第五章 邂逅
手紙を読み終えた瞬間、五人の間で起きたことを、僕はうまく言葉にできない。
咲良が最初に崩れた。膝から力が抜けて、床にへたり込んで、声を上げて泣いた。十年分の涙が、一気に溢れ出したようだった。
陽太が壁を殴った。拳から血が滲んだけれど、陽太は気にしていなかった。「生きてた」と、何度も繰り返していた。「生きてたんだ」
美月は手紙を胸に抱きしめて、声にならない声で泣いていた。
透は——透は泣いていなかった。でも、その顔は僕が今まで見たどの表情とも違っていた。弁護士としての仮面が完全に剥がれ落ちて、二十歳の、ただの青年の顔がそこにあった。唇が微かに震えていた。
僕は立ち上がった。
足が勝手に動いていた。部屋を出て、廊下を走り、階段を駆け下りた。三階から二階、二階から一階。古い木の階段が悲鳴を上げる。
ホールの扉を開けた。
そこに、怜がいた。
十年の歳月は、怜を変えていた。髪は短くなっていた。顔つきが大人びていた。でも目だけは変わらなかった。暗い琥珀色の、深い、深い目。
怜はホールの中央に立っていた。両手を体の前で組んで、僕たちが来るのを待っていた。その手が震えていた。
「……久しぶり」
怜の声は、十年前と同じだった。少し低くて、少しかすれていて、でもどこか温かい声。
僕は怜の前に立って、何を言えばいいかわからなかった。
怒りが湧くべきだったのかもしれない。十年間、一言の連絡もなく消えていたのだ。僕たちがどれだけ苦しんだか。どれだけ自分を責めたか。怜はそれを知っていて、五年間も何もしなかった。
でも、怒りは湧かなかった。
湧いてきたのは、ただ、途方もない安堵だった。
怜が生きている。ここにいる。呼吸をしている。心臓が動いている。声が聞こえる。
十年間、最悪の可能性をずっと頭の隅に飼っていた。怜がもうこの世にいないかもしれないという恐怖。それが今、目の前で否定されている。
「怜」
声がまともに出なかった。喉の奥が詰まって、名前を呼ぶだけで精一杯だった。
後ろから、四人分の足音が聞こえた。全員が駆け下りてきたのだ。
咲良が怜を見た瞬間、走った。ヒールを鳴らして、まっすぐに怜のところに走って、抱きしめた。
「バカ」咲良は怜の肩に顔を埋めて言った。「バカ、バカ、バカ。十年も——十年も——」
怜は咲良を抱きしめ返して、「ごめんね」と言った。「ごめんね、咲良」
陽太が近づいた。目が真っ赤だった。
「怜。お前——お前に言わなきゃいけないことがある」
「なに?」
「あの夜、お前が出ていくの見てた。追いかけなかった。——十年間、ずっと後悔してた」
怜は首を振った。「手紙に書いた通りだよ。陽太のせいじゃない」
「それでも、俺は——」
「じゃあ、今追いかけてきてくれたことで、チャラにしよう」
怜が笑った。泣きながら笑った。十年ぶりの怜の笑顔は、記憶の中のどの笑顔よりも綺麗だった。
美月が怜の前に立った。スマートフォンを握りしめたまま。
「怜ちゃん、わたし——あのメール——」
「美月」怜は美月の手を取った。「『助けて』を消したのは、わたし。美月は何も悪くない。それだけは、絶対に覚えていて」
美月は堰を切ったように泣いた。怜の手を握りしめて、何度もうなずいた。
透が最後に歩み寄った。腕を組んだまま、怜の前に立った。
「怜」
「透」
二人は見つめ合った。
「俺はあの夜、お前に酷いことを言った」
「わたしも酷いことを言った」
「……生きてて、よかった」
透の声が、最後の一語で裂けた。弁護士の、鉄壁の、冷静な透の声が。
怜は透に向かって深くお辞儀をした。「ありがとう、透。あなたが蓮のことを守ろうとしてくれたこと、ちゃんとわかってた」
そして、怜は僕を見た。
五人の中で、最後に僕を見た。一番近くに立っていたのに、一番最後。それが怜の誠実さだった。一番重い言葉を、一番最後に。覚悟を決めてから。
「蓮」
「……」
「十年前の返事、やり直してもいい?」
僕は何も言えなかった。言葉が喉の奥に詰まって、一音も出てこなかった。
怜は一歩、近づいた。
「あの夜、蓮が好きだって言ってくれたとき。わたしは『資格がない』って答えた。あのとき、それが精一杯だった。本当は、蓮のこと——」
怜の声が震えた。目に涙が溜まっていた。
「蓮のことが、好きでした。ずっと。あの夜も、消えてからも、今日この瞬間も」
十年分の沈黙が、その一言で砕け散った。
世界が一瞬、止まった気がした。館の中の空気が震えて、ランタンの炎が大きく揺れて、窓の外で風が吹いた。
十年間、僕の中で凍りついていた何かが、音を立てて割れた。あの夜のバルコニーで止まっていた時計の針が、ゆっくりと動き始めた。
僕は怜を抱きしめた。不器用に、乱暴に、でも精一杯の力で。怜の体は震えていて、温かくて、確かにそこにあった。透明でも、幻でもない。血の通った、生きている人間が、僕の腕の中にいた。
「おかえり」
やっと出てきた言葉は、それだけだった。
怜は僕の胸に顔を押し当てて、声を上げて泣いた。
「ただいま」
その声を聞いて、僕も泣いた。声を上げて、みっともなく泣いた。三十歳の大人が、人前でこんなふうに泣くのは初めてだった。でも、もう隠す必要はなかった。
咲良が怜と僕の両方を抱きしめた。美月が駆け寄ってきて、その輪に加わった。陽太が後ろから全員を包むように腕を回した。
透は少し離れた場所に立って、天井を見上げていた。目が赤かった。唇が震えていた。でも涙は流さなかった。
「透」怜が呼んだ。
透がゆっくりと振り返った。
「来て」
怜がそう言って、手を伸ばした。
透は三歩、歩いて——怜の手を取った。そしてそのまま、不器用に、ぎこちなく、みんなの輪の中に入った。
六人が一つに集まった。誰の涙か、誰の体温かもわからなくなった。ただ温かかった。十年間、ずっと凍えていた何かが、少しずつ溶けていくのがわかった。




