第三十八頁ー二人の静電気(三)
カリカリ…カリカリ…
黒板の真ん中に、白い文字の列がゆっくり現れる
軽いチョークの粉が、空中に舞っている
先生の影が片手に教科書を持ち、黒板から目を離さない
…
そよそよ…そよそよ…
窓のカーテンが軽く揺れている
教室の中では、それぞれが思い思いに過ごしている
授業に集中する者もいれば、
ペンを走らせ続ける者、
机に突っ伏して眠る者もいる
そして照明の光が机の上に落ちている
……
うーん…
コハリはメモ用紙をじっと見つめ、机に顔を伏せている
指が紙の上の二つの番号をなぞる
唇が小さく動き、視線が携帯電話に流れる
「やった方がいいのかな…?」
「こんなの、変じゃない?」
「やっぱりやめとこうか…?」
「もしかしてこれ、誰か他の人の番号かも…?」
…
ぐしゃぐしゃ…
両手が頭を何度も掻きむしる
コハリの髪が徐々に乱れ、目がきつく閉じられる
…
…
「わからない…あいつ…」コハリがハルの方をチラリと見る
「…どう思うだろう…」
…
タップ…タップ…
コハリの指がゆっくり動く
紙の上の番号が、今、画面の上にある
……………………………………………………………………………………….
一つの教室の中で、人それぞれの様子
先生はまだ黒板の文字に夢中だ
僕の頰に汗が伝う
…
ブルッ
ズボンのポケットの中から、奇妙な振動が来る
画面の光が、黒いズボンのポケットを照らす
…
「今日も何かセールでもあるのか?」僕は唇を小さく動かし、携帯電話を取り出す
…
…
僕の体が突然固まる
白い通知画面だが、いつもと違う
ほとんど出てこないアプリのアイコン
…
トントン…
指がゆっくり画面をロック解除する
体を低くかがめ、目を大きく見開く
口から思わず言葉が漏れる
「何だこれ?」
「クラスにまた連絡か?」
「それとも親父から何か…?」
………
会話画面に、奇妙なアバター
ハムスターが種を齧っている絵
下に「見知らぬアカウント」と表示されている
メッセージはただ「.」という一点だけ
見たこともない不思議な名前
「ミズリ。」
…
「誰だよ?」僕は唇を小さく動かす
「人違いじゃないか…?」
…
ポンッ
「読んでる?」突然メッセージが来る
…
ポンポン…ポンポン…
メッセージが次々と続く
「今見てるの、わかってるよ。」
「君の生活、楽しそうじゃない。」
「でも君は、とても大事なことを忘れてる…」
「君が僕と約束したこと。」
「早く返事して!」
…
タップタップ…タップタップ…
僕の両手が必死に文字を打つ
顔がしかめ、汗が顔中に流れる
「ごめん。」
「でも、君は人違いじゃない?」
「誰なのかもわからない」
「約束した覚えもない。」
…
ポンポン…
メッセージがまた次々と来る
「最低。」
「つまりお前にとって…」
「あの約束は何でもなかったってこと?」
「僕がそんなに重要じゃないって?」
…
タップタップ…
僕の指が乱れて打つ
「そういう意味じゃない…」
「たぶん僕は無意識に君を傷つけたと思う。」
「でもそれはわざとじゃないし、嫌いなわけでもない。」
「せめて時間をくれ、ちゃんと直すから。」
「まずは…君が誰か教えてくれ。」
…
ポンッ
それ以降、メッセージは来ない
代わりに一枚の写真だけ
見覚えのある教室の風景
そして携帯を見ている一人の男の子
…
キョロキョロ…
「何これ!?」僕は画面から顔を上げ、首を激しく回す
「あいつ、ここにいるのか?」
「結局…」
…
くすくす…くすくす…
教室のどこかから、小さな笑い声がする
一人の女の子が机に顔を伏せ
携帯電話を僕の方に向け
口を手で必死に押さえている
…
ポンッ
「バカ」メッセージが僕に届く
…
すうっ…
僕はゆっくり椅子に体を沈める
