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12 青い炎

 ダルトン城塞は一か月前の戦いでその機能の殆どが停止していた。

 

 城壁は外観は整えられているが、強化魔術の装置が故障している。

 三重の大結界は、その内の一つしか機能していない。

 四千の戦闘ゴーレムは千体しか動けず、オバーヒートして故障した魔術砲は修理の手が付けられていない。

 

 常駐する王国正規兵六千名のうち五千五百名は死亡し、他領からの増援を含めて、現時点の数は二千名である。

 城塞司令官のドックルが開拓者協会に掛けあって辛うじて二百名を雇い入れる事が出来た。


 C級二百五名、B級三十二名。

 さらにA級六名という数を用意出来たのはドックルの手腕だった。

 

 

 * * *

 

 ダルトン城塞の遠く先には軍勢が上げる砂埃が見えた。

 城門の先、広がる荒れ地にルルヴァは立つ。

 その横にはジルルクが立ち、四つの宙に浮く巨大な緋色の球体を従えていた。

 

「俺とルーは解るけどよ、何でジュウゴがこっちに配置されんだよ」


 黒髪を束ねた細身の青年が閉じていた眼を開ける。

 

「隊長の差配でござる。なれば拙者は此処で敵を斬るのみ」


 カヤキ・ジュウゴ。

 遥か東方、広大な内海に浮かぶ島国より来た侍。

 囚われた貴族の城から、その城を両断して出て来た話はあまりに有名。

 

 よって付いた異名は【城斬り】。

 

「効率悪いっての。来るなら千歩譲ってアルネだろうに」


 悪態を吐くジルルクは、しかしその表情には何も浮かんでいない。

 

「そういう事でござろう。なれば拙者の方が適任」


 軍勢の足音はもう近い。

 足元の地面は間断なく揺れ続けている。

 

「ルー殿に必要とは思えんが、されど此処は戦場。万全の手が打てるならそれに越した事はないでござる」

「本当に何が休暇だってんだ、あの(イスカル)


 空は晴れ涼しさを感じる風は心地良く。

 しかし酒杯の変わりに武器を握り、眼前に並べられるのは料理ではなく異形の敵。

 

「やってらんね~」

 

 * * *

 

 贖罪兵の軍勢はダルトン城塞の一キロ手前まで迫っていた。

 

 ルルヴァの眼に映るのは万を超える軍勢。

 かつて、ルルヴァが生まれた町はアッパネン王国の数千の軍勢によって炎の中に消えた。


 あの時に感じた恐怖。

 あの時に感じた絶望。

 そしてあの時に感じた無力。

 

 今も幼い日々の記憶を塗りつぶすのは燃え盛る炎の波。

 鎧を纏い剣を携えても。

 リクスという最愛の伴侶を得ても。


 それでもこうして『軍』に向き合うと、思い出してしまう。

 

 自分へと向けられる殺気。

 瞬く魔力の輝き。

 連なる群れは津波のよう。


 記憶の中の仇敵、そしてそれよりも膨大な数。


 なのにそれが目の前に迫っていても、心は凪いで静かに風を感じている。


 それを自分が変わった故と、嬉しいとは感じない。

 

 ただ静かに、(ツマラナイ)と思う。

 

 この程度かと。

 この程度の質と数で『今の僕』を殺しに来ているのか、と。

 

 

 ルルヴァは両手を合わせ魔力を集中させる。

 巨大な朱の魔法陣が高き虚空に顕れ、法印が陣円の中を回転する。


「幽幻の海 氷理の青火 狭間に在りし虚ろなる世界


 たゆたう存在 無形の王 我と(えにし)を結びし者よ


 我が敵なる者は


 愚勇を抱き向かい来る供物


 憐憫なく慈悲無く怒りを与えよ


 空虚な嘆きを聞かず


 怒りの終わるその果てまで


 我が力は境界の門を開き 


 (ことわり)に道を刻む


 来たれ


 虚界の哭壬(なみ)


 終焉の運命」


 魔法陣の中に青い火の輝きが燈り、そしてそれは竜巻の様に燃え上がる。

 収束し形となったそれは、鯨の姿と化して空に浮かぶ。

 

「青焔の鯨王 コバルデルク」


 ルルヴァの放った青い炎の鯨がタニスン連邦の贖罪兵十万へと襲い掛かる。

 贖罪兵達の口蓋から、目から、手から、角から。

 それぞれのあらゆる身体の場所から、鯨へと攻撃の魔法が放たれる。

 それは遠くから見たら、魔法の波が押し寄せるようであった。

 

 青い炎の鯨と贖罪兵の魔法の波がぶつかる寸前。

 鯨が鳴く。

 岩肌を木霊する鳴き声の中でその巨体が爆発する。

 爆発した鯨は、ペラテネス大峡谷の全てを覆う程の青い炎の大津波と化した。


 彼我の差を例えるなら松明と火山。

 十万の魔法の輝きは、空を覆う青い炎の大津波に呑まれて消えた。

 

 十万の人から転じた魔獣も、膨大な、全てを凍てつかす青い炎の奔流に抗えずに呑み込まれていった。

 

 * * *

 

 岩壁も地面も凍りつき、静まり返った峡谷を走る風の中をキラキラと宝石のような輝きが舞う。

 凍り付き固まった贖罪兵の魔獣の氷像が、その果てまで続く。

 

 ピキリと音がして、それが連鎖的に広まって行く。

 ピキパキピキパキと連続する音は、一際大きなガラスが砕ける音と共に終わる。

 粉々に砕け、塵と成った十万もの軍勢は、風に浚われて消えて行った。


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