第二章 秘密
最初に口を開いたのは、透だった。
「このゲームの主催者が誰かは知らないが、俺たちを集めた目的は明確だ。十年前の夜について、全員に話させたいらしい」
「話すって、何を」陽太が苛立たしげに言った。「俺たちは警察にも話したし、何度も事情聴取を受けた。話すことなんて——」
「嘘を、だよ」
透の声が鋭くなった。
「俺たちは十年前、警察に嘘をついた。全員が。自分の都合の悪い部分を隠して、当たり障りのない証言をした。違うか」
沈黙が落ちた。ランタンの炎が揺れ、全員の影が壁の上で身じろぎした。
暗闇の中で一つだけ揺れるランタンの炎。五つの顔が、その小さな光源に照らされている。まるで焚き火を囲む遭難者のようだった。実際、僕たちは遭難者なのかもしれない。十年前のあの夜から、ずっと。
「俺から話す」
透は自分のカードをテーブルの上に置いた。
朝倉透の秘密:
あの夜、あなたは霧島怜と口論した。
怜はあなたに「もう関わらないで」と言った。
「事実だ」透は淡々と言った。「あの夜、俺は怜と揉めた。理由は——」
透が一瞬、言葉を詰まらせた。弁護士として法廷に立つ男が、言葉に詰まるのを初めて見た。
「俺は怜に、このグループから離れろと言った。蓮、お前のためにだ」
「俺の?」
「お前が怜に惚れてることくらい、誰でもわかってた。でも怜には——別の事情があった。お前が傷つく前に、距離を置かせようとしたんだ」
「余計なお世話だろ」
「ああ、余計なお世話だった。怜にもそう言われた。『蓮のことは蓮が決める。あなたが決めることじゃない』って。それで口論になった」
透は目を伏せた。「怜が消える二時間前の話だ。あれが俺の聞いた、怜の最後の言葉だ」
十年間、透はそれを一人で抱えていたのだ。最後に怜と言葉を交わしたとき、それが口論だったという事実を。
「俺のせいだと思った」透は続けた。「口論がきっかけで怜が出て行ったんじゃないかと。だから警察にも、ちょっと話しただけだと言った。実際は——かなり激しく言い合った」
僕は何も言えなかった。透が僕のことを思ってそうしたという事実が、余計に胸を締めつけた。
次に話したのは、咲良だった。
南条咲良の秘密:
あなたは霧島怜の「本当の理由」を知っていた。
そして、誰にも言わなかった。
「怜には、ずっと隠していたことがあった」
咲良の声は静かだったが、その奥に十年分の重さがあった。
「怜のお父さん——霧島さんが、多額の借金を抱えていた。この館を担保に入れていて、年内に返済できなければ、競売にかけられる状態だった。怜はそれを誰にも言えずにいた。わたしにだけ打ち明けてくれたの。あの誕生日パーティーの一週間前に」
「それと、怜が消えたことに何の関係がある」陽太が訊いた。
「わからない。わからないけど、怜はあの夜、すごく追い詰められていた。パーティーは明るく振る舞っていたけど、わたしには見えていた。笑顔の裏で、怜が壊れかけていたこと」
咲良の目に涙が浮かんだ。「わたしは何もしなかった。怜に『大丈夫?』って訊くことすらしなかった。自分が秘密を知っていることがバレたら、怜が困ると思って。——でも本当は、面倒なことに巻き込まれたくなかっただけかもしれない」
その告白は、ナイフのように正確に、全員の胸を刺した。
面倒なことに巻き込まれたくなかった。その言葉を、この場で口にできる咲良の強さを僕は尊敬した。僕たちは十年間、自分の弱さに嘘をつき続けてきた。「仕方なかった」「自分にできることはなかった」と言い聞かせてきた。でも本当は、もっと単純で、もっと醜い理由があったのだ。怖かった。面倒だった。自分の平穏を壊したくなかった。
「俺もだ」
陽太が、ゆっくりとカードを開いた。
柏木陽太の秘密:
あの夜、あなたは怜を見た。
館の裏口から出ていくところを。
そして、追わなかった。
ホールの空気が凍りついた。
「嘘だろ……」僕の声が震えた。「お前、怜が出ていくのを見てたのか」
「……ああ」
陽太の顔は蒼白だった。十年分の罪悪感が、そのまま顔に張り付いていた。陽太の頬がこけている理由、目の下の隈の理由が、その一言で全部わかった気がした。
陽太はあの日から、ずっとあの裏口の前に立ち続けていたのだ。心の中で。
「パーティーの途中でトイレに行った帰り、廊下の窓から裏庭が見えた。怜が裏口から出ていくのが見えたんだ。コートを着て、小さなバッグを持って。雨が降り始めてたのに、傘も差さずに」
「なんで追わなかったんだよ」
「わからない。——いや、わかってる」陽太は両手で顔を覆った。「俺は怖かったんだ。怜の様子がおかしいことに気づいてた。話しかけたら、何か重い話をされるかもしれない。俺にはそれを受け止める覚悟がなかった。だから——見なかったことにした」
陽太の声が震えていた。僕たちの知っている陽太——いつも明るくて、場を盛り上げて、誰の悩みも笑い飛ばしていた陽太が、ここまで追い詰められていた。
「それから十年間、毎晩夢に見る。あの裏口から出ていく怜の後ろ姿を。雨の中、どんどん小さくなっていく背中を。俺が声をかけていたら、怜は立ち止まったかもしれない。でも俺は——」
陽太は言葉を切って、深く息を吸った。目が赤くなっていた。
残るは美月だった。
全員の視線が美月に集まる。美月は封筒を握りしめたまま、小さく身を震わせていた。
戸村美月の秘密:
あなたは霧島怜から、一通のメールを受け取った。
あの夜の午前一時三十二分に。
あなたはそれを、誰にも見せなかった。
美月が泣き出した。声を殺して、肩を震わせて。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「美月、メールには何て書いてあったの」咲良が、できるだけ優しい声で訊いた。
美月は震える手でスマートフォンを取り出した。十年前のメールを、まだ残していたのだ。画面をテーブルの上に置いた。
From: 霧島怜
To: 戸村美月
Date: 20XX/10/31 01:32
美月へ
突然ごめんね。もう遅い時間だから、読むのは明日でいいよ。
少し一人になりたくて、館を出ました。心配しないで。
わたしは大丈夫。ただ、少し考えたいことがあるの。
明日の朝には戻るから。
みんなによろしくね。
怜
「わたしがこのメールに気づいたのは、翌朝だった」美月は嗚咽の合間に言った。「起きたら怜がいなくて、みんなが騒いでて。スマホを見たらこのメールが来てて——」
「なんで見せなかったんだ」透が訊いた。責めるような口調ではなかった。ただ、知りたかったのだ。
「怜が『心配しないで』って書いてたから……自分で戻ってくるんだと思った。でも戻ってこなくて、警察が来て、大事になって。そのとき見せるタイミングを逃しちゃって……。メールを隠してたことがバレたら、わたしが何か知ってると疑われると思って」
美月は嗚咽を漏らした。「怜は『大丈夫』って書いてた。大丈夫じゃなかったのに。わたしがすぐに気づいてたら、追いかけられたかもしれないのに——」




