第四十四頁 ― 交じり合う色彩
ガヤガヤ……ガヤガヤ……
辺り一面、人影が絶え間なく行き交い
あらゆる角を埋め尽くし、空間を覆い尽くす
セール品の棚には入り込む隙間もなく
空っぽの棚がぽつんと空間に取り残されて
…
コツ……コツ……
上の階、小さな店がまだ開いているところ
人影がだんだんと少なくなっていくところ
何人かが下を覗き込んで周りをきょろきょろしていて
二つの人影は、並んで歩いているのに
顔はそっぽを向いて、視線は別の方向へ
……
コツ……
「どうすんだよ…」俺は目を細め、唇をそっと噛む
「あいつと話すことなんてほとんどないのに。」
「それに、さっきのこともあるし…」
「とりあえず普通に話しかけてみるか…?」
…
「あの…副委員長…さん」俺はゆっくりと振り返り、手を差し伸べる
…
ふいっ
「…」副委員長はくるりと背を向け、両手をぎゅっと縮める
…
「やばい。」俺は慌てて向き直り、顔を下に向ける
「もう終わったじゃん、これ…」
「もし彼が白川さんにこのこと話したら…」
「それで広まったら…」
…
「…あの時みたいに…」俺の唇がかすかに動き、まぶたが重くなる
「…たぶん…今回も…またおんなじになるんだ…」
「どうすれば…いいんだ…」
…
ピタッ……
「…」副委員長が突然足を止め、視線を人気のない店へと向ける
…
「何見てるんだ?」俺はゆっくりと副委員長の視線を追っていく
…
…
「本屋…?」俺は目を丸くし、片手を口元に当てる
「そういえばちょっと足りないものもあるし…」
「入って探してみるか?」
………………………………………………….
コツ……コツ……
同じタイミングで、二人は店の中へと足を踏み入れる
目を細め、手をそっと握りしめながら
入ってすぐ、それぞれ別の方向へと歩き出す
………………
スッ……
「えーと…」俺は本の背表紙を指でなぞり、視線を店内に巡らせる
「生物、化学、数学、物理、国語…」
「まだ何か必要なものあったっけ?」
…
トン……
「ちょうど探してたやつじゃん。」俺は一冊の本を手に取り、顔がぱっと明るくなる
「これ役に立てばいいけど…」
「一人でやろうとしても…」
「…いつになったら終わるんだよ。」
…
コトン……
「こうなったら…少しずつ準備していくしかないか…」俺はそっと本を戻し、体が固まる
「またあの時みたいに始まってしまった…」
…
…
ペチン!
「大丈夫だって!」俺は自分の頬を叩き、周りに目を向ける
「初めてじゃないんだから!」
「最悪また3年間やり直せばいいだけだ!」
…
少し離れたところから、一冊の本が目に入る
学生のノートに挟まれるようにして
他の本より一際目立つ硬い表紙
真ん中に大きく書かれたタイトル
「上手なコミュニケーションの取り方」
…
コツ……
「なんでここにあるんだ?」俺はその本へと近づいていく
………………
はぁ……
本棚の向こう、一人の人影が棚から目を離さない
両手がゆっくりと本の背を撫でていく
体がしょんぼりと縮み、目がそっと伏せられる
…
ブンブン……ブンブン……
「なんであんなことしたの…!」朝霧は頭を抱え、体をぶんぶんと揺らす
「なんで急に顔を背けちゃったの!」
「もし誤解されたらどうすんの!」
…
スッ……
「でも…まさかだよね…」朝霧はそっと本を手に取り、目を細める
「今日戸上さんもここに来てるなんて。」
「しかも思いっきりぶつかっちゃったし。」
…
フル……フル……
「最初から知ってたら絶対入らなかった。」朝霧は目を閉じ、頭をそっと振る
「夏目が来てるかもって思って、ちょっと話しかけようとしただけなのに…」
「ついでに料理の材料でも買おうと思ってただけなのに…」
「こんなことになるなんて思わなかった!」
…
シュッ……
「てかもう…どうすんの私…」朝霧は天井を見上げ、手をそっと伸ばす
「あんな誤解させるようなことしといて…」
「しかも黙ったまま何も言わなくて…」
「彼…今頃何考えてるんだろ…」
…
ギュッ……
「もしかして…軽い子だって思われたかな…」朝霧は恋愛小説を一冊そっと抱きしめる
「それとも素行悪い子だって…」
「夏目やみんなにも話されたら…」
「そうなったらもう…」
…
コトン
「ううん。」朝霧は一冊ずつ本をかごに入れる
「そっちの方がまだましかもしれない…」
「もし戸上さんがこのことで急に…」
「みんなへの勉強を断るようになったら。」
「それかもっと最悪なことに…」
「私たちのFクラスを出ていくことにしたら…」
…
「そうなったら…その後のことを…」朝霧は目を細め、体をそっと周りに向ける
「どうすんの…」
…
…
ノートが並ぶ棚の間
一冊だけ目立つ硬い表紙
他のどの本よりも色鮮やかな模様
その真ん中にはっきりと書かれたタイトル
「上手なコミュニケーションの取り方。」
…
コツ……
「何これ…?」朝霧は目を丸くし、その本へとゆっくり手を伸ばす
……………………….
