第六十頁ー僕と君の距離
ドンッ…ドンッ…
「ハックン…早くして…」アマミヤさんは何度も僕の背中を押した。
…
ズルッ…ズルッ…
「わかった…わかったよ…」僕は廊下を足を滑らせるように進んだ。
「でもあと二人…」
「あのまま置いていくのはちょっと…」
…
ドンッ!
「時間がないよ。」アマミヤさんは僕の背中に体を押しつけた。
「早く行って!」
…
…
見慣れたドアの前、その上には「1-F」と書かれたプレートが掲げられていた。
周囲は完全に静まり返っていた
ただ一つ、後ろから声が響いてくる
「みなさん、ご覧の通り…」
「1400年代頃、世界では非常に多くの出来事が起きました…」
「テストで良い点を取るためには…」
「全部しっかり覚えておいてください…」
「では今から…」
…
スッ…
「あれ…」僕はドアの前で足を止め、前を指差したまま後ろを振り返った。
「イシカワさんの声…?」
「みんなもかなり集中してるみたいだな。」
「別に問題なさそうだけど。」
…
ギュッ…
「…ハックン…」アマミヤさんは僕の服をぎゅっと握り、そっと背中に頭を預けた。
「ドア…開けて…」
…
「わかった。」僕は前を向き、そっと手を伸ばした。
…………………………………………………….
ガラッ…
「えっ!?」僕は体を硬直させ、目を見開き、ドアノブから手を離せなかった
「……何だよ、これ……」
…
目の前いっぱいに、本やノートが散乱していた。
床には、インクの染みが広がる中、ペンや白紙が散らばっていた。
机に突っ伏した背中が、教室中に並んでいた。、腕がだらりと垂れ下がっている
顔は次第に青ざめ、唇が微かに震えていた
…
「これ…一体…」僕は辺りを見回した。
…
グッ…グッ…
「ハル…来てくれたのか…」レンは無理やり体を起こし、震える手を黒板へ伸ばした。
「早く…あいつを止めてくれ…」
…
カリカリ…カリカリ…
「コバヤシさん、集中してください!」教壇の方から声が響いた
「もしこの内容を全部覚えられなかったら…」
「テストに出たらどうするつもりですか?」
…
ギ……ギ……
僕はゆっくりと大きな黒板へ視線を向けた。
周囲はすべて白い文字で埋め尽くされ、
数字があちこちにびっしりと並び、
細い線が黒板を四つに区切っていた。
「……何だ、これ……」僕はかすかに唇を動かした。
…
カリ…
「トガミさん!」イシカワさんは振り返って僕の方を見た、その手が止まる。
「ちょうどいいところに来ました!」
「今、第一次産業革命の復習に入るところです。」
「ついでに第二次とも比較します。」
「一緒に授業を受けましょう!」
…
「…」アマミヤさんは僕の背中からそっと顔を出して覗いた
…
「トガミさんを呼びに行ってくれたんですね。」イシカワさんは片手を腰に当て、微笑んだ。
「ちょうどいいタイミングです。」
「まだ一番大事なところには間に合っていますよ。」
「早く席についてください!」
…
ビクッ!
「…」アマミヤさんの肩が大きく震え、僕の服をぎゅっと握り締めた。
.........
「これでわかりましたか、トガミさん?」イシカワさんの笑みの裏で、そんな思いが巡っているようだった。
「選抜クラスに入るためには…」
「最低でもこれくらい勉強しないと…」
…
「早く席についてください!」イシカワさんの目が細くなった
「私とあなたの違いを見せてあげます!」
………
…
コツ…コツ…
僕は一歩ずつ黒板の方へ進み
教卓に手を伸ばし
端に畳まれた布巾へと手を伸ばした。
…
ゴシ…
「…」僕は白い文字の上を一直線に拭った
…
「何やってるんですか!?」イシカワさんは体をびくっとさせ、僕を睨みつけた
「これを書くのにどれだけ時間と労力がかかったと思ってるんですか!」
...
ゴシ... ゴシ...
