9 心への決着
9月14日 05:45
「我が甥よ、我が誇りよ。あっちでお前の大成を祈っておるぞ」
傷の付いた髭だらけの顔が、深く笑みを刻んだ。
赤く輝く魔導剣を握り、大きな身体が結界の外へ、黒い異形の悪邪が犇き蠢く地獄へと出て行った。
「ハァ、ハァ、ハァ」
まだ暗い朝。
毎夜、途切れる事無く見続ける夢。
顔に当てた右手が伸びた髭と噴き出た大量の汗に触れる。
「大丈夫?」
隣に寝ていた仲間の魔法士の少女、亡き親友の妹が自分を抱きしめる。
「すまん」
「いいよ」
完全に目が覚めてしまった。
ベットから降りて着替え、愛用の大剣を肩に下げる。
「ちょっと剣を振って来る」
「気を付けて」
「ああ」
ドアを開ける。
廊下の空気がちょうど良い位に冷たかった。
宿舎から出て薄闇の中を歩く。
もう何度も歩いた道程に迷う事無く、ただ歩を進める。
標高の高い場所にあるこの城塞は、9月の朝はもう10度を下回っていた。
「ん?」
妙な気配を感じた。
それは以前に訪れ竜達の棲家の在る領域での事。
遠くにいる強大な存在の息吹を感じ取った時の事。
その記憶と今が重なった。
城壁の上に視線を向けて。
目指す場所を変えた。
* * *
「これは」
城壁の上。
連なる外灯の火精石の明かりの中。
全身鎧を纏った一人の騎士が剣を振るっていた。
翡翠色に輝く剣、弧を描く刃と打った姿たる刀が、吹き往く風に舞う鳥の翼のように踊る。
縦横無尽。
赤子の目にも留まるであろう速さ。
童の目にも解るであろう優美さ。
風に流される事は無い。
風を斬る事も無い。
緩急自在の風の中に青い騎士の演舞がある。
あの剣は如何なるものも斬れはしないだろう。
しかしあの剣は如何なるものも捉えてしまうだろう。
それは生涯で初めて出会った、剣の頂きだった。
ルルヴァは右手に握る剣、飛燕王を振るう。
それは時に左手であり、そして両手でもあった。
峡谷を往く風の勢いは強く、しかしある時には緩やかになる。
ルルヴァは飛燕王と共にその中を舞う。
人と剣が一つになった舞は、風と共に軽やかに踊る。
舞は武であり、武は舞である。
そこに境目は無く、高みにあるものは、全てを魅了し捉える力を持っている。
それが美であるか、死であるか、それだけの違いである。
ルルヴァの振るう飛燕王の刃は、まさに美と死の輝きと共に在った。
「おいルー。おっさんが来てるぜ」
側防塔の壁に寄り掛かったジルルクがルルヴァに来訪者を告げる。
「……」
飛燕王を腰の鞘に納め、ルルヴァはゴッホンへと視線を向けた。
その顔に覇気は無く、逆に疲れの色を見て取ることが出来た。
「青騎士、殿。あなたの剣、とても凄かった」
「ありがとう【爆剣】殿」
どちらも言葉が尽きる。
それから風が五つの音を立てた時、ゴッホンがその頭を下げた。
「……」
しかし頭を下げても、ゴッホンは言葉を出す事が出来なかった。
どうしても出来なかったのだ。
「爆剣殿、頭を上げて下さい」
「……俺が頭を下げたのは、ここの隊長としてだ」
「それで十分です」
ルルヴァが飛燕王を抜く。
「あの時は剣を抜く必要がありませんでした」
どうしますか? と、ルルヴァの視線が問い掛ける。
「お願いする」
飛燕王を構えるルルヴァに、ゴッホンは背中に背負った大剣を抜いた。
お互いの剣に魔力洸は無い。
ゴッホンは剣を上段に構えた。
「いくぞ」
「はい」
ゴッホンの踏み込みによって、石の床に亀裂が生じた。
飛燕王の約三倍もの幅を持つ大剣が、音の壁を超えてルルヴァへ向けて振り下ろされる。
触れただけでも弾き飛ばされ、切り裂かれる一撃。
(……)
これまでゴッホンが数多の敵を葬った一撃。しかしこの一撃は青騎士を捉えられないと思った。
だからこそゴッホンは躊躇なく、必殺の意をこの一撃へと込めた。
ルルヴァはただ普通の速さで、それこそ誰の目にも留まる程の速さで飛燕王を振るう。
迫り来るゴッホンの大剣に飛燕王が触れる。
刹那、交差する剣。
ルルヴァはその大剣にある全ての力を捉える。
ゴッホンが込めた力。大剣の重さの力。振り下ろされる速さの力。
ルルヴァはそれらを全て奪い、大剣の力の全てを己のものへと転化した飛燕王を、必殺と成った一撃をゴッホンへと振るった。
トンという音を鳴らして、速さを失ったゴッホンの大剣が石畳にその切っ先を落とす。
ルルヴァは飛燕王でゴッホンの腹をなぞり、しかし服の糸を一本として斬らずに振り抜いた。
「ありがとう」
残心し、向き直って飛燕王を構えるルルヴァへとゴッホンは声を出した。
青騎士は強かった。
それは開拓者の、英雄級と呼ばれるA級まで昇ったゴッホンが、その人生で出会った事が無いほどに。
昨日の夜にメイドに出会った事で、少し気持ちの整理が出来た。
だから素直にその言葉が言えた。
この男が剣を交えてくれた事への感謝を。
翡翠色の剣が振られた先に。
朝日に照らされた雲が綺麗に斬られていた。
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