ふっ……
静かな空間の中、みんなそれぞれ本に夢中になっていて
人影が棚の間をふらふらと行き来している
二つの人影が、目を真ん丸にして見つめ合う
同じ一冊の本に、同時に手が伸びて
二本の指先が、そっと触れ合う
…
「え?!」二人の頬がほんのり赤くなり、思わず声が重なる
……………………………………………………………………….
コツ……コツ……
外の通路、あちこちに人影が散らばる中
二つの不思議な人影が寄り添うように歩いていく
一人が先を歩き、絶えず視線を動かしながら
もう一人が後ろをついていき、前の人の袖をそっと掴む手だけを見つめながら
…
「ねえ、雨宮さん。」白川は真っ直ぐ前を向いたまま
「俺たちってあんまり話さないよね…」
「別に特別仲いいわけでもないし。」
「でもずっと聞きたいことがあってさ、聞いてもいい?」
…
「うん…」宮木はそっと頷く
…
「ちょっと気になっただけなんだけど…」白川は周りに目をやる
「余計なお世話かもしれないけど…」
「でもやっぱり知りたくて。」
「雨宮さんにとって、戸上さんってどういう存在なの?」
…
ひゃっ……
「それは…白川くん…私にとって…彼は…」宮木はびくっとして、片手を顔の前に持ってくる
…
「無理して答えなくていいよ。」白川は宮木の方をちらりと見る
「答えたくなければ別にいい。」
「ただなんかもやもやしてて。」
…
「もやもや…?」宮木は目を丸くし、手をゆっくりと下ろす
…
「うん。」白川はそっと頷く
「だって戸上さんの周りのこと、雨宮さんも知ってるじゃん。」
「勉強は言うまでもなく、人の力になることも多くて…」
「時々頑張りすぎちゃうとこもあるけど。」
「ああいう人の傍には、いつかきっと誰かがいるようになるよ。」
…
「レンは言うまでもないし。」白川は前を向く
「山崎さんは…ちょっとわかりやすすぎるんだよな…」
「クラスのみんなは彼のこと信頼してるし…」
…
タッ……
「でも…雨宮さんはさ…」白川が突然足を止め、振り返る
「ちょっと言いすぎかもしれないけど…」
「お前と戸上さんって、二人は結局…」
…
ギュッ……
「…」宮木の両手がじわじわと握りしめられ、視線が固まる
…
…
「ごめん!」白川はさっと顔を背け、頭に手を当てる
「まだ時間はたくさんあるんだし。」
「あんなこと聞くべきじゃなかった…」
…
フルフル……フルフル……
「ううん…」宮木はふるふると首を振り続ける
「私も…よくわかんなくて…」
「結局…自分が何してるんだろって…」
「どうすればいいんだろう…」
…
ポリポリ……
「それは俺にもわかんないな。」白川は後頭部に手を当て、首をかしげる
「こういうの…俺って鈍いってよく言われるし…」
…
「…」宮木はゆっくりと目を細め、握りしめた手から視線を離さない
…
「でも黒実なら、力になってくれると思うよ。」白川は指を上へと向け、ほんのり微笑む
「ちょっと聞いてみてあげようか?」
…
「黒実…?」宮木はゆっくりと顔を上げる
…
「あ、そうか、名前知らないんだったね…」白川は目を閉じ、頭をすこし下げる
「俺たちのクラスの副委員長、朝霧久実のことだよ。」
「明日学校で話してみるから。」
…
「…え…」宮木の目が丸くなり、体がぴたりと止まり、唇がかすかに動く
「彼女…さっきここに走り込んできたんだけど…」
…
「え?!」白川は宮木の顔にぐっと近づく
「彼女も中にいんの?」
…
「実は…あのね…」宮木の顔が固まり、じりじりと後ずさる
…
ビシッ!
「それは後でいい!」白川は手すりの方へと手を向ける
「今すぐ探しに行くぞ!」
「あいつたまにぼーっとするとこあるから…」
「ここに放っておいたら何が起きるかわかんないって!」
…
「ぼーっと…?」宮木は首をかしげ、片手を口元に当てる
「そんなふうには見えなかったけど。」
…
「信じて!」白川は辺りに目を向ける
「ずっと傍で見てたから知ってるんだよ。」