「新しい部分を書くんじゃないんですか?」僕は目を丸くしながらイシカワさんを見た、手を止めることなく黒板を拭き続けた。
「だったら書くスペースが必要でしょ?」
…
「あ…」イシカワさんは一歩引き、目を細めた。
「そ……そうですね……?」
「手間かけさせちゃいました。」
.........
「そんなことですか。」イシカワさんは目を閉じ、かすかに笑みを浮かべた。
「もう諦めたんですか?」
「せめて何かやってみたらどうですか?」
.........
スーッ…スーッ…
僕は黒板の上に大きな白い線をゆっくり引いていった
それに沿って、外側のマス目に小さな文字が現れていく
…
パチッ!
「よし、みんな!」僕は両手を強く叩いた
「新しいところを勉強する時間だ!」
「まずはこの表をみんなで書いて、僕が黒板に書いた通りに全部写して!」
「もちろん各列は間隔を広めに取ってね!」
…
ムクッ…ムクッ…
教室中で突っ伏していた生徒たちが、ゆっくりと顔を上げ始めた。
「今回も…またかよ…」
「勉強…続けるのか…」
「もう書かないで……」
…
…
「へっ?」イシカワさんは目を丸くして僕を見た
「トガミさん……何をやってるんですか?」
…
トン
「イシカワさんの言う通りだよ。」僕はチョークを軽く机に置き、横目でイシカワさんを見た
「勉強の時間だ。」
「第一次と第二次の産業革命の違いについて。」
…
バッ!
「こんな表で足りるわけないでしょ!」イシカワさんは大きく腕を振った
「それぞれの産業革命に、どれだけ出来事があるか知ってますか?」
「そのくらいの行数で全部書ききれるわけないじゃない!」
…
「最初から…」僕はかすかに微笑んだ。
「たった数行で十分だろ?」
...
「え?」イシカワさんはゆっくりと腕を引っ込めた。
…
コンコン…コンコン…
「最初からこんなふうに簡潔に考えればいいんだ。」僕は黒板を何度も指で叩いた
「どちらの産業革命も……」
「どちらも始まりは単純なんだ。」
「古い技術が時代遅れになって、需要が急激に増えたから。」
…
「次は変化について。」僕はマス目をぐるっと見回した
「覚えておけばいいのは……」
「第一次は蒸気に関連するものだけ…」
「第二次は電気に関連するものだけ。」
…
「た…ただそれだけ…?」イシカワさんの体が固まり、目を見開いた
…
「そうだよ!」僕は少しかがみ込み、軽く頷いた。
「最後は影響について。」
「第一次は第二次より規模が小さい…」
「つまり、影響っていうのは……」
「一つの地域だけの話なら第一次。」
「世界全体に広がるなら第二次。」
...
コトン!
「だいたいこんな感じで十分だ!」僕は体を起こし、チョークを軽く机に置いた
「質問ある?」
…
「なんで……そんな……」イシカワさんの唇が何度も震えた
「なんで……そんな……」
「発明とか…出来事とか…」
…
「全部覚える必要なんてないよ?」僕は軽く首を傾げた
「要点だけ覚えて…」
「あとは答えと見比べればいいでしょ?」
…
…
スッ!
「オイ!ハル!」レンが勢いよく手を挙げた。
「暇ならこっちの連中にも教えてくれよ!」
…
スッ……
「ここ、もう一回教えてくれない?」一冊の本がすっと掲げられた、周りからもたくさんの手が挙がった
「俺たちのも!」
「出来事がごちゃごちゃして覚えにくい!」
「こっちも!」
…
「…」イシカワさんはゆっくりと後ずさった、指先まで硬直しているようだった。
…
「みんな、一人ずつ。」僕は手を軽く振り続けた
「全部教えるから!」
………
「どうしてこうなるの…?」イシカワさんの心の中で思考が巡り続けた
「私はあんなに頑張ったのに…」
「あんなに全部書き込んだのに……」
「なのにどうして…」
「あいつの数行だけで…」




