が真上に昇る頃。
俺と直樹の視界に、ついに巨大な石造りの城壁が飛び込んできた。
「おおお……っ!」
「すげえ……! マジでファンタジーの世界だ!」
空を飛ぶ巨大な鳥。そびえ立つ見張り塔。鉄と木でできた重厚な城門。
門の前には、荷馬車や旅人たちが列を作って並んでいる。そこには、獣の耳を持った亜人や、ローブを着た魔法使いのような姿もあった。
「シナ、見ろよ! エルフだ! マジでエルフがいるぞ!」
「声がデカいバカ。はしゃぐな」
完全に観光客気分の直樹をたしなめながら、俺も内心では大興奮していた。
社畜としてPC画面ばかり見ていた俺にとって、この光景はあまりにも刺激的すぎた。
「よし、シナ。ここは俺に任せておけ」
直樹が急にキリッとした顔を作り、前髪をかき上げた。
「俺のこの完璧なイケメンフェイスと、溢れ出る勇者オーラがあれば、顔パスで中に入れるはずだ。お前は俺の後ろを歩いていればいい」
「……お前、自分の今の格好を鏡で見てから言えよ」
俺の忠告を無視して、直樹は自信満々で城門の入り口へと歩いていった。
だが。
「ねえねえ、ママ! 見て、あのおっきなおじさん! お洋服がビリビリだよ!」
「しっ! 見ちゃいけません! 目を合わせたら噛まれるわよ!」
列に並んでいた親子の冷酷な声が、周囲に響き渡った。
「……え?」
直樹の足がピタリと止まる。
周囲の視線が一斉に直樹へと向けられた。
無理もない。今の直樹は、異常に発達した筋肉のせいでスーツのシャツは弾け飛び、スラックスはふくらはぎの途中で破れている。客観的に見れば、ただの『半裸の変質者(顔だけは無駄に良い)』だ。
「おい、そこの不審者! 止まれ!」
「ひっ!?」
門を警備していた屈強な衛兵たちが、一斉に直樹に槍を突きつけた。
「街の入り口で堂々と半裸になるとは、いい度胸だな! どこから来た!」
「ち、違うんです! 俺は怪しい者じゃ……!」
「言い訳は牢屋で聞く! おい、こいつをしょっ引け!」
屈強な男たちに囲まれ、直樹は生まれたての子鹿のように震え上がっていた。最強の勇者(物理)なのに、メンタルは完全に日本の社畜に戻っている。
「うぅ……シナぁ……助けてぇ……」
直樹が涙目でこちらを振り返った。
俺は深く、重いため息をついた。
(結局、俺がなんとかするしかないのか……)
野盗から奪った大きめの黒マントを深く被り直し、俺は衛兵たちの前へと進み出た。チョーカーのおかげで、あの厄介な『魅了』の波動は漏れ出ていないはずだ。
「衛兵さん、申し訳ありません。このバカは私のアホな従者なんです。森で魔物に襲われて、荷物と服を失ってしまいまして……」
俺は日本のサラリーマン仕込みの、完璧な『クレーム対応の低姿勢』で頭を下げた。
「あ? 従者だぁ?」
訝しげに振り返った衛兵の一人が、俺の顔を見た瞬間――ピタッと動きを止めた。
「こ、これは……」
「なんと……」
チョーカーでフェロモンは抑えられているが、俺の『絶世の美少女』という元々の顔面偏差値まで消えたわけではない。
泥だらけの大きなマントに包まれた、儚げで美しい女性。
衛兵たちの顔が、みるみるうちに赤く染まっていく。
「こ、コホン! そ、そういう事情でしたか。災難でしたな、お嬢さん」
さっきまで直樹に怒鳴り散らしていた衛兵のリーダーが、急にジェントルマンな口調に変わった。
「通行証をお持ちでなければ、銀貨二枚になりますが……」
「はい、これでお願いします」
俺は野盗から剥ぎ取った袋から、銀貨を二枚取り出して衛兵の手に渡した。
「た、確かに受け取りました! さあ、どうぞ中へ! 盗賊や変質者にはお気をつけて!」
衛兵は俺に敬礼し、直樹をゴミを見るような目で見下ろしてから道を開けた。
「……ほら、行くぞ、変質者」
「俺は勇者だああぁぁっ! なんでお前だけお姫様扱いなんだよぉぉっ!」