肩が落ち、顔のしかめが少し解ける
…………
ポンッ
「誰かと思ったら…」僕はゆっくり文字を打つ
…
ポンッ
「びっくりしたでしょ!」ハムスターのアバターからメッセージ
…
ポンッ
「どう思うよ!?」僕の方からも文字が飛ぶ
「急に授業中に…」
「それにどうやって僕の番号知ったの?」
「僕、誰にも教えた覚えないんだけど。」
…
ポンッ…ポンッ…
「女の子の秘密!」口を押さえるスタンプが飛んでくる
「で、約束の返事はもう考えた?」
「私のこと呼ぶ名前についてだよ!」
…
ポンッ
「それは…」僕は周りを見回す
「まだ…」
………
コツン
教壇の方から音が響き渡る
白い文字が止まる
でも先生の背中はまだこちらを向かない
…
「昔々…」教壇から声が響く
「一羽の雀の夫婦がいて…」
「二羽は一日中くっついていた。」
「食べる時も、寝る時も、巣を作る時も、餌を探す時も。」
「飛ぶ時でさえ、くっついたまま…」
…
トン…
先生がクラスに向き直り、目を閉じる
教科書を机に置き、笑顔を浮かべる
「いつの間にか…」
「二羽は羽ばたくことを忘れてしまった。」
「そのまま、まっすぐ地面に落ちていった。」
…
「先生。」シラカワさんが突然手を挙げる
「この話、今日の授業と何の関係があるんですか?」
….
「さあね。」先生が目を細めて僕たちを見る
「ただ、急に話したくなっただけ。」
「雛鳥がどんな夢を見ようと…」
「まずはちゃんと飛べるようにならないとね。」
…
コトッ
「さて、本題に戻ろうか。」先生がチョークを拾い、黒板に向き直る
………………………….
ポンッ
「今はまた後で話そう!」僕は携帯をチラリと見る
「今、授業中だよ。」
…
ポンッ
「ダメ。」向こうから文字が来る
「普段全然暇ないくせに。」
「学校じゃいつも何かしら用事あるし。」
…
ポンッ
「でも今は授業中なんだよ。」僕はそっと携帯を引く
「こんなことしてられない。」
…
…
ポンッ
突然、会話に一枚の写真が送られてくる
ある店の50%オフポスター
「じゃあ後で一緒に来ない?」
「セール今日で終わりなんだよ。」
…
ポンッ
「わかったよ。」僕は指を素早く動かす
「後でまた話そう。」
…
ぱさっ
突然、一枚の紙が僕の机に飛んでくる
ミズノさんがじっとこちらを見て
明るい笑顔を向けてくる
「約束、忘れないでよね、バカ!」紙の真ん中に文字
…………………………………………………………………………………………………………..
「リーン♪」
夕方の光の中、教室が徐々に人が減っていく
すべての机といすがきれいに片付けられる
…
ガヤガヤ…ガヤガヤ…
校庭では生徒たちが列を作り
カバンを持って正門に向かう
……
「つまんねー!」レンが体を低くし、目を細めて僕を見る
「なんで毎日お前は予定いっぱいなんだよ?」
…
はは…
「どう言えばいいか…」僕は視線を逸らし、頰を掻く
「うっかり約束しちゃったんだ。」
...
コツ…コツ…
「じゃあ俺、先に行くわ!」僕はみんなに手を振り、反対方向へ歩き出す
………………………………………………….
「普段、放課後って…」ツメコはハルから目を離さない
「ハルくんは何してるんだろう?」
…
「あいつはいつもそうだよ。」レンが肩を落とし、目を細めて見送る
「人の心配ばっかりして…」
…
…
一瞬、全員が固まる
目を見開き、喉が凍りつく
…
彼らの目の前、見慣れた人影
普通の男子生徒が、今は別の女の子と並んで歩いている
……
「何…これ…」ツメコの目が大きく見開き、唇が小さく動く
「ハルくん…君…」
「あの女の子…結局…」
…
スタスタ…
「なるほどな、ハル。」レンが唇を歪め、目を細める
「忙しかった理由はこれか?」
「なかなか面白いじゃないか。」




