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閑話

「父上!!」


 王の執務室の扉を蹴り破る勢いで開けたパーナクは、自分の父であるイスカルに詰め寄った。

 

「リクスをダルトン城塞に派遣なされたとは、誠ですか!?」

「う~ん? ああ確か、したような気がするなぁ」


 椅子に凭れて眠そうにするイスカル。

 その傍らに置かれた二つの机では、側近達が詰まれた書類を手際よく捌いていた。

 

「すぐに呼び戻してください!! あそこは聖女が、リクスが赴くような場所ではありません!!」


 顔を赤く染めて、王であるイスカルへ怒鳴りつけるように叫ぶパーナク。

 

「何で~? ダルトン城塞だぞぉ。聖女殿も働き詰めだしぃ、『保養城塞』で休暇でもぉと思ったんだけどなぁ」


 ダルトン城塞と、それを要する都市ダルトン。

 標高が高いので涼しい気候は、暑さの残る王都よりも過ごし易い。

 また近辺では葡萄の栽培が盛んであり、ブーレ領産のワインは高い評価を受けている。

 

 昨年、王都国立商業会館の競売で出品されたブーレ領の特定産地名称のワインである『204年産 【ヤッシャ】の赤』が五億金価で落札されたのは大変な話題になった。

 金価は二十年前に発行された兌換(だかん)紙幣(しへい)の単位であり、一金価(きんか) = 一金貨を基本に流通している(銀価(ぎんか)も同じレートであり、銅価は発行されておらず、銅貨はそのまま流通している)。

 

「特に期限は決めてなかったししばらく帰ってこないんじゃないかなぁ。もしかしたら孫生まれて一緒に、だったりして」


 楽しそうに笑ったイスカルは、う~んと背筋を伸ばした。

 

 ドンッ!!

 

 床を打ち付ける音が響いた。

 

 パーナクが血走った形相で床へと足を打ちつけたのだ。

 

「父上、父上でも言って良い冗談と悪い冗談があります。あの混じり者に聖女を与えるというのですかっ」

「混じり者って、母は違えどお前の弟だぞ」

「魔王の娘とその息子ですよ!! あり得ないでしょう!!」


 執務机の正面まで詰め寄り、血走った眼を向けるパーナクにイスカルは嘆息する。

 

「この国は魔王の娘と愛し合うなという法は無かったはずだが?」

「あなたは……」


 じっと父であるイスカルを睨みつけるパーナク、そしてその目を真剣に見返すイスカル。

 紙を走るペンと、一秒を進む秒針の音だけの静寂。

 

「もう一度言います。リクスを呼び戻してください」

「無理だ」


 イスカルの言葉を聞いたパーナクは踵を返すと、荒々しく執務室から出て行った。

 

 

 

「何とかならないものかねぇ~」


 王妃トワネットとの結婚は政治的意味でしかなかった。

 隣国のゾゾ大公国の姫であるトワネットは正しく王族貴族の女であり、見飽きた宮廷の女であった。

 容姿は普通に優れており、普通に気位が高く、普通に上昇志向があった。

 イスカル自身、興味など無く、ただマニュアル的な夫婦生活が続いた。

 二人の息子、一人の娘が産まれてもそれは変わらなかった。

 イスカルは剣が使えるだけの、普通の王族として生きて死んでいくのだと思っていた。

 

 しかし。

 勃発した第十二回魔王戦争がイスカルの全てを変えた。

 

 第二王子だったイスカルは戦場へと送られる。

 そこで出会ったのが魔王の娘ノイノ。

 卓越した暗殺者だった彼女との死闘の日々。

 何故か結果として愛し合う様になった。

 

 魔王戦争、その結末は魔王の死によって終わった。

 塞ぎ込むようになったノイノと、戦友達と一緒にパムの町を作り、そこへ移り住んだ。

 そこで産まれたルルヴァとペローネ。

 イスカルは二人の為なら自分は死んでもいいと思った。

 

「……」


 その結末は……。

 ただ空虚な玉座に座るようになってしまった。

 

(あの日、パムの町を離れなければ)

(あの王命を破り捨てていれば)

(あの時トワネットを○○してさえいれば)


 それは幾度も繰り返した妄想であり、心の内の尽きる事無い慟哭である。

 

「我が道は何処(いずこ)に」

「それはあなたの(のぞ)む先に」


 書類に顔を向けたまま、側近たる者の声が帰って来た。

 イスカルはフッと笑う。

 

「そうだな、生きる事の意味は」


 かつて最後の戦いで魔王に尋ねた問い。

 その時に義父(魔王)は答えてくれた。

 

 

 同じ場所でいつも迷っている自分自身。

 ままならぬ人生に、すぐにと答えを欲する。

 でもそれは。

 

 

 『歩み続ける者だけが手に入れる』







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