10 錬金術師
「なあおっさん。ちょっとその剣を見してくれないか」
ルルヴァとの決着を見届けたジルルクが、ゴッホンへと声を掛けた。
ゴッホンは怪訝そうに眉を顰める。
貴族の家に生まれて、また上位の開拓者を生業としている以上は様々な、横柄な貴族や風変わりな貴族に接する事はある。
近衛騎士の白い制服を着崩した赤毛の青年。
横柄と言い切る程では無いが、風変わりと言うには瞳に輝く知性の光は鋭かった。
「心配無いですよ爆剣殿。彼はこれでも腕の良い錬金術師です」
「ゴッホンと呼んでくれ青騎士殿。異名で呼ばれるのは慣れなくてな」
「では僕もルルヴァ出お願いします。と、ジルの話でしたっけ」
「ああ」
ルルヴァとゴッホンの会話の最中も、ジルルクはゴッホンの剣を注視していた。
微かに目の輝きが変わることから、ルルヴァ達はジルルクが検査の魔法を使っているのだと察した。
「おっさんはこの剣をメンテナンス、いや専門の工房に出しているか?」
「ああ。一週間前に帰って来たばかりだ」
「魔導機構、特に火錬石について何か言ってなかったか?」
「魔導機構と火錬石の噛合いが良くないとか。そこは何とか調整したと言ってたが……」
ジルルクが大剣に触れる。
ゴッホンはルルヴァへと視線を送り、ルルヴァはそれに強く頷いた。
「……合ってないな。魔力変換は働いているが、それもほぼ無理矢理だ。負荷の蓄積も相当だ」
ジルルクがゴッホンを睨む。
「そう遠くない内にこいつは壊れる」
「そうか……」
二年間愛用し続けた剣だった。
一か月前の戦いで元から在った火錬石は砕けてしまった。
工房の錬金術師には手を尽くしてもらったが、違和感は残った。
剣を変えようとも思ったが、それでもこの大剣以上の剣は見つからなかった。
「【ベバラ式】。遠く南方諸国でよく使われている方式だ。魔導機構の構造から火錬石の製法まで、この地域の手法とかなり異なるから、此処ら辺の錬金術師には難しいだろうな」
大剣に触れるジルルクの手から魔力洸の輝きが漏れた。
「これで大丈夫だろう。魔力を流してみな」
ジルルクは大剣から手を離した。
言われたゴッホンは大剣に魔力を流してみる。
ずっと続いていた微かなノイズが消えて、以前よりもスムーズに魔力が剣へと流れて行った。
軽く剣を振ってみるが、違和感はもう無い。
「すまない」
「いいさ。もうおっさんには俺達への敵意はない。だろ?」
「そうだ」
「ならいいさ」
ひらひらと左手を振るその姿は軽薄な貴族の青年だったが、彼の持つ技量は相当なものだった。
ここの工房に居る錬金術師も、決して並みではない。
王立学院で専門の教育を受けたエリート達だ。
その彼らが霞んで見えた。
(……凄まじいな)
そう思った。
「ジル、ゴッホンさん。敵です」
城壁の先、広大な峡谷へと続く道を見たルルヴァが告げた。
夜の明けた青い空へ向けて、数多の鳥達が飛び去って行く。
何かから逃げるように。
ウー! ウー! ウー!
ダルトン城塞の中を警報が鳴り響く。
ルルヴァ達の横に突如炎が舞った。
剣を向けるゴッホンをルルヴァが止める。
「これは味方です」
剣を下げたゴッホンの前に炎の中から現れたのは、赤い鎧を纏った男。
その素顔は、朱色の竜を模した仮面によって隠されていた。
「……隊長、呼ンデル」
「了解。ジルと一緒に向かう」
コクリと頷いた仮面の男は、また炎の中に消えて行った。
「転移の魔法か。専門の魔法士でもめったに使える奴はいないが。彼もルルヴァ達の仲間なのか?」
星の聖女リクスが率いる近衛騎士団第四隊は有名である。
隊員にもルルヴァや他の異名持ち達のように、一般民衆にまで知られている者がいる。
しかし白と異色の鎧を持つ者は、特例中の特例であるルルヴァ以外にはいないはずだった。
「ええ。ちょっと特殊ですが」
「おおい、リクスの癇癪が始まる前に行こうぜ」
ジルルクの言葉に頷いたルルヴァが踵を返す。
「それではまた」
「ああ、また」
ゴッホンも隊長として動かなければならない。
「じゃあな」
ひらひらと手を振るジルルクを後にルルヴァ達は去って行った。
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