血の涙を流す直樹(半裸)を引きずりながら、俺たちはようやく、異世界の街へと足を踏み入れたのだった。
俺たちは無事に城門を抜け、石畳の敷かれた大通りへと足を踏み入れた。
目の前に広がるのは、中世ヨーロッパとRPGを足して二で割ったような、活気あふれる巨大な市場だった。
「おお……すげえ。屋台で肉焼いてるぞ。あれ、オークの肉か?」
「キョロキョロすんな。田舎者丸出しだぞ」
直樹がはしゃぎそうになるが、すれ違う町人たちの冷たい視線に気づいて、すぐに肩をすくめた。
当然だ。いくら顔が超絶イケメンでも、弾け飛んだスーツの残骸を纏った筋肉ダルマが歩いていれば、誰だって距離を置く。
「なぁ、シナ……やっぱ俺、めっちゃ見られてるよな? 女の子たちがヒソヒソ笑いながら指差してくるんだけど……」
「喜べよ。念願の『女の子にキャーキャー言われる』を達成したじゃないか。悲鳴のベクトルが少し違うだけだ」
「ちくしょう! 勇者なのに! 俺のデビュー戦がこんな変質者扱いなんて納得いかねえ!」
涙目で抗議する直樹を無視し、俺は周囲を見渡した。
何はともあれ、まずは服だ。直樹にまともな服を着せないと、いつまた衛兵にしょっ引かれるかわからない。
それに、俺自身もこの野盗から奪った血と汗の臭いが染み付いたボロボロのマントを早く脱ぎ捨てたかった。おっさんとはいえ、今のこの無駄に敏感な体には不衛生すぎる。
「しゃあない、その辺の町人に服屋の場所を聞くぞ。お前は喋るなよ、余計に怪しまれるからな」
「うぅ……頼むぜ、相棒……」
俺は通りを歩きながら、人の良さそうな果物屋の初老の店主を見つけ、声をかけた。
「あの、すみません」
「ん? なんだい、お客さ――」
振り向いた店主は、マントのフードの奥から覗く俺の顔を見た瞬間、パッと顔を赤らめて固まった。
「こ、これは……美しいお嬢さんだ。どうしたんだい? もしかして、その、俺に何か……?」
(チョーカーでチャームを抑えても、これかよ……。この顔面の破壊力、マジでどうなってんだ)
内心で毒づきながらも、俺は営業用の完璧な愛想笑いを浮かべた。
「実は、服屋を探していまして。この街で一番品揃えのいいお店を教えていただけませんか?」
「ふ、服屋! もちろんだとも! この道をまっすぐ行って、大きな噴水のある広場を右に曲がったところにある『銀の糸車亭』がいい! 冒険者から貴族の服まで何でも揃ってるぞ!」
「ありがとうございます。助かりました」
俺がペコリと頭を下げると、店主はデレデレとした顔で鼻の下を伸ばした。
だが、その視線が俺の後ろで縮こまっている直樹(半裸)に移った瞬間、店主の顔が般若のように険しくなった。
「おい、そこの変質者! その美しいお嬢さんに少しでも妙な真似をしたら、ただじゃおかねえからな! 街の男たちが全員でお前を狩るぞ!」
「理不尽すぎるだろぉぉっ!」
直樹が悲鳴を上げ、俺はそそくさとその場を離れた。
***
果物屋の店主に教えられた通りに進むと、やがて広場を抜けた先にお目当ての建物が見えてきた。
二階建てのレンガ造りで、ショーウィンドウには革鎧や上品なドレスが飾られている。看板にはハサミと糸車の意匠が描かれていた。
「着いたな。ここだ」
「よ、よし……! これでやっと、俺も勇者らしいカッコいい装備が手に入るんだな!」
直樹が目を輝かせ、さっきまでの落ち込みから一瞬で復活した。本当に単純な男だ。
「おい、金は野盗から奪った銀貨と銅貨しかないんだからな。無駄遣いはするなよ」
「わかってるって! よーし、最高の相棒と最高の装備探しだぜ!」
俺たちは顔を見合わせ、その重厚な木の扉を力強く押し開けた。
カランカランッ――。
心地よいベルの音と共に、布地と革の匂いが漂う店内へと、俺たちは足を踏み入れたのだった